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55. イナリ

 この稲荷山(いなりやま)守護狐(しゅごぎつね)であるヤカンに最近変わったことがなかったかと俺は(たず)ねてみた。


 「最近でございますか……? (ぬし)様のような日ノ本(ひのもと)以外の方を多く見かけるようになりましたね。それからゴミも多くなりました。お山にゴミを捨てていくなんてゆるせません!」


 「お、おう、そうだな。外国人は多くなってるよな。人が多くなればゴミも増える。それは困った問題だな」


 「はい、まったくです!」


 「今年に入ってからはどうだ? 地震による影響(えいきょう)とか出てないか?」


 ヤカンは何回か首を(かし)げながらも考えている。――仕草が可愛い。


 そして何か思い(いた)ったのか、こちらを振り向き、


 「そういえば、あちらから山を下ったところにあまり人が(おとず)れないお(やしろ)がございまして、そのうしろの大岩が五(すん)ほど動いておりましたねぇ」


 なになに、あちらというと山の南東側か。こちらとは違うルートが他にあるのか?


 まぁ登山ルートがいくつかあってもおかしくはないか。


 「ふむ……、では、そこまでの案内を頼めるか?」


 「はい、ヤカンにおまかせください。こちらです!」


 ヤカンのやつ声が(はず)んでるなぁ。こうして行動を共にするような仲間もいないのかな。


 ピョンピョンと()ねるように()けていくヤカンは実に嬉しそうである。


 山頂の一ノ峰(いちのみね)は素通りして、向かったその場所へは3分程で到着した。


 いや、俺たちだからだよね。


 一般人なら20~30分はかかると思うけど。


 普通は(けもの)道を通ったり、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)を駆け下りたりはしないよね。


 「ゲン様到着しました! ……ゲン様?」


 キョロキョロとまわりを見まわすヤカン。


 「おう、ここに居るぞ。すまんなビックリさせて。この結界 (光学迷彩(こうがくめいさい)) を張ってないと人に見られた時にちょっとまずいんでな……」


 俺は光学迷彩を解除(かいじょ)した。


 「そうでございましたか。気がつきませんで申し訳ございません」


 「いやいや、ヤカンが気にすることではないぞ。案内ありがとう」


 「このお社の奥になります。どうぞこちらです」


 ヤカンが案内してくれたのは(がけ)見紛(みまが)うほどのでっかい大岩だった。


 お社と言っていたのは手前にある年季(ねんき)の入った拝殿(はいでん)のことだろう。


 しかし迫力あるなぁ。この大岩が五寸だって……。


 1寸が3㎝だったから5寸だと15㎝ぐらいか。それが分かったのか?


 マジか……。すげーなヤカン。



 ――大岩大神(おおいわおおかみ)――



 拝殿に向かう鳥居にも()られているように、この大岩が御神体(ごしんたい)となっているのだろう。






 さっそく玉垣(たまがき)を乗り()え大岩に触れてみる。


 ――ダンジョン・マップ!


 …………うん、ここだね。この下にダンジョン前広場がある。


 それが少しずつせり上がってきて、この大岩を動かしているんだろうね。


 「あの~、いかがだったのでしょう?」


 「うん、ここで間違いないよ。よく案内してくれた、ヤカンありがと~~~!」


 俺は(うれ)しさのあまりヤカンを盛大にもふってしまった。


 「あっ、その……つい嬉しくなって……すまん!」


 「いえいえ、わたくしもゲン様のお力になれてとても嬉しゅうございます。つきましては、もっともっと()でていただけるとすっごく喜びます!」


 「そうなのか? よ――し!」


 再度ヤカンをもふっていると、シロが尻尾を振って近寄ってきたので、


 「シロもきたか、よ――し!」


 ヤカン共々二匹をふり倒してやった。


 ………………


 ふう、ようやく見つかったか。まずは一休み。


 俺は近くの岩に腰をおろした。


 インベントリーから取り出した皿に干し肉とドーナツを盛り、シロとヤカンの前にそれぞれ出してやった。


 「これは、また変わった食べ物でございますねぇ。まずはお肉の方から……。このお肉は()めば噛むほどに旨味(うまみ)があふれて参ります。とても美味です。そしてこの丸いものは何でしょう? まぁ! 甘くてとってもおいしいです」


 出したおやつが気にいったのか、二匹とも尻尾を()らしながら喜んで食べている。


 ――良かった良かった。


 さて、今回もちょっくら(のぞ)いていきますかね。


 「シロ、ヤカン、そろそろ行くぞ~」


 ジャレて走り回っていたシロとヤカンが俺の元に戻ってくる。


 二匹を連れた俺は大岩を囲っている玉垣に沿()って左側の斜面(しゃめん)を登っていく。


 よし、この辺でいいかな。


 「シロ、ここを下に向かって掘ってくれるか。大きな音を立てると周りに気づかれるから遮音(しゃおん)の結界もよろしく」


 「ワンッ!」


 シロは一()えすると目の前でみるみる大きくなっていく。


 そして前足でガスガス岩土を掘りはじめた。


 「(すご)いです。さすがは神使(しんし)様です」


 そんな重機(じゅうき)顔負けの土木工事を、ヤカンは唖然(あぜん)として見守っていた。






 シロが掘った穴は(ほど)なく貫通(かんつう)


