88. 愚痴(ぐち)
今日は昼からマリアベルが遊びに来てくれたので、みんなを連れて温泉施設に遊びに来ているところだ。
露天風呂に浸かり、マリアベルにいろいろと状況説明をしていた。すると洗い場の方から、
「パパいた! マリアいた~♪」 と、ハルが露天風呂に向けて歩み寄って来た。
「きゃー! ハルちゃん会いたかったよぉ~」 と湯舟の中で立ち上がり、両手を広げてハルを迎え入れている。
すると、みんなもハルの側に集まって来た。 ハル大人気である! うん、ここは行くべきではないな。遠くから見守る事にしよう。
子供用に作った、露天風呂の浅場で、ハルを中心にみんなが密集している状態だ。
シロもいつの間にかハルの横に居る。うーん。さすがにあそこに突入する勇気はないな~。
おおっ、サキもハルを囲む輪に加わっているようだ。横の楓やメアリーとも、笑顔で会話してるようだし、上手く打ち解けてくれると良いのだが。
俺はインベントリーから、 ”船盛” 用の木の船を出し。アイスやジュースなどを乗せて何艘か送り出してやった。
これにはハルも女性陣も大喜びで、いい感じに半身浴を楽しんでいるようであった。
そして、しばし温泉入浴を楽しんで、マリアベルが帰るのを見送ってから、俺達もツーハイム邸に帰還した。
夕食を済まし、俺はリビングでシロをモフりながらみんなと談笑していた。ヤカンは楓とサキの前に大人しく座っている。
そこにシオンが静かに近づいて来て小声で、
「温泉施設に国王様がお見えになってます。護衛は2名です」
「うん、分かった。すぐ行こう」 と、俺は立ち上がり、
「ちょっと、そこまで出てくるから。みんな、また明日ね」 と言って、シロを連れて温泉施設に転移した。
「暫くぶりです。お父様」
「おお、婿殿。呼び出してすまんな」 と、俺達は外に出て。いつもの酒場へと向かった。座る席はカウンターだ。
後ろのテーブル席には護衛が座り、俺が持ち込んだ ”ノンアルコールビール” をチビチビやって警戒している。
王様の隣には俺、反対側にはシロが床にお座りしている。完璧な布陣だ。
……まあ。もともとこの町には、そんな やらかすような者は居ないのだが。念には念をという事だな。
王様はシロの頭を撫でながら、干し肉を与えている。それが終わると、向き直り つまみを食べながらエールを飲んでいく。
ジョッキの半分も飲んだところで、いろいろ喋り出した。だいたいが愚痴だ。
あやつは口煩いだの、王冠は重くて肩がこるだの様々だ。そんな話しの中に、こんなものが有った。
「うちの3番目が、やっと纏まりかけた縁談を蹴ってしまい。その上、ある女性冒険者を探すと言い出しおってのう」 と、困ってる様子だ。
なんでも、最近行ったダンジョンでモンスターに囲まれて、危機一髪だったところ。
颯爽と現れた女性冒険者が、魔法とナイフでアッという間に、複数のモンスターを倒してしまったそうだ。
それで、後日、お礼をしようと探しているのだが、これがなかなか見つける事が出来ないらしい。
「あれだけの魔法と、ナイフを使う凄腕の冒険者なので、そこそこ有名なはずだ」 と言って探しているそうだが、該当者が居ないらしい。
……まあ、ダンジョンで出会ったのなら、間違いなく冒険者だろうが。 そこで、その女性冒険者の特徴を聞いて見たところ。
髪は黒髪ロング 魔法はストーンアローを使っていたから土魔法の使い手。
そして、漆黒のロングナイフが赤紫色に発光していたらしいのだ。
うん? ……もしや と思いながらも最後まで聞いていくと。アァー、それ楓だわー。発光するロングナイフに、黒のウェアにシロのライトアーマー。
うん、100%楓だね。 まあ、困っているなら、教えてやるか。
俺は、「そのナイフはこれの事ですかねー」 と、インベントリーより、神さまナイフのレプリカを取り出して、鞘に入ったまま王様に差し出した。
王様はナイフの鞘を払いブレードを確認した。
「いや、刀身が光っていたそうだが?」
「魔力を通すのです」 王様が、魔力を少し流してやると、――ヴォン! と刀身が怪しく赤紫色に発光している。
「おお、正に此れであろう。時に婿殿、このナイフは流行っているのか?」
「いえいえ、そうではなく。私が作らせた物だからです」
「では、件の冒険者を知っておるのか?」
俺は静かに頷いた。 そして、今回の経緯を話していく。
「……そうであったか。マリアベルの妹君であったのか。それは、また……」
「まあ、その辺は本人に話してみない事には、何とも」
「あっ。明後日ですが。王城に遊びに行く予定が有りますので、お礼はその時でよろしいのでは?」
「おお。さすがは婿殿。話が早くて助かる」
王様は その後も散々グチってから、王城へ帰っていかれた。
……王様もいろいろ大変なんだね~。
そして、次の日。昼食を済ませた俺達は、リビングでお茶を飲んでいた。今日は何をしようかと、みんなで話し合っている間に、楓に昨日の事を聞いてみた。
「……ああ、居たねー2人組。 ホブゴブリンとホーンラビットに翻弄されながらも、必死に戦っていたよ」
それで、危なそうだから、少し離れて見ていたらしい。 なるほど。そんな感じだったのか。楓が居なかったら、たぶん終わっていたな。
……しかし、仮にも王子だろう。なぜそのような無謀な事をしていたのやら。




