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ねっとりキャッチ

遅くなって申し訳ありません!


 イリス様が一人残って囮になっている。

 下っ端の男は確かにそう言った。下っ端の男曰く、いくらイリスさんでも二人の部隊長相手を押しとどめるのは無茶だ、と。


 イリスさんは俺たちの恩人。見捨てることなんて出来ない。直ぐに基地に助けに向かおう。


『本当に行くつもりかい?』


 不意に、タコが俺に問いかけてきた。

 その質問は意外だった。真っ先に動こうと言い出すのはタコだと思っていたから。


『彼女は自ら考えて僕たちを救うことを選んだ。それに、君にとって本当に大事な女性は誰なんだい?』


 それは……星川明里だ。


『だろ? 彼女もそれを理解している。ここでイリスさんを救いに行けば彼女は救えるかもしれない。だけど、いくら僕らでも部隊長たち相手にただで済む保証はない。何かを選ぶということは、同時に何かを諦めるということでもあるのさ』


 タコが淡々と告げる。

 らしくもない言葉に思わないところが無いわけでもないが、タコの言うことは実際正しい。


 でも……。仮に二つに一つしか選べないのだとしても、初めから諦めるのは違う。


「タマモ、この下っ端たちのことを頼む」

「あら? いくの?」

「ああ」

「そう。ちゃんと戻ってきてくれるのよね?」


 タマモの言葉に頷く。すると、彼女は「分かったわ」と微笑んだ。

 少しだけ意外だった。触手ジャンキーの彼女はもっと駄々をこねると思っていた。


「待つのは慣れてるのよ。でも、待たせすぎたら怒るかもしれないわね」


 俺の疑問に応えるかのように、タマモはそう言ってウインクを一つした。

 触手ジャンキーということを除けば、文句なしのいい女だ。


「ありがとう」


 タマモに感謝の言葉を言い残し、俺は基地に向けて走り出す。


『……本当にそれでいいのかい? 君の大切な人との約束はどうなるのさ?』


 走っている途中にタコが問いかけてくる。


 約束は守る。そして、イリスさんも助ける。


『随分と強欲じゃないか』


 そう言うタコはどこか嬉しそうだった。


 当たり前だろ。

 お前が言ったじゃないか。この触手は、大切なものを取りこぼさないための触手であり、大事なものを掴み取るための触手だって。

 そもそも、お前はハーレムを目指してるんだろ。なら、触手を愛してくれる女の子一人くらい救わなきゃダメだろ。


『間違いない。やっぱり、君を触手少年に勧誘した僕の判断は間違っていなかった! さあ、行こうか! イリスさんのハートをねっとりキャッチしに!』


 別にハートをキャッチするつもりはないからな。


 脳内のタコに軽く言葉を返し、基地に急いで向かった。




***<side イリス>***



 イヴィルダークの基地、その前で私の前にはイヴィルダークが誇る二人の部隊長と副部隊長にして、私の部下であるガルドスがいた。


「イリス、これは紛れもない反逆行為ですよ?」

「ええ。そうよ」


 シャーロンの言葉に返事をする。

 シャーロンもゲロリンも顔色一つ変えずに私を見つめていた。


「そうですか。確信犯ですか……。一応、今ここであなたが私たちに服従を誓うというなら許してあげてもいいですよ」

「結構よ。私は、私の大切なものを守るために自ら選んでここに立っている。どんな理由があろうと、その意志を曲げるつもりはないわ」


 毅然とした態度の私を見て、シャーロンは小さく「愚かな」と呟く。

 確かに、彼らから見れば私は愚かに見えるかもしれない。だが、私には出来てしまったのだ。守りたいと思える大切なものが。


「ごちゃごちゃ言ってないで、かかってきなさい。私は別に時間稼ぎをするつもりでここにいるわけじゃないわ。これ以上、あなたたちによって悲しむ人が出ないよう、ここであなたたちを全力で叩き潰す」


