90. 王子がんばる
正装した一人のイケメン男性が、綺麗なドレスを纏った楓のもとに歩み寄る。
紺のマキシ丈、Aラインイブニングドレス。袖はハーフ、腰の高い位置で細いベルトと共に切り替えが入る。
上はベルベット素材、下は薄紺のふわっとした素材で実にシックでエレガントなのだ。
髪もアップで纏め、ググっと大人の女を感じさせる 良いチョイスだと思う。
その男性は楓の前に立ち、戸惑いを見せながらも口を開いた。
「楓さん。ダンジョンではありがとう。 短気を起こし窮地に陥った愚かな僕と、大切な友人のモリスを助けてくれて。本当に ありがとう」
「この恩は一生忘れない。……と言うより、忘れられないんだ! あなたの事が」 と、助けてくれたお礼いう。
日本人では絶対浮いてしまうようなクサイ台詞を吐いているのが、この国の第3王子、ダリルバート・ジ・クルーガー である。
長身で金髪、マリアベルやメアリーと同じグリーンの瞳を持つ、 ”超イケメン” 君だ。
そして、お礼の言葉と一緒に渡されたのは、立派な木目で、20㎝程の木箱だ。
日本で言えば桐箱のような感じだろうか。
「開けても?」 と、楓は許可をもらい、そっと木箱の蓋を開けてみた。
すると黒のベルベット生地の上には髪留め に使う ”シルバーのバレッタ ” が美しく輝いている。
花をモチーフに中央に真珠をあしらった。なかなか上品で洒落たデザインのバレッタである。
こちらの世界に機械彫りは無い。 全てが職人の手作り、手彫りである。
この手の装飾品の類はすごく高価なのである。
楓は左手に箱を持ったまま、右手で後ろに纏めていた髪を振り解いた。
それと同時に、美しい黒髪がサラサラと肩より零れおちている。
「お母さん。コレお願い」 と、楓は箱からバレッタを取り出すと、近くに居た久実さんへ手渡した。
それを受け取った久実さんは、背中を向けて立つ楓の髪にブラシを掛けながら一本に束ねると、手早くバレッタを着けてあげていた。
「はい、出来たわよ。 とても綺麗なバレッタねぇ。良く似合っているわ」 と久実さん。
横に居るマリアベルにブラシを返しながら、穏やかに笑っている。
「えっ、本当に。ねぇねぇ、お姉ちゃんは?」
「はいはい。すごく素敵よ。その綺麗な黒髪が羨ましいわね」
「後で。みんな揃って写真を撮るわよ。 いいわよねっ。旦那さま」 俺は否応なく笑顔で頷いた。
そうやって自慢して回る楓の前に、再び現れたダリルバート。
緊張しているのだろうか。顔が真っ赤である。 その右手には、いつの間に用意したのか可愛い花束が握られていた。
ん。……マリアベルが側でニコニコしている。 なるほど、そういう事ね。
すると、ダリルバートは楓の前に片膝を突き、持っていた花束を捧げつつ。
「か、楓さん。もし宜しければ、僕と友達になってください」 と、真っ赤な顔でお願いしている。
そんな二人の言動を周りの者が、固唾を飲んで見守る中、……楓は少しの間考えていたが。
一歩踏み出し花束を受け取ると、
「うち。カッコイイ男の人が好みなの。 ダリルくんは、う~ん70点! 足りない分は此れから頑張って」 と、花束の香りをかぐような仕草で答えを返していた。
しかし、綺麗な黒髪から覗いている小さな耳は、貰った花のように真っ赤になっていた。
その瞬間。 ――ワワァー!! と、歓声が上がる。お付きの騎士や周りの者がどよめいている。
……うん。なかなか純情で、いい青年ではないか。
「あらあら。将来は、みんなで此方に住む事になるのかしらね~」
「フフフッ。それも良いかもね。いつでも待ってるわよ」
久実さんとマリアベルも楽しそうである。 そして、ここで王様が後ろより登場してきた。
ダリルバートの肩にポンと手を乗せると、
「儂の方からも礼を申すぞ。ありがとう。 そなたの助けがなければ、コヤツはここに居ないであろう」
「まあ、コヤツがこの先、”カッコイイ男” になれるかどうかは未知数ではあるが、努力はしていくであろう。 ずっと仲良くしてやってくれ」
「はい! よろしくお願いいたします」
「ツーハイム卿も頼んだぞ」
「はい。お任せください」 とは言ったものの、強い男にする自信はあるが。
カッコイイ男ねー。俺から見たら、十分カッコイイ男だと思うんだけどね~。
この後は、王族のみの立食パーティーとなり。
二人して冷やかされたり、ダンジョンの事を聞かれたりと結構盛り上がっているようだ。
今日は王族のみのパーティーなので、そこまで気を使う事もなく、楽しくやっている。 もちろん従魔もOKだ。
シロは相変わらず、あちこちに顔を出しては おこぼれを頂いているようだし。ヤカンは、ケットシーのチャトから 王城の事をいろいろ聞いているようである。
俺もいつもの様に、マリアベルとメアリーを両脇にくっ付けて会場を回っていた。
すると、楓とダリルバートがこちらにやって来るのが見えた。流石は王子さまだ。しっかり楓をエスコートしている。
もう緊張も解け、楽しそうに会話しながら回っている様子だ。
「よう、楓。 楽しんでいるか?」
「うん。楽しいよ。 こんな綺麗なドレスを着て、お城でパーティーなんて。みんなに言っても信じてくれないだろうなー」
「そうだな。日本だと、皇族にでも入らないと無理だろうからな」
……このように、楽しくパーティーの夜は過ぎて行くのであった。




