反撃の狼煙
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イヴィルダークへ行った日の翌日、放課後にイリス教徒と太郎、次郎を加えた人たちが空き教室に集まっていた。
「昨日と今日で色々と聞いて回った結果、多くの元イリス教徒たちが前野さんと接触していたことが分かりました」
「俺と次郎も善道に言われて調べたけど、俺たちが停学処分を受けていた一週間の間、三郎は夕方によく家を出ていたらしい。後、三郎のもとに前野さんと思しき人が訪れたって話を三郎の兄弟から聞いたぜ」
黒田先輩と太郎の話から考えて、俺の仮設は恐らく正しい。
であれば、やはり俺たちに出来ることは一つだ。
「太郎、黒田先輩、ありがとうございます」
「それで善道君、これから私たちがどうするか思いついたのですか?」
黒田先輩が問いかけてくる。周りのイリス教徒たちも不安げに俺を見つめていた。
「はい」
「「「おお!」」」
俺の返事にイリス教徒たちが湧く。そして、俺に期待の眼差しを向けてくる。
「本当に好きなものは一度心が離れてもまた好きになることが多い。だからこそ、俺は元イリス教徒たちのイリス様を愛する心を信じることにします」
俺がそう言った瞬間に、黒田先輩を始めとして、数人のイリス教徒たちの顔が曇る。
「善道君……気持ちは分かりますがいくら何でもそれは……」
「甘い考え」
黒田先輩がそれを言う前に、俺が言い切る。
「分かってますよ。俺の考えが甘いことは分かっています。でも、それ以外に方法があるとしたら、俺たちはタマタマ教徒たちを実力で封じるしかなくなります。情報操作、武力行使、どちらにせよ人数差を覆せるだけのものは俺たちにはない。この状況を作られた時点で、俺たちはほぼ詰みだったんですよ」
他にも手は考えた。だが、噂というものは大多数に流されていくものだ。特に、学校という多数の意見が重視されやすい環境なら猶更そうだ。
少数派の俺たちが噂を否定しても、それ以上の多数派が噂を肯定する。ならば、中立派がどちらに流れやすいかなんて小学生でも分かることだ。
「俺たちじゃ殆ど何も出来ない。なら、最後は神頼みだ」
俺の言葉を聞いたイリス教徒たちが顔を上げる。
「俺たちが信じたイリス様こそが、この戦いにおける俺たちの最後の切り札。イリス教発足の時に誓った大事なことを忘れた奴らに、今一度イリス様の魅力を叩きつける。可能性はごくわずか。でも、俺は0じゃないと思ってる。俺は最後にイリス様に全てを賭けたい」
少ししてから、黒田先輩がゆっくりと口を開いた。
「……具体的には、何をするつもりなのですか?」
「ミスコンだ」
黒田先輩に、その場にいる全員に聞こえるようにはっきりとそう言う。
僅かな間、沈黙が流れる。
全員が俺の言葉を自分の中に落とし込み、どうするべきか考えているようだった。
「……僕は賛成です。イリス様の魅力なら、何とかしてくれるんじゃないかって思うから」
真っ先に口を開いたのは、一年生のイリス教徒だった。
イリス教内では目立った立場ではなかったし、自分から積極的に発言するようなタイプでもなかったが、ここまで残ってくれている貴重な人材だ。
「俺は、反対だ。イリス様のことは信じてるが、状況が悪すぎる。イリス様にいい印象を持っていない奴らの中でイリス様を表に立たせることは、イリス様を悲しませることになる」
逆に、三年生の一人は悲痛な表情を浮かべながらそう言った。
「その気持ちは分かる。それでも俺は信じてる。状況が悪くても、イリス様の魅力が元イリス教徒に伝わることを。悪意は止めようとしない限りどんどん広がっていく。頼む。協力して欲しい」
心を込めて深く頭を下げる。
今回の件は長引かせるわけにはいかない。こいつらからすれば、噂が治まることを待てばいいと思うのだろう。
だが、本当に不味いのはそこじゃない。一番の問題は、いずれイリス様がラブリーエンジェルとしてタマモと対峙しなければならないということにある。
兄貴の言っていた言葉通り、ラブリーエンジェルたちやタマモが愛の力で戦うのであれば、今の状況はイリス様には不利に、タマモには圧倒的有利に働く。
だからこそ、この状況は直ぐにでも変えないといけない。
「……やりましょう」
その俺の思いが通じたのか、黒田先輩が目を閉じたままそう宣言した。
「代表!?」
反対意見を言った三年生が、信じられないと言った表情を黒田先輩に向ける。
その三年生を黒田先輩は手で制する。
「君の意見は正しいし、よく分かります。それでも、私はこれ以上今の状況が続いていいとは思いません。あの日、WOTEが無くなった運命の日。善道君は私たちにこう言いました。『自分たちの女神を信じていないのか?』と。その時、確かに多くの人が信じていると言った。私も同じです。私はイリス様を信じている。私は、この賭けに乗ります」
黒田先輩は最後に、「君たちは違いますか?」と問いかけた。その問いは、ここに残っているイリス教徒にとって愚問であった。
愚問であったからこそ、ミスコンに反対の姿勢を取ったものにとってこれ以上ないほど厳しい問いであった。
「勿論信じてる。信じているが、それでもイリス様が傷つかない可能性が0とは言い切れない。いや、こんな心配をしてしまう時点で信じているとは言い切れないのかもな」