 そう。

 イヴィルダークはゲロリンとシャーロンを叩けば、後はボスだけだ。そのボスも完全復活にはまだ時間がかかる。

 つまり、今のイヴィルダークの事実上のトップはこの二人であり、この二人を倒せば平和が手に入る可能性が高い。


「はっ! 面白れぇ! そういう分かりやすい方が俺は好きだぜぇええ!!」


 真っ先に私に飛び掛かって来たのはカエル頭のゲロリンだった。

 凄まじい跳躍力で一気に私との距離を詰めてくる。


「おらぁ!」


 ゲロリンが放つ拳を横に跳んで躱す。それとほぼ同時に私が立っていた地面がひび割れる。

 直ぐに立ち上がったゲロリンは私に向けてピンク色の長い舌を飛ばしてきた。

 知らない人からすれば、殆ど反応することは出来ないゲロリン得意の初見殺しだ。

 だが、知っている人からすればそれは致命的な弱点にもなり得る。

 私の方に伸びてきたゲロリンの舌を掴み、そのまま引き寄せる


「なっ!? しまっ――!」

「はああああ!!」


 そして、無防備なゲロリンの顎に回し蹴りを叩きこんだ。


「ゲロオオオ!!」


 悲鳴を上げて、壁に叩きつけられるゲロリン。

 これで、先ずは一人。

 ゲロリンを倒した私はすぐさま、シャーロンに視線を向ける。


「な……!? ゲ、ゲロリンがまさか簡単にやられてしまうなんて!?」


 ゲロリンが倒されたことに動揺を隠せないのか、シャーロンは慌てふためくばかりで隙だらけであった。

 元々、シャーロンは自分で戦闘をするタイプではない。

 一気に片を付ける!


「これで終わりよ!」


 手に力を込め、禍々しい色をした玉を生み出す。そして、それをシャーロンとガルドスに向けて放とうとしたその時、シャーロンがニヤリと笑った。


「ゲロリン、今ですよ」

「え――」

「貰ったぜぇええ!!」

「あっ! くっ……なに、これ……?」


 突然、背後からゲロリンの声がしたかと思えば私の身体にネバついた気持ちの悪い液体が張り付いた。

 それにより、折角貯めたエネルギーが霧散する。


「ゲロゲロ! 俺の唾液だ。あの触手野郎の気持ち悪い粘液より気持ちいいだろう?」

「ふざけないで! こんな、粘液直ぐに振りほどいて!」


 タッコンを馬鹿にされたことに怒りを抱きつつ、粘液を振りほどこうと力を込める。

 だが、私にそんな時間を与えてくれるほどゲロリンたちは甘くはなかった。


「おっと、そうはさせませんよ! ゲロリン!」

「おうよ!」


 シャーロンの声に合わせてゲロリンが私に舌を伸ばす。その舌に、私の身体は縛られ、そのまま宙づりにされる。


「くっ……! この、放しなさい……!」

「ゲロゲロ。誰が放すかよ」


 下卑た笑みを浮かべ、私を楽しそうに見つめるゲロリン。


「よくやりました、ゲロリン。さて、そのままイリスをこちらに近づけなさい」

「はいよ」


 シャーロンの指示に従いゲロリンが私の身体をシャーロンの方に寄せる。


 ここしかない。

 シャーロンもゲロリンも完全に油断している。かなり力は使うが、私の体内に残る力を全て放出すれば、舌で私を捕らえているゲロリンは勿論、傍にいるシャーロンにも大きな痛手を与えることが出来る。


 じっくりと力をいつでも出せるように準備をしながら、シャーロンが射程圏内に入る時を待つ。

 舌に縛られた私を、ゲロリンがシャーロンの傍に寄せる。そして、その私にシャーロンが近寄る。

 一歩、二歩……三歩。


「今よ!」


 シャーロンの手が私の頬に触れようかというその時、一気に力を放出する。


「な、なに!?」

「ゲロォ!?」


 私の全身から力の波が放たれ、舌を伝わりゲロリンに、そして傍にいたシャーロンに襲い掛かる。


「そ、そんな……どうして……?」


 だが、力の波が収まってもシャーロンとゲロリンはピンピンしていた。


「シャーッシャッシャ! 実に愚かですねぇ」


 動揺を隠せない私の様子を見て、シャーロンが高らかに笑う。

 そして、シャーロンは私の頬を掴み嬉しそうに口角を吊り上げた。


「おかしいと思いませんでしたか? あなたの攻撃がゲロリンに直撃したにも関わらずゲロリンがピンピンしていたことに?」

「ど、どういうことよ……?」

「いや、なに簡単なことですよ。イリス、あなたは愛を憎み愛を消すためにその力を授けられた! そんなあなたが今更誰かの笑顔を守りたい?」


 シャーロンの言葉にハッとする。

 そうだ。私の力はイヴィルダークのボスから与えられたもの。それは即ち、愛を憎むことで強力になる力だ。

 ならば、今の私がその力を使っても……。


「気付いたようですねぇ。そうです。今のあなたには大した力なんて無い。愛を知り、誰かを守りたいと思ったのに、よりにもよってあなた自身の過去が原因で力を失くしてしまうとは、酷く滑稽で、愚かですねぇえええ!!」


