葛藤
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シャーロンのところへ向かうぞ!
ということで、イヴィルダークの基地に乗り込んだのだが……忘れていた。
今の俺の格好は善道悪津。
この組織の人間ではないのだ。
とはいえ、兄貴は事情を知っているはずである。一先ず兄貴の下に向かい事情を説明した。
「諦めろ。その薬は時間経過でしかもとには戻れん」
「まじかよ」
「ふむ。だが、シャーロンの計画か……。なら、俺が聞きだしてやる。お前は俺の部下ということで傍にいて話を聞けばいい」
「おお! 流石兄貴! 頼りになるぜ!」
こうして、俺は兄貴についてシャーロンの下へ向かった。
「シャーシャッシャッシャ! これは珍しい来客ですね」
「久しぶりだな。シャーロン」
兄貴がシャーロンの名を口にした瞬間に、部屋の中にいたシャーロンのモルモットが手に持っていた槍の切っ先を兄貴に向ける。
「タメ口を使うとは分かっていないようですね。あなたは所詮、イリスがいなくなったから部隊長になれただけの雑魚。私の方が立ち位置は遥かに上です。口の利き方には気を付けなさい」
「……これは失礼しました。それで、シャーロン様。一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
偉そうなシャーロンの態度に対して、兄貴が頭を下げる。
何でこんな奴に頭を下げるんだとも思ったが、この場は兄貴に任せることになっている。
悔しいが、俺も兄貴と供に頭を下げる。
「シャッシャッシャ! まあ、いいでしょう。今の私は気分がいいですからね」
シャーロンはとある映像を眺めながら高らかに笑う。
その映像は、先ほどの星川が豹変した場面の映像だった。
「これは……ラブリーエンジェルの一人の姿が変わっているような」
兄貴がポツリと呟く。
「ええ。これが私の研究成果ですよ。まあ、タマモの力を借りなくては成し遂げられなかったという点が悔やまれますがね」
シャーロンがクツクツと笑う。
俺の予想通り、今回の一件にはシャーロンが関わっていることには間違いなさそうだ。
「ほう……。よろしければ、シャーロン様の研究とやらを教えていただいてもよろしいでしょうか?」
兄貴がシャーロンに問いかけると、シャーロンは嬉々として喋りだした。
「大したことはしてませんよ。ただ私がしていた研究は、人の中に新たな人格を生み出す研究です」
「新たな人格?」
「ええ。よく人は、自分の中の葛藤を天使と悪魔を用いて例えますよね? 自分だけのことを考えるのが悪魔。周りのことも考えるのが天使といったところでしょうね。私が生み出した薬は、その悪魔を実際に人間の心に一つの人格として生まれさせることです」
「……なるほど。では、この映像に写っている黒い女の方は、シャーロン様が作った薬を飲んだことで生まれた人格が主人格となった姿ということですか?」
「ええ。普通であれば、ラブリーエンジェルになるほどの人間ですから新たな人格が一つ生まれても主人格に押さえつけられていたでしょう。ですが、そこでタマモが主人格の心を揺さぶり、新たな人格が主人格を乗っ取るチャンスを生み出した。結果として、私の研究は上手く行ったという訳です。見なさい。あの忌々しい小娘たちが簡単に倒される姿! やはり、敵勢力を削るには同士討ちが一番ですよ! シャーシャッシャッシャ!」
天井を見上げ、高らかに笑うシャーロン。
シャーロンの話を聞いた俺の脳裏によぎるのはさっき見た夢だった。
たすけてという言葉。
あれは、乗っ取られた方の星川の叫びか。
「流石はシャーロン様。ところで、乗っ取られた人格が再び蘇る可能性はないのでしょうか?」
「ないでしょうね」
兄貴の質問にシャーロンは得意げにそう言った。
「基本的に人格とはより強い方が力を持つ。今回、主人格が変わったのはそれだけ私が生み出した人格が強くなったということ。おまけにタマモもいます。あのラブリーエンジェルの一人は完全に死んだも同然ですよ。まあ、私の人格とタマモ。この二人を払いのけるほどの強い気持ちを持てば話は別ですがね」
「それは素晴らしい! おい。お前はもう出ろ」
シャーロンの話が終わったところで、兄貴が小声で俺にそう言ってきた。
「俺だけか?」
「ああ。俺はまだこいつと話すことがある」
兄貴とシャーロンの二人の話は気になったが、今は星川のことを考えるべきだと感じて、その場を後にした。
星川の身に起きていることは分かった。
それと同時に、俺ではどうしようもないということも分かった。
シャーロンの話を聞く限り、今回の一件を何とか出来るのは星川自身か、イヴィルダークの力に特効を持つラブリーエンジェルの力を持った愛乃さんとイリス様くらいだ。
だが、一つ気がかりなのは星川が元々ラブリーエンジェルだったということ。
もし仮に、俺の予測が正しいのだとしたら今の星川を止められるのは本当に星川自身だけということになる。
「くそが!!」
イヴィルダークの廊下にある壁を強く殴る。
俺がきっかけで起きた事件だ。
それなのに、俺は何も出来ないのかよ。
後悔とやるせなさが俺の心を埋め尽くす。
このままじゃダメだと分かっているにも関わらず、自分がどうするべきか欠片も思い浮かばない。
それでも、やるしかない。
イヴィルダークの基地を出て、星川に「一度会って、話がしたい」というメッセージを送る。
もう夜だ。だが、ケリを付けるなら早い方がいいに決まっている。
返信は意外なことに直ぐに来た。
星川:いいよ。いつもの河川敷に来て。
そのメッセージを確認した瞬間に、河川敷に向かって走り出す。
俺と星川の二人にとって、思い出の詰まった場所だ。
***
時刻は夜の七時過ぎ。
雲で空が覆われていることもあり、暗い中、星川明里は河川敷の橋の下にいた。
学園祭の前、よく星川がダンスの練習をしていた場所だ。
「あっくん! あっくんから呼んでくれるなんて嬉しいよ!」
星川はニコニコと笑顔を浮かべながら俺の下に駆け寄ってくる。
「あ、そうだ! 聞いてよ! あっくんを誑かすイリちゃんとかのっちなんだけどね、二人とも私がちゃんと倒しといたよ!」
星川は笑顔を一つも崩すことなくそう言った。
倒した……?
