男子ならば――
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目を覚ますと俺は畳の上にいた。周りを見渡すと、どうやら和室の中のようだった。
「お! 善道、目を覚ましたのか!」
「ふう。これで一安心だね」
上半身を起こすと、木刀を持った太郎と次郎がいた。
「お、俺は一体何を……? てか、今は何時だ!?」
「今は夕方の五時半だよ。六時から夕ご飯だったから、ご飯に間に合ってよかったね!」
な、なんだと……。もう六時なのか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! じゃあ、嵐山は!? 渡月橋はもう行ったのか!?」
修学旅行の元々のプランでは初日に奈良の大仏、更には嵐山を訪れる予定だった。
だが、俺は既に旅館と思われる場所にいる。つまり……。
「善道が気を失っている間に終わったぞ」
「くそおおおお!!」
畳を強く叩く。
俺は、なんて無駄な時間を過ごしちまったんだ!!
「……善道。気持ちは分かる。だから、ちゃんと用意しておいたぞ」
絶望を感じていると、太郎に肩を叩かれる。
太郎の方を向くと、太郎は俺に一本の木刀を差し出してきた。恐らく、嵐山で買ったお土産品なのだろう。
「何だよこれ……」
「これが欲しかったんだろ!」
とてもいい笑顔で太郎はそう言った。
「違うわ! 普通に旅行を楽しめなかったことを悔しがってんだよ! 木刀なんているか!」
「……聞き捨てならないね」
俺の言葉に、次郎がピクリと耳を動かし反応する。
次郎からはとてつもない気迫が溢れていた。
「善道君。君にはこの木刀の輝きが分からないのかい? もし、僕の愛刀・虎徹を見てもまだ木刀なんかって言えるなら、ここで切り捨ててあげるよ」
「確かにな。俺も同じ気持ちだぜ善道。木刀を馬鹿にすることは、この俺の愛刀・正宗の名に懸けて俺も許すわけにはいかねえな」
次郎と太郎の二人が木刀の切っ先を俺に向けてくる。その切っ先は光が当たって、輝いているように見えた。
二人の気迫はとてつもなく、思わず二人の背後に侍を感じてしまうほどには、気圧されてしまった。
それと同時に、俺の中に眠る少年の頃の思いがふつふつと沸き上がってくる。
「木刀なんか……か。確かにそれは失言だったな。謝ろう。だが、侍が一度刀を抜くとことがどういうことか、二人とも分かっているんだろうな?」
太郎が俺に差し出していた木刀を拾い、腰に差す。
侍が刀を抜くとき、それは即ちやるかやられるか、その覚悟を決めるということだ。
「挨拶だけしておこう。俺はかつて西小の柱と呼ばれた男。愛刀の名は村正。久しぶりに、この刀が血を欲しているぜ」
ぺろりと木刀の切っ先を舐める。
太郎と次郎は、俺の言葉に目を見開き動揺していた。
「なっ!? まさか、お前があの悪鬼羅刹と呼ばれていた西小の柱だったのか!」
「す、凄いオーラだ……! でも、僕と太郎だって東小では、上弦、下弦の月と呼ばれていたんだ! 負けてたまるかあああ!!」
太郎と次郎の木刀が俺に斬りかかる。
太郎と次郎も異名持ちだったとは驚いた。だが、こいつらは西小の柱のことを噂でしか知らなかったらしい。
それが、お前らの敗因だ。
「流星」
それは空を駆ける流れ星の如く、美しく、人を魅了する刹那の抜刀術。
この”流星”が叶える願いはただ一つ。
この俺の勝利だけだ。
「「グハァ!!」」
手ごたえは十分。
俺の必殺技を受けた太郎と次郎が膝をつく。
この程度か……。少し期待したけど、やはり俺に勝てるのは俺だけらしい。
村正を腰に差し、二人に背を向ける。その直後だった。
「がはっ!?」
突如、腹に激痛が走る。
馬鹿な!? 太郎と次郎の刀は俺に当たっていなかったはず……。
「……はは。流石に、西小の柱は強いな。だが、一矢報いることは出来たみたいだ」
「そうだね。僕らの鏡花水月は頂点にも通用するみたいだ……」
よく見ると、俺の足元には次郎の虎徹が落ちていた。
ま、まさか……太郎の攻撃と俺の流星がぶつかる瞬間に死角から刀を投げていたのか!?
そのダメージが後になって効いてきたというのか!?
「やるじゃねえか……」
俺と太郎と次郎の三人が倒れこむ。
この戦いは痛み分けで終わった。
「何してるっしょ。今から夕ご飯だから、さっさと起き上って移動するっしょ」
「「「飯だ!」」」
三郎に呼ばれ、素早く起き上がる。
身体の痛み? そんなの加減してるに決まってるだろ。
そんなことより飯だ飯! 旅館のご飯楽しみだなぁ!
***
「いやー、飯美味かったな!」
ご飯を食い終わった後、俺は部屋に戻る途中でトイレに寄っていた。
「よう。善道で合っているよな?」」
用を済ませていると、俺の隣に来た男子生徒に声を掛けられる。
「おう。そう言うお前は誰だ?」
「俺の名前は江口。よろしくな」
江口と名乗る男子はそれから黙って、俺を見つめてきていた。
トイレにいるのに、何故こいつは何もせずに俺を見てくるんだ? もしかして、俺の下半身に興味があるのか……?
