93. ベタ目
俺達はツーハイム邸のリビングにて、お茶を飲みながら軽くミーティングをしていた。
アース行メンバーの準備が整い次第に出発する予定だ。 後は学校組のマリアベルとメアリーが到着するのを待つばかりとなっている。
この間に、ダリルバートに翻訳機能付きイヤークリップ マジックバッグ(ウエストポーチタイプ)
ミスリル・マジック合金製の槍 革鎧などを渡し、日本の事もいろいろとレクチャーしていく。
そして、以前から気になっていた、サキの帰りたがらない理由についてだ。
パワーレベリングに付きっきりだった事もあり、いろいろと喋ってくれるようになった。
小さい頃から母子家庭だった事。祖母にずっと預けられていた事。1年前に祖母が亡くなった事。
母と一緒に住み始めたが、上手く行っていなかった事などなど。 ちょっとと言うか、かなり気になってしまった。
昨日俺は、夕食を済ました後に慶子を交え、サキから詳しい話を聞いてみる事にした。
母は私に無関心でした……。
私が学校から帰るとムセるような変な匂いがしていて、家には知らない男の人が居た。
その人は私を見るなり、逃げるように家から出て行った。 すると母は、はだけた服を直そうともせず、
「あんたもいい年なんだからさぁー、空気ぐらい読みなさいよね~」
……それからというものは学校から帰って、玄関に知らない靴が有るときは、静かにドアを閉めて、ドアの横で待つようにした。
冬場は本当に寒かった。
母が何日も帰らない事も有ったし、電気やガスを止められる事も度々あった。 と、サキはハイライトの消えた目、欲にいう「ベタ目」で、タンタンと述べていくのだった。
これらの話を聞いていた、慶子の身体は震え、こわばっているように見えた。
……ネグレクト(育児放棄)だよな。 面倒見が悪いとか、無責任だとか、世間ではよく言われるが。
要は、「児童虐待」 なんだよなぁ。
理由は、貧困 男癖 脳の障害など、様々有るのだろうが。
しかし、子供にはどうしようもない。 今は家に電話が無い所も多いし、助けを呼ぼうにも、その手段が無いのが現実である。
さらに最近では、
「誰かが私を見張っている」 とか、
「外にはストーカーが沢山いて、跡をつけられている」 など、言動もおかしくなっていったと言う……。
そして極めつけは、押し入れの布団の下から、細い注射器と小さな空の小袋を見付けた時だ。
「これはヤバいやつだ!」 と咄嗟に思ったのだが、見ていない事にしたそうだ。
そんなある日、学校からの帰り道だった。 家に帰りたくなかった彼女は 少しでも外に居ようと、公園のベンチに座って時間を潰していた。
そんな時に突然、足元に魔法陣が現れ、気が付いた時には此方に召喚されていた。 ……と言う話であった。
なるほど。 帰りたがらない訳だ。 彼女には既に帰る場所など無かったのだから。
などと、下を向いて考え込んでいた俺が、ハッ! として顔を上げると。 ポロポロと涙をこぼし、嗚咽を漏らしているサキが目に入った。
そんな彼女の身体を慶子が、
「よく頑張ったわねぇ。大丈夫よ」 と声を掛け、優しく抱きしめていた。
……どこか、やるせなくも。業の深い話であった。
ようやく、マリアベルとメアリーが此方に合流してきた。
既に準備も終っているようなので、「では、行ってくる」 と、シオンに声を掛け、トラベルを発動した。
今回は人数が多かったので、神社の参道ではなく、秘密基地のリビングへ直接転移してきた。
「「「お帰りなさいませ。ご主人様」」」 と、影達が迎えてくれる中。
俺は今回開発した、変装用のサングラスをみんなに配っていく。
このサングラスは ”マジックアイテム” になっており、”光学迷彩” の他。
通常モードと ”夜間暗視モード” の切り替えが出来るようになっている。
頭にターバンを巻けば、どこぞのヒーロー、グレートサイ○マンになれるのだ。
……いや、ナイな。 空飛べないじゃん。 と言う事で、まあ普通に使ってほしい。
俺は帰還の挨拶をしに、シロとマリアベル メアリーを連れて上にあがった。
いきなり、大人数で押し掛けて行っても迷惑が掛かるだろうと。他のみんなは、秘密基地のリビングで寛いでもらうようにした。
玄関の引き戸を開け、「「「ただいまー」」」 と、元気な声で帰りを知らせ。居間に入っていく。
「やあ、お帰りー! お二方も久しぶりだね~。ささっ、座って座って」
「はーい。失礼しまーす」 と、居間の座布団に座っていく。
「いや~。出迎えなくてごめんねー。ちょっとテレビに集中してたから」 と、茂さん。
「いえいえ、お構いなく」 と、返しながら俺もテレビに目を向けた。
そこでは、夕方のニュース番組が放映されており、テレビモニターには、道路に生える巨大な樹木が写し出されていた。
なんだ、あれは! 隣のビルと比べても、優に40mはありそうだ。2日前から出現しだした謎の巨大樹木。
初めは10m程だったらしいが、今もまだ成長を続けているという。
しかも、東京都内7ヶ所に同じような、「謎の巨大樹木」 が一夜にして出現していったと言う事だ。
10.30 金曜日
11.24満月 .06日ダンジョン