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放課後にて

ブックマーク、評価、感想をしてくださった方々、本当にありがとうございます!!

 夕暮れが差し込む教室の中で、俺は黒田先輩と田中三郎と供に紙の束に目を通していた。

 全ての紙の上には、大きく「入信届」と書いてある。

 三日前のイリス教設立に伴い、多くの入信希望者が現れた。そこで、誰がイリス教徒かを明らかにすべく、入信希望者には入信届を書いてもらうことにしたのだ。

 その結果、多くの入信届が俺と黒田先輩のもとに集まっていた。そして、三日かけて漸くその入信届の確認が終わろうとしていた。


「ふう……。これで、一段落はつきましたね」


 最後の一枚に目を通し終えた黒田先輩が顔を上げる。面倒くさい作業だったことは間違いないが彼の顔は晴れやかだ。


「でも、まだこれからも入信者は増えてくる可能性が高いっしょ」


 田中三郎が苦笑いしながらそう言った。だが、表情の割りには彼の声色も何処か明るい。


「黒田先輩、三郎。今日はありがとうございました。一先ず、入信者の名前と顔の確認作業は今日で終わったので、来週からは実際にどんなことをしていくかを教徒たちと話し合いましょう」


 俺の言葉に二人が頷く。

 この学園だけで入信者の数は三桁にも及ぶ。流石はイリス様だ。その美貌と神々しさは何処へ行っても変わらないらしい。


「そうですね。これだけ入信者がいると、団結することも大変です。改めて、イリス教の教義の発表はした方がいいでしょう」


「クラスごとに代表者を決めとくと情報の伝達も楽っしょ」


 三郎の提案に俺が頷く。


「そうだな。三郎の言う通り、確かな情報共有するシステムを作ることは大事だな。昨日も、街中でイリス様に迷惑行為を働く人がいたしな」


「な!? 善道君、それはほんとうですか!?」


 黒田先輩が勢いよく立ち上がる。憤怒を露わにする黒田先輩を一先ず椅子に座らせる。


「迷惑行為を働いていた人に関しては、たまたまその場にいた俺が解決のために動けたので、大丈夫でした。ですが、イリス様ほどの美貌の持ち主ならいつ誰に襲われてもおかしくありません。イリス様を常に監視することは、普通に良くないことなので、たまたまイリス様が困っている現場に出会った人がいた時、その情報を共有できるようにした方がいいと思います」


「確かに、善道の言う通りっしょ。昨日も、美少女の三歩後ろを付きまとうストーカーらしき人間がいたってツブヤイターで話題になってたっしょ」


 ギク。

 三郎の発現に、表情が固まる。


「何ですって!? どうやらこの街の治安は私が思っていた以上に酷いようですね。もし、イリス様がその被害に合っていたと思うと夜も安心して眠れませんよ。ねえ! 善道君」


「ははは……。そ、そうっすね。で、でも! 俺たちもイリス様を愛するがあまり、違法行為をしたり、イリス様に迷惑となる行為をしたりしないように気を付けないといけませんよ!」


 冷や汗を垂らしながら、二人に忠告する。本当、昨日の一件は焦った。


「いやいや、俺たちがそんなことするわけないっしょ。ね! 先輩」


「そうですね。私たち、イリス様を愛するイリス教徒がそんなことをするはずがありません」


 自信たっぷりにそう言う二人の姿を見て、俺は危険だと感じていた。自分たちがそうなるわけがない。俺だってそう思っていた。

 だが、結果として俺の行動は世間からストーカーの行動と認知されてしまったのだ。


「その認識が命取りですよ」


 声のトーンを下げて、二人に告げる。俺の様子が変わったことに二人も気付いてくれたようだ。


「自分がどれだけ正しいと思う行動をしても、その行動の是非を判断するのは、世間とその行動によって影響を受けた人々です。俺たちが正しいと思っても、イリス様が迷惑だと感じればその時点でアウトです。俺たちが正しいと思っても、世間が間違いだと言えば、俺たちの行動は間違いになりかねない。そのことを、ゆめゆめ忘れずにしていただきたい!!」