 シャーロンが心底愉快そうに笑う。

 その表情を見て、私は何一つ言い返すことなど出来なかった。


 未来は変えられるかもしれない。でも、私の過去が今の私の足を引っ張った。いや、これは過去からは決して逃れることが出来ないということを意味しているのかもしれない。


「さて、本来ならあなたは始末して私の実験台になってもらうところではありますが、あなたにはまだ利用価値がある」

「利用価値……?」

「ええ」


 そう言うと、シャーロンは私の首を軽く締め上げて蛇のような目をギョロつかせて私を見つめる。


「タッコンの居場所を教えなさい」

「……っ! し、知らないわね……ぐっ」


 辛うじて返事をすると、シャーロンが更に強く私の首を絞める。


「いいなさい。言えば、あなたの命は助けてあげても構いませんよ」


 どんどん息苦しくなっていく。空気が欲しい。でも、タッコンだけは、私を受け止めてくれた彼の安全だけは守り抜く。


「……く、くたばりなさい」


 私の言葉を聞くと、シャーロンがフッと私の首から手を離す。

 そして、彼はモルモットに向けるような好奇心に満ちた目を私に向けてきた。


「そうですね。折角ですし、あなたで実験をしましょう」

「実験……?」

「ええ。今のあなたに強い憎悪を集めて出来たこの特別な薬品を打ち込めばどうなるのでしょうねぇ?」


 ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、毒々しい色の薬品が入った注射器を取り出すシャーロン。


「ぁ……や、やめて……」

「そんな怯えないでください。せいぜい、元のあなたに戻るだけです。いえ、もっと酷い状態になるかもしれませんね。愛を憎み、愛を消すために人々を苦しめる機械になれるのです。元々、あなたはそれを望んでいましたし、嬉しいでしょう?」

「いや……それは、それだけは……おねがいだから、やめて……!」


 先ほどまでの威勢はもうない。

 今の私はもう知ってしまった。優しく抱きしめられるときの温もりを、誰かに愛される喜びを、愛おしいという思いを。

 知ってしまえば、もうあの頃には戻れない。戻りたくない。


「なら、タッコンの居場所を教えなさい」


 弱弱しく懇願する私に、シャーロンが残酷な二択を突きつける。

 タッコンを見捨てるか、タッコンと出会えたことで芽生えた私の中にある大事な思いを捨てるか。

 今の私を捨てるということは、あの温かく楽しかったタッコンとの日々を忘れるということだ。

 そんな選択、選べるはずがない。


「……いやよ。私は、あの子を守る」


 だが、いかなる理由があろうと愛する我が子を見捨てる方があり得ない。


「……愚かな。ならば、あなたが私の実験台になった暁にはタッコンはあなたに始末してもらいましょうかね!!」


 シャーロンが声を上げ、狂気に満ちた表情で注射器を持った手を振り上げる。

 シャーロンの手にある注射器が私の身体目掛けて振り下ろされていく。その動きが私にはやけにゆっくりに見えた。


 ごめんなさい、タッコン。

 最後まであなたのことを見守りたかったけど、約束は守れそうにないわ。馬鹿で、愚かな私を許して……。


 ああ、でも、最後にもう一度だけ……抱きしめてもらえば良かったな……。


 瞳を閉じて、自嘲気味に微笑む。

 瞳から雫がポツリと落ちる。


 そして、注射器が私の身体に突き刺さり、私は全てを失う……はずだった。


「なっ!? あ、あなたは……!!」


 だが、針が私の身体に刺さることは無く、私の身体は温かな何かに包まれた。

 恐る恐る目を開けると、見覚えのあるピンク色の触手がシャーロンの注射器から私を守っていた。


「泣いている人がいるならば、この触手で拭ってみせる。離したくない大事なものがあるならば、この触手で掴み取る! 明るい未来をねっとりキャッチ! 触手少年タッコン参上!!」


 私のすぐ傍に、私に愛を教えてくれた世界で一番大切な存在がいた。

ちなみに、最後のタッコンのセリフは「大事なもんは離さないって決めてるんだ。イリスさんから離れろ」にしようか一瞬迷いました。

でも、口上ってやっぱり大事だと思うんですよね。


好きな方に脳内変換してください。

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