女神
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俺の目の前には笑顔を浮かべる星川の姿があった。
「星川……なんだよな?」
「うん。そうだよ。あっくんの、いや、皆のアイドル・アカリンだよ」
柔らかな笑みを浮かべる星川。
初めて出会った時は、良い意味で星川は子供っぽさがあった。純粋で、真っすぐ、元気いっぱいな女の子だった。
だけど、今の星川は色んな感情を知ったせいか随分と大人びて見えた。
「星川、俺はお前に言わなきゃいけない。お前の気持ちは嬉しいけど、俺は……俺は――」
星川に伝えようとするが、星川はその俺の口に人差し指を付けた。
「分かってるよ。でも、今は先に皆を笑顔にしなきゃ。それは、全部終わった後にしよ」
星川はそう言ってウインクすると、俺の身体を地面に寝かせ、依然としてこちらを睨みつけるタマモに相対する。
「コロスコロスコロス!! 私のモノにならないなら、いっそ消してくれるわあああああ!!」
タマモの尾が九本現れ、その姿が大きくなる。
これがタマモの正体。
「タマちゃん……。ううん。もう言葉はいらないよね。私が止めるよ。タマちゃんの本心を知った私だから、タマちゃんを止められる。全部、終わりにしよう」
星川はそう呟くと、腰から杖を一つ取り出す。
「ラブリーエンジェル・メイクアップ」
星川がその言葉を呟いた瞬間、星川の身体を強烈で、温かな光が包み込む。そして、星川が身に纏っていた黒い衣装が消えていく。
ひ、ひえっ!
星川が裸になっちまう!
見ちゃいけないんじゃないか? いや、でも男として見たくなってしまう。
そんな葛藤を抱えながら星川の姿を見る。
星川の身体が何故か発光しているせいで、星川の裸は見えなかった。ただ、星川の身体の輪郭だけははっきりと見えた。
おお……。
星川って意外と着やせするタイプだったんだな。
どことは言わないが、想像以上に豊かな一部分を見て俺はそう思った。
そして、手足、下半身、上半身の順で星川の身体を衣装が包んでいく。
ラブリーエンジェルといえばミニスカートが特徴的だったのだが、今の星川は神々しさを感じる白いドレスを身に纏っていた。
最後に星川の髪が腰のあたりまで長く伸び、綺麗な金色に染まる。
「め、女神だ……」
それを呟いたのはアカリン教徒の誰かだった。
その言葉通り、比喩ではなく、本物の女神がそこにいると、そう思った。
「私は、皆を笑顔にする世界一のアイドル。そして、皆の愛を笑顔を守る戦士。ラブリーエンジェル・トパーズ!」
星川は名乗りを上げるとともにタマモに突っ込んでいく。
「黙れええええええ!!」
タマモが九本の尾を使って星川を迎撃する。だが、星川が手を一払いするだけで、タマモの尾は弾き飛ばされる。
「つよすぎだろ……」
「ヴィ、ヴィーナスフォームラブ」
俺がポツリと呟くと、いつの間にか横にいたラブリンが解説を始める。
「たくさんの愛を知り、己の醜い感情も何もかもの愛を受け入れる覚悟が出来た時に発現すると呼ばれるラブリーエンジェル最強のフォーム! その姿の前では勝利も敗北もない。ただ、女神の慈愛と包容力によって全ての生物が許される。そう言われているラブ!」
「つまり、どういうことだ?」
「今のラブリーエンジェル・トパーズは無敵ということラブ!」
「な、なるほど!」
ラブリンの説明はよく分からなかったが、星川が無敵なら何の問題もないな!
「くっ……!」
星川がタマモの最後の尾も払い飛ばす。
そして、無防備なタマモに星川がステッキの先端を向ける。
「タマちゃん。これで終わりにしよう。世界にはタマちゃんの知らない愛がたくさんある。それをタマちゃんは知るべきだよ!!」
星川の手に持つ杖に膨大なエネルギーが蓄えられていく。
「やったラブ! 勝った!!」
その様子を見てラブリンがガッツポーズをしながら叫ぶ。
バカ野郎! それはフラグだ!!
