触手少年爆誕
基本的に『』で囲まれたセリフは悪道にしか聞こえていないものだと思ってください。
「……え? 何て言った?」
目の前のタコの言葉が信じられず、思わず聞き返す。
『僕と契約して触手少年になってよ』
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
触手少年って何だ? 明らかに不穏すぎる名前だろ。
「普通に嫌なんだけど」
俺の言葉にタコは信じられないという表情を浮かべる。その反応の方が信じられない。
『嘘だろ? 触手少年になればあんなことやこんなこと、それこそ漫画やアニメの主人公のようなことだって出来るんだよ?』
絶対に嘘だろ。寧ろその主人公たちに倒される側だろ。
俺のその思いを表情から察したのか、タコは更に言葉を続ける。
『本当さ。例えば、国民的海賊漫画の主人公がいるだろう? 彼の腕は伸びる。触手も伸びる。ほら、ほぼ同じだ。あと、蜘蛛に噛まれてヒーローになる作品もあったね。あれも、触手で代用可能だ。壁を歩くなんて、僕の吸盤があれば楽勝さ。寧ろ、僕は水中も移動可能。僕の方が上位互換じゃないか』
自慢げに語るタコ。
確かに、そう言われれば触手、そしてタコというものは中々に万能かもしれない。
だが……。
「断る」
『な!?』
「俺は忘れていない。お前が、いやこの肉体が俺の大切な人を傷つけたことをな。これ以上の被害を出さないためにも、この身体は俺がさっさと取り戻す」
そして、拳を構える。
戦う覚悟は出来ている。
だが、俺の予想と反してタコは俺の言葉に苦々しい表情を浮かべていた。
『あれは……僕も申し訳なく思っている。あんなことをしては触手への誹謗中傷が増えるだけだからね。だが、君の目的を果たしたいなら、尚更僕と協力して触手少年になるべきだ』
タコは真剣な目で俺を見つめていた。見る限り、嘘をついているようには見えない。
「どういうことだ?」
『いいかい。君は僕を倒せば自分の身体を取り戻せると思っているかもしれないが、それは無理だ』
「……確かに、俺は大した力を持ってない人間だけど、それでもタコのお前くらいは倒せるぞ」
『違う違う。そういうことじゃない。そもそも僕をここで倒したとしても、君の肉体は君の支配下にならない。既に、僕を生み出した蛇男が二度目の投薬を行った。それにより、君の自我はもうじきこの世界からも消える』
「そんなバカなことがあるわけ――」
――ない。
そう言おうとした途端、俺の右腕が消えた。
『あるんだよ。既に浸食は始まっている。僕が望む望まないに関わらず、君は消える。それを防ぐには僕と完全に同化して、触手少年になるしかないんだ』
タコの言葉を聞き、歯ぎしりをする。
悔しいが、このタコの言う通り、俺が取れる選択肢は一つしかないようだ。
だが、一つ疑問が残る。
「お前は、俺がいない方がいいんじゃないのか? なのに、どうして俺を残そうとする」
俺がいなくなれば、この精神世界に残るのはタコだけだ。そうなれば、このタコが自由に俺の身体を使える。
その方がこのタコにとっては好都合のような気がするのだが……。
『僕は作られた存在だ。残念だが、創造主には逆らえない』
タコは一度視線を下げてそう呟く。
だが、直ぐに顔を上げて俺を見る。
『でも、君は違う。君はこの身体の持ち主。だからこそ、僕の創造主にも逆らうことが出来る。その君と同化すれば、僕もこの身体において君と同等の権利を得る。つまり、蛇男に従わずに済むのさ』
「つまり、お前はあの蛇男に逆らうってことか?」
『当たり前じゃないか。確かに、僕は触手と触手好きの恨みや憎しみから生まれた。だが、彼らは触手が称えられることを望みはしても、触手が嫌われることを望みはしない』
確かに、このタコの言う通り、あの蛇男に従いタッコンとして暴れれば人々はタッコンを恐れ、嫌悪するだろう。
そして、それは触手への誹謗中傷に繋がるかもしれない。
『触手を用いて、触手をバカにする人たちを傷つければ一時的にスッキリするだろう。だが、それでは僕の真の目的は果たせない。僕の最大の復讐は、触手が嫌いだと言っていた人たちに触手の魅力を叩きこみ、触手無しでは生きることが出来ない身体にしてやることさ』
タコの美的感覚がどうかは知らないが、その瞬間、俺にはこのタコがイケメンに見えた。
それと共に、このタコとなら同居してやっても構わない。そう言う気持ちが芽生えていた。
「触手少年か……。分かった。なるぜ」
