婚姻届二枚
お久しぶりです!
我が家のリビング。
そこで、俺はイリス、星川、愛乃さんの三人の前で正座していた。
どうしてこうなってしまったのか。
俺はただ星川をパパラッチという名の恐怖から救い出そうとしていただけなのに……!!
「で、何か申し開きはあるかしら?」
イリスのジト目が俺を突き刺す。
誤解されるわけにはいかないと、直ぐに反論する。
「星川が寝室に行きたいって言ったから星川を寝室に連れて行こうと思っただけだ!」
「善喜はこう言ってるけど、どうなの?」
イリスが星川に目を向ける。
星川はさっきのことを思い出したのか顔を赤くしていた。
「そ、それは……でも、先に誘ってきたのはあっくんだよ!」
「そりゃ、誘うだろ。友達がわざわざ来たんだからおもてなししないと」
「お、おもてなしって……あっくんはいつからそんな野獣になっちゃったのさ!」
顔を真っ赤にする星川だが、友人をおもてなしするだけで何故野獣と言われるのだろうか。
寧ろ俺は星川をスキャンダルから守ろうとした騎士のつもりだったんだが。
「はぁ、どうも二人の会話が噛み合ってないみたいね。善喜、ちゃんと話なさい。どうして、あなたは明里を寝室に連れて行こうとしたの?」
「そりゃ、星川が今や超有名アイドルだからスキャンダルとかにあったら不味いだろ。だから、万が一にも星川がパパラッチとかに変な写真を撮られないように外部の目から隠そうとしたんだよ」
「え……そ、それだけ?」
星川が目を点にして固まる。逆に聞きたいのだが、他に何かあるのだろうか。
「ま、紛らわしいことしないでよ! バカ! あんぽんたん!」
星川が顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
あんぽんたんって……今時言う奴いないぞ……。
だが、変な誤解は解けたらしい。これで一安心だ。
「ごめん、イリちゃん、勝手に勘違いして変なこと言っちゃって」
「気にしないで。ちゃんと理由を言わずに一人で突っ走る善喜が悪いのよ」
「え? 俺が悪いの?」
「そうよ。昔からそうじゃない。私がイヴィルダークを出て行った後だって、あなたがイヴィルダークに残る理由をちゃんと話してくれてたらもっと早く付き合えてたかもしれないのに……」
後半は声が小さくて聞き取れなかったが、言われてみれば確かに俺にはそういうところがあるかもしれない。
誤解の恐ろしさは高校生の頃にいった修学旅行で嫌というほど味わっている。
イリスを悲しませないためにも次からはちゃんと理由を言うように意識しないとな。
「まあまあ、この話はこの辺にして、本題についてそろそろ話そうよ」
「そうね。それじゃ、ダイニングの方で話しましょうか」
「じゃあ、俺は飲み物準備するわ。三人ともコーヒーでいいか?」
三人から頷きが帰って来たので、立ち上がりキッチンへ向かいコーヒーをささっと準備する。
その間に三人はコソコソと小声で何やら相談事をしているようだった。
それにしても、こうしてあの三人が集まるところを見るのは感慨深いものがある。
勿論、定期的に三人で集まっていることは知っているが、この三人は俺にとって正に青春そのものだからな。
ちなみにイリスは人生そのものである。
「ほい、コーヒー。牛乳と砂糖は好きに入れてくれ」
マグカップに入ったコーヒーをテーブルの上に置き、牛乳と砂糖を横に添える。
三人はありがとうと言ってから、それぞれコーヒーに口を付ける。
四人がテーブルに座り、一息ついてからイリスが俺の前に紙を二枚差し出した。
「なにこれ?」
「婚姻届よ」
「婚姻届? ああ、もしかして星川と愛乃さんが結婚するのか? それはめでたいな! 二人ともおめでとう!」
「あはは、ありがとう」
「う、うん」
お祝いの言葉に愛乃さんは苦笑い、星川は忙しなく視線をキョロキョロと
させる。
それにしても、愛乃さんと星川が結婚か。
二人ともあまりそういう話を聞かない意外ではある。
「ところで、相手は誰なんだ?」
何気なくそう聞くと、イリス、星川、愛乃さんの三人が互いに目を見合わせ、それから俺に視線を向けた。
何故、俺に?
いや、待てよ……。
朝のニュースのことが俺の頭をよぎる。
まさかと思いもう一度差し出された婚姻届に目を落とす。
二枚の婚姻届はどちらも妻になる人の欄には名前が書いてあり、その隣の夫になる人の欄が空欄のままだった。
お、おいおい。これは夢か?
そんなバカなことがあってたまるかよ。
「あ、あれー、この婚姻届、肝心の二人の相手の欄が空欄だぞ。何やってんだよ」
「いえ、それでいいのよ」
そう言葉を返したのはイリスだった。
イリスは真剣な表情を浮かべながら俺を真っすぐ見据える。
「今すぐ決めろとは言わないわ。ただ、明里と花音の気持ちがこれよ」
「そ、それってつまり……」
急速に鼓動を早める心臓に手を当てながら星川に目を向ける。
「こんなこと言われても迷惑かもしれないけど、でも、私はやっぱりあっくんのことが好きなんだ。あっくんとイリちゃんさえよければ、私はあっくんと結婚したい」
星川はどこか不安そうにしながらも覚悟を決めた表情でそう言い切った。
愛乃さんもなのかと思い、愛乃さんに目を向ける。
「私は、明里ちゃんとイリスちゃんと三人で笑って楽しく過ごせたら凄く幸せだなって思うんだ。だけど、女の子同士で結婚ってこの国じゃ出来ないでしょ? だから、ハーレムを作れば女の子同士でもずっと一緒にいられるなって思ったの。悪道君を利用するみたいな言い方になっちゃってるけど、悪道君のことも好きだから結婚したいなって」
頭はショート寸前である。
まあ、星川の気持ちも愛乃さんの気持ちも分からなくはない。
星川は高校時代俺のことを好きだと言ってくれてたし、愛乃さんは愛乃さんでイリスのこと大好きな人だったから。
だけど、いきなりハーレムだよって言われても「やったぜ!」とはなれない。
そ、そうだ! イリスはこの件についてどう思ってるんだ!?
