表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/154

善道悪津と星川明里①

ブックマーク、評価、感想を下さった方々、本当にありがとうございます!

 夕方の屋上。

 そこに、星川明里はいた。

 髪を靡かせながら、憂いを帯びた表情を浮かべて夕陽を眺める星川。

 その姿に、俺は少しの間見惚れていた。


「あ、あっくん。来たんだ!」


 俺に気付いた星川が天真爛漫な笑みを浮かべ、近づいてくる。


「ああ。……久しぶりだな。ここで、星川と話したのは学園祭二日目の時以来だっけか」


「うん。そうだね。あの時も、これくらいの時間帯だったよね」


「あの時は、まあ驚いた。まさか星川がラブリーエンジェルだったとはな」


 そう。あの時は星川の秘密を俺が知った日。


「だから、今度は俺の秘密を星川に話す番だ」


「うん」


 星川は、俺が言うことを知っているのだろう。

 それでも、星川は俺が自分から話すまで何も言わずに待ってくれた。

 夕方の五時。

 チャイムが鳴る。時間は来た。

 おとぎ話に出るシンデレラのように、薬の効果という魔法が解ける。

 星川の目が僅かに見開かれた。


「これが、本当の俺の姿だ。善道悪津なんて人間は、本当はこの世界に存在していなかったんだ。今まで黙ってて、本当にすまなかった」


 星川に頭を下げる。

 悪道善喜として、だ。

 善道悪津を生み出した人間として、俺が星川にできることはこれくらいしかない。


「……本当だったんだね」


 星川がポツリと呟く。


「イリちゃんから聞いたよ。あなたが、あのイリちゃんのことが大好きな下っ端さんなんだよね?」


「ああ」


「そっか……そっかぁ。それじゃ、私の入る隙間は無いよね」


 困ったような笑みを浮かべて笑う星川。

 俺は、そんな星川に頭を下げることしかできなかった。


「ねえ、あっくんにもう一度会えるかな?」


 少ししてから、星川がそう言った。

 あっくん……ということは、善道悪津の方か。


「あ、ああ。なれると言えば、なれるぞ」


 ポケットの中には、薬がまだいくつかある。

 もう使う気は無かったのだが、一応用意しておいたやつだ。


「じゃあ、もう一度会わせて欲しいな。あなたじゃなくて、私が恋した善道悪津君に」


 星川はそう言って微笑んだ。

 俺は星川の言葉に頷きを返し、薬を一つ飲む。

 暫くしてから、俺の姿が変わる。悪道善喜から、善道悪津へと。


「ふう。これでいいか?」


「うん。ねえ、あっくんはいなくなるんだよね?」


 星川が俺に問いかける。


「ああ。善道悪津は、これが最後のつもりだ」


「うん。そっか。……じゃあ、帰ろっか」


 俺の話を聞いた星川は、目を閉じて少し考え込む様子を見せた後、笑顔を浮かべてそう言った。


「い、いや、ちょっと待てよ! それだけでいいのか?」


 屋上から出ようとする星川を慌てて引き留める。

 正直、もっと何か言われると思っていた。

 星川にどれだけ罵声を浴びせられても、殴られても俺は受け止めなくてはならないと思っていた。


「うーん。なら、私の言うことを三つ聞いて欲しいな」


 星川は俺の言葉を聞いて、少し考え込んだ後にそう告げた。


「俺に出来ることならやるけど、その……付き合うとかは出来ないぞ」


「そんなことして付き合っても意味ないから、そんなことお願いしないよ。ほら、早く帰ろうよ。もう、二人で帰れるのも最後なんだしさ」


 星川はそう言って笑っていたが、その目は少し寂しそうだった。


 そうだよな。これが、星川にとっても俺にとって最後の帰り道になるんだ。

 せめて、この最後の時間が星川にとっていい思い出になるようにしたい。


 ……そう思っていたのだが、びっくりするほど星川はいつも通りだった。

 いつも通り、自分の話やイリス様、愛乃さんの話をして、俺の好きなものや思い出を聞いて来た。

 これが最後ではないんじゃないか、そう思ってしまうくらいにはいつも通りの星川明里だった。


「星川、もう着いたぞ」


 気付けば、星川の家の近くについていた。


「あ、本当だ……。ねえ、あっくんは明日の朝までそのままなんだよね?」


「ん? ああ、そうだな。一応、薬の効果が十五時間くらいだから、明日の八時までかな」


「オッケー! それじゃ、少しここで待ってて!」


 それだけ言うと、星川は急いで自分の家に入っていった。

 そのまま、星川を待つこと数分。


「お待たせ!」


 そこには、大きめのリュックサックを背負って満面の笑みを浮かべる星川の姿があった。


「いや、お待たせって……その荷物、これからどこか行く気なのか?」


「うん! あっくんの家! お泊りしようよ!」


「はああああ!?」


 驚愕する俺を他所に星川が歩き出す。


「あっくんの家ってどこなの?」


「いやいや! ちょっと待て! お前、年頃の女の子が男の家に泊まりに行くなんて、良いわけないだろ!」


「一つ目」


「は?」


「私のお願い三つ聞くって言ったでしょ? だから、一つ目」


 星川の言葉に俺は押し黙る。

 確かに約束した。


「それとも、あの約束は無かったってこと? 悲しいなー。私、あっくんのせいで初恋を存在しないはずの人にしちゃったのになー」


 泣きまねをしながらチラチラとこちらを見る星川。

 星川のセリフは棒読みであったが、その言葉に嘘はないように思えた。


 ぐぬぬ……。

 仕方ない。

 そうだ、今の俺は善道悪津。ギリセーフ……ギリセーフなはずだ。

 ごめんなさいイリス様! これは浮気じゃないんです! 許してください!!