自嘲気味に三年の先輩はそう言った。
「そんなことはありませんよ」
だから、俺はそれを真っ向から否定する。
「例え信じていても心配することは間違いじゃない。心配しているのは、先輩がイリス様を愛している何よりの証拠です。俺だって、ここにいるイリス教徒たちだってそうです。皆、イリス様が心配でイリス様に悲しい表情をして欲しくないから、ここで集まって話し合ってる」
「ええ。その通りです。信じている。でも、心配はしている。だからこそ私たちには責任がある。イリス様が辛い思いをしないようにするためにね。イリス様を信じて送り出す。そして、イリス様を心配して必死にフォローする。待っていても何も変わりません。なら、その両方を成し遂げてみませんか?」
俺の言葉に黒田先輩が同意する。そして、三年の先輩に手を差し伸べた。
「待っていたら何も変わらない……そうだな。でも、動けば失敗する可能性もある。それは、分かってるよな?」
三年の先輩の言葉に、黒田先輩と俺は強く頷きを返す。
失敗する可能性はもちろんある。それでも、やる価値は十分にあると思っている。
「……分かった。俺も、賛成する」
三年の先輩は、一度天を見上げ息を吐いた後に同意を示してくれた。
「ありがとうございます!」
三年の先輩に頭を下げてから、再び全員を見回す。
やることが決まったなら、後は詳細を詰めていくだけだ。
「それじゃ、行きましょうか」
「行く? どこへ行くのですか?」
黒田先輩の問いに俺は笑顔で答える。
「宣戦布告にですよ」
***
矢場沢学園の地下二階。
そこには、非常に広い部屋が一つある。その部屋で、この学園を裏から牛耳るアカリン教、カノッチ教、タマタマ教、そしてイリス教の教徒たちが一堂に会していた。
「さて、此度の招集が何故行われたか。それを説明願おう善道」
WOTEの元会長の声がけと供に、俺はその場にいる全員の前に立つ。
俺が何を言うのかを多くの教徒たちが楽しみに待つ中、三郎だけは警戒心をむき出しにして俺を睨みつけていた。
「随分と、組織が大きくなった。大きくなったことで手にするものは増えた。でも、大きくなったことで失うものもある。ここらへんで、俺たちは今一度振り返るべきだ。何故、宗教が生まれたか。何故、女神を崇めるか。ここに俺は、女神祭を開催すること宣言する!!」
その宣言と供にその場にざわめきが広がる。
「女神祭……? 何だそれは?」
元会長が俺に説明を求める。
「簡単に言えばミスコンみたいなものです。俺たちが崇める四人の女神に集まっていただき、様々なテーマにそってそれぞれの魅力を引き出す。自分の崇める女神は勿論ですが、自分が崇めない女神の魅力を知ることでより互いに理解を深めていこうというイベントです。ただ、ミスコンと違い公的に一番を決めたりはしません」
一番を主催者側で決めるとなれば、争いが生まれることは容易に想像がつく。それは俺が望むところではない。
今回のイベントの一番の狙いは、元イリス教徒たちにイリス様の魅力を再認識させることだ。
「ふむ……。面白い。では、各宗教の代表、副代表で多数決を取る。全員賛成で可決とする。賛成の者は挙手を」
元会長の一声に合わせて、続々と手が上がる。
だが、アカリン教代表の夜空さんとタマタマ教代表の三郎は手を挙げなかった。
「ふむ。では、一応意見を聞いておこう。アカリン教代表は何故反対を選んだ?」
「一番大事な許可が取れていないからだ」
夜空さんは間髪入れずにそう言った。
「このイベントに欠かせない存在は四人の女神だ。だが、善道の話を聞く限りでは四人の許可は取れていないように思える。先ず四人の許可を得ること。それが出来たなら賛成しよう」
それは余りにも真っ当な意見だった。
真っ当すぎて、その場にいる全員が「確かに」と呟くほどだった。
四人の許可か……。タマモ――前野環からの許可を取るのは簡単だ。愛乃さんと星川もイリス様のためと言えば手伝ってくれるかもしれない。
問題はイリス様だ。
「許可は責任もって俺が取ってきます」
夜空さんにはっきりと宣言する。
取るしかない。取れなければ目的を果たすことすらできないのだから。
「一応聞いておくが、イベント会場、日にち、他にも開催するためには問題がたくさんある。それもある程度の目途が立っているんだよな?」
夜空さんがイベントに欠かせないものを確認してくる。
「そこに関しては、目途が立っています」
学園祭で俺はこの学園の理事長と繋がりを作ることに成功した。その理事長に会場の件はお願いするつもりだ。今日の朝、メールを送ったところ返事がかなり乗り気だったため実現自体は難しくないだろう。
「なら、俺からはもういい。四人の許可が取れたなら賛成しよう」
よし。夜空さんからの許可は取れた。後は三郎だけ。
「では、タマタマ教代表の田中君は何か意見があるか?」
「いや、運営に問題が無いなら俺から言えることは特にないっしょ」
三郎は意外にも、あっさりと引き下がった。
三郎の懸念事項も夜空さんと同じだったということか?
いや、反対意見が少ないならそれに越したことは無い。とにかく、俺は許可を取ることに集中しないとな。
その後、話合いが進み、来週の月曜までに俺が四人の女神の許可を取ってくることになった。
ありがとうございました!