裁判の時間ダヨ! 全員集合!
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目を覚ました俺は、暗い部屋の中にいた。
「こ、ここは……? ん?」
身体を動かそうとしたところで、異変に気付いた。
俺の身体はゴム製のベルトで椅子に縛り付けられていた。
なんだこれ? 確か、俺は佐藤と鈴木と田中の三人に地下二階に案内されて……。そうだ! あの三人に襲撃されたんだ!
気を失う直前の出来事を思いだしたタイミングで部屋が明るくなり、部屋の全貌が明らかになる。
部屋はまるで裁判所の法廷のようになっており、目の前には俺を見下ろすように座る三人の覆面をした男たちがいた。そして、横には俺を挟むようにして二人の男が座っていた。
「あれが……」
「我らの天使は何故あのような男に……!」
「叶うのであれば、俺が直接裁きを下したかった……」
背後からはひそひそと話し声が聞えてきている。
「こ、これは何なんだ!? どうして、俺はここに縛られているんだ!」
頭に浮かんだ疑問を周りの覆面集団にぶつける。
だが、俺の問いに対する返答は返ってこない。
カン!
木槌の心地よい音が響き渡り、部屋に静寂が走る。
その独特な緊張感に俺も思わず口を閉じてしまった。
「これより、『転校生事件』の裁判を始める」
事件? 一体何のことだ?
俺の困惑を他所に裁判は始まった。
「まずは佐藤二級審査官。前へ」
「はい」
木槌を持った男の言葉と供に、俺の右横にいた男が一歩前に出る。
よく見ると、その男は佐藤太郎だった。
「ここにいる善道悪津は本日、我々が所属する二年A組にやって来た転校生です。事件が起きたのは昼休み。我がクラスには皆さまも知っての通り、我が校三大天使が揃っています。何と、この善道はその三大天使と一緒に昼食を取っていたのです。更に、星川さんに対して嘘をつき、純粋な星川さんの心を弄んだ挙句、星川さんの「名前で呼んで」というお願いを拒否。これは、我々WOTEの魂の盟約第五条の『天使の純粋さの保護』並びに第二十五条『天使の願望実現の努力義務』に違反すると考えられます。その行為、極めて卑劣かつ狡猾であると考えられ、特に、同クラスであるWOTEの会員の精神を逆撫でするものであり――」
「長い。もっと短く分かりやすく言え」
「転校生が三大天使とイチャイチャして羨ましいです! 大変妬ましいので、罪人に対して、全会員によるドロップキック一時間耐久の刑を望みます!」
「可決」
前にいた三人の中で代表と思える男があっさりと判決を下した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「何だ命乞いか? 聞いたところで刑の重さは変わらんぞ」
その場にいる全ての人間が俺を憎しみの目で睨みつけてくる。
だが、そんな目に屈するわけにはいかない。俺はここで、はっきりとこいつらに言わなくてはならないことがある。
「白銀イリス様は天使ではなく女神だ!!」
俺の叫びが部屋の中に響き渡る。
「何を訳の分からないことを……。まあ、いい。一先ずこの男を――「ちょっと待ってください」
目の前の三人のうち、右端に座っていた男が真ん中にいた男の言葉を遮る。
「む。どうかしたか? 黒田特級審査官よ」
「そこの男に一つ質問させてください」
「……よかろう」
黒田という男は許可を貰うと、わざわざ俺の近くまでやって来て俺に質問を投げかけてきた。
「善道と言いましたね。あなたは今日が白銀さんとの初めての出会いだったはずです。報告書によれば殆ど白銀さんとの接触は無かった。それにも関わらず、何故白銀さんを女神だと?」
黒田の目を見た瞬間に俺は理解した。
この男は本物のイリス様を愛している男だと。そして、その愛は将来的に、俺にも匹敵しうるものであるということに。
まさか、ここにもこんな奴がいたとは……。仕方がない。この切り札は使いたくなかったんだがな……。
「俺は、この学校に来る前の白銀イリス様に出会ったことがある」
「な、なに!?」