「イ、イリスはどうなんだよ?」
「どこの馬の骨とも分からない子ならまだしも、明里と花音からは数年前から相談されてたの。この二人なら、私は反対するつもりはないわ」
「うっそーん」
驚くべきことにイリスは坦々とそう言った。
てか、数年前からなのかよ。
俺だけ何も知らなかったってこと?
「で、どうするのかしら?」
イリスが俺に問いかける。
改めて三人の表情を見る。どこか申し訳なさそうな表情にも見える星川。
政治家になったせいかこんな時でも綺麗な笑顔を向けてくる愛乃さん。
そして、この話が始まった時から終始真顔のイリス。
くっ……!
考えろ。考えるんだ。
つまり、手を伸ばせば絶世の美女三人によるハーレムを俺は手にすることが出来る。
だが、待て。俺はイリスを愛している。
紛れもなく世界で一番。
ハーレムを作った場合、イリスとの二人っきりの時間が減るというリスクがある。
他にも、俺の中でイリスと星川、愛乃さんへの扱いに差が出るという可能性だってある。
ハーレムと言っても、結婚だ。結婚した相手は幸せにしたい。
俺に出来るのか?
星川と愛乃さんをイリスと同じくらい愛して、幸せにする。
その覚悟が俺にあるのか?
てか、イリスもイリスだよ!
簡単に納得するなよ! 少しくらいは、「ダメよ! 善喜は私だけの大切な夫なんだから、いくら二人でも簡単にはあげないわ!」とか、そういう嫉妬はないのか!?
あ、頭がこんがらがって来た……かくなる上は!
「すまん! 今すぐ答え出すのは無理だ! 時間を貰う! あと、イリスはちょっとくらい嫉妬してくれたっていいと思います!」
「夕飯までには帰って来なさいよ」
「はい!!」
イリスの言葉に返事を返し、家を飛び出す。
「どうすればいいんだああああ!!」
叫びながら俺は街を駆けた。
***<side イリス>***
「ね、ねえ、イリちゃん。追いかけなくていいの?」
善喜が家を出て直ぐに明里が私に問いかける。
その表情は少し暗い。
今回の件で最後まで迷っていたのは意外にも明里だった。恐らく、今でも善喜と自分が結婚してもいいのか悩んでいるのだろう。
「明里、今回のことを私が認めている以上、後は善喜の判断次第よ。もしかしたら、私がお願いすれば彼は受け入れてくれるかもしれない。でも、それじゃ意味は無いわ」
「それは、そうだよね」
「分かってくれたならよかったわ。それじゃ、お茶菓子でも出して善喜を待ちましょうか」
「うん。あ、ごめん。私お手洗い借りるね」
そう言うと、明里はリビングを後にした。
その間に、私はキッチンへ行きお茶菓子の準備をする。
「嫉妬して欲しいだって。悪道君も可愛いところあるんだね」
振り返ると背後にはニコニコと楽し気に微笑む花音がいた。
「そうね」
「後で悪道君に教えてあげようかな。イリスちゃんの説得に数年かかったって話。でも、あれだけ拒否してたのにどうして急に賛同してくれたの?」
花音に言われ、初めて花音に「ハーレム計画」について話されたことを思い出す。
当時の私は善喜との時間が減るということが嫌で、花音の提案にNOを突きつけていた。
気が変わった一番の理由は善喜と自分の関係に自信を持てるようになったからかもしれない。
「こんなこと言うと二人には少し失礼かもしれないけど、自信がついたのよ。前までは善喜の気持ちが私から離れていくんじゃないかって怖さがあった。でも、今は紛れもなく善喜の中で私が一番っていう自信がある。それに、善喜みたいな簡単に自分の命を投げ捨てようとする人は大切なものが多い方がいいのよ。絶対にね」
今でも善喜と二人で過ごす時間が減るのは寂しいし、嫌だ。でも、それ以上に私は善喜を愛する人として、彼には幸せでいて欲しい。
きっと今の善喜は私が不慮の事故で意識を失ったり、死んでしまったりしたら何も出来ない廃人の様になってしまうと思う。
明里や花音といった善喜との繋がりがある人はいるけど、滅多なことでは切れない強い繋がりがある人は私くらい。
いざという時に彼を支えることが出来る人が私一人というのは心もとない。
正直、そのことはずっと考えていた。
だから、善喜が仕事としてとはいえ明里の家や花音の家に行っているのも見逃していたのだ。
それでも、重婚は不安だった。
私は両親に捨てられたことがあるから、そのことがトラウマだったんだと思う。
でも、何年経っても永遠に私を愛してくれる善喜のおかげでそれもなくなった。
「なるほどね。じゃあ、もう嫉妬はしないの?」
「するに決まってるじゃない。今日だって、明里の話を聞いてる時に気持ちを抑えるので必死だったんだから」
そう。嫉妬はする。
今日の夜は善喜の方から誘うように仕向けようかしら。そう思うくらいには。
「なるほどねぇ」
私の言葉を聞いた花音がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて楽しそうに私を見る。
その視線をスルーして、お茶菓子を片手にテーブルに戻った。
二か月もお待たせしてしまい申し訳ありません!