 いっぺん中へ入ったシロが穴から顔を(のぞ)かせる。


 シロは元のわんこサイズに戻っていた。


 「よ~し、うまく掘れたな。えらいぞシロ~」


 両手でわしゃわしゃシロをモフってやる。


 俺はヤカンを手招きして呼びよせると、マグライトを片手に穴へ飛び込んだ。


 穴の中は空洞(くうどう)になっており、俺が着地したのはダンジョン前広場である。


 「ゲン様、灯りが必要でございますね。ここはヤカンにおまかせください!」


 続いて下りてきたヤカンが俺に話しかけてくる。


 「そうか、では頼むな」


 そう返すとヤカンは俺たちの前に立ち、ポウ、ポウ、ポウ、ポウ、いくつもの青白い炎を周りに(とも)してくれた。


 ほほぉ、これが(うわさ)にきく狐火(きつねび)というやつか。


 広いホールだがそれなりに明るくなった。


 「シロ、穴掘りご苦労さん。ヤカンも狐火をありがとう」


 そう言って並んでいるシロとヤカンの頭をわしわしと()でる。


 俺たちはダンジョン広場を奥へ向かって進みはじめた。


 シロはいつものように前を行き、ヤカンは俺の右側にピタリと寄り()っている。


 そして突き当りの階段を下り、1階層のフロアに足を踏み入れた瞬間(しゅんかん)


 ピーン!{時空間魔法(じくうかんまほう)(U)により、ダンジョンの使用者権限(しようしゃけんげん)取得(しゅとく)しました}


 やっぱりそうきたか……。


 頭の中に流れてきたガイダンスのとおり、ダンジョンの使用者権限が取得できるのは時空間魔法という特殊(とくしゅ)なユニークスキルを所持した者だけである。このダンジョンの使用者権限であるが、ダンジョンの全てを支配するダンジョンマスターではない。ダンジョンが円滑(えんかつ)稼働(かどう)できるようにその時代(・・・・)におけるサポートをしていくのが主な目的なのである。いわゆるダンジョンのアドバイザー的ポジションといえばいいのだろうか。対価としてはダンジョンが貯蔵(ちょぞう)している鉱物資源(こうぶつしげん)の利用や加工、ダンジョンリビングの使用やダンジョン転移など、さまざまな特権(とっけん)が用意されている。もちろん、このダンジョンの使用者権限は任意(にんい)なので辞退(じたい)することも可能であるし、逆に管理がおざなりになっていたり、反社会性があると判断されれば任を解かれる場合もある。


 というわけなのだが、俺としては早くこの世界の人間に引き継いでいただきたい。


 まあ、時空間魔法を(さず)ける者の選定はなかなか難しいんだろうけどね。


 (お~いダンジョン。聞こえてるか?)


 [ん。…………聞こえてる]


 (お、おう、そうか。これからよろしく頼むな)


 […………わかった]


 うう~ん、ダンジョンでも無口なパターンとかあるのか?(汗)


 (名前は必要か?)


 […………ほしい]


 (そ、そうか。じゃ……『イナリ』で頼む)


 […………ん。…………イナリ。……………………嬉しい♪]


 おお、嬉しかったんだな。一瞬ダメかと思って(あせ)ったじゃんよー。






 それからしばらく、イナリと会話にならない会話をしながら今の覚醒率(かくせいりつ)についてだとか、他のダンジョンとのリンクは可能かなど基本的なことを聞いていった。


 ………………

 …………

 ……


 ある程度の確認を済ますと、俺たちはダンジョンからでた。


 イナリ (ダンジョン) との会話なら外に居たってできるからね。


 あと、離れる前にシロが掘ったほら穴には認識阻害(にんしきそがい)と人除けの結界をお願いしておいた。


 俺たちは大岩よこの斜面を(くだ)り、拝殿前にある鳥居のところまでおりてきた。


 本来ならヤカンともここでお別れになる。


 だけどなんだか、このまま別れてしまうのは(さび)しい……。


 「なあヤカン、俺たちと一緒に来ないか?」


 ダイレクトに聞いてみた。


 するとヤカンはしばらく考えて、


 「行きたいです。行きたいのですけど、お山が……」


 やはりお山が気になるようだ。どこまでも律儀(りちぎ)なやつだな。


 「お前はよく頑張ったと思うぞ。見てみろ、こんなに人々に愛される山は日本中探したってそうはないぞ。お山が開いたらヤカンはお役御免(やくごめん)になるんだよな?」


 「はい、そのとおりです」


 「今しがた中に入ってわかったと思うが、『お山が開く』というのはこのダンジョンが目覚めるということなんだ。それも残すところあとわずかだ。すぐに迎えにくるから待っててくれよな」


 (なにかフラグっぽくなってしまったが、へし折ってやるから大丈夫だ)


 そう言い残して俺たちは稲荷山を下りていく。


 野干(ヤカン)終始無言(しゅうしむごん)だったが、一緒に下まで見送りにきてくれた。


 「今日は助かったよ。本当にありがとう」


 そう言って俺が振り返ると、……ヤカンの姿はもう何処(どこ)にもなかった。



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挿絵(By みてみん)
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