 俺の言葉を聞いた二人は呆気にとられた様子だった。俺の言葉に恐らく二人が思う以上に力がこもってしまっていたのだろう。だが、これは本当に大事なことだ。


「……分かりました。そこまで善道君が言うなら、私も今一度気を引き締めます」


「っしょ。俺も、少し慢心があったっしょ。……ところで、善道はそこまで言うってことは……いや、やめておくっしょ」


 三郎はそこで口を閉じた。


 僅かな時間、三人の間に沈黙が流れる。微妙に気まずい。


「あ! そういえば、一ヶ月後には、学園祭がありますよね。善道君も勿論白銀様たちのステージを見に行きますよね?」


「ステージ?」


 黒田先輩の言葉に首を傾げる。


「もしかして、知りませんでした? 白銀様と愛乃さん、星川さんの三人で学園祭にライブをするらしいですよ」


「な、何だって!?」


 思わず身を乗り出してしまう。

 イリス様とあの二人がライブをするなんて、そんなの見たいに決まっている!

 だが、それと同時に一つの不安が頭をよぎる。


「待てよ。……そんなことしたら、会場が大混乱になってしまって、ライブどころじゃなくなるんじゃないか?」


 俺の言葉に黒田先輩と、三郎がハッとした顔になる。

 あの三人、特にイリス様の美貌は凄まじい。それこそテレビに映るようなアイドルに勝るとも劣らないほどだ。

 そんな彼女たちが、学園祭という警備体制がたいして整っていない場所でライブをすれば、興奮した観客たちが暴れだしても何ら不思議ではない。


「よし。俺たちのイリス教徒としての最初の仕事は決まりだ」


 俺の言葉に黒田先輩と三郎も頷く。どうやら、辿り着いた結論は同じだったようだ。


「俺たちの最初の仕事。それは、学園祭でのイリス様たちのライブを必ず成功に導くことだ」


 そう告げて、俺は拳を前に突き出す。

 それに応えるかのように、黒田先輩と三郎も拳を前に突き出した。


「やるぞ」


「「ええ(っしょ)」」


 三人で拳をコツンとぶつけ合う。

 こうして、俺のこの学園における最初の大仕事が決定した。


***


 やるべきことが決まったのは良いが、流石に今日はもう何もできない。今日が金曜ということで、来週からやることを各自で考えるということになり、黒田先輩、三郎とはそこで別れた。

 教室に置いていた鞄を取ってから、オレンジ色に染まる川を横目に河川敷を歩いて帰る。

 河川敷を通って帰るのは、若干遠回りになるのだが、俺はこの道を歩いて帰るのが好きだった。

 暫く川沿いに目を向けながら歩いていると、やけに目立つ黄色が俺の目に留まる。

 その黄色の正体は、俺のクラスメイトであり、イリス様の友人の星川明里の髪だった。


 ん? 何やってんだあいつ? まだ日は沈み切っていないとはいえ、こんな時間に女子高校生一人は流石に危険な気がする。

 無視して帰ってもいいが、あいつはイリス様の友人だ。もし、あいつが酷い目にあったとなればイリス様が悲しむことは間違いない。

 故に、俺がここで取るべき行動は一つだった。


「おいっす」


「え? あ! あっくんじゃん! どうしたの、こんなところで?」


 タブレットの液晶を見つめていた星川は、顔を上げてそう言った。制服ではなく、ジャージを着て、額が汗ばんでいるところを見るに、恐らく何らかの運動をしていたのだろうことが推測できる。


「いや、それはこっちのセリフだ。星川こそ、こんな時間まで何してんだよ。もうすぐ日も暮れるし、そろそろ帰った方がいいぞ」


「え!? あ、本当だ! 流石に、そろそろ帰んなきゃか~」


 俺に言われ、時計を確認した星川がため息を吐きながら肩を落とす。その時、彼女が持っていたタブレットの液晶に移る映像が見えた。


「これ、ダンスの動画か?」


「うん。あっくんにはもう言ったけど、私アイドル目指してるから、ここで定期的に練習してるんだよね。それに、今度学園祭でライブもするしね。あ! あっくんも良かったら見に来てよ! かのっちとイリちゃんと三人で出るからさ!」


