告白
気付いたら三か月経ってて、震えました。
よろしくお願いします。
自宅に戻ると、キッチンの方からいい匂いが漂ってきた。
ダイニングへ向かってみれば、案の定そこには出来上がった料理と共にふくれっ面で俺を待つ星川の姿があった。
「星川、俺――」
「早く座れば」
「え? あ、いや、その前にだな」
「早く」
「あ、はい」
告白するつもりだったが、星川に睨まれ、意気消沈してしまった。
どうやら今はタイミングが悪いらしい。
一先ず、ここは大人しく席についてご飯を食べるとしよう。
「「いただきます」」
手を合わせてから、スプーンを片手にカレーを食べ始める。
いつも通りカレーは美味しくて、安心感を感じる味だった。
「やっぱり、星川のカレーは最高だな!」
星川は無言を貫いているが、その口元は僅かに緩んでいる。
それでも、まだ怒っているのか、「ふん」っとそっぽを向いてしまった。
やはり怒っているらしい。これは、早いところけりを付ける必要がある。
「ふー。美味かったぁ」
久しぶりの星川のカレーを堪能した俺は、皿洗いを手早く済ませ、星川が座っているリビングのソファに並んで座る。
チラリ、と星川がこっちに視線を向ける。
ここだ!
そう思い、深呼吸を一つして覚悟を決める。
「星川――」
「あっくんはさ」
だが、俺の言葉はまたしても星川に遮られてしまった。
「どうして私のことを星川って呼ぶの?」
「き、急にどうしたんだよ」
予想外の質問にたじろぎつつも、星川に質問を返す。
星川は俺の様子を見てから、身体を俺の方に向けて、ジッと俺の心を見透かすかのように見つめてくる。
「私とあっくんってかなり長い付き合いだよね。なのに、これまであっくんは私のことを名前で呼んだことがない。ねえ、なんで?」
星川の言う通り、俺は星川明里という少女を星川としか呼んだことが無い。
理由があるかないかの二択で答えるなら、それはある、だ。
だが、この理由は酷くくだらないから、出来るなら言いたくない。
「いや、どうでもよくないか?」
「どうでもよくないよ。私にとっては大事なこと」
星川が真剣な表情で俺を見つめる。
ど、どうする……? 言うべきか?
いや、待てよ。逆にこれはチャンスだ。告白するときは、今!!
「呼び方が何であろうと俺が星川を好きなことに変わりはないし、俺が星川を誰より思ってることにも変わらない!!」
「じゃあ、名前で呼んでくれてもいいじゃん」
ぐはっ!!
バ、バカな……! 俺が好きだという一世一代の告白をしたのに全く動じていないだと!?
それどころか、強烈なカウンターを叩きつけてくるなんて……!
「ほ、星川? 俺、一応告白したんだけど……」
「あっくんが私のこと好きだってことくらい知ってるよ。でも、さっきの告白は嫌」
「嫌って……」
「今からめんどくさいこと言うね。星川って名字の女の子は全国にもたくさんいるよ。その中の誰があっくんは好きなの?」
「そりゃ、星川明里だよ」
「でしょ? なら、私のことを名前で呼んでよ。あっくんは基本的に皆、名字で呼ぶよね。私は、あっくんの特別になりたい」
星川明里という少女が真っすぐ俺を見つめる。
くっ……流石に言うしかないよなぁ……。
「……わ、笑うなよ」
「笑うわけないじゃん」
「……星川はさ、アイドルを目指してるだろ?」
「うん」
「でさ、アイドルになったらファンにはアカリンとか、アカリって呼んで欲しいって中学生の頃に言ってたよな?」
「あー、うん。言った気がする」
「いや、だから、そういうこと」
「……? 全然分からないよ」
気付いてくれよ……。
いや、でも気付く方が無理な話か……。いや、本当くだらないし、多分俺以外からしたら「はあ?」ってなるようなことだから言いたくないんだけどなぁ。
まあ、仕方ないか。
「だからさ、なんていうか星川明里って人間がアイドルになったら、多分大勢の人がアイドルのアカリって存在を見るわけじゃん。だけど、俺はアイドルじゃなくて、幼いころから一緒に過ごしてきた一人の女の子として星川明里を見てるつもりだからさ、星川って呼び方を変えないようにしてる……だけ、です……はい」
ぐああああ!!
恥ずかしいいいい!
星川もポカンとしてるし、やっぱりくだらないよな!
そんなの気にするの俺くらいだもんな!
あー、顔熱い。恥ずかしくて星川の顔見れない。
真っ赤になった顔を両手で覆っていると、突然星川が声を出して笑い出した。
「わ、笑わないって言っただろ!」
「ご、ごめんごめん。予想してたのと全然違ったからびっくりしちゃって……はぁ、もうあっくんはバカだなぁ」
ため息を一つつくと、星川はそう言いながら微笑んだ。
「そっか……昔っから、あっくんは私のことを特別扱いしてくれてたんだね」
「当たり前だろ。俺が星川以外の奴に好きだって言うところ見たことあるのかよ?」
「ううん。ない」
僅かな沈黙が続いた後、星川が口を開く。
「それでも、やっぱり私は名前で呼んで欲しいな。星川明里っていう一人の女の子の名前を、大切な人に呼んで欲しい。ダメかな?」
コテン、と首をかしげる星川。
可愛すぎる。
「ダメじゃねーよ。今までのは、単なる俺の我儘だしな。だから、まあ、何だ」
そこで、一度視線を下げ、そして顔を上げる。
俺を見つめる星川の瞳に真剣な男の表情が写る。
「明里、好きだ。これからもずっと傍にいてくれないか?」
「うん。私も好きだよ、善喜くん」
熱っぽい瞳で明里が俺を見る。そして、「ん」と艶っぽい声を出しながら瞳を閉じて唇を少し突き出した。
ま、まじか……!!
