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代償

 触手に包まれるイリスさん。そして、俺の触手に深々と突き刺さる注射針。

 なんとか間に合ったことに安堵しつつ、目の前にいる蛇男を強く睨みつける。蛇男はそんな俺を見て何故か嬉しそうに笑っていた。


「おやおや、これはタッコンではありませんか。わざわざあなたの方から来てくれるとは好都合。どうですか? これまでのことは水に流しましょう。イリスも見逃してあげましょう。あなたが、私の下に戻って来るならね」

「タ、タッコン! ダメよ!」


 イリスさんが心配そうにこちらを見るが、はなから蛇男の下に戻るつもりなんてない。


「断る。それと、イリスさんも連れていく」

「やれやれ、どうやら調教が必要のようですねぇ」


 そう言うとシャーロンが指を鳴らす。それと同時に基地の中からぞろぞろと虚ろな目をした下っ端たちが現れる。


「なっ!? シャーロン、あなたまさか!」


 そいつらの姿を見た途端、イリスさんがシャーロンを非難するような視線を向ける。


「おや? 何か文句でもあるのですか?」

「あるに決まってるでしょ! 戦闘員たちをあなたの非道な実験に付き合わせるなとあれほど言ったじゃない!」

「おやおや? おかしいですねぇ。あなたはもうこの組織をやめるのではないのですか? でしたら、私たちがどうしようかあなたには関係ないでしょう」


 シャーロンが意地の悪い笑みをイリスさんに向ける。その笑みを見て、イリスさんは悔しそうに歯ぎしりをした。


「……タッコン、逃げて。彼らはシャーロンの人体実験によって異常な力を手にしているわ。いくらあなたでも、ゲロリンとシャーロンに加えて彼らを相手するのは無理よ」

「なら、イリスさんも一緒に逃げないといけませんね」

「私のことはいいのよ。私には罪がある。あなたたちの未来を守ることが、私のせめてもの罪滅ぼしよ」


 重々しくそういうイリスさんの頬を触手でぺチンと叩く。

 叩かれたことに驚いたイリスさんは信じられないという表情を俺に向けてきた。


「ふざけないでくださいよ。そんな自己満足の罪滅ぼし、少なくとも俺は望まない。本当に罪の意識があるなら一生それを背負って生きてください」

「タッコン……」


 イリスさんにはっきりとそれだけ伝える。

 少なくとも俺はイリスさんに生きて欲しいし、幸せになって欲しい。だから、俺の目が黒いうちはイリスさんに自分を諦めてもらうわけにはいかない。


「なにをごちゃごちゃ話してんだ!!」


 イリスさんと話しているところで、背後からゲロリンがイリスさんの身体を引っ張る。

 それにより、イリスさんの身体が俺の触手とゲロリンの舌で引っ張られる状態となった。


「さあ、行くのです! タッコンを捕らえなさい!」

「「「ア゛ア゛……!」」」


 更に、シャーロンの指示に合わせて狂った下っ端たちも襲い掛かって来る。

 普通なら対応できないほどの数、だが、俺には対応できる。

 何故なら……。


『タコには触手が八本あるのさ!』


 脳内のタコがそう言うと同時に、俺の身体周りの触手が一斉に四方八方に飛んでいく。


「ゲロォ!?」

「「「ア゛ア゛ア゛!?」」」


 そして、カエル男と下っ端たちを吹き飛ばした。


「素晴らしい! やはりその力は私が得るべきものです! さあ、下っ端たちよ行くのです!」


 だが、シャーロンは嬉しそうに笑いながら次から次へと下っ端たちを俺に向ける。

 その度に下っ端たちを弾き飛ばすが、ゾンビの様に何度も立ち上がる下っ端たち相手では、効果が薄い。


「タッコン! 私も戦うわ!」


 触手でイリスさんを包んでいたが、イリスさんが参戦を申し出る。正直、部隊長のイリスさんが参戦してくれることはありがたい。

 純粋に、その申し出を受け入れ、背中をイリスさんに任せる。それにより、少しだけ余裕が出来た。


 どこかで隙を見て逃げ出したい。

 いや、そもそもシャーロンを倒せば下っ端たちも指揮を失い、動きを止めるかもしれない。


 そうと決まれば狙いは一つ。

 未だに余裕の表情を崩さない、シャーロンに触手を伸ばす。


「なっ!?」


 突然の触手の襲来はシャーロンには予想外だったようで、完全に動きを停止していた。

 とった!