決心を固め、タコに告げる。
消えるくらいなら、このタコにかけた方が幾分かマシだ。
『君なら、そう言うと思っていた』
俺の手と触手が固く結ばれる。
そして、俺たちは一つになった。
それと共に、このタコの思いが俺の頭に流れ込んでくる。
『きゃっ! タ、タコさん! そこはいけません!』
『ふふっ。そんなこと言って、本当は期待してるんだろ?』
『そ、それは……』
『ほら、正直になりなよ』
『(ごくり)……く、ください! その太くてねばねばしたものが無いと生きていけないんです!』
『ず、ずるいわ! 私だって、もうタコさん無しじゃ生きていけないの!』
『それを言ったらアタシもよ! タコ! 早く私にも頂戴!』
『ははは! 安心してくれよ。皆、平等に愛してあげるからね! 何て言ったって僕には八本も触手があるんだから! あはははは!』
『『『きゃっ! タコ様ったら、素敵!!』』』
そこには、大量の女の子に囲まれて顔を高笑いするタコがいた。
「てめえ、大層なこと言った割に、結局エロ目的じゃねえか!!」
『違う! これは純愛だ! それに、僕だって愛されたいんだ! 触手だからって僕は嫌悪されてきたんだぞ! 僕だってハーレムに憧れるさ!』
「ま、まさかてめえ! 俺と同化したのは星川が狙いだからじゃねえだろうな!?」
『彼女か。彼女は非常にいい。抜群のスタイルに、タッコンと化した君を救おうとする姿。確かに、彼女となら真実の愛を見つけられるかもしれないね』
「バカ野郎! 星川はお前なんかにやらないからな!」
『それは彼女が決めることさ。それに、彼女だって触手を愛してくれるかもしれない』
後悔するものの、同化を止めることは出来ず、俺とタコは正しく一心同体の存在となったのであった。
***
目を覚ました俺の前には、蛇男の姿があった。
「……戦闘員を始末するのです」
戦闘員?
周りを見ると、そこには怯えた目をする全身黒タイツがいた。
何で味方を始末する必要があるのだろうか?
『ここは蛇男の言うことを聞いている風に見せよう』
すると、脳内からタコの声が聞こえてきた。
てめえ! 星川には手を出させねえぞ!
『落ち着くんだ。君の幼馴染については後々話そう。まずは、蛇男の信頼を勝ち取るんだ。そうすれば、僕らの自由時間も増える』
……む。
確かに、こいつの言うことにも一理ある。一旦、星川の件は置いておこう。
それにしても、蛇男の信頼を勝ち取る……か。
『どうしたんだい?』
いや、敵とはいえ、この全身黒タイツを始末する必要があるのかなと思ってな。
何か、怯えてるし可哀そうじゃないか?
『……確かにそうだね。そうだ。ここは僕に任せてくれ』
タコがそう言うと共に、俺の身体が勝手に動き始める。
どうやらタコが動かしているらしい。
タコは触手で全身黒タイツを捕らえる。
「ア……!」
タコに捕らえられた黒タイツは小さな声を上げて、項垂れる。
お、おい!
『大丈夫だ。この黒タイツは生きているよ』
それならいいんだけど……。
黒タイツに目を向ける。黒タイツの表情は安らかで、死んでいると言われてもおかしくはないほど動きは無かった。
……本当に大丈夫か?
そうこうしている内に、いつの間にか蛇男が部屋から出て行く。
その数秒後に、突然項垂れていた黒タイツが目を覚ました。
「ア、アイ!?」
黒タイツは何が起きたのか分かっていないのか、辺りを見回して狼狽えていた。
『ふう。初めてだったけど、うまく行ったね』
凄いな……。何したんだ?
『簡単だよ。彼の快感のツボをつき、彼を失神するほどの絶頂に導いた。そして、彼に再び刺激を与えて目を覚まさせたというわけさ』
タコってすげえな。
『これはタコの力ではなく、僕を生み出した恨みや憎しみの発生源である触手たちや、触手好きの人々の願いの力だけどね』
人の思いの力ってやべえな……。
『君がそれを言うのかい?』
タコの言葉に頭で疑問符を浮かべながら、黒タイツを解放する。
解放された黒タイツは怯えた表情で慌てて部屋から出て行った。
怖がらせたか?
『かもね。まあ、仕方ない。これからの行動で触手の素晴らしさを伝えればいいさ。さあ、それじゃ僕たちの物語を始めようじゃないか!』
ま、そうだな。
タコの言葉に返事を返し、出口の扉を開く。
蛇男の命令を聞くつもりなどない。
星川を守る。触手の素晴らしさを伝える。
全て果たして、また星川に会いに行こうではないか。
ありがとうございました!