45. こちらの勇者
マンションから飛び降り自殺を謀ろうとしていた青年、健太郎を半ば強引に連れ出すかたちで俺たちは神社の母屋へと転移してきた。
するとどうしたことか、健太郎は茂さんと面識があるようなのだ。
「んっ、えぇ、健太郎くんじゃないか! どうしたんだい? なぜ、ゲンさんと一緒に?」
「…………」
その問いにだんまりを決め込む健太郎。
さすがに、自殺しようとしていたところを止められたとは言えない。
「えっと……ただいま帰りました。突然の転移で驚かせてしまって申し訳ないです」
「あ、ああ、お帰りなさい…………」
「…………」 俺
「…………」 健
「…………」 茂
「…………」 シロ
みんなが沈黙している中、はじめに口をひらいたのは茂さん。
「いろいろと大変だったよね。病院は退院したんだね。じゃあ、これからは頑張っていかないと」
「は、はぁ……、でも、こんなんじゃ何もできないですし」
健太郎はうつむいたまま、動かない足に拳をぶつけている。
「じゃあ、もし、そのケガが治ったら心機一転頑張れるかい? きっと、ご両親も応援してくれているよ」
「……治るわけないっす。もうダメなんです。俺には何も残っちゃいないんです」
下を向いたまま、ぽろぽろと涙を零している健太郎。
「そんなことはない! ちゃんと残っているさ、ご両親の想いがここに!」
茂さんの握りしめた拳が、ドンドンと自身の左胸に打ちつけられる。
すると、健太郎はぐちゃぐちゃな泣きはらした顔を上げて茂さんの方を見た。
「そうだ。辛くても上を向くんだ。振り返るんじゃない!」
健太郎にはっぱをかけ続ける茂さん。
そして俺の方を向くと、
「ゲンさん。お願いしてもいいだろうか」
「はい、もとよりそのつもりでここに連れてきました。お任せてください」
俺は茂さんに大きく頷くと、部屋の隅でゴロンとしていたシロを呼びよせた。
「健太郎ちょっと失礼するぞ。じっとしててくれ」
車椅子に座っている健太郎の首のうしろに手をあて、
――鑑定!
「ちょ、ちょっと何するんすか? くすぐったいっすよ」
「そのまま動くんじゃない!」
右手を健太郎の首にあてたまま、左手をシロの背中にのせる。
「いくぞシロ……、リカバリー!!」
発声と同時に健太郎の首のまわりが光りだす。
そして、その光は徐々に首の後ろへと流れ込んでいき、しばらくして消えた。
「さあ、もう自由にしていいぞ」
「うっす」
そういって、首をコキコキとならしている健太郎。
「もう立てると思うが筋力はかなり落ちているから無理はするなよ」
「はいぃ?」
そう説明しても、健太郎は『意味不明』といった感じでキョトンとしている。
「す、凄いな! 話には聞いていたけど……。 健太郎君、奇跡は起こるんだよ。さあ、立ってごらん」
一瞬固まっていた茂さんだが、すぐに立ち直ると、やさしく健太郎を促していく。
こういったことにも、ずいぶんと慣れてきたようだね。
治療魔法のことは、このまえ来ていた剛志さんにでも聞いていたんだろう。
「えっ、あれ? こいつ……動くぞ!」
ギャグ混じりに騒いでいた健太郎だったが、再び下を向いて涙を流している。
すると、いつの間に帰ってきたのだろうか紗月が現れ、
「ちょっと健ちゃん泣きすぎだよぉ~。はい、これで顔をふいて!」
そういってタオルをグイグイ顔に押しつけている。
「うぉ、おう。さ、紗月やめろ~~~。て、臭っさ! これ雑巾じゃねーか!」
「ちがう、台ふきだよ」
「…………」 俺
「…………」 茂
「……??」 シロ
さっきまでのシリアスは何処へいった。
いや、そうシリアスでもなかったか。健太郎のやつ、最後はガノタボケかましてたし……。
そのあと茂さんに伺った話によると、この二人は幼馴染みなんだとか。
小学校の低学年までは、よくこの神社に来ては二人で遊んでいたのだという。
それは何とも……、羨まけしからん!
しばらくすると、慶子たちがダンジョンから帰ってきたので、健太郎の紹介も兼ねて夕食をみんなで頂くことになった。
なお、家から連れてきた影たちは、下で自炊しながら仲良くやっていくそうだ。
まあ、元々人前に姿を現わさないのが影だからね。
よって、彼らを束ねるフウガの姿もここにはない。
食材は豊富に取り揃えて保管庫に入れてあるので、美味しいご飯は食べられるだろう。
それから……。
ここ最近は人員も増えてきたし、基地の維持管理も大変になってきたと思う。
運営資金もかなり必要になってくるだろう。
『どのいくらい用意すればいい?』
フウガに聞いたところ。帰ってきた答えは、
『必要ありません』の一言であった。
(何故に?)
