淫獣
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屋上でぼんやりと空を眺める。
教室を出たばかりの頃は荒れていた心も、今では風に揺られる雲の如く穏やかなものになっている。
腕時計に目を向ければ、一限が終わる時間まで残り十分程度だった。
はあ……。気まずいけど、そろそろ戻るか。
そう思い身体を起こそうとした時、屋上の扉が開き、誰かが屋上に入って来る。
「ふぅ……。カバンの中で人形のふりをするのも疲れるラブねぇ」
熊のようなネズミのような奇妙な姿をした手のひらサイズの生き物。その生き物が言葉を発しながら屋上に入ってきた。
「しゃ、喋ったあああああ!?」
「し、しまった! 人間がいたラブか!?」
俺に姿を見られた奇妙な生物は慌てて、背を向けて逃げ出した。
何だこの生き物!? 色はピンク色だし、ラブって、変な語尾ついてるし……待てよ? ラブ?
こいつ、昨日星川と愛乃さんと一緒にいたであろう謎の奴と語尾が一緒だ!!
「待てえええ!!」
「ラブウウウ!?」
星川が隠している謎の重要な手がかりを逃がすわけにはいかないと、珍獣に飛びつきその身体を捕らえる。珍獣は暫く俺の手の中でもがいて逃げ出そうとしていたが、自分が逃げられないことを悟ったのか、覚悟を決めた表情で動きを止めた。
「くっ……! 殺せ!!」
そして、悲痛な表情を浮かべながらそう言い放った。
「……え? 何で?」
「しらばっくれるつもりラブか? お前がラブリンの肉体を好き放題いじり、弄んだ挙句に見せ物にして、金稼ぎの道具にするつもりということはお見通しラブ!!」
え……? 何この珍獣。どんな世界で生きてたらそんな発想になるの? 怖いんだけど……?
「ふん! 黙りこくるってことは、どうやら図星みたいラブね。ラブリンが愛の国から来た異世界の住人だからといって、この世界のことを何も知らないと思ったら大間違いラブよ! ラブリンたちは人間界のことを探るために、常に「ウスイホン」を始めとした人間界の文献を調べているラブ!」
ウスイホン……?
こいつは何を言っているんだ? 全く持って意味が分からない。
いや、まさか……そういうことか?
「おい。さっきの『くっ……! 殺せ!!』はどういうつもりで言ったんだ?」
「この世界では、屈辱的な目に遭わされそうな時はそう言うのがルールだと、『ウスイホン』を調べていた人間界の調査班が言っていたラブ。だから、それを言ったラブだけど……違うラブか?」
ラブリンを名乗る珍獣の言葉に頭を抱える。
薄い本って、そういうことかよ。何でよりにもよって人間界を調べるのにそれを使うんだ。もっと色々あるだろ。
てか、こいつら『愛の国』の住人ってどういうことだよ。愛の国って何だ? こいつらは地球の生き物じゃないのか?
……ああ、ダメだ。情報量が多すぎる。
頭が混乱して考えがまとまらない。とりあえず、先ずは最優先で聞かないといけないことを聞こう。
「なあ、星川明里って知ってるか?」
「……っ!? ……お前は何者ラブ?」
星川の名前を出した途端にラブリンという珍獣の表情が強張る。反応を見る限り、星川と関係があると見て間違いないだろう。
問題はこいつが星川とどんな関係性を持っているかだ。
「警戒してるみたいだけど、安心しろ。俺は別にお前を取って食おうと思ってないし、星川に危害を加えるつもりもない。なんせ、俺は星川の幼馴染だからな」
ラブリンの警戒を解くために、ラブリンを解放し両手を上に挙げて微笑む。
「……信じられるとでも思っているラブか?」
「星川に確認を取ってもらってもいいぜ」
あ、でも今確認取られたら、星川は俺のこと知らないって言うかもしれないわ。
「やっぱり、星川に確認するのはやめろ」
「な、何でラブか? 確認されることを恐れるってことは、やっぱりお前は嘘をついているラブね!」
「いや、違う。嘘はついていない。だが、今はちょっと特殊な事情があるんだよ」
「ええい! 白々しいラブ! まあ、いいラブよ。ここは、明里と親しい仲でなければ答えられないであろう質問でお前を試すラブ」
ほう。星川クイズというわけか。