俺の言葉で周りがざわつきだす。
「その時の白銀イリス様は、厳しさの中に優しさを持った人だった。俺はそんな白銀イリス様の美しさと優しさを崇め、白銀イリス様を女神と称えたんだ」
「その目……。嘘はついていないようですね」
黒田は振り返り、木槌を持った男に向き合った。
「会長。失礼を承知で発言させていただきます。私は、この善道悪津の減刑を要求します!」
「何だと?」
「私も彼と同じ白銀さんを愛するものです。だからこそ分かる。今回の事件は彼の白銀さんへの愛が強すぎたがために起きた悲劇です。これから、白銀さん以外の二人の天使の良さを我々が伝えていけば情状酌量の余地はあるかと」
黒田の言葉に周りの男たちの中からも、俺の境遇に同情する声がちらほらと上がっていた。
「ならん」
だが、木槌を持った男が出した判決が変わることは無かった。
「な、何故ですか!? これまでも三大天使の中で一人を愛しすぎたが故に問題が起きたことがありました! ですが、そのときは厳重注意に止まったではありませんか!」
「確かに、黒田特級審査官の言う通りだ。だが、問題はそこではない」
「え……?」
木槌を持った男は俺の目を強く睨みつけ、一つの質問を投げかけてきた。
「善道よ。お前にとって白銀イリスさんは天使か?」
「違う。女神だ」
これは俺の中で決定事項。これから先でよっぽどのことが無い限り変わることのない事実だ。
「……我々、『三大天使を見守る会』通称、WOTEは星川明里、愛乃花音、白銀イリスの三人を天使として扱うと決めている。これはWOTE魂の盟約第一条にも定められていることだ。ここに三人の中で一人を特別に女神と崇める人間が入るとどうなるか分かるか?」
「……派閥争い」
黒田が神妙な顔で呟く。
「そうだ。三人の中で女神はこの人だという意見の対立により、派閥が生まれ、それはやがてこの学校、いや、この街を巻き込んだ戦争に繋がるだろう。実際に一年前にその戦争があった。当時は、三大天使ではなく星川明里と愛乃花音の二大天使だったため、星川派と愛乃派の対立に止まった。だが、ここに白銀派が入ってくれば戦いは一気に激化するだろう。我々はあのような悲劇をもう起こすわけにはいかない。故に、白銀イリスを女神と崇めるお前の存在を許すわけにはいかんのだ」
そう話す会長と呼ばれる男の目は、どこか寂しげだった。
そして、周りにいる男たちもみな一様に視線を下げていた。
ふざけている。
愛しているものを愛していると言って何が悪い。自分が一番好きなものを声高々に宣言して何が悪い。
戦争が起きる? 何故、女神が一人だなんて決めつけをするんだ。
「気に入らないね」
吐き捨てるように俺はそう言った。
「な、何だと!?」
「女神が一人だなんて誰が決めた。それぞれがそれぞれに愛する人が違うのは当たり前だろ。それぞれに自分が信じるものがあるはずだ。それを信じればいいだろ」
「若造が。自分の一番が一番ではないということを言われれば許せんだろう? 誰だって、自分の一番が世界の一番だと信じたい。だから、争いが起きるのだ」
「それは女神を信じてるってことになんねえだろうが!」
縛られた両手で机を強く叩く。
それと共に周りの喧騒が止む。
「俺たちの女神は、争いを望んでいるのか? 他者を蹴落とすことを要求したか? 他者を蹴落とさなければならないほど、俺たちの女神は弱いのかよ!?」
僅かな静寂の後に、「どうなんだよ?」と呟く。
それと共に背後からちらほらと声が沸き上がる。
「違う……」
「星川さんは、誰が相手だろうと一番だ」
「愛乃さんは争いなど求めていないし、争いなんてしなくても愛乃さんは一番だ」
その声は徐々に、そして確実に大きくなっていく。
「そうだ! 俺たちの女神は誰にも負けないし、争い何て求めていない! 俺たちがやらなくてはならないことは女神の素晴らしさを布教し続けること! それだけだ! 争うことも、他人を蹴落とすこともする必要はない!!」
「「「ウオオオオオ!!」」」
俺の言葉と供に、背後の覆面集団から歓声が沸き上がる。
