29. いまさら?
「おぉ――――い、メアリー!」
温泉スライダーを滑り下りてきたメアリーに声をかけた。
「ゲンパパ、なーにー?」
首に掛けたタオルで顔を拭いながら、すたすたすたとメアリーがこちらに歩いてきた。
犬人族のメアリーは今年で16歳。
(大きく育ったものだ、どこがとは言わないが)
できれば、もう少し慎みをだな……。
女の子なんだから前ぐらいは隠しなさいやぁ。
「おう、来たかメアリー。俺たちはまた日本に行ってしまうけど、メアリーも一緒に行くか? ……どうする?」
「うんうん行きたい! サツキともっと遊びたい。デ○ズニーランドも行ってみたい!」
おいおい、欲望に忠実だなぁ。
まあ、2~3週間行ったところで、こちらの時間は止まってるから全然OKな訳だが……。
だけど、アレを連れては行けないぞ。
「メアリー。アオチャンはこちらにおいていくからな」
「――?」
んっ、何かキョトンとして、メアリーは首を傾げている。
何でそんなことを聞くのって感じだ。
「ゲンパパ、大丈夫だよ~。呼んだらすぐ来てくれるから」
――へっ?
「…………」
ええっ、マジか!
「どうやって呼ぶんだ? 教えてくれるか」
「ん、いいよー」
メアリーは右手の人差し指と中指を立て額にあてる。
悟空が瞬間移動する時に相手の気を探っている、まさにそんな仕草だ。
すると次の瞬間、俺たちの頭上に青龍が現れた。
おぉ~、すげ~! マジで来たよー。
「な~に呆けてるのよ。まさか知らなかったの? シロがいるのに?」
マリアベルが呆れている。
話を聞くと、これは従魔の契約者が行う ”従魔召喚術” だそうだ。
特に珍しいものではないらしい。
ほんじゃ試しに……。
指を額に当ててシロを強くイメージして、
――シロ来い!
おお~、成功だ。
シロに乗ったハルまで一緒に召喚されてきたぞ。
「ふぉぉぉ。パパきた、パパきたー!」
(いやいや、来たのはハルの方だからね)
先程までシロと一緒にスライダーを滑っていたハルだが、今は俺の横で湯舟に浸かって、パシャパシャ嬉しそうにはしゃいでいる。
呼ばれたシロの方も、尻尾がふよふよ湯面で揺れていた。
「キャー! 私のハルちゃ~ん♡ あいたかったよー!」
マリアベルも大喜びである。
なるほど、これは確かに便利だな。
俺の場合、シロはいつも傍に居てくれるし、離れていたとしても念話で指示ができたから、そこまで必要性を感じなかったのだ。
まあ、何にしても従魔がすぐに呼べるのなら、それだけでも心強いよな。
これからはどんどん使っていくことにしよう。
ただ、異世界からの従魔召喚となると…………、どうなるんだろう?
………………
そうしているうちに、紗月もみんながいる露天風呂の方にやってきた。
バスタオルを体に巻いたまま、なにやらモジモジしている。
あっ、そゆこと。
俺はくるっと後ろを向いてあげた。
しばらくすると、かかり湯の音がして……、
「もう、大丈夫ですよ」
紗月が声をかけてきたので、俺は体の向きを元に戻した。
「紗月、サーメクスはどうだった? 楽しめたか?」
「はい、とても楽しかったです。ゲンさんがつくったこのデレクの町も素敵です。ダンジョン前の沿道なんかいろんな冒険者の方がいて、『ああ、異世界に来てるんだなぁ』って実感できて興奮しちゃいました。ただ今回、あまりゆっくり出来なかったので、また連れて来てもらえたら嬉しいです」
「そっかそっか、また連れてきてやるぞ。これが俺たちが住んでいる世界だから、気に入ってくれたのなら良かったよ」
流石はラノベ大好きっ子。一発でこの世界に魅了されたみたいだね。
しかし、アース (地球) にはアースの良さがるのだから、あちらでも見識を広げてほしいものだ。
その後は特製ミルクセーキやアイスクリームなどを振舞い、適度に休憩をはさみながら、夕方までのんびりと過ごした。
夕食の後はデレク (ダンジョン) にお願いして純金インゴット100gバージョンの他、喜平のネックレス・ブレスレット・動物を模った置物などを作ってもらった。
日本から持ち込んだシルバーアクセサリーやブロンズ製の置物などをゴロゴロとリビングテーブルに出していく。
それらをサンプルに金で複製していくのだ。製作監修は慶子に任せてある。
これらは金買取サービスでの換金を目的としたものだ。
いわゆる資金調達のためであるが、『目立つことなく継続的におこなう』これがなかなか難しかったりするのですよ。
「シロちゃん、とっても似合うわよ~」
「ワン!」
所用で外していた俺がリビングに戻ってみると、そこには極太の純金ネックレスをはめたシロが堂々と鎮座 (お座り) していた。
――フルサイズで。(体長4m)
「…………」
それって純金だろ、重たくないのか? 100キロぐらいはあるだろう?
