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触手万歳

今回、久々にメインヒロインの登場です。

 草木も寝静まる夜。

 俺は、悪の組織であるイヴィルダークの基地の地下の牢屋の前に座り込んでいた。

 チラリと牢屋の中に視線を向ける。

 そこには大事そうに俺の触手に足を絡ませて、離すまいとする和服美女の姿があった。

 試しに触手を抜き取ろうとすると、「いや」と悲しそうな顔で寝言を言われる。


 抜きにくい……!!

 てか、何なんだよこの美女。なんで触手を気に入ってるんだ? さっきまで触手はどちらかというと嫌いって言ってたのに……!


『ふふふ。これが触手の力さ。どんな高潔な精神を持つものであろうと、快楽には抗うことなど出来ない。人間には決して与えることのできない快楽を僕たち触手は与えることが出来る。どうだい、君も少しは触手を見直したかい?』


 自慢げに鼻を鳴らすタコ。

 悔しいが、このタコの言う通り触手の力は凄まじいと認めざるを得ない。


 ところで、この状況どうするんだ?


『どうするとは?』


 いや、ここから移動できないじゃん。


『まあ、彼女が起きるまで待つしかないね』


 だよな。……しりとりでもするか。


『し、しりとり!? まさか、君僕の尻をずっと狙っていたのかい!?』


 ちげーよ。

 しりとりっていうのは、言葉のしりを取って、繋げ合う遊びだ。


『尻を取って繋がる!? へ、変態だ!!』


 言葉のって言っただろうが! 誰がてめえの尻を取りたがるんだよ!


 ギャーギャーと二人で言い合いをしている内に、夜は更けていった。



***



「……んぅ」


 数時間後、牢屋の中にいる美女が目を覚ました。

 これで漸くここから出られる。

 そう思い、触手を美女から離そうとする。


「ま、待って!」


 だが、美女に呼び止められてしまった。


「行ってしまうの?」


 弱弱しく寂しそうな声だった。

 もしかするとこの女性はここにずっと閉じ込められていたのかもしれない。人と話すことも出来ず、何をすることも出来ず一人で過ごし続けることは苦痛以外の何物でもないだろう。

 そう考えると、この女性を置いて行くことへのためらいが生まれる。だが、俺には星川のもとへ戻るという使命がある。


 悩んだ末に、俺は一つの答えを出した。


「……マタクル」

「ほ、本当に来てくれるのよね?」


 和服美女の言葉に頷きを返す。

 すると、美女は俺の触手に絡ませていた足を触手から放した。


「ずっと、ずーっと待っているわ。死ぬまでね」


 ニコリと美女が微笑む。

 その微笑みは綺麗だったが、背筋を凍らせるような黒い何かを同時に感じさせるものだった。


 おい、タコ。

 これ、やばい女に手出したんじゃねーか?


『触手の前では人間は皆同じ人さ。性格の違いなど些細なことだよ。僕は相手がどんな人だろうと平等に愛するよ』


 か、かっけえ……。

 このタコは俺では測りきれないような大きさの器量を持ってやがる。


 和服美女に触手を軽く振りながら、俺は地下を後にし、イリスさんの部屋に戻り、一先ず休憩することにした。



***



 俺がイリスさんの部下となりイヴィルダークで活動をし始めてから早くも五日が経過した。

 毎日、イリスさんの指示に従い色々な作業をさせられる日々、この間は厨房の手伝いを任された。八本の触手はキッチンでその猛威を存分に振るい、食堂で働く下っ端たちからは尊敬の眼差しを向けられた。

 イリスさんはそんな俺の様子を時折、影から確認しに来ていた。無事に仕事が終わった時には、何故か頭を撫でられた。


 そして、夜になると毎日地下室へ向かった。

 俺に会うたびに触手を求めるようになってしまったあの美女はもう手遅れなんだろう。

 この間、「八本もあるなら一本くらい切り落としてもいいわよね……」という美女の呟きを聞き、冷や汗が垂れた。

 やはり奴は危険人物だ。あそこから出さない方がいいかもしれない。


 そして、タコの願いを叶えるべく、隙間時間を活用してイヴィルダークの下っ端たちを触手まみれにし続けた。


『ア゛ア゛ア゛ア゛!!』

『イ゛イ゛イ゛イ゛!!』


 野太い下っ端たちの叫びを聞くたび、俺のテンションは下がっていった。心なしか、タコもイリスさんと和服美女を相手にする時よりはテンションが少しだけ下がっていた気がする。


 そうして、いくつもの下っ端たちの艶やかな悲鳴を聞きながら過ごす毎日。

 結果……。


「「「アイ!!」」」


 何故か俺は下っ端たちから崇められていた。



******



 この組織で一番偉いのは誰か?


 そう聞かれた時、多くの下っ端たちは口を揃えてこういう。

 ボスだ、と。

 全ての下っ端が、イヴィルダークに所属する際に一度は顔を合わせる存在。その圧倒的なまでの威圧感を前に、ひれ伏さないものはいない。


 二番目に偉いのは?


 そう聞かれると、返答は下っ端ごとに変わるだろう。イヴィルダークにいる三人の部隊長と今は地下に捕らわれている一人の美女。

 彼、彼女らは一人一人が特筆した能力を持った実力者。各部隊長の部隊に所属する下っ端たちによって、自分が付き従う人物は当然異なる。


 では、彼らが愛するものは?


