始まりは魔のキノコ
「王国の騎士たちよ、今こそ立ちあがる時だ!」
突然現れた未知の魔物を討伐するために、国王の命で国境に精鋭たちが送り込まれた。
死に一番近い山岳地帯であるタッキリ山脈に繋がっているが、人類到達可能な森の奥。
問題の場所には毒々しい色の巨大キノコがニョキリと生えて、胞子を振りまいている。
ビビッドな赤や紫のキノコの群れから噴き出す胞子も、親キノコに負けず劣らず凶悪な色をしていた。
モウモウと濁った極彩色をした舞飛ぶ胞子は、辺り一面に立ち込めて視界を奪う。
だが、魔物の一種でも、しょせんキノコ。
移動能力もないし、胞子が拡散しないように結界を張れば問題ない。
騎士たちは魔道具を使い胞子を封じ込め、キノコの群れを火炎で焼き払った。
しかし、ほどなくして驚愕の姿で帰還する。
そう、騎士たちは人の姿を失っていたのだ。
かつて人だった騎士たちは、神妙な態度で王の前に進み出た。
迎え入れた王は真顔を取り作ろおうとしたが、努力も虚しく小さく肩を震わせる。
「いかん、なんという愛らしさだ」
事態の報告を受けている最中なのに、王が思わずつぶやいた。
頬がほのかに色づいて、年甲斐にもなく美姫を愛でるがごとく熱で瞳がうるんでいる。
その熱を受けたことで、魂から極寒の冷気を発しながら、騎士たちは屈辱に身を震わせる。
「騎士にあるまじき姿になるとは無念」
くぅと男泣きに野太い人間の声で語るが、外見はキュートな猫の姿であった。
ふわふわの毛並み、ピンとした立派なひげ、クルンと長い尻尾。
なによりも剣を持つはずの手は、ぽよぽよと柔らかそうな肉球である。
膝をつき騎士の衣をまとう一団は、礼を尽くしているものの、まぎれもなく猫の姿だ。
姿は愛らしい猫であったが身体のサイズは人間サイズで、二足歩行する猫が人の声で言葉を語る図はお伽噺の一幕のようだった。
恐るべき魔性のキノコの胞子パワー。
武闘派のいかつい騎士たちを、禍々しい胞子の魔力で、猫獣人に変えたのである。
しかし、本当に恐ろしいのは、その猫化した肉体にあるとのちに知る。
騎士たちはモフモフと愛らしい姿をしていても、猫の能力も手に入れていた。
猫の優れた身体能力は、人知を超える。
闇を透かし見る瞳も、風のようにしなやかな肉体も、凄まじい戦闘能力も。
音もたてず暗闇から獲物に忍びよる技術は、アサシンをも凌駕していた。
しかし、凶悪なまでに高い戦闘力を持ち合わせているのに、猫なのだ。
厳つい騎士の姿では適わなかった、敵を欺く愛らしい姿。
キュルンと瞳を潤ませた上目遣いもマスターし、ハニートラップもお手の物。
猫騎士が守る王国が無敵の称号を得て繁栄するのも、遠くない未来の出来事である。