ラブリンの口を塞ごうとしたが、手遅れだった。
「シャーッシャッシャッシャ! そこまでですよラブリーエンジェル!!」
突如、響き渡る不快な笑い声。
声のする方を向くと、そこにはアカリン教徒たちと未だに拘束されたままの愛乃さんとイリス様に武器を向けるシャーロンたちがいた。
「あ、あれはシャーロン!? くっ! 人質なんて卑怯ラブ!」
ラブリンが叫ぶ。
人質は卑怯……。残念ながらその言葉は通用しない。何故ならイヴィルダークは悪の組織だからだ。
その中でもシャーロンは手段を選ばないことに定評のある男。
そもそも、何でもありの戦いなのだから、人質を取ることを卑怯とは言えない。
「シャーッシャッシャッシャ! 卑怯? それは私にとって褒め言葉ですねぇ! さあ、ラブリーエンジェル・トパーズよ! 彼らに危害を加えられたくなければどうすればいいか、分かりますよね?」
シャーロンの言葉を聞いた星川が険しい表情を浮かべ、タマモに向けた杖を降ろす。
それを見たシャーロンが嬉しそうに笑い。強化された下っ端たちを星川とタマモの下に向かわせる。
そして、下っ端たちは、星川とタマモに武器を向ける。
「……っ! どういうつもり?」
タマモがシャーロンを睨みつける。
「おお、怖い怖い。いえね、ただ取引をしただけですよ。あの成り上がり部隊長とね。彼は私に新たなモルモットを提供する。代わりに私は、この場でラブリーエンジェルとタマモを始末する」
成り上がり部隊長?
まさか、兄貴のことか? 兄貴は、シャーロンにイリス様たちを始末するように指示を出したのか?
「まさか本当にあの男の言う通りの状況が生まれるとは思いませんでしたよ。でも、いいでしょう。ここでラブリーエンジェルたちを打ち倒せば、私の株がまた上がるというものです! シャーッシャッシャッシャ!」
シャーロンが高らかに笑う中、俺は必死に頭を回していた。
兄貴のことは今はいい。問題はこの状況だ。イリス様たちとアカリン教徒さえなんとかなれば、後は星川が何とかしてくれる。
距離的に、俺はイリス様と愛乃さんはギリギリ助け出せる。だが、アカリン教徒たちは厳しい。
どうする……どうする……。
「アカリン!! 俺たちのことは構うな! やってくれ!」
俺が悩む中、アカリン教徒の一人が叫んだ。
「そうだ! こんな奴らくらい俺たちでもなんとか出来る! それより、アカリンはアカリンがやるべきことをしてくれ!」
「そうだそうだ! そもそも俺たちは死なない! アカリンが世界一のアイドルになるところを見るまではな!」
アカリン教徒たちは恐怖を必死に押し殺したようなぎこちない笑顔を浮かべながらそう言っていた。
あいつら……バカだろ。
だが、好きな人のために自分の命を賭けるその姿勢は嫌いじゃない。
あいつらに託して、俺はイリス様たちを助け出す。そう考えた時だった。アカリン教徒を囲む下っ端の一人が俺をジッと見つめていることに気付いた。
あいつ……まさか、そうなのか?
「やれやれ、うるさい人たちですね。そこまで殺して欲しいなら見せしめに一人くらい殺してあげますよ。やりなさい!!」
「アイー!」
下っ端の一人が太郎に狙いを定める。
一般人の太郎が下っ端たちからの攻撃を食らえば重傷は免れられないだろう。
「やめて!!」
星川が叫ぶ。
自分のせいで太郎たちが傷つけられたと知れば、星川自身が傷つくのは間違いない。
星川が目指すのは皆が笑顔になれる未来。それに俺も同意する。なら、一発大博打を打ってやる。
「ここにイリス教徒がいるなら、俺の言うことを聞け! 人質を守れ!!」
その場にいる全員に聞こえるように大声で叫ぶ。
その間にも、下っ端の持つ武器が太郎に襲い掛かる。
頼む。間に合え!
