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71. タマ姉来たる

 俺は露天風呂(ろてんぶろ)のよこに日本で買ったパラソル付きのテーブルと折りたたみ椅子(いす)を取り出した。


 長くお風呂に入ると水分補給(ほきゅう)は必要だよね。


 テーブルの上には、お水・ジュース・アイスクリーム・ミルクセーキ・クレープ・牛丼などを並べていく。


 「のぼせないよう適度に休憩(きゅうけい)はとるんだよー。飲み物とか用意したから適当にとっていってねー」


 一休みしようとみんなに(うなが)しながら、俺はバスローブを羽織(はお)って椅子に腰掛(こしか)けた。 


 もちろんシロとヤカンの分も忘れてない。


 テーブルのよこに牛丼を出してあげると、二匹は尻尾をふりながらなかよく並んで食べている。


 スライダーの方から戻ってきたメアリーとサキにもポンポンとバスローブを投げ渡し椅子へ座らせた。


 (タオル生地のバスローブはしっかりと折りたたんで(おび)でとめています)


 「じゃあお兄さん、そこの蒸しパンとオレンジジュースをください」


 「ほいよ! しっかり遊べたかー」


 「はい、楽しかったです。それにしてもメアリー姉さんの体力にはビックリです」


 「えへへ、それほどでも~」


 メアリーはシャビンシャビンのミルクセーキをロングスプーンを使っておいしそうに食べている。


 「あたしも体力にはそこそこ自信があったのですが、ぜんぜんです」


 蒸しパンをパクつきながら楽しそうに話すサキ。


 「メアリーは獣人(じゅうじん)だし、小さい頃から(きた)えているからなぁ」


 「あ、それなんですけど、この町にはたくさんの獣人さんがいるんですねぇ。(すご)いです。楽しいです!」


 あぁ――、サンタクレスは人族至上主義(しじょうしゅぎ)だからね。獣人が居たとしても、そのほとんどが奴隷(どれい)だったんじゃないかな。


 その点でいくと、このクルーガー王国では獣人だろうと関係なくのびのびと生活しているからなぁ。


 「じゃあサキはしばらくこの町で暮らしてみるか? ダンジョンも近くにあるし、冒険者としてなら十分食べていけると思うぞ」 


 「えっ、それでも良いの~?」


 「今なら日本に帰すことだってできるけど、せっかく異世界に来てるんだ楽しまないともったいないぞぉ」


 「うん、お兄さんありがとう。あたし考えてみるね」


 「まあ、日本とちがって危険なことも多いけどな」 


 と、その話はここで終わらせた。


 今は楽しそうにメアリーとデ〇ズニーランドの話題で盛り上がっている。


 スプラッシュ・マウンテンがどうたらとか、ちらっと聞こえてきたけど……。


 作らないからな! そんなスペースどこにもないし。


 あ、でも、デレクのダンジョンリビングに作るという手もあるか……。


 いやダメだろう。みんなに公開できないし。






 そしてカムバック最終日。


 朝から慶子(けいこ)がクルーガーのお(かね)をゴールドに()えて欲しいと言ってきた。


 まあ、金 (ゴールド) に換えることは簡単ですけど……。


 しかし地金(じがね)のまま日本に持ち込んだとして、何回も換金(かんきん)していたら(あや)しまれるだろう。


 いくら本物のゴールドであったとしても出所を聞かれたらアウトだし。


 裏金というわけではないが、現代社会においてマネー・ロンダリングは非常に難しいのだ。


 そういったわけで、ただいま金細工(きんざいく)をいろいろと製作中である。


 金の(さかずき)、金の箸置(はしお)き、金の印台指輪(いんだいゆびわ)など、デレクにいくつか作ってもらい慶子に渡している。


 こういった【物】にしておいた方があとあと(つぶ)しが()くのだ。


 長年祖母(そぼ)が集めてきたモノだとか、家の家宝だったとかね。


 地球にある金貨でも再現 (コピー) しようと思えばできるんだけど、こちらも数が多くなれば疑われる可能性がでてくるからね。


 ………………


 あちら (地球) へ渡る準備を整えたみんながリビングに集まってくる。


 今回の同行者は、いつものメンバーである俺・シロ・ヤカン・慶子・メアリー・マリアベル・チャト・キロに加え、猫人族(ねこびとぞく)のタマを連れていくことになった。


 タマがどうしても行きたいと言いだしてしまったのだ。


 まあ、あちらの魚事情(さかなじじょう)をキロがうっかり(しゃべ)ってしまったことが原因のようだけど。


 北の一部を除いては内陸部にあるクルーガー王国とちがって、海に囲まれている日本は魚が豊富(ほうふ)だからね。


 どのみち時間は止まっているのだし、たまにはタマ孝行(こうこう)もたまたまでいいだろう。


 そして、もちろんサキにも一旦(いったん)帰らないかと声を掛けたのだが……。


 「あたし今回はいいや」


 「えっ、みんなが心配してるんじゃないか? お母さんとか」


 「…………」


 「またこっちに来たいと思えば連れてくることだってできるし」


 「…………」


 「ゲンちゃん。それぐらいにしといてあげなさい。サキちゃんだっていろいろあるのよ」


 慶子の言葉にサキもコクコク(うなず)いている。


 (いろいろか……)


 すぐにでも帰りたがるだろうと思っていた俺はすこし戸惑(とまど)ったが、


 『まあ、あわてることもないか』


 そう思いなおし、あとは本人の意思に任せることにした。






 準備に若干(じゃっかん)手間取(てまど)りはしたが、昼食を終えてからの出発となった。


 全員に光学迷彩(こうがくめいさい)(ほどこ)し、


 ――トラベル!