訳を聞いてみると、
このまえの東京ダンジョンを発見した際、俺はフウガの功績を認め報奨金を出すようにした。
『これはお前の金だ、何か好きなものに使え』と、20万円を手渡していたのだ。
それを受け取ったフウガは……。
なんと、その20万円を元手に株やFXに投資を始めたのである。
暗号解読やパスワードの無効化により、世界の情勢が手に取るようにわかるフウガ。
――もはや敵なし。
財テク運用資金とは別に、すでに$30,000-をスイス銀行に預けているらしい。
(なぜにスイス銀行? お前はゴルゴか!)
フウガの後ろに立つときは気をつけよう。
「いやいや、あれはフウガにあげたお金だから、それとは別じゃないか?」
「私はもうゲン様の奴隷ではありません。ですが、この身にうけた御恩がございます。ゲン様はキロの目を治してくださいました。その御恩に対し、未だ如何ほども返せておりません。ようやくその機会が巡ってきたのです。どうぞこちら (日本) でのことは、このフウガにおまかせください」
………………
なんてやり取りがあったわけだが……。
これでまた、フウガに違う才能が開花したのかもしれない。
なんか最近、水を得た魚のようにウキウキしてるんだよなぁ。
「えっ、えっ、えええええっ、犬耳と尻尾!?」
健太郎が指差しているのはワンコのシロではない。(シロはフェンリルです)
そう、紗月と仲良く並んでいるメアリーや、そのうしろに控えるキロを差してのことだ。
「俺が住んでいる国には獣人種も多いから、そんなに驚くことでもないぞぉ」
「そうなのか? い、いやそうじゃないだろう。なんでみんな平然とメシ食ってんだよ~」
「今更なに驚いてるのよ。【転移】に【リカバリー】いろいろ見たんでしょう。おとなしくご飯たべなさい!」
マリアベルが俺意外に対して突っこんでいるのは珍しい。よほど健太郎のことがウザかったのだろう。
そんなこんなで夕食も終わり。
テーブルの上が片付けられたところで、茂さんが女神像をテーブルの中央に据えた。
(白のビキニ&パレオ姿の女神さま。いつ見ても素晴らしい!)
そして、みんなが正座して女神像に向かう。
「えっ、なに? 新手の新興宗教か何かなの?」
「もぉー、あんたごちゃごちゃとうるさい! おとなしくココに座ってればいいの」
またもや、マリアベルに一活入れられる健太郎。
「さあ、健太郎君も女神様に祈りを捧げるんだ。その怪我を治した力も女神様に授けられたものだからね」
茂さんがうまいこと説明すると、健太郎も正座して居住まいを正す。
一同が低頭し祈りを捧げた。
すると健太郎の身体は薄白く光って……。
はぁ――――――っ!? 七色に輝いていたのだ。
――幻のレインボー・オーラ。
俺はすぐさま鑑定してみた。
ケンタロウ・クドウ Lv.1
年齢 17
状態 通常
HP 40/40
MP 20/20
筋力 20
防御 20
魔防 20
敏捷 20
器用 20
知力 20
【特殊スキル】 状態異常耐性 言語理解
【スキル】 魔法適性(聖・火・雷・氷)
【称号】 受け継がれし者、勇者、
【加護】 ユカリーナ・サーメクス
どれどれ~。
何じゃ、この規則正しい数字の羅列は!?
それに……、勇者……なのか。
称号には『受け継がれし者』とあるけど、いったい誰から受け継いだんだ?
んっ、待てよ……、
名前がケンタロウ・クドウ。
クドウ……。
もしや、あのクドウか!
それにしたって基礎値が高っかいなー。
『すごい! 5倍以上のエネルギーゲインがある』
魔法属性も多いし、聖・雷・氷の3つは特殊属性だよな。
反則だよ勇者、チートだよ勇者。
ん、でも……。
アースというか、”こちらの勇者” ってことでいいんだよな。
「なぁ健太郎、”工藤しんのすけ” という人物に心当たりはあるか?」
「ああ、知ってる。小さい頃はよく遊んでもらった従兄の兄ちゃんだよ。でも……、しんのすけ兄ちゃんは6年前に突然居なくなったんだ。今もどこに居るのかわからないんだ」
やっぱりかー。
「健太郎、今日からお前は日本の勇者となった。これを受けとれ」
俺はインベントリーから【オリハルコンの剣】と【ミスリルのカイトシールド】を出し、目の前のテーブルの上に置いた。
これはそう、あの勇者クドウが残していた武具である。
全部売らないで取っておいて良かった。
金のオマルなんかもまだ持ってたりするが、これは子供が生まれた時にでも渡してやろう。
役に立つかどうかは別として……。
そして、意味もわからず慌てている健太郎を座らせると、俺は順を追って説明していった。
【異世界】・【ダンジョン】・【勇者】といったワードを聞いて、目をキラキラさせている姿を見ると、そこはかとなく不安になってくる。
俺はこやつを導いていけるのだろうか?
ていうか女神さま?
――こんなこと聞いてないよぉ~。
と、その時である。
{新しいメールが届きました。インベントリーを開いて内容を確認してください}
脳内に響く、聞き覚えのある音声ガイダンス。
女神さまから新着メールが届いたようだ。
このタイミングでのメール? 何となく嫌な感じもするのだが……。