どういうことだ?
「ま、まさか殺したのか……?」
「ううん。殺したかったけど、タマちゃんがまだ殺すなって言うから逃がしちゃった。でも、二人とも絶望してたからもうあっくんを誑かさないと思うよ! これで、私とあっくん二人だけの世界を作れるね」
終始、笑顔を絶やさずに心底楽しそうに話す星川。
口調も声の明るさも紛れもない星川だ。だが、その本質が圧倒的に異なっていた。
「ほ、星川、聞いてくれ」
「なあに?」
「俺は、そんなことを望んでいない。今のお前は間違っている。お前はそんな奴じゃないだろ! 俺の知っている星川は、皆を笑顔にしたい――ぐっ!!」
突然、星川が俺の首を握りしめる。
「ねえ? 私が間違っているって言った?」
星川の顔から笑顔が消えた。
その目に光は無く、俺はタマモと対峙した時でさえ感じたことのない恐怖を感じてしまった。
ダメだ。ここで怖気づいて引くわけにはいかない。
「……ああ。お前のやり方じゃ誰も幸せになんかならない!」
「黙れよ」
本当に星川が出しているのかと疑うほどの低い声が響く。
それと同時に星川の手に更に力が入る。
「ぐ……あ……」
「じゃあ、諦めろってことか? お前がイリスと付き合うところを横で手でも叩いて祝福すれば良かったって言うのかよ? いいよなぁ。だって、お前はそれで幸せになれるもんなぁ。で? 私は? 私は幸せになれるの?」
その質問に対する答えを俺は持ち合わせていなかった。
他でもない俺が星川と同じ状況になったら、イリス様に私を諦めた方があなたは幸せになれるなんて言われても、俺はきっと納得できない。
俺自身がイリス様が幸せになれるならそれでもいいと妥協することしか出来ない。
俺は妥協できる。星川は出来ない。それだけの話。
俺が出来るから、星川も妥協しろなんてただの押し付け。星川の気持ちを一つも考えてない答えだ。
そんなこと、絶対に言えない。
「ほらね。言えないじゃん」
星川は寂しげにそう呟いた後、俺の首から手を放した。
「あっくん。私ね、気付いたんだ」
先ほどの鬼気迫る表情から一転して、再び穏やかな表情を浮かべる星川。
「私たちはラブリーエンジェルとしてイヴィルダークの人たちを倒してきたけど、それは私たちの幸せのためにイヴィルダークの人たちの幸せを潰していることだって。それと一緒。誰かの幸せは誰かの不幸かもしれないんだよ。私はただ自分の幸せを追い求めてるだけ。なのに、皆は私を間違っているっていう。なら、もういいよ。間違っていてもいい。私は私の幸せの為だけに戦う。あっくんの気持ちも、もうどうでもいい。力づくであっくんを自分のモノにする」
星川じゃない。
確かに、こいつは星川明里の中にある一つの側面なのかもしれない。
だが、こいつのこの考えが星川明里の考えでいいはずがない。
「ふざけんじゃねえよ……。お前のその考えは星川のもんじゃない」
『バカねぇ』
突如、耳に響く聞きなれた声。
「タマモ……か?」
『ええ。その通り』
その声と同時に星川の首回りに一匹の白い狐が姿を現す。
「てめえ! よくも星川を……!」
『あー怖い怖い。人間は直ぐに人のせいにするから性質が悪いわよね』
「っ! 俺が、お前に責任転嫁してるっていうのかよ」
『ええ。だって、そうでしょ? あなたのさっきの言葉が全てを示してる。星川明里は皆を笑顔にしたい奴だ。星川にとって俺は友達だ。アイドルを目指してる星川だから距離感が近いだけ。星川が俺に恋をするはずがない……ってところかしら?』
タマモが呟いた言葉。
それは確かに、俺が星川に対して思っていたことだ。
『あなたのその偏見のせいで、あなたは明里ちゃんの中に眠るあなたへの恋心に気付けなかった。明里ちゃんの中に眠る嫉妬心に気付けなかった。あなたがその偏見を持っていなければ、こんなことにはなっていないんじゃないの?』
「ま、まさか……そんなわけ……」
『ないって言いきれる?』
……言い切れない。
タマモの言う通り、俺がもっと星川をよく見ていれば、星川の心に眠る恋心に気付いていれば何らかの対処が出来たかもしれないんだ。
『本当、人間は愚かよね。お前はこうだって決めつけて、この人はこうであるべきだって理想を押し付けて、押し付けられた人がどう思うかなんて欠片も考えないんだものね。そのせいで、不幸になる人がいることも知らずに』
タマモはそれだけ言い残して、姿を消した。
「じゃあね、あっくん。私はもう止まらない。止まれない。次会う時は全部終わって、あっくんを私のモノにする時かな」
星川は俺を一瞥して、その場を立ち去った。
呼び止めないといけない。
星川を行かせるわけにはいかない。
分かっているのに、俺の口から星川を呼ぶ声は、星川が見えなくなるまで出ることは無かった。
ありがとうございました!