江口のことを不審に思っていると、俺の用が済んだところで江口が口を開いた。
「女の裸に興味はないか?」
「イリス様の裸には興味がある」
即答した。
俺の一切の迷いのない回答を聞き、江口がクツクツと笑う。
「流石はイリス教徒と言ったところか。今日の二十時、丁度お前らのクラスの女子がお風呂に入る時間だ。そこで、俺たちは一世一代の大勝負に出る。仲間は多い方がいい。もし、来たければ男風呂に来い」
江口はそれだけ言い残してトイレから出て行った。
覗きか。
それは男の夢。
おまけに今年は、イリス様を始めとして星川に愛乃さん、前野さんという屈指の美少女が揃っている。
その辺のアイドルより可愛い彼女たちの裸、あるいはタオルで覆われただけの姿を拝めるなら、多少のリスクを背負う価値は十分にある。
恐らく、全ての男子とは言わないまでもかなり多くの男子が二十時に風呂場に集まるだろう。
トイレから出て、自分の部屋に戻る。部屋に戻ると、太郎、次郎、三郎の三人がどこかソワソワしていた。
その様子を横目に、俺は窓の外を眺める。
リスクは余りにも高すぎる。参加者も多い。恐らくと言うか、確実にバレるだろう。
それでもあいつらは止まらない。現に俺自身、江口の話を聞いた時から心臓がドキドキと高鳴っている。その時を楽しみに思ってしまっている。
結局、俺も男子高校生ということか。
そして、運命の時が来る。
二十時。俺は男風呂にいた。
***<side 江口>***
運命の時まで十分をきった。
この日を待ち望んでいた。
全ての始まりは、入学式の日だった。愛乃花音に星川明里。この二人の美少女を見た瞬間に、高校二年の修学旅行でことを起こすと決めていた。
白銀イリスに前野環という美少女が新たに加わり、その思いはより強くなった。
修学旅行のしおりが配られ、泊まる旅館が分かった瞬間に、その旅館まで行き、風呂をチェックした。
この旅館の風呂は内湯と外湯、つまり、露天風呂がある。内湯を覗くことは難しいが。露天風呂は何と、女湯と大きな柵一つだけで仕切られており、柵よりも高い位置まで登れば十分に覗きは可能だということが分かった。
二日目に泊まる旅館はこことは違い、男湯と女湯が離れた位置にあり覗きは難しい。勝負はこの日しかなかった。
「江口。先ほど連絡がありました。ターゲットたちが女湯に入っていったみたいですよ」
俺の横でスタンバイしていた金満が俺に囁く。ここまでこいつには金銭面で多くの支援をしてもらった。
「そうか。金満、ありがとな。お前がいなければこの計画は破綻していた」
「そんなお礼に一銭の価値もありませんよ。僕が欲しいものは……分かっているでしょう?」
「ああ。覗くときは約束通りお前に優先権を与える」
それでいいと言わんばかりに、満足げな笑みを浮かべる金満。
時は満ちた。後は、どれだけの仲間が集まるかだな。
男風呂に向かうと、更衣室は男子生徒でいっぱいになっていた。
修学旅行の風呂の時間。本来、男子のテンションがかなり高くなっていてもおかしくない時間帯にも関わらず、更衣室の中は異様な静寂と緊張感で包まれていた。
見る限り、まだ葛藤しているものも多そうだな。だが、ここから先にその迷いは邪魔になる。
こいつらの理性をぶち壊し、本能のままに動く獣にしなくてはならない。
「お前ら! 聞け!」
俺の下に全員の注目が集まる。
「今宵、俺たちは大きな挑戦に挑む。人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、そして、性欲と言われている。今からの行動に罪悪感を感じる者もいるだろう。だが、その考えは捨てろ! かつて、俺たちは食欲を満たすためにマンモスを狩った! 睡眠欲を満たすために安全な地を求めた! 性欲を満たすために裸で生活していた! 思いだせ。裸を見られることも、裸を見ることも全て普通のことだ! 俺たちの細胞の叫びを聞け! 俺たちのDNAが望むままに動け!」
男子たちの目の色が変わる。情欲にまみれた、獣の目だ。
「時は満ちた! 今こそエデンの園へと足を踏み入れる時! 行くぞおおおお!!」
「「「うおおおおお!!!」」」
地鳴りのような歓声が沸き上がる。
完璧だ。これでこいつらは理性を失った獣と化した。最早、俺たちは誰にも止められない。
「素晴らしい。流石は『本能の求道者・江口』と言ったところですね。ところで、善道は参加しているのですか?」
金満が真剣な表情で俺に問いかけてくる。
善道悪津。
敵に回すとこれ以上ないほど厄介な相手だ。だが、味方にすればとてつもないほどの安心感を得ることが出来る。
奴の恐ろしいところは、そのカリスマ性。自らの味方をどんどん増やし、その味方の士気を上げることに関しては恐ろしい才能を持っている。
「参加しているはずだ。あいつと同じ部屋の田中三郎からここにいると聞いたぞ」
「そうですか。まあ、彼も所詮は一人のオスだったということですね」
金満がホッとした表情を浮かべる。
だが、安心はできない。まだまだエデンの園に辿り着くことは出来ていないのだから。
「金満。事前の打ち合わせ通り――」
「脚立の準備ですよね。もう進めています。あと五分もすれば持ってこれますよ」
「助かる。よし、行くぞ」
続々と風呂場に駆け込む男子たちに続き、俺も風呂場に入る。
ゴールは目前だった。
だが、露天風呂に入ったところで、前方にいた男子たちの足が止まる。その様子は分からないが、明らかに動揺しているようだった。
まさか……。バレていたのか? いや、女子にも教師にもバレないように十分に注意していた。
あるとすれば、この作戦を知っているものが妨害するくらいだが……まさか!
男子生徒をかき分け、前に進む。その先に待っていたのは――。
「……やはり立ちはだかるか」
「悪いな江口。俺の中の一番は、いつだってイリス様なんだよ」
――木刀を構えた善道悪津だった。
***<side end>***
勝つのは、生物としての本能か、一人の男の信念か。
次回「漢だからこそ――」
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