さらに周りを見ると、
慶子と紗月、それにメアリーまでもが全身 金キラキンになってキャッキャいっている。
(お ま え ら ~~~~!)
その頭にかぶってるシルクハット (純金) はいったい何キロあるんだよ?
それに、5mもある喜平ネックレス (純金) なんてあるか――――っ!
なんだって? この長~い喜平チェーンが夢だったの?
「…………」
うん、まあ俺も考えないでもなかったけど……。
テーブルの上を見ると、アクセサリーと置物はちゃんと作って並べてある。
ふむ、やることはやったうえで遊んでいたわけか。
おっ、このイッヌの置物はシロじゃないか? 色はキラキラ金だけど。
コレいいな。欲しい……。
――んっ。
視線を感じて、イッヌの置物を手に乗せたまま振り返ってみると、慶子と紗月がシロの隣りでニヤニヤ笑っていた。
あっ ・・・・・・
そういえば、教会からポップコーンの割引券が慶子に届いていたなぁ。
孤児院での医療活動によるものだな。子供たちも喜んでいたようだし。
町の外にある農村部からも、感謝のジャガイモが届いていたよな。
こちらの方は辻ヒールが主だったようだけど。
(辻ヒールとは、通りすがりの者に対して回復魔法をかける行為である)
これらはシロがついてたからこそ、やらせていたのだ。
シロが一緒にいれば、何かあってもすぐカバーしてくれるからな。
治癒魔法を使うためには、普通は教会に所属するか、王都にある医療学院に何年も通い、資格を得る必要がある。
魔法といっても、身体のしくみなどの知識は必要になるのだ。
紗月の方は、ほとんどがダンジョン探索に明け暮れていた印象だけど、休日はメアリーについて王都にいったり、魔法学院を案内してもらったりしていたようだ。
そうそう、数バージョン作った偃月刀をガンツに見せぶらかしに行ったりもしたな。
例によってガンツが偃月刀を見つめたまま動かなくなったので、一振り置いてくることになったけど。
………………
てなわけで、明日には再び地球へ渡る予定なのだが、ここにきて若干二名の者が『私たちもお連れください!』とゴネているのだ。
俺のまえで膝を突き、頭を下げて懇願しているのは、狼人族の兄妹であるフウガとキロである。
以前奴隷商にて購入した二人だが、現在は開放して邸の家人として雇っていた。
主に俺の身辺警護を担当している。
「何処へ向かわれようとも主をお守りするのが俺たちの使命」
そう言って譲らない。
気持ちは分かるのだが……。
俺としては地球というか、日本に慣れてない二人を連れていくのはどうかと迷っているのだ。
それに犬耳と尻尾もあるしな。
やれやれと額に手をあてながら考えていると、
「私も彼らをお供に連れていくべきだと進言致します。今回はゲン様とシロ様だけではないのですから」
シオンまでがそのように言ってくるのだ。
「…………ハァー」
仕方ないか……。
誰でも初めはあるのだしな、慣れるまでは外に出さないようにしておこう。
たしかに諜報に長けた彼らがいれば、いろいろと役には立ってくれるだろうからな。
そんな訳で、今回地球へ渡るメンバーは、
俺とシロ・メアリー・マリアベル・チャト・フウガ・キロ、 そして帰還組の慶子・紗月ということになった。
そして、むかえた翌朝。
朝食のあと、準備を終えリビングに集まってくる面々。
フウガとキロにはマジックバッグを支給する。
それから紗月には、
「これを指に嵌めておけ」
そう言って ”シルバーマジックリング” を差し出したのだが……、
紗月は何やらモジモジしており、なかなか受け取ろうとしない。
んん、どしたの?
「こんな人前で…………」
何かぼそぼそと呟いて顔を真っ赤にしている。
「やたっ! これでサツキも お揃いだね!」
横からメアリーが左手に嵌めたリングを見せている。
――とても嬉しそうだ。
すると周りの女性たちも、指にはめたリングをそれぞれ見せてきた。
もちろん、慶子も同じものをはめている。
それを静かに見まわして、勘違いであることを悟った紗月は、さらに顔を赤くし俯き加減でシルバーマジックリングを受け取るのだった。
そして、地球 (日本) での生活における注意事項を伝えていく。
まず、車に気をつけること。
治安は良いが、不用意に出歩くと要らぬトラブルを招きかねないこと。
監視用の防犯カメラには十分配慮すること。
また、アース (地球) には人族以外はいなので獣人であるメアリー、フウガ、キロの3人は特に気をつけて行動するようにと促した。
まあ、実際に見てみないと分らないだろうし、不足分はあちらでレクチャーしていくしかないだろう。
………………
そろそろ出発しますかね。
とは言ったものの、ただ転移するだけなのだが。
今回は人数が多いので、それぞれみんなで手を握っている。
そして、俺がシロの背中に手を置いた。
「では、シオン行ってくる」
「はい、ゲン様。お気をつけていってらっしゃいませ!」
「シロ、みんなに認識阻害の結界をたのむ。 よし、それじゃあ行こうか」
――トラベル!
俺たちは老松神社の境内へ転移した。




