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決行

 作戦決行の早朝、俺は地下牢に来ていた。

 目的は一つ、触手ジャンキーを連れていくためだ。


「……あら? 朝から来るなんて、珍しいわね」


 牢屋の前に着くと、タマモが目を覚ます。触手がやって来たからか、彼女はご機嫌だった。


「今日、俺たちはこの組織をやめる」

「今、なんて言ったのかしら?」


 ご機嫌だったタマモの目から光が消える。四肢を拘束されているにも関わらず、身の危険を感じるほどの威圧感がタマモから放たれていた。


「組織をやめる。だから、もうここには来れない」

「イヤ。あなたのいない生活なんて考えられない、触手も無くて、一人でここで過ごすだけの日々に戻るなんて絶対に嫌、ねえ? あなたが望むならなんだってするわ、お金も力もなにもかもをあげる、だから見捨てないで私の傍にいて」


 光の無い目で、身を乗り出して捲し立てる姿に思わずゾワッとする。

 怖いわ。なんか、鎖もミシミシと音が鳴ってて今にも壊れそうだし……。俺たちはとんでもないモンスターを生み出してしまったのかもしれない。


「お、落ち着け! 組織を止めるとは言ったが、タマモを置いて行くと言ったわけじゃない!」


 その言葉を聞いた途端、タマモがピタリと動きを止める。だが、依然として目に光は無い。


「どういうこと?」


 グルンと首を傾げるタマモ。

 目に光が無いことも相まって、ちょっとしたホラー映像より怖かった。


「俺たちは組織をやめる。だから、良かったらタマモもついてこないか?」

「行くわ」


 即答だった。何なら俺が言葉を最後まで言い終わる前に答えていた。


「なら、直ぐにでも行きましょう。こんな牢屋に用なんて無いんだから」


 目に光を宿し、タマモが立ち上がる。

 そして、「ふん」と可愛らしく掛け声を出す。その瞬間、タマモの腕を拘束していた鎖がひきちぎれた。


 ……え?


 困惑している俺を他所に、タマモはもう一度「ふん」という掛け声をあげ、今度は足を拘束する鎖をひきちぎる。

 そして、己の身体を小さな白い狐に変えて、牢屋の隙間をくぐり俺の首回りに飛びついて来た。


「さて、行きましょうよ」

「いやいや、そんなに簡単に鎖ちぎれるなら、いつでも出れたんじゃないのか?」

「いいえ。違うわ。これは、あなたの触手と愛の逃避行をすると思ったら、力が湧いて来たのよ。愛の力って素敵ね」


 タマモはうっとりした表情で触手を見つめながらそう言った。


「ソ、ソウダネ……」


 なんと返すべきか分からなかったが、一先ずそう答えておいた。


『僕の想像を超える触手への愛だ! 悪道、僕たちも負けてられないよ! もっと触手を愛さなくちゃね!』


 脳内ではタコが能天気にもそんなことを言っていた。

 これ、タマモがタコと融合するべきじゃないか? 相性良さそうだし。

 その場合、ケモミミ触手美少女が爆誕するわけか……。


『ダメだよ! 僕はこの触手で美少女を愛でたいのであって、美少女と融合したいわけじゃないんだから!』


 そう思っていると、タコから否定された。

 お似合いだと思ったのだが、残念だ。


「ねえ、早く行きましょうよ」

「そうだな。とりあえず、タマモの姿を他の人に見られると厄介だから隠れといてくれるか?」

「それって……触手の中でもいいの?」

「まあ、いいけど」


 俺の答えを聞くや否や、目を輝かせたタマモが触手たちの隙間に入り込む。

 次の瞬間、俺の腰回りの触手がうねうねと動き出しタマモの身体を吞み込んでいく。


「ああ! 触手がこんなにたくさん! 最高よおおおおお!!」


『ひゃっほう! 美女が自ら飛び込んでくれるなんて最高だああああ!!』


 身体周りと脳内から奇声があがる。

 片や女好きの触手バカ。もう片方は最強の触手ジャンキー。

 地獄のようだ。


「うぶっ」


 一先ず、タマモを黙らせるためにタマモの口に触手を一本ぶち込む。


 騒がしいとばれる可能性があるからな。

 さて、行くか。


 空っぽになった牢屋の前から立ち去り、俺はイリスさんの部屋に向かった。



 イリスさんの部屋には、イリスさんと俺、そしてあと二人聡明な顔つきのスーツを着た男女がいた。


「タッコン、来たのね。彼らは私の部隊の中で、過去に起業経験のある二人よ。あなたの今後の計画には欠かせない存在になると思うわ」

「タッコン様、よろしくお願いします」

「タッコン様の偉大なる御手に比べれば貧弱な力の私たちではありますが、触手の素晴らしさを広めることに是非とも協力させてください」


 そう言うと二人は俺に手を差し出してきた。

 本当に悪の組織にいたのか疑わしくなるほどきっちりしている。正直、俺の周りには触手ジャンキーばかりだったから、不安もあった。

 だが、イリスさんやこの二人がいるなら大丈夫だろう。


「よろしくお願いします」


 軽く頭を下げ、二人の手にそれぞれ触手を一本ずつ差し出す。


「「あっ……!」」


 触手が二人の手に触れた瞬間、二人がビクッと身体を震わせて口元を抑える。


 ……ん? こ、この反応はまさか……。


 まさかと思いつつ、二人の手に包まれている触手を少しだけ動かす。

 すると、その度に二人が身体を震わせる。その表情は恍惚としていて、幸せそうだった。


 あ、この二人ダメだ。


 これ以上は不味いと思い、触手を二人の手から離す。離す間際に「あぁ……」という残念そうな声が聞こえたが、気にしてはいけないだろう。


「さて、挨拶も済んだことだし、最後の打ち合わせをしておきましょう」


 イリスさんの言葉で全員の表情が引き締まる。

 イリスさんがイヴィルダークの組織から抜け出す作戦について改めて確認していく。


 作戦の全容を簡単に説明するなら、今日の昼過ぎ、イリス様たち部隊長が集まる定例会議後に街の人を襲撃するという理由で下っ端たちと供に基地を抜け出す、そして、そのまま新たな拠点で活動するというものだ。