 この返答に対する回答は決まっていた。

 イヴィルダークは愛を憎み、嫌う組織。その組織の構成員に愛するものを聞いたところで帰ってくる答えは一つしかない。

 だが、最近になって一部の下っ端たちはこの問いへの答えが変わってきていた。

 圧倒的なまでの快楽と包容力、全てを許す慈愛に満ちた”それ”を経験したものは口を揃えてこう答えた。


 ショクシュ。


 触手は何人たりとも拒まない。触手を愛する者には更なる寵愛を、触手を嫌うものには調教を。

 身も心も触手なしでは生きられないように作り変えていく。


 イヴィルダークのボスは力を与えた。

 愛を憎むものに、その愛を世界から奪うための力を。


 だが、そいつは毒を与えた。

 生物である以上、逃れることなど出来ぬ、甘美で身を焦がすほどの危険な快楽という名の毒を。


 水面下で動き始めた一体の化け物による、「触手愛され計画」。

 その恐るべき計画にイヴィルダークのボスが気付いた時、イヴィルダークという組織は二分され、大きな戦いが生まれることを、今はまだ誰も知らない。



******



 なあ、お前どうすんの?


『どうするとは?』


 いや、だからこれ。


 そう言う俺の視線の先には、跪き、俺を囲う十数人の下っ端たちの姿があった。

 見分けがつかないが、彼らから感じる視線にあの和服美女が俺の触手に向ける視線と近しいものを感じるあたり、恐らくこいつらは触手に屈服した奴らだろう。


『どうするも何もないよ。彼らは触手を愛してくれている。それ以上でもそれ以下でもないさ。漸く、触手の素晴らしさが広まり始めて僕は嬉しいよ』


 じゃあ、放っておくのか?


『ああ。今はまだ、ね』


 今はまだ? 何かやるつもりなのか?


『ああ。大丈夫、多分君にとっても悪い話じゃない』


 本当か? まあ、お前は悪い奴じゃなさそうだから信用するけどさ。


『そうそう。僕は悪い触手じゃないからね、信用してくれよ』


 なら、こいつらは無視でいいんだな?


『まあ、折角来てくれたし触手まみれにだけしてあげよう』


 タコの言葉と供に八本の触手がうねり、近くにいる下っ端たちの身体をまさぐり始める。


「「「アイイイイ!!」」」


 歓喜の悲鳴を上げる下っ端たち。

 全身黒タイツたちが触手に捕らわれ、ビクンと身体を跳ねる光景はとてもではないが見ていられなかった。


「タッコン? どこにいったのかしら?」


 下っ端たちと戯れていると、イリスさんの声が聞こえた。

 流石に、こんなえぐい光景を見せるわけにはいかない。

 直ぐに下っ端たちを解放して、イリスさんの下へ急ぐ。


「キエ」

「あら、そっちにいたのね。もう、どこかへ行くときは必ず行き先といつ帰って来るかを連絡しなさいと言ったでしょ」

「キエ」


 すいません、と言うように頭を下げる。

 すると、イリスさんは優しい声で「次から気を付けなさい」と言ってくれた。


「タッコン、今から街へ行くわよ」


 そう言うとイリスさんはサッと身を翻して出口に向けて歩き始める。

 それを見て、俺も慌ててイリスさんを追いかけた。


 


******



 一方その頃、街では、一人の少女が一人の少年を探して駆け回っていた。

 その少女はこの五日間、学校がある時以外は朝から晩までずっと大切な人を探し続けていた。


「明里ちゃん……。もう休もうよ。明里ちゃんがそんなに無茶しても悪道君は喜ばないよ!」


 明里という少女に声をかけたのは、彼女の親友であり、この五日間彼女の手伝いをしていた愛乃花音という少女だった。


「喜ぶよ! あっくんは私が大好きなんだもん。今だって、私のことを待ってるに決まってるよ! だから、直ぐにでも助けないとダメだよ」


 そう語る明里という少女の表情の顔色は悪く、目には隈が出来ていた。

 今の彼女に、普段のような明るさは失われている。


「私は、明里ちゃんが心配なんだよ! 明里ちゃんが悪道君を心配する気持ちはよく分かるよ! でも、私たちは友達でしょ? 明里ちゃんが背負ってるものを私にも背負わしてよ」

「……かのっちの気持ちは嬉しい」

「なら!」

「でも、私は休まない。休むわけにはいかない。私のせいであっくんはいなくなっちゃった。取り戻さなきゃダメなんだよ。あっくんを、あの幸せな日々を」


 星川明里はそう言って再び走り出す。

 その目には一人の男しか見えていない。


「明里ちゃん……」


 愛乃花音は彼女の背中を悲しげに瞳を揺らしながら見つめる。

 彼女は気付いている。今の星川明里の原動力が純粋な愛などというものではないことに。

 そして、今の星川明里では、悪道善喜という少年を見つけ出したとしても助け出すことは出来ないであろうということに。


 少年と少女の再会は近い――。

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[良い点] こっちの√でも下っ端達は関わってくるのか… [一言] あれ?こっちの下っ端達の扱いが…
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