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16. 大好物

 慶子(けいこ)は俺たちと共に女神像を前に正座していた。


 シロは慶子に寄りそうようにお座りしている。


 すると(しげる)さんまでがこちらにまわってきて女神像の正面に着座した。


 それに手にしているものは 、(しゃく)


 んん、どっから出した?


 いつも持ち歩いているのか?


 さすがは神職(しんしょく)……なのか。


 茂さんの今の姿は作務衣(さむえ)なのだが、笏を持ち正座すると背中がすっと伸び姿勢(しせい)が良くなるよな。


 なるほど、これか!


 『笏は持つ人のその姿勢や、さらには心を正すための持ちものである』


 以前何かで聞いたことがある。


 まぁその昔、笏は役人さんが覚書(おぼえがき)するための ”書きつけ板” だったと言われているんだけど……。


 あの笏だが、ミスリル合金で作ったらかっこよくないか?


 ――戦う神主だな。


 格好(かっこ)はそのまんま神主の平服(へいふく)が良いかな。


 履物(はきもの)は当然草履(ぞうり)だろう。


 安倍晴明(あべのせいめい)みたいな?


 いやいや、安倍晴明は陰陽師(おんみょうじ)だから神主とはまた違うのかな?


 だけど陰陽師も政治の領域にとどまらず占術(せんじゅつ)呪術(じゅじゅつ)、”祭祀(さいし)” をつかさどったとあるので、まったくの無関係ともいいがたいのだが……。






 俺たちは女神像を前に(そろ)って低頭(ていとう)し祈りを(ささ)げた。


 うん、無事に(さず)かったみたいだな。慶子の身体が薄白く光っている。


 鑑定してみると……。



 ケイコ・タケサカ Lv.1


 年齢    70

 状態    通常

 HP   18/18

 MP    9/9

 筋力     5

 防御     6

 魔防     7

 敏捷     6

 器用    14

 知力     7


【スキル】   

【称号】    変えられし者、

【加護】    ユカリーナ・サーメクス



 慶子もまた【加護】を授かっていた。


 まあ、そうなんだろうね。


 30年近くも付き合っていれば、これはもう立派な家族だよな。


 シロにしたって、俺のうしろで守護霊(しゅごれい)として見ていたならわかっているはずだ。


 さてと、今日のところはこんなものだな。


 あとはダンジョンが開いてから、一緒に探索(たんさく)してレベリングしていけばいいだろう。


 あれれっ、慶子は帰るんじゃなかったか?


 「どうした、何か気になることでもあったか?」


 「ううん、もう少しお話ししたいかなぁ~って。できたら夕食もここで一緒にしたいわねぇ」


 「おいおい、それは少し厚かましくないか」


 「いやいやそうだね、こうして出会えたのも神様のお(みちび)きだよ。まもなく娘も帰りますし、ぜひ家で食べていってください」


 「では、そのように。夕食の準備は私もお手伝いしますので」


 ――だってさ。


 なにを(たくら)んでいることやら。……わからん。


 ………………


 「ただいま~。すぐ夕飯の支度するねぇ。えっ、お客さん来てたの? こんにちは~」


 「ああ、おかえり紗月(さつき)。こちらはゲンさんの知り合いで竹坂慶子さん。そして、こっちが娘の紗月です。今日は夕食を一緒にするからね」


 「まあ、紗月ちゃんていうの。いい名前ね~。夕飯の支度(したく)は私も手伝うからよろしくね。着替えたら一緒にお買い物へ行きましょう」


 「はい、すぐに着替えてきますね!」


 紗月は自分の部屋へ飛び込んでいった。


 「ゲンちゃ~ん!」


 慶子は右(てのひら)を俺に差し出している。


 「…………」


 んっ? ああ~。


 ハイハイと俺は1万円札をその掌にのせる。


 「うん十分ね。お釣りはちゃんと返すから」


 ――だそうだ。


 もうねっ、昔のまんまで、おじちゃん泣けてくるよ。 はぁ~。


 そして二人は近くのスーパーまで買い物に出かけていった。


 ちゃっかりシロに頼んで、二人とも浄化を掛けてもらっていたなぁ。


 ……うん? 浄化のこと教えてたかな?