「こ、これは……! 貴様!! ただの若造ではないな……!」
中央に座る覆面男が俺を睨みつける。
ただの若造じゃない? 当たり前だろう。
この俺は、イリス様に関しては最強無敵。天下無双だ。
「WOTEだか何だか知らないが、俺は俺の思うようにやらせてもらう。聞け!! お前ら! 今ここに! 俺は『イリス教』をこの学園に布教することを宣言する!! イリス様を女神と崇める奴は俺に黙ってついてこい!!」
俺の手を拘束している縄を引きちぎる。
そして、天高く人差し指を突き上げる。
「……私はWOTEに入ったことで、白銀イリス様以外も愛さなくてはならないと、そう考えていました。ですが、その行為は白銀イリス様を裏切っているようで心苦しかった……。善道君……教えてください。私は、私はイリス様だけを愛してよいのですか?」
黒田が膝をつき、俺に問いかけてくる。
「勿論だ。イリス教に所属するための条件は二つ。イリス様を愛すること。そして、イリス様の幸せのために努力することだ。問おう。黒田。お前はイリス様を愛し、イリス様の幸せのために努力する覚悟があるか?」
俺の言葉に黒田は手を胸に当て、天を見上げながら強く叫ぶ。
「当たり前です!!」
一切の躊躇いも無く、強い意志を込め、放たれた言葉に、俺の頬も思わず緩む。
ここに、また新たな戦士が生まれたのだ。
「ようこそイリス教へ。俺たちは、君のような素晴らしい人間を探していた。これから、共にイリス様の幸せのために尽力していこう」
「はい!!」
黒田が俺の手を取る。
その目からは涙がこぼれていた。
「お、俺も……! 俺もイリス様の幸せのために努力できる自信がある!!」
「俺もだ!!」
「ぼ、僕だって、その気持ちは誰にも負けない!!」
「何を言っているのですか!? 私の方がその気持ちが強いです!」
周りからもイリス様を愛する同志たちが続々と名乗りを上げる。
イリス様の美しさはやはりどこへいっても変わることのない普遍の事実であることを知り、目頭が熱くなる。
「くっ!! 負けてられるか! なら、俺はアカリン教を作るぞ!」
「だったら、僕はカノン教だ!」
続々と声が上がる。
最早、その勢いをWOTEの会長は止めることができない。
「くっ! 貴様……! 後悔するぞ……。必ずや貴様の行動は醜い争いを生む。その争いにより貴様らは必ず疲弊し、最後に待つのは破滅だ」
「あんたの言うことにも一理あるんだろう。それでも、俺は、俺たちは自分の信じる女性を女神と崇めたい。その気持ちは誰にも止められない」
苦々しく呟く会長にはっきりと告げる。
どのみち、いつかはこうなることだったと思う。
三人の中でそれぞれに必ず一番好きな人はいるんだ。ならば、その一人を担ぎ上げる人物がいつ出て来てもおかしくない。寧ろ、何故今まで出てこなかったのかが不思議なくらいだ。
「……ならば、一番を決められない人間はどうなる」
ポツリと会長が呟いた。
「三人とも可愛い。美しい。大好きだ。誰か一人を選ぶことなど出来ない。三人とも一番でいいだろう。なのに、何故争う。同じ人を好きな人間たち同士が争う姿を見たい人間がどこにいる! 貴様らはそれでいいんだろう。自分の好きなもののために戦うのは、聖戦に挑む騎士の気持ちと言ったところか? ふざけるな! 一番何て、決めなくていいだろ。全員愛させてくれよ。私は、私たちはただそれだけを望んでいるだけだ!!」
会長の叫びが響き渡る。
そうか。それが、会長の本音か。
一人に決めることが出来なかった人間たちの代表。それが、会長なんだろう。
会長が言った通り、過去に一番を決める派閥争いが起きたのだとしたら、その時に一番苦しい思いをしたのは会長を筆頭とする『皆が一番派』なのかもしれない。
それぞれの陣営から、こっちに来いと言われる。でも、選ぶことは出来ない。
もしかすると優柔不断だと罵られたかもしれない。あらゆる陣営の人間から敵認定された可能性もある。
そういう背景があるのだとすれば、会長がこのWOTEを生み出し、俺の様な人間が生まれることを恐れるのも納得である。