 「「「「ただいまー!」」」」


 「ワン!」


 「コン!」


 「ウニャン!」


 「お邪魔(じゃま)しますニャン」


 なんとも(にぎ)やかな帰還(きかん)である。


 「やぁおかえり~。さあ上がって上がって」


 いつものように(しげる)さんが出迎えてくれる。 


 「…………!? ご主人様、どうして誰も出てこないのニャ?」


 「ああ、フウガたちは下の秘密基地(ひみつきち)に居るからね」


 「でも、今日戻ることは知ってるはずニャン」


 「ああ、まあ……」


 「たるんでるニャ! ちょっと行ってくるニャ!」


 あちゃ~、(おこ)ってますよね~。


 まあ、たしかに以前のような緊張感(きんちょうかん)はないよな。平和ボケしてきたかな。


 母屋(おもや)の裏へタマを案内して転移台座(てんいだいざ)への登録を済ませる。


 俺も一緒について行こうとしていると、


 「ご主人様は上でゆっくりしておくのニャ。タマひとりで行ってくるニャン」


 そういい残し、タマは地下秘密基地へ下りていった。


 居間にもどった俺は、帰還中(きかんちゅう)に何事もなかったか茂さんから話をうかがっている。


 すると、やはりというか、ダンジョン前でキャンプしている自衛隊(じえいたい)から人が(たず)ねてきたそうだ。


 来たのは昨日。


 「ダンジョンに出入りしている者を見かけたが、心当たりがあればよろしく」


 ただ、それだけ言って帰っていったそうだ。


 (………………)


 う~ん、そろそろ潮時(しおどき)かな~。


 (こじ)れないうちに、何をやってるのかだけでも説明すべきだよな。


 現在、日本政府からは『ダンジョンへの立ち入り禁止』などの措置(そち)はとられていない。


 これは政府がダンジョンについて今もなお秘匿(ひとく)しているからである。


 なのでダンジョンを探索していても(とが)められることはないと思いたいけど……。






 一方その頃、地下秘密基地では。


 「おにゃーたちはご主人様が帰還(きかん)したのに挨拶(あいさつ)もしないで何してるニャ?」


 怒気(どき)(ふく)んだタマの声が基地内にこだまする。


 「こ、これは、タ、タ、タ、タマ様。どうしてこちらに?」


 「聞いているのはわたしニャ。それでフウガは何処(どこ)にいるニャ?」


 「も、も、申し訳ございません……」 


 タマに耳を引っ張られながら涙目(なみだめ)で答えていく(かげ)たち。


 そのころフウガは、


 タマが来ていることなど夢にも思わず、悠々(ゆうゆう)温泉浴場(おんせんよくじょう)で入浴を楽しんでいた。


 「ふんふんふふ~ん♪」


 鼻歌(はなうた)絶好調(ぜっこうちょう)のフウガである……が、


 「真っ昼間から鼻歌うたって温泉とは、いい身分(みぶん)になったんだにゃーフウガ氏。とっても気持ち良さそうニャン」


 フウガは湯舟(ゆぶね)から飛び上がった。


 ――ゴチン!!


 天井(てんじょう)に頭をぶつけてしまう程に。


 クラクラする頭をおさえながら浴室(よくしつ)の入口に目を向けると、鬼の形相(ぎょうそう)仁王立ち(におうだち)しているタマの姿が。


 ―― oh no!


 (いか)りに満ち、ギラギラと光ったタマの目にフウガのタマは(ちぢ)みあがった。


 そして見事なまでのジャンピング全裸土下座(ぜんらどげざ)である。


 一列に正座させられたフウガと影たち。


 「おにゃーたちは元々奴隷(どれい)だったニャン。ご主人様が買ってくださらなければ、今頃どうなっていたかもわからないニャン。それにゃのに帰還(きかん)挨拶(あいさつ)もせず昼から温泉入って太平楽(たいへいらく)ニャ?」


 「「「「……………」」」」(汗)


 「……それでフウガ氏、レベルはいくつになったんニャ?」


 「「「「……………」」」」(汗)


 「当然上がっているニャ? ダンジョンが目の前ならレベルも上げやすいニャン?」


 「「「「……………」」」」(大汗)


 タマ姉のお小言(こごと)説教(せっきょう)はつづく……。






 そうこうしている内に、健太郎(けんたろう)紗月(さつき)茉莉香(まりか)が次々に学校から帰ってくる。


 これよりダンジョン部の活動開始である。


 装備(そうび)を身に着けた者からダンジョンへ突入(とつにゅう)していく。


 ……それから2時間。


 活動を終えた戦士たちが家に戻ってくる。


 『もどってきた。黄泉(よみ)の国から戦士たちが帰ってきた』


 冗談だから……、シロも眉間(みけん)にしわを寄せてモロのまねしないの。怖いから。


 みんな引き締(ひきし)まった良い顔をしている。まさに命がけだからな。


 嬉しくなった俺は近所のス〇ローから沢山の寿司を買い込み、臨時(りんじ)の【寿司パーティー】を開くことにした。


 「タマもいいのかニャ? 嬉しいニャン!」


 初めて見る沢山(たくさん)の寿司をまえにタマは目を輝かせている。


 シロとヤカン、チャトにはそれぞれ ”ばら寿司” を出してあげ、健太郎には特盛牛丼を付けてやった。


 んっ、寿司と牛丼ってどうなの? っと一瞬おもいもしたが本人は喜んでいるから、まぁいいだろ。


 この思いも掛けない寿司パーティーにみんなは大喜びであった。


 ただし、地下秘密基地ではフウガたちの正座はいまだに続行中であったが。







10月1日 (木曜日)  

次の満月は10月26日

ダンジョン覚醒まで35日



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挿絵(By みてみん)
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