117.救世主
俺達、第ニ小隊所属第3分隊10名。
もっとも危険なエリアと言われる巨大樹の右側の雑居ビル群の中にいた。
先程、運悪く骸骨共に包囲された俺達は必至に応戦して、なんとか危機を脱した。
ところが、負傷者が出たためジワリジワリと後退しながら、戦線の離脱を試みているところだ。
付き添いに2名を同行させた為、現在7名で応戦中だ。
くっ、ここは一旦引いて他の分隊と共闘しながら、2名が戻るのを待つ事にしよう。
俺は中隊本部に連絡をいれ、前にいるゾンビ共を警戒しながらじわりと後退を始めた。
「隊長! 後方よりゾンビ5。距離400」
何だと、ここは雑居ビルの~裏手。
脇道もなければ、飛び込めるビル影もない。
……さっきよりも数が増えている。 ヤツらは音に反応しているのか?
俺達は窮地に立たされていた。
先程の応戦で無理に退路を確保したため、”06式小銃てき弾” (ライフル・グレネード)は残り3発。
発砲するならギリのタイミングだが……。
そして、前方から迫って来るゾンビまで20m。
近い方に1発を発射!
ゾンビ3が消し飛ぶが、すでに後続が迫りつつある。
くっそー。 やはり音で集まって来ているようだ。どうする? どうすればいい?
残りのグレネードぶっ放して、玉砕覚悟で突っ込むか?
いや、ダメだ! こいつらを死なせる訳には……。
と、考えている間にもゾンビはジワリジワリと近づいて来る。
ああ~、もうダメだ。
か、母ちゃん! 助けてくれ~。 ワァ―――!
?! おっ、何だ? ワンコ。
何処から入って来た。
色は白、中型の雑種犬か?
装飾の入った綺麗な赤い首輪をしている。
背中にはキャンパス生地のリュックを背負っている。
そして、何だろうか。 この安心感というか、存在感は。
さっきまでの焦りや恐怖といった衝動が、スゥーっと収まっていく。
それは、一瞬の出来事だった。
目の前にいた白ワンコがフッと消えた瞬間、俺達の退路を断っていたゾンビ共が全て崩れ落ちたのだ。
それも、前後2方向同時にだ……。
なっ、何者なんだ! 白ワンコ。
俺達が呆気に取られて見ていると、ワンコは素早く背中のリュックを下ろした。
そして、中からウォーターガンを5丁と水が入った20リッターの ”聖水” と書かれたポリタンクを取り出すと。
右の前足でペシペシとやっている。
なんだ? これを使えって事か?
俺達がウォーターガンを受け取ると。 その白ワンコは、
「じゃあ、がんばれよ!」 とでも言うが如く、ワンッと一吠えして去っていった。
「……た、隊長。 何だったんですかねー」
「分らん! 分からんが ”救世主” であったと思いたい」
それから俺達、第3分隊は帰って来た2名も加え、快進撃を開始したのは、言うまでもない事だろう……。
そうして、同じような事が2度、3度と続いていく中。
その白犬の噂は瞬く間に広がり、
「赤い首輪の白犬が近づいてきても行動を妨げるな。指示が出たなら、その場は従え」
と、異例とも思える通達が入る程であった。
「あっ、シロさん! お疲れ様です。 ゲン師匠は一緒ではないのですか?」
「……えっ、戦況ですか? そうですね、我々だと3人で掛かってようやく1体ですね。 これでは、他の隊は拙いでしょうな~」
シロさんが念話で聞いてきたので、そう伝えると。
シロさんは背負っていたバッグから、噴霧器を二つに 聖水が入った20リッターのポリタンクを出してくれた。
さらに、聖魔法の結界まで我が班のひとりひとりに施してくれたのだ。
この結界はアンデッドからの攻撃を防ぐだけでなく。
武器を所持すれば、その武器まで聖魔法に覆われるものであった。
つまり、この皆で使っている ”シャベル” がアンデッドへの ”特効の武器” へと変わるのだ。
そして、結界の持続時間は1日はゆっくり持つとのことであった。
凄い! 凄すぎですシロさん。
「ありがとうございます。これで、我が ”ダンジョン探索小隊” も、何とか面目が保てます!」
と、俺がお礼を口にすると、シロさんは
「気にするな!」 と言うかのように、ワンッ! と一吠えして走り去っていった。
シロを送り出した後。 俺はヤカンと共に、アンデッドの巣窟のような道をゆっくりと南池袋に向かって進んでいた。
……んっ! いやいや遊んでる訳ではない。
ただ、裏通りや小さな路地にアンデッドを残さないように、此方に引き付けてから殲滅しているからである。
特に 「法明寺」 と 「本立寺」 のお墓のある近辺では、数多くのスケルトンが湧き上がっており、少々時間を費やしてしまった。
そしてヤカンと共に、お墓に浄化を掛けていくのだった。
だが、俺の聖魔法のレベルは4と低く。 思いの外時間を食う結果になってしまった。(反省)
このお寺区間を過ぎると、南池袋まではスケルトンにはエンカウントせず、ゾンビがたまに出てくる程度であった。
なので、スイスイと目的の南池袋1丁目の交差点へ辿り着くことができた。
「さてと。それじゃあ、シロに枯らすように頼んでおいた巨大樹を見にいきますかね」
と、特に誰に言う訳でもない言葉を吐きながら、俺は巨大樹が生えている 東口5差路をめざして移動を開始した。
11.09 月曜日
11.24 満月