「アイー!!」
「アイ!?」
太郎を襲う下っ端の身体が吹き飛ぶ。
太郎たちを囲んでいた下っ端の一人が太郎を襲う下っ端を殴り飛ばしたのだ。
「シャ!? ……貴様、裏切るのですか!?」
シャーロンが動揺を露わにする。
突然起きた裏切りに、その場にいる全員が狼狽えていた。
今しかない。
「ラブ!?」
サトリン、もといラブリンの首根っこを掴んでイリス様と愛乃さんを囲む下っ端たちを一人ずつ倒していく。
「星川! 今だ!!」
俺と、シャーロンの部隊に紛れていた俺の部下たちによって人質を守る体制が一時的とはいえ出来た。
星川なら、この隙に決着を付けることが出来る。
「うん! ありがとう皆!」
声を上げた星川は空に飛びあがりシャーロンにステッキを向ける。それと供に、ステッキと星川の身体に膨大なエネルギーが溜まっていく。
「シャ!? くっ! モルモットたち、行きなさい! ラブリーエンジェルを始末するのです!」
「「「ヴァアアアア!!」」」
理性を失った強化下っ端が星川に襲い掛かる。
「「「アアァ……」」」
だが、星川が放つオーラに触れた瞬間、全員が力を失ったかのようにその場にへたり込んでいった。
「な、なにぃ!?」
流石のシャーロンもこれには動揺していた。
「これで終わらせる! 受け止めて! ビッグバン・ラブシュート!!」
「シャアアアアア!!」
星川のステッキから巨大なハートが放たれ、それがシャーロンを包み込む。
そして、シャーロンの姿が白衣を身に纏った一人の男に変わっていった。
あれが、きっとシャーロンの正体。
それが、星川の必殺技で元に戻ったのだろう。
「後は、タマちゃんだけだよ」
シャーロンを浄化した星川がタマモにステッキを向ける。
「……っ。結局、私は利用されて捨てられたってわけね……。いいわ、とどめを差しなさい」
タマモは全てを諦めたような表情を浮かべる。
そのタマモに俺は一つだけ言いたいことがあった。
「タマモ。お前はタマタマ教徒をどう思ってるんだ?」
タマモの下に歩み寄り問いかける。
「ふん。そんなの都合の良い玩具に決まってるじゃない」
タマモの答えは俺が予想しているものだった。
「そうか。でもな、タマモ。三郎は、最初にタマタマ教に入った奴らは本気でお前を愛してたぞ。イリス様よりもお前がいいって言って正々堂々と俺に言ってきた。俺も今回改めて教えられた。本気の思いには本気で返すべきだ。お前は三郎に、タマタマ教徒たちに本気で向き合うべきだ。そうすれば、分かることもあるだろうよ」
俺の言葉にタマモは何も言い返せなかった。ただ、空を眺めていた。
「タマちゃん……。ありがとう。きっとタマちゃんがいなかったら、私は大事なことに気付けないままだった。タマちゃんの渇きが癒えることを祈ってるね」
その言葉と供に、星川のステッキから放たれた大きなハートがタマモを包み込む。
ハートが消えた場所には、ラブリンと同じくらいの大きさの一匹の狐が安らかな表情で寝転がっていた。
タマモが浄化され、イリス様と愛乃さんを拘束していた黒いリングも壊れた。
「明里ちゃん!」
「明里!!」
二人は直ぐに星川の下に駆け寄って、星川に抱き着く。
「かのっち、イリちゃん、ごめんね。本当にごめん。傷つけて、泣かせて、ごめんね」
そう言う星川の目には涙が浮かんでいた。
やっぱり、星川は胸を痛めていたんだな。
「いいよ。そんなこと、気にしないでいいよ。明里ちゃんが戻ってきてよかった……」
「ええ。そうよ。明里が無事なことが一番だわ」
そして、三人は互いの顔を見合わせて涙を流す。
だが、その表情は笑顔だった。
「……行かなくていいラブか?」
ラブリンが問いかけてくる。
こいつはバカなんじゃないだろうか?
「何言ってんだよ。俺の居場所はあそこにないよ」
そう言って、俺はラブリンに背を向ける。
良かった……。
本当に良かった。
不安だった。怖かった。星川が俺の思いを聞いて、元に戻れなくなるんじゃないかって。もう、あの星川は戻ってこないんじゃないかって。
でも、ちゃんと星川は戻ってきてくれた。
あの頃と同じじゃないけど、あの頃以上に成長した姿で戻ってきてくれた。
「……まったく、お前も大概バカラブねぇ」
ラブリンが俺に一枚のハンカチを渡す。
そのハンカチで、目に溜まる涙を拭く、それと同時に身体がふらつく。
そういえば、腹をタマモに突き刺されてたっけ。
血を流しすぎたせいか、意識が徐々に遠のいて行く。
「ちょ! 大丈夫ラブか!?」
ラブリンの声が随分と遠くに聞こえる。
地面のヒンヤリとした感覚が背中に伝わる。
遠のく意識の中、空が目に入った。
雲一つない青空。
今夜は満点の星空が見えそうだ。
変身シーン描くの難しすぎぃ!
(6/11 最後に少しだけ加筆しました!)
ありがとうございました!