「当たり前だ」


「う、うん。ありがとね!」


 食い気味な俺の反応に、さすがの星川も少し驚いているようだった。

 しまった。まだ、俺は三人と仲が良いと言い切れるほどの仲でもなかった。もっと、適した返事の仕方があったかもしれない。


「あ、そうだ! 折角だし、最後にあと一回だけ踊るから見て行ってよ! 感想もくれると嬉しいな!」


「ほう。言っておくが、俺は知り合いだからといってお世辞を言ったりしないぞ」


「うん! その方が私もありがたいよ!」


 星川は笑顔でそう言うと、タブレットを小型のスピーカーに繋げて曲を流しだす。

 アップテンポの明るめの曲調は、星川によく合っていた。

 曲に合わせて、星川が躍る。素人にしては上手い方だとは思ったが、それまでだ。プロと比べればきっと上手いと言えるような踊りではないのだろうと思った。

 だが、一生懸命笑顔で楽しそうに踊る彼女の姿に俺は見入ってしまった。


 気付けば、一分半程度の短めの曲は終了していた。


パチパチパチ!!


 力いっぱい拍手する。


「ありがとー!!」


 額に汗を滲ませ、息を切らせながら彼女が笑顔で俺の拍手に応える。


「それじゃ、感想を聞かせてもらおうかな?」


 息を整えてから星川が俺に問いかける。

 だから、俺は正直に思ったことを星川に伝えることにした。


「テレビに映るような人たちと比べると下手だな。それに、練習していたとはいえ、一分半の曲でそこまで疲れがたまっているところを見る限り、体力ももっとつけた方がいいだろうな」


「うっ……」


 自分でも多少自覚はあったのか、俺の感想を聞いて肩を落とす星川。


「でも……」


 肩を落とす星川に声を掛ける。まだ、俺が言いたいことは残っている。


「凄かった。楽しかった。美味く言葉に出来ないけど、星川なら本当にアイドルになるって、そう思った」


「あははっ。なにそれ? まあ、でも楽しかったなら良かった! 私も、あっくんに見て貰えてよかったよ!」


 俺の言葉を聞いた星川が微笑む。

 何だか、とてつもなく恥ずかしくなってきた。


「とりあえず、早く帰るぞ! 日も落ちて来たし、急がねえと」


「あ! そうだね! 今日はありがとね! また明日学校で!」


 急いで荷物をまとめて、帰る準備を整えた星川が俺に手を振る。


「何言ってんだ? こんな時間に星川を一人で帰らせるわけにはいかないだろ。変な人だっているんだから、家の近くまで送るぞ」


 星川が酷い目に合えば、イリス様が悲しむことになる。それだけは避けなくてはならない。イリス様のためにも、星川は意地でも無事に家まで送り届けなければならない。


「あっくんって、もしかして私のこと好きなの?」


 キョトンとした表情を浮かべた後、冗談っぽく星川がそう言ってくる。


「はあ? 悪いが俺は心に決めた人がいるんだ。ちなみに、それは星川じゃない」


「え!? あっくん好きな人いるの!? だれだれ? 私の知ってる人?」


 星川が目を輝かせて俺に詰め寄ってくる。こういうところはやはり年頃の女子という感じだな。


「言わねーよ。ほら、さっさと帰るぞ」


 話を切り上げて、星川を家に送るため歩き出す。さりげなく、星川の荷物を持つところがポイントだ。


「あ! あっくん!」


「何だよ? 言っておくけど、好きな人の話ならしないからな」


 星川に呼び止められ振り向く。


「ううん。そうじゃなくて、私の家、そっちじゃない」


 星川は「あっち」と言って、俺が歩き出した方向と逆方向を指さしていた。


 ……ふう。どうやら星川は知らないようだ。


「星川、地球は丸いんだよ。この地球に、逆方向など存在しない」


「地球一周する気!?」


 その後、星川に説得されて、俺は逆方向へ進むことを選んだ。べ、別に道を間違えて恥ずかしかったとかじゃないから!

 

ありがとうございました!


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[一言] 好きじゃない相手の前ならカッコイイのに…バカだなぁ〜
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