 そう思った瞬間、ドクン! と胸の奥から一際大きな鼓動が鳴る。


『ま、まずい……! 悪道、逃げろ……!』


 そして、脳内にノイズがかかったタコの声が響く。

 次の瞬間、俺の触手が勝手に暴れ始めた。


「タッコン、どうしたの!?」


 イリスさんが俺の名前を呼ぶが、俺にも分からない。必死に触手を押さえつけるが、暴れる触手は地面や基地の壁、周りにいる下っ端たちを見境なく叩き、殴り続ける。


 くそっ! タコ、どうなってんだよ!?


『やら……れた……。あの注射だ……僕の奥底に眠っていた……憎しみが大きくなっている…………! このままじゃ……暴走する……!』


 暴走……!?

 そういえば、このタコは元々触手と触手を愛する人の憎悪や思いから生まれた存在だった。

 まさか、あの注射は俺が最初に蛇男に打ち込まれたものと同種の何かで、それでタコが暴走しかけてるってことか?


「タッコン……今、助けるわ!」


 暴れる俺の姿を見たイリスさんがこちらに駆け寄って来る。だが、制御不能の触手がイリスさんに牙を向く。


「きゃあああ!!」


 触手が直撃し、吹き飛ばされるイリスさん。


 なにやってんだ俺は! くそ! 大人しくしろ!!


 必死に触手を抑えようとするが、全く治まる気配はない。更に、悪いことは重なる。


「イリスの身柄は預かった」

「うぅ……」


 俺の触手で吹き飛ばされたイリスさんの頭にガルドスが銃口を突きつけていた。

 人質を取られ、身体は制御不能。考え得る限り、最悪の状態だ。


 戸惑う俺にシャーロンが近付いてくる。


「シャーッシャッシャ! 滑稽ですねぇ。まあ、いいです。さて、よろしければ取引をしませんか?」


 シャーロンに目を向ける、依然として俺の触手は暴れ続けているが、何故かその矛先がシャーロンに向くことは無かった。


「トリ……ヒキ?」


 辛うじてシャーロンの言葉に返事を返す。すると、シャーロンは口角を売り上げて両腕を大きく広げる。


「ええ、そうです。あなたのその暴走も止めましょう。イリスの身柄も解放しましょう」


 シャーロンの提案に表情を険しくする。それは、あまりにも魅力過ぎる提案だ。だからこそ、その対価がなにか気になった。


「対価は、そうですね……。それです」


 そう言ってシャーロンが指さしたのは、触手だった。


「あなたの体内に眠っている、その力。それを私に寄越しなさい。寄越せ、というのもおかしいですね。元は私が生みの親なんですから。だから、それを返しなさい」


 シャーロンが求めているもの、それはタコのことだった。


 迷う必要なんてない、こんな提案拒否以外の選択肢はない。


「――分かった」


 断る、そう言おうとしたところで俺の口が勝手に言葉を発した。

 それが出来る奴を俺は一体しか知らない。


 おい! タコ!!


『……これでいい』


 タコの苦しそうな声が脳内に響く。


「シャーッシャッシャ! 取引成立です!」


 蛇男の高笑いが響き、ゆっくりと蛇男が俺の下に近づいてくる。


 ふざけんな! これでいいわけないだろ!!


『元々……君も、それを……望んでただろ?』


 何言ってやがる。確かに、俺はお前と離れたかった。

 でも、ここまで来てお前を見捨てられるわけないだろ! 

 それに、お前の目的はどうするんだよ! 蛇男に付いて行ってもお前の目的が果たせるわけないだろ!!


『……言ったろ。何かを手にする……ってことは……何かを失うことでもあるって……』


 タコがそう言い終わると同時に、シャーロンが俺の胸の辺りに手を触れる。


「さあ、戻って来なさい」


 シャーロンがそう言うと、脳内にいたタコの背中がどんどん遠くなっていく。


 待てよ! 待て!

 こんなんでいいわけないだろ! お前一人犠牲になって終わりなんて、それでいいわけないだろ!!


『……たのしかった』


 必死に俺が呼びかけているにも関わらず、タコは一向に振り返らない。それどころか、嬉しさと寂しさが混じったような声でそんなことを言う。


 なら、行くんじゃねえよ……。楽しいなら、もっと一緒にいれば――。


『僕は、君がパートナーでよかったよ』


 こちらを振り返ったタコが俺の言葉を遮って、微笑む。

 そして、タコは俺の体内から姿を消した。


「あ……」


 タコが体内からいなくなり、俺の身体が元の人の身体に戻る。それと同時に、大きな倦怠感に襲われる。


「シャーッシャッシャ! 遂に手に入れた! これで私が最強です!!」


 薄れていく意識の中、蛇男の高笑いがいやに耳に残った。

※タコはメスです。

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[気になる点] ※タコはメスです。 え? E? ゑ? [一言] メスだったのかよあんた…
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