や、やばい、これってあれだよな!? あれなんだよな……!
でも、ちょっと待てやり方分からないぞ!!
『腰の後ろに手をまわして、強く抱きしめながら口の中に触手をぶち込めばいいんだよ』
いや、それだけはない。
突然出て来たかと思えば訳の分からんアドバイスしやがって。
もっと役に立つアドバイスしてくれよ、タコ。
『この身体は君のものだし、彼女の思いに応えられるのも君だけだ。ボクを頼るんじゃなくて、君が彼女にしてあげたいこと、君がしたいことをすればいい。何時だって君はそうしてきただろ? 迷ってる暇があるなら、行動しなよ』
……確かに。それもそうだな。
決心を固め、生唾を飲み込む。
それからゆっくりと顔を近づけ、明里の上半身を支えるように抱きしめながら、優しく口づけをした。
暫くして、息が苦しくなり唇を放す。
「はーっ!! わ、悪い、息が続かねえ……」
我ながらかっこ悪い……。
どれぐらい長いの時間がいいのかも分からないし、緊張のせいで息を止めるのもしんどい。
なんだこれ、世の中のカップルは無酸素状態でも長く楽しむ技術でも習得してんのか……?
息を荒くしている俺の様子を見た星川はクスッとした微笑を浮かべてから、もう一度、俺に顔を近づける。
「息が続かないならさ、短い時間でも、何回でもやればいいでしょ?」
確かに!!
「流石は明里だ。何時だって俺に新たな希望を見せてくれる」
「大袈裟だよ。それより、いいでしょ?」
「おう」
明里の腰に手を伸ばせば、明里もそれに応えるように俺の背中に手を伸ばす。
好きだ。
たった三文字の純粋な気持ちを確かめあうように、俺たちは口づけをした。
******
明里と思いが通じ合った深夜。
ベッドで寝転がる明里を横に、俺は窓から見える星空を眺めていた。
『先ほどはお熱だったね。見てるこっちが恥ずかしくなる初心さ加減だったよ』
俺の頭の中に響いて来たのはタコの声だった。
何だよ、見てたのかよ。
『嫌でも目に入っちゃうんだよ……君はさ、彼女と付き合うんだね』
ああ、そうだな。
『おめでとう。……ボクはさ、邪魔かな?』
急にどうしたんだよ。らしくもない。
『ボクは所詮、悪の組織に生み出された存在だ。触手がこの世界で受け入れられないことも理解してる。君と彼女の空間にボクは必要ないんじゃないか?』
何を今更言ってんだ。人の身体に勝手に居候を始めたり、勝手に出て行ったり……ああ、迷惑だぜ。
『やっぱり、そうだよね』
でもよ、お前がいたから今があるんだろ。
『……え?』
それに、俺はお前がいなきゃ大事なものを何も守れないくそ雑魚野郎だ。
友達でも恋人でもないし、種族も違うけどさ、それでも俺とお前は一緒に生きていくって決めた仲だろ。
『……! うん、そうだね』
それに、人間は体内にいるいくつもの細菌とか単細胞生物とか共生してるんだ。
その中にタコが一匹増えたところでなんの問題もねーよ。
『ははっ、それもそうだね。それに、君にはボクらには触手の素晴らしさを広めるという重要な使命もあるしね! まあ、これからもよろしく頼むよ』
おう。
「どうしたの?」
後ろから声が聞こえて、振り返ると寝転がったまま眠そうな顔でこちらを見る明里の姿があった。
「星空が綺麗だな、と思ってな」
「ふふっ。今なら手が届くかもよ?」
明里はそう言うと掛け布団を広げ、ポンポンとベッドの上を軽く叩く。
「そうだな。なら、手を伸ばして掴んでみるかな」
――離れないように、大切にな。
夜空に輝く無数の星たち。
その星たちが輝き続けられるように、そして、その輝きをこれからも見続けられるように。
そんなことを願いながら瞳を閉じた。
元々、星川と主人公が結ばれることを目的としていたので、星川編についてはこれで最終話とさせていただきます。
今後については、弱体化したイヴィルダークを星川たちが倒してハッピーエンドになる予定です。
タコは主人公と共に街一のマッサージ師になります。少しずつ町の人にも触手が認められる……かもしれません。
イリス様はマッサージ屋の店長として才能を開花させ、後に主人公主導のマッサージ店を都内に五店舗展開するほどに拡大します。ついでに、社長になります。
タマモは触手ジャンキーです。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。
後は、本編のあるかもしれない未来を書くつもりなので、その時はまたご付き合いいただけたらと思います。