 勿論、イヴィルダークからの追撃も考えられるが、こちらにはイリスさんもいるし、俺もいる。

 時間さえ稼げれば星川と愛乃さんも来るだろうし、凌げるはずだ。


「決行する時間は昼の定例会議中に変更しましょう」

「……え?」


 昨日の話し合いとは違う決行時間に一瞬、面食らう。


「なにか問題がある?」

「いや、それだとイリスさんだけ基地に残ることになるんじゃ……」

「それなら大丈夫よ。定例会議終了後に直ぐ追いかけるわ。それに、動くなら他の部隊長たちが動けない会議中がベストだわ」


 イリスさんの言うことは何も間違っていない。寧ろ、計画を成功させるなら絶対にそっちの方がいい。

 だが、一抹の不安が残る。


「そんな不安そうな顔しないの。万が一バレても大丈夫よ。こう見えても私、強いからシャーロンたち相手でも逃げることくらいは出来るわ」

「なら、いいですけど……」

「それより、あなたは今後のことを考えなさい。マッサージ屋を経営するんでしょ? あなたのマッサージは確かに一級品だけど、他に施術できる人がいないんでしょ? これからを考えるなら、あなた以外のマッサージ師を育成しないとね」

「た、確かに!」


 イリスさんの言葉にハッとする。言われてみればその通りだ。

 だが、俺のマッサージは触手という武器があってこそ。普通の人には触手がない。

 どうしたものか……? 他の人に触手を生やしたり出来ないのか? 例えば、タコが分裂して他の人も触手少年にするとか。


『分裂? 一応、タコがモデルの僕には脳が九個あるから、触手は切り離しても暫く自立できるよ』


 脳内のタコはそう言うと、脳内世界で自分の触手を切り離す。

 そして、自立してブレイクダンスを踊る触手を見せてきた。


『まあ、時間がたつと動けなくなっちゃうからあんまり意味はないかな』


 そっか。まあ、その辺はまた考えるか。


『だね』


 タコとの話し合いが終了し、意識を再び現実に戻す。


「とりあえず、話し合いはここで終わりにしましょう。こうして集まり過ぎていても怪しまれてしまうわ。それじゃ、私が定例会議に向かった後、自分たちで行動を始めるのよ」

「「はい!」」

「は、はい」


 イリスさんに返事を返す二人の男女に少し遅れて俺も返事をする。

 それから、イリスさんは部屋を後にした。


「幸せになりなさい」


 俺の傍を通るとき、そう言い残して。




 昼になり、イリスさんは会議に向かった。

 そして、俺たちは総勢百人にも及ぶ触手を愛する下っ端たちと供に行動を開始した。

 勿論、一斉に百人が基地から出て行けば怪しまれる。

 そのため、二十人程度の集団を作りそれぞれで行動してもらっている。

 俺は一番最初に基地から出るグループのまとめ役だ。


 全身黒タイツを連れて、目的の物件へ向かう。

 不動産屋で購入した二階建てでかなり大きめの物件だ

 流石に百人だと手狭だが、入れないことはない。


 特に問題なく目的の建物に辿り着く。

 先に来た下っ端たちと供に物件で他の下っ端たちを待つ。

 時間経過と共に下っ端たちが続々とやって来る。だが、五十を超えた辺りで集まりが途端に悪くなった。


 何かトラブルでもあったのだろうか……?


「あら、結局イリスは置いて行くのね」


 不安が胸中を渦巻く中、触手の中から白い狐、タマモが姿を現す。


「何言ってるんだ? イリスさんは後から合流するって言ってただろ」

「嘘に決まってるじゃない。会議に向かう時のイリスの表情は戦いに向かう人間の顔だったわ。これだけの人数が動くとなれば、どんなに鈍感な部隊長でも気付くわ。大方、計画を確実に成功させるために殿(しんがり)になったってところでしょ」


 タマモにそう言われると、確かに思い当たる節はある。

 だが、そうと決まったわけじゃない。それに、イリスさんは仮に部隊長たちと相対することがあっても逃げると言っていた。


「タ、タッコン様!」


 不意に、名前を呼ばれる。振り向くと、息を切らして額から汗を垂らすスーツ姿の男がいた。

 確か、イリスさんとの作戦を話していた時に一緒にいた男だ。


「う、裏切りがありました! 後続部隊は基地を出る直前でイリス隊副部隊長のガルドスに襲われています! 更に、定例会議中のはずのゲロリン部隊長も襲ってきて……! イ、イリス様が……!」

「お、落ち着け!」


 必死に話す男を落ち着かせる。

 嫌な予感が止まらない。まさかとは思うが、イリスさんは……。


「イ、イリス様が我々を逃がすために囮になりました!」


 嫌な予感は的中した。

いつも読んで下さり、本当にありがとうございます!

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