「……分かった」


「やった! じゃあ、早速行こうよ! あ、スーパーにも寄らなきゃ!」


 嬉しそうに笑う星川に連れられて、俺は人生で初めて女の子を家に呼ぶことになった。


 俺の初めてが……!!

 いや、まあ仕方ないか……。コトだけは起こさないように気を付けよう。


***


 先ずは、スーパーに寄って二人で買い物をする。

 買うものを決めていたのか次々とかごに食材を詰める星川。俺は、その星川の横でかごを持ってついて歩いていた。


「何を作るんだ?」


「えっとね、ハンバーグ。あっくん、好きって言ってたでしょ?」


「おう。ハンバーグは大好きだぞ」


「ふふ。楽しみにしててね!」


 買い物を終えた後は、隣り合って俺の家まで歩いて帰った。

 帰り道に、道を歩くおばちゃんに微笑ましいものを見る目を向けられた。


***


「じゃあ、私はハンバーグを作るからちょっと待っててね!」


 腕まくりをして、星川は台所へと向かっていった。


 本当に入れてしまった。

 事実上、俺は星川をフッた男だ。なのに、その星川と二人で一つ屋根の下。

 何も起きないはずがなく……じゃない! 

 何も起きない! 星川はそんな淫らな女の子じゃないはずだ!


 とりあえず、風呂にお湯をためるか。


 お風呂にお湯をため終え、手持ち無沙汰になった俺は台所へ向かった。


「星川、手伝うぞ」


「本当? なら、ハンバーグ一緒にこねよっか」


 星川の横に並んで、ハンバーグをこねる。

 星川は中華の素と卵玉、ねぎを使った簡単なスープを作っていた。


「こね終えたら、私のハンバーグを作っておいてね。焼くところは私がやるから、しっかり愛情こめて作ってね!」


「んなっ……。な、何言ってんだ星川!」


「あはは! 冗談だよ、冗談」


 慌てふためく俺を見て声を出して笑う星川。


 か、からかわれた……。

 く、くそ……やられっぱなしで終われるか!


「……ちゃんと込めてやるよ。星川明里がこれからも輝けるように、俺なりのエールをな」


「そっか……。じゃあ、そのハンバーグ食べたらちゃんと世界一のアイドルにならないといけないね!」


 俺の決死の反撃は星川の純粋な笑顔の前に撃沈した。


***


「はい、できたよー!」


「おお! 美味そう……」


 机の上に並べられたハンバーグに中華風スープ、そしてサラダ。

 シンプルだが、全て美味しそうだった。


「「いただきます!」」


 この世の全ての食材と作ってくれた星川に感謝を込めて、ハンバーグを口に入れる。


「美味い!!」


 溢れる肉汁、肉も程よい柔らかさ。

 味付けも濃ゆすぎず、薄すぎない。正直、好みの味付けだ。


「良かったぁ。喜んでもらえたみたいで!」


「いや、これ本当に美味いわ。味付けってどうしてるんだ?」


「特別なものは何もないよ。んーでも、強いて言えば、たっぷりの愛情が入ってるからかな」


 星川はそう言うと、俺の顔に手を伸ばす。


「え……?」


「はい。ご飯粒、口元についてたよ。子供じゃないんだから、もっと落ち着いて食べなよ」


 クスクス笑いながら妖艶な笑みを浮かべる星川。


 え……?

 何なの? 経験豊富なお姉さんキャラに変わったの?

 違うじゃん。星川明里は、そんな余裕のある女の子じゃなかったじゃん。

 寧ろ、そんなスキンシップとかする時は恥ずかしそうに顔赤くするじゃん。

 そんな平然と愛情がたくさん入ってるっていうような女の子じゃなかったじゃん。


「はい、あっくん。あーん」


 俺が困惑していると、星川が俺に自分が食べていたハンバーグを一切れ切り取って差し出す。


「あ、あーん」


 余りに自然な流れだったせいか、気付けば俺は星川が差し出したハンバーグを口にしていた。


「美味しい?」


「う、うん」


 そのまま、笑顔の星川に見つめられながら俺は星川の手作り料理をたいらげた。

 とても美味しかった。

 後、凄く恥ずかしかった。


「星川、風呂どうする?」


「あっくん先に入りなよ。私はその間にお皿洗っておくからさ」


「いやいや、皿洗いくらいは俺にやらせてくれ」


「なら、一緒に皿洗いしようよ。その後、あっくんからお風呂に入ったら?」


「まあ、そこまで言うなら」


 そんなわけで二人で皿洗いをすることになったのだが、ここでも星川による攻めは止まらなかった。


「こうして並んでると、一緒に暮らしてるみたいだね」


「そ、そうかもな」


「私ね、家事を手伝ってくれる人と結婚したかったんだ。あっくんみたいな人と」


「そ、そうか。……なあ、星川。星川の気持ちは凄く嬉しいんだが、俺は白銀さんのことが好きだから――」


「分かってるよ。でも、私があっくんのことを好きでいるのは別にいいよね?」


 そう言われると何も言い返せない。


「じゃあ、あっくんお風呂行っておいでよ」


「ああ。そうだな。ちょっと行ってくるわ」


 星川に見送られながらお風呂に向かう。


 一回、風呂で冷静になろう。

 あ……そう言えば、俺の家布団一つしかないわ……。

 どうしよう……。


 一抹の不安を感じながら、風呂に向かった。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ようやく一区切り付いたところですね。 善道としての役目ももうそろそろ終わり 星川との関係にも白黒つけて 太郎次郎三郎の三太郎コンビや 下っ端、先生や先輩など サブキャラ達との絡みも少なくな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