面白い。星川とはもう十年の付き合いだ。星川の好きなものや嫌いなものは当然ながら、星川が取るであろう行動を七割当てることだって出来る俺に死角は無い。
「じゃあ、問題ラブ」
「かかってこい!」
「明里の身体には小さなほくろが一つあるラブ。それがある場所を答えろラブ!!」
ラブリンの言葉が屋上に響き渡り、一陣の風が吹く。
「……は?」
「ふん。どうやら分からないようラブね。明里は幼馴染と幼い頃にお風呂に一緒に入ったことがあると言っていたラブ! つまり、お前が明里の幼馴染なら、明里の身体にあるほくろの位置くらい分かって当然! 分からないということはお前が明里の幼馴染ではないということに他ならないラブ!!」
尻尾を掴んだとばかりに俺に鋭い視線を向けてくるラブリン。
「いや、分かる。星川のほくろがどこにあるかだろ? 分かるんだけど……」
そう、分かる。
ラブリンの言う通り、俺と星川が小学生低学年の頃、俺は星川とお風呂に入った。
星川の身体を舐めまわすようにじっくりと見たわけではないが、当時のことはよく覚えている。
だから、答えを言うことは簡単なのだ。
だが! それより大きな問題が一つある。
これを問題にしているということは、俺の目の前にいるこの珍獣はこの答えを知っているということだ。
「なら、さっさと言えラブ」
「その前に一つ。お前は、オスか? それとも、メスか?」
「何を言っているラブ? そんなことはラブリンの問いに関係ないラブよ」
「いや、ある。大ありだ。早く答えろ」
「オスラブ」
ラブリンの言葉にカッと目を見開く。
「ひっ」
いや、落ち着け。
まだこいつがクロと決まったわけじゃない。もしかすると、この問題の答えが俺の知っている答えと違う可能性もある。
「左胸の付け根、いわゆる谷間といわれるあたりだ」
「……っ。正解ラブ……」
俺の言葉を聞いたラブリンが驚いたように呟く。
そして、その言葉を聞いた瞬間、俺はラブリンの身体を掴んだ。
「ブッコロス!!」
「なっ!? やっぱり、初めからラブリンをヤるつもりだったんラブね!? 誰かー!! 助けてー!!」
「うるせえ! この珍獣、いや、淫獣が!! 星川がてめえの毒牙にかかる前にここで俺が始末してやる!!」
星川の身体にあるほくろは普通なら、絶対に見ることが出来ないほど谷間の中でも割と奥の方にある。
それを見ているということは、つまりそういうことだ。
いくら、マスコットのような可愛らしい姿をしていると言っても俺は騙されない。明らかにこいつの精神年齢は少なくとも中学二年生以上はある。
「くっ! ラブリンには愛の国と人間界を守るという使命があるラブ……! こんな奴にやられるわけにはいかないラブ!!」
そう言うと、淫獣はその小さな身体からは想像できないほどの力強さで俺の手を開こうとする。
「俺だって星川を守るという使命がある! お前のような淫獣を星川の傍で野放しに出来るか!!」
負けじと更に力を込め、淫獣を押さえつける。
「ぐぬぬぬぬ!!」
「負けるかああああ!!」
自分だけではない。自分以外の運命を背負った一人と一匹の信念がぶつかり合う。
そして、遂にその戦いに終止符がうたれる。
「ラブウウウ!!」
「ぐああああ!!」
一瞬、淫獣の身体が光り輝いたかと思えば、淫獣がとてつもない力を発揮し俺の手から逃れる。
その衝撃によって、俺はその場に尻もちをついてしまう。
「はぁ……はぁ……。ふふふ。最後に愛は勝つラブよ。これでとどめラブ!!」
尻もちをつき、隙だらけの俺に淫獣が突撃してくる。
星川……すまない。俺はここまでみたいだ……。
心の中で星川に謝りながら迫る衝撃に備えて、目を閉じる。だが、いつまでたっても俺の身にラブリンの攻撃が当たる気配は無かった。
不審に思い、恐る恐る目を開ける。
「あ……あぁ……」
目を開けた俺の視界に入ってきたのは、顔を青ざめて震えるラブリンの姿。そのラブリンの視線の先、屋上の扉に俺も視線を向ける。
そこには――
「ラブリン? こんなところで何してるのかな?」
――般若を背後に浮かび上がらせながら微笑む愛乃さんの姿があった。
ありがとうございました!