デートへ行こう
今回、少し短めです。
「星川、デートに行ってくれないか?」
夕暮れ時の河川敷。
放課後、両親が帰ってくるまでの一時間程度を星川がダンスの練習をすると言ったので、それに付き合う。
そんな中、星川の休憩中に俺はそう告げた。
「デ、デート?」
ぎこちなく顔をこちらに向け、星川が問いかける。
「そう。デートだ。星川と一緒に水族館に行きたいんだ」
「へ、へー。別にいいけど……」
「じゃあ、決まりだな。今週の日曜、朝十時ごろに迎えに行くから待っていてくれ」
「う、うん」
その後、どこか上の空で集中できていない星川と一緒に家に帰った。
日曜日に向けて、海洋生物の知識を蓄えている内に時は流れ、気付けば日曜の朝になっていた。
「水筒、タオル、あとカメラ、弁当もいるな」
リュックサックの中に、必要なものを詰めていく。
今日のデートで勝負を決める。俺はそれくらいの気持ちでいる。
「……万が一服が濡れた時のための着替えも用意しとくか」
必要な準備が全て終わった時には、九時四十五分になっていた。
約束の時間までは十五分。
星川の家は直ぐ隣だから丁度いいだろう。
自分の格好を改めて確認する。
Tシャツにジーンズ。上からジャケットを羽織っている。
うーん。無難だ。無難過ぎて、量産型になっている気がする。佐藤は無難が一番と言っていたが、やっぱり流石にこれは無難すぎるだろう。
そこで、俺は昨日の内に引っ張り出しておいたヒトデの被り物を出す。
そして、そのヒトデの被り物を被った。
「おお。いいな。このワンポイントは他と差が付けることが出来ている! これなら、星川の視線もがっちりキャッチできるな!」
佐藤に言われた通り、ファッション誌を読んだ。
そこにはアクセサリーなどのワンポイントで他と差をつけることが大事だと書いてあった。
やはりファッション誌というのはファッションを専門に扱っているだけあって、素晴らしいアドバイスをくれる。
「よし。行くか!」
リュックサックを背負い、星川の家に向かう。
外の空気は澄みきっており、雲一つない青空が広がっていた。
星川の家のインターホンを鳴らすと、中からドタバタと騒がしい音が聞こえる。
少しして、ドアが開く。
「はーい。あっくん、おはよう……」
ドアを開けた光里さんが俺の姿を見て固まる。
「おはようございます! 星川いますか?」
「え、ええ。いるわ。と、ところでその頭のそれは?」
笑いを必死にこらえながら光里さんが問いかける。
「ああ、これですか? 今日のワンポイントアイテムです。これで星川の視線もハートも掴んで離しませんよ!」
「……っ。そ、そうね……。明里ならもう直ぐ準備できると思うからそこで待ってて」
口元を抑えたまま光里さんはリビングに戻っていった。
光里さんがリビングに戻ってすぐに、星川と光里さんの声が聞こえた。
「ちょっと明里、早くしなさいよ。あっくん待ってるわよ」
「わ、分かってるよ! でも、あとちょっとだけだから!」
「別に化粧なんてしなくてもあっくんはあなたのこと可愛いって思ってるわよ」
「みゃあああ!! あっくんに聞こえたらどうするの! 後、これは練習だから! 将来のための練習!」
「そう。なら、昨日の夜遅くまで服選びに悩んでいたのも練習なの――「もうやめてえええ!!」
中々に嬉しい言葉が聞こえてきた。
そうかそうか。星川が化粧をしてると。おまけに服選びに悩んでいたとは。
これは、星川も今日のデートを楽しみにしてくれていたと考えて間違いないだろう。
本当に今日で付き合えてしまうかもしれない。
そう思っていると、リビングに続くドアが開き。中から星川が姿を現した。
「ご、ごめん。待った?」
春を感じさせる白のワンピースに上からは黒のカーディガンを羽織っている。
普段とは違い、髪は結ばずに下ろしていた。
普段の印象とは打って変わって、清楚でお淑やかさを感じさせる服装。
今日、星川明里という少女の新たな可能性を俺は目の当たりにした。
「ありがとう……」
気付けば、俺のその場でしゃがみ、祈りを捧げていた。
星川を生んで下さった、光里さんと武蔵さん。星川が身に付けている服を作ってくださった方々。
そして、何よりも星川明里という少女に。
「あ、あっくん? 何してるの? 後、頭のそれは何?」
顔を上げると、困惑した表情を浮かべる星川がいた。
「ああ。悪い。ちょっと、祈りを捧げてた。後、頭のこれは今日のワンポイントアイテムだ。星川、ヒトデ好きだし気に入るかなと思ったんだよ。どうだ?」
「いや、可愛いと思うけど目立ちすぎだよ! それ、あっちこっちから注目集めるからね!」
「そのあっちこっちの中に星川は含まれているのか?」
「え……あ、まあ、そうかもだけど」
「ならよし!」
「よしじゃないよ! 私も一緒に行くんだから、せめて水族館に着くまでは外してよ!」
星川が余りにも必死に言うので、渋々外すことにした。
いいアイデアだと思ったのにな。
「うん! やっぱり普段のあっくんが一番だよ! じゃあ、行こっか!」
「ちょっと待ってくれ」
家を出ようとする星川を呼び止める。
「どうかしたの?」
こっちに顔を向ける星川を改めてじっくりと見る。
なるほど。確かに、化粧をしているせいか普段より目元や唇が違う。いつもより大人っぽさが今の星川にあるような感じがした。
「化粧、似合ってるぞ。服装も、凄く似合ってる。綺麗だ」
服装と変化を褒める。
出井田が金曜日の夜にわざわざ俺の家まで来てそう言っていった。
恋愛に置いてそれは必ず必要なのだ、と。それこそが、自分が相手をよく見ている、相手に興味があるということの証でもある、ということらしい。
「あ、う、うん。ありがと……」
照れ臭そうに、伏し目がちに星川はそう呟いた。
「あらあら。明里、照れてるの? 照れてるんでしょ? あっくんに綺麗って言われて嬉しいって思ってるんでしょ? もー素直に嬉しいって言えばいいのに。ねえ、お父さん?」
リビングからひょっこり顔を出した光里さんがニヤニヤしながら、隣にいるであろう武蔵さんに声をかける。
武蔵さんの反応は見えないが、恐らく困惑しているのだろう。
ふと星川に顔を向けると、星川は顔を赤くして頬を膨らませていた。
「う、うるさい! もう私たち行くから! あっくん、行くよ!」
そう言うと、星川は俺の手首を掴んで玄関の扉を開ける。
「きゃああ! お父さんお父さん。明里ったら大胆よ! 自分からあっくんの手を掴むなんて!」
「もおおお! あっくん早く行くよ!!」
「あ、ちょ……光里さん、武蔵さん、行ってきまーす!!」
星川に強い力で引かれて星川家の玄関を出る。
扉が閉まる間際に見えたのは笑顔で手を振る光里さんと、ぎこちなく手を振る武蔵さんの姿だった。
ありがとうございました!