はあ……。やれやれ。
この会長は何も分かっていないようだ。自分たちの派閥の可能性の大きさに。
「なら、全員を愛せばいいじゃないか」
「……は?」
「もしかすると、イリス様以外の二人を特に愛している人もいるかもしれない。星川以外の二人を愛している人や愛乃さん以外の二人を愛している人もいるかもしれない。なら、それでいいじゃないか」
「だ、だが! それではまた私たちは……!」
「争いが起きた時に迫害されるって? 違う。あんたらこそが俺たちを繋ぐ希望の架け橋になれるんだ」
「な……!?」
会長は目を見開き、驚愕を露わにする。
「確かに、崇める女神の違いで俺たちは対立するかもしれない。でも、それぞれの女神の良さを理解しているからこそ、三人の中から一人を選びきれない会長たちは俺たち全員の理解者になれる。三人の中から一人を選べない優柔不断な人? 違う! 三人全員を愛する覚悟を決めた強い人たちだ! 言わば、あんたたちはイリス教徒でありアカリン教徒でありカノン教徒なんだ! あんたたちこそが対立する俺たちを繋ぎ合わせることが出来るかけがえのない存在なんだよ!!」
人と人は争う。
それは仕方がないことだ。だが、俺は学んだ。数少ない共通点が世界平和への鍵だということを。
どれだけ対立している人でも、可愛いを共有することで同じ方向を向くことが出来るということを、他でもない猫耳姿のイリス様から学んだ。
会長たちはきっと対立する俺たちにとって数少ない共通点になれる存在だと俺は信じている。
「……私は大事なことを忘れていたようだ」
顔を上げた会長の目からは涙が溢れていた。
「争いを恐れるがあまり、彼女たちの誰か一人を愛していると、叫びたい会員の思いを封じ込めていたかもしれない」
悔いるように会長はそう呟いた。だが、彼の顔はどこか晴れやかだった。
「ありがとう善道君」
会長は俺に頭を下げてから、木槌を振るう。
カン!!
騒がしくなっていたその場が、シンと静まる。
「今ここに、私はWOTEの解散を宣言する」
会長の言葉に全員が息を呑んだ。それほどまでにこのWOTEの存在は大きなものだったのだろう。
「それと供に、白銀イリス様、星川明里様、愛乃花音様の三人を女神として崇める宗教の存在を認めることとする!! 詳しい話はこれから詰めていくことになると思うが……約束して欲しいことがいくつかある。各女神を複数人崇めてもいいということ。女神たちが悲しむことはしないこと。女神たちを愛する気持ちを忘れないことだ」
「「「うおおおおお!!!」」」
会長の宣言から少し遅れて、全員から地鳴りのような歓声が沸き上がる。
「す、すげえ! 新しい歴史が生まれるんだ!」
「遂に、あの三人が天使から更に上の存在になった!!」
「ああ……。ありがとう。私はずっとアカリンを女神として認めて欲しかった……!!」
好意的な声がいくつも聞こえる。
今ここに、この学園を揺るがす大きな出来事が起きていた。
「さて、善道君。これで満足かい?」
「会長……」
気付けば会長が俺の傍に歩み寄って来ていた。
「いえ、まだですよ。これはまだスタートライン。俺の目的は、世界中の人にイリス様の素晴らしさを知ってもらうことですから」
「ははは! それはいい。なら、私もその景色を傍で眺めさせてもらうとしよう」
会長は俺の言葉を聞くと心底楽しそうに笑った。
「歓迎します。ようこそイリス教へ」
「ああ。まあ、私は他の二人を崇める宗教にも所属するがね」
俺を縛るゴム製のベルトが解かれ、会長と握手する。
ここにいる人たちは皆、素晴らしい思いを持っている。だからこそ、これからの学校生活が楽しみになった。
それもこれもイリス様の美しさと神々しさのおかげだな!
やっぱりイリス様は最高だぜ!!
教徒も増えてきたし、そろそろイリス様大感謝祭を開催することを検討してもいいかもしれないな!
ありがとうございました!
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