 「なんか元気な方だよねぇ。70歳ってことだけどぜんぜん見えないし、(しっか)りと周りのことが見えているようで、とても素晴らしい人だね」


 「そうですね……、ああはしてますけど、結構(けっこう)振り回されてしまうんですよ。ハハハハハッ!」


 俺は乾いた愛想笑(あいそわら)いを茂さんに返していた。


 ………………


 「「ただいまー」」


 二人が買い物から帰ってきたようだ。


 「慶子さーん早く早く。台所はこっちですよー!」


 「はいはい、今日は美味しいものをいっぱいつくるわよ~」


 居間に顔だけ見せると、楽しそうに話しながら台所へ消えていった。


 「…………」


 あの二人はもう打ち解けてしまったようだな。


 慶子は昔っから若い()には好かれるんだよなぁ。


 まあ、慶子にくっついてるぶんには悪いようにはならないだろうし。


 好きにさせとくか。


 美味しそうな匂いに誘われてシロまで台所の方に行ってしまった。


 ――この軟弱者(なんじゃくもの)


 俺はやることもないので居間で茂さんとテレビを見ていた。


 夕方のこの時間帯はニュース番組ばかりだよな。


 やはり地震関連のニュースが多いようだ。


 気象庁(きしょうちょう)のデータからも震源地(しんげんち)の範囲は限定的で規模(きぼ)は大きくなる一方だそうな。


 女神さまによれば一つ目のダンジョンの覚醒が58日後、すでに2ヵ月を切っているのだ。


 このまま何もしないでいると対応が遅れて大惨事(だいさんじ)になるよな。


 直下型(ちょっかがた)でマグニチュード8とか9の大地震が起こったら、震源地(しんげんち)付近のビルや建物は崩壊(ほうかい)してしまうだろう。


 そうなると、この福岡だけでも1万人を超えるような死者が出るかもしれない。


 地震が連続して続くようなことになれば救援活動(きゅうえんかつどう)も進まないし、その上スタンピードまで発生しょうものなら、犠牲者(ぎせいしゃ)の数はどの位にのぼるか見当もつかない。


 半年程続いている、これまで地震でもかなりの被害がでているみたいだし。


 …………う~ん。


 助かる命があるなら助けたい。


 全てを救うことは不可能なので、それなりに犠牲者は出てしまうだろうが。






 あっ、そうそう。月齢(げつれい)も調べておかないとな。


 新聞、新聞……と。


 う~ん、今度の満月は7月29日だな。


 この前後でもいけるんだよな。チェックして頭に入れていおかないと。


 こうなるとムーンフェイス付きの腕時計なんかがあると便利だよな。


 『ムーンフェイスの付いた腕時なんてどこが良いんだ~?』 なんて思っていた時期もあったけど、今はそれがすーごく欲しいです。


 そうこうしいてるうちに夕食の準備ができたようだ。


 慶子の手料理か……、久しぶりだなぁ。


 何を作ってくれたのかすっごく楽しみだ。


 目の前のテーブルに所狭(ところせま)しと並んでいく料理の数々。


 肉じゃがに、ハンバーグに、麻婆豆腐と、まったくジャンルの違うものが並んでいくのだが……。


 これって俺の大好物(だいこうぶつ)ばかりなのだ。


 「……………………」


 (おさ)えきれない衝動(しょうどう)がこみあげてくる。


 ――ああ、いかん。


 ついに涙腺(るいせん)崩壊(ほうかい)してしまった。






 目頭を押さえながら(よろこ)んでいる俺。


 それを見ていた慶子も、ぽろぽろと涙を(こぼ)している。


 そしてたどたどしく声を詰まらせながら、


 「うっ……、うううっ。どんな気持ちで今日まで過ごしてきたのかわかる? どんな気持ちでここへ来たのかわかる? 来るのがとても(こわ)かった。夢ならこのまま覚めないでと願ったわ」


 「…………」


 「でも、これって現実(げんじつ)なのよね。あなたは(ゲン)なのよね。この前会ったときに掛けてくれたあなたの魔法はとても(あたた)かくて、身体の痛みと(とも)に心の(やみ)まで消し去ってくれたの……」


 慶子は泣きながら俺の前までくると、その場で(くず)れるようにへたりこんだ。


 「おおっと、大丈夫か?」


 俺は座ったまま両手を伸ばし慶子を支えてあげた。


 「なによ、勝手に死んでしまって。 なによ、別れの言葉も残さないで。 なによ、(さび)しい想いばかりさせて。 そしてなんなの、突然帰ってきちゃって!」


 「……バカッ! ……バカッ!  バカ! バカ! バカ! バカ! (ゲン)のバカ――――ッ!」


 「もう私より先に()くことは許さないんだから。もうあんなに(さび)しい想いをするのはイヤなの……」


 涙をこぼし、ふるえている慶子をやさしく抱きしめ、背中をさすってあげた。


 ………………


 どのくらい、そうしていただろう。


 俺はゆっくりと周りに目を向けた。


 すると、みんなも泣いていた。


 紗月は両手で顔を(おお)嗚咽(おえつ)をもらしている。


 ――俺たちのために。


 なんて(あたた)かな家なんだろう。


 ここにお世話になることができて本当によかった。


 この家族(かぞく)と引き合わせてくれたことに感謝いたします。


 …………女神さまありがとう…………



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挿絵(By みてみん)
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