旅行へ行こう! 夜編
感想など送ってくださった方々、本当にありがとうございます!
あの後、暫く夜景を眺めてから俺とイリス様、改めイリスは山を下りた。
イリス様をイリスと呼び捨てで呼ぶことにはまだ慣れないけど、少しづつ慣れていこうと思った。
そして、旅館に辿り着き、一日の疲れを癒すべく大浴場に向かった。
大浴場が混浴で、イリス様と一緒に入る……などという展開は無く、普通にお風呂は別々で入った。
そして、イリスよりも少し早めにお風呂から上がった俺は、先に部屋に戻り鞄の中身といらめっこをしていた。
どうする……? これ。
俺の手元には、一つの小さな箱があった。
薬局やコンビニで売っている、男女の情事には欠かせないあれである。
だいぶ前に会社の先輩に、働き始めて一年記念で貰った代物だ。ここまで使う機会が無かったが、今日こそ俺は使うと決めている。
問題はタイミングである。
例えば、寝ようとなって布団に入るとしよう。その後、どうすればいいのだろうか?
俺が、「よいではないかー!」とか言いながら襲えばいいのか?
それとも、頭の中に「今だっ! やれーっ!!」とでも声が響くのか?
……分からん!!
まじで分からん。一体、世の中の男たちはどうやってそこまで辿り着いているのだろうか?
今日でイリス様も二十歳だし、酒の力を借りるか……?
一応、二十歳になったお祝いでこの後一緒に軽くお酒を飲もうと言う話はしている。
でも、折角の初めてをお酒の勢いで流すのも嫌だし……。
あー!! もう知らん!
とりあえず、イリス様の誕生日を祝わないとな。それが何よりも優先だ。
「ふぅ……いいお湯だったわね」
不意に、背後からイリスの声が聞こえて慌てて鞄のチャックを閉める。
ま、まさかアレとにらめっこしていたところは見られてないよな?
「どうしたの? そんなに慌てて」
「い、いや、何でもない! それより、女湯の方はどうだった?」
「そう? そうね、露天風呂から見える月が綺麗だったわ」
「そっか。じゃあ、軽く飲む?」
「そうしましょうか」
イリス様から確認を取った後、俺は鞄からこっそりと小さな箱を取り出し、それを浴衣の裾に入れてから、冷蔵庫の方に歩いて行った。
冷蔵庫からあらかじめ買っておいた缶の酎ハイを取り出し、イリス様と共に広縁と呼ばれる窓際のスペースに行き、向かい合って椅子に腰かける。
「その、良かったのか? 生まれて初めて飲む酒がこんなどこにでも売ってるような缶の酎ハイで」
「いいのよ。最初は、あなたと二人きりで飲みたかったんだから」
そう言って笑うイリスにドキッと胸が高鳴る。
風呂上がりで僅かに湿気たイリスの髪と、ほのかに上気した顔が色っぽくて、変な気分になりそうだった。
「そ、そっか! なら、飲むか!」
まだそういう気分になるのは早すぎる。
気分を変えるためにも、声を上げて缶のプルタブを引っ張る。
「それじゃ、乾杯」
「乾杯」
コツンと缶と缶を軽く当てる。
それから、グイッと酎ハイを流し込んだ。
冷蔵庫で良く冷えた酎ハイのおかげでほんの少しではあるが、気分も落ち着いた。
「……変な感じね」
酎ハイを一口飲んだイリスがそう言った。
「美味しくない?」
「いえ、そんなことはないわ。ただ、あまりたくさんは飲めそうにないわね」
「それなら、無理のない範囲で飲めばいい。もし残したら俺が飲むよ」
「それは、私と間接キスしたいって遠回しに言ってるのかしら?」
「んなっ!?」
間抜けな声を出した俺を見て、イリスがクスクスと笑う。
それを見てから、自分が揶揄われたのだと気が付いた。
……やってくれるじゃなか。
なら、俺だってやり返してやる。
「ああ。そうだよ。俺はイリスが大好きだからな」
イリスの顔を見て、堂々と言い放つ。
すると、今度はイリスの方が顔を赤くして視線を僅かに下げた。
自分から揶揄っておきながら、反撃食らうと直ぐに照れるイリス、マジで可愛いぃぃいいい!!
これ以上ないくらい、最高の酒のつまみだぜ!!
そんなことを考えながら酒を一口飲む。
「ごほんっ! そっちのお酒、美味しいの?」
「ああ、俺は割と好きだな」
俺が飲んでいるのはハイボール。
名前のかっこよさに惹かれて飲むようになった酒だ。最初の頃はウイスキーの味に慣れなかったが、徐々に慣れて来て、最近では普通に美味しく感じるようになってきた。
「そうなの?」
「ああ。でも、イリスはお酒初めてだし、あんまり好きじゃないかもな。甘くないし、飲みにくいと思うぞ」
「……一口、飲ませてくれないかしら?」
「いや、でも……」
やめた方がいい。
そう言いかけたところで、俺をジト目で見つめるイリスに気付いた。
「はあ……。あなたって、自分の気持ちを伝えるのは得意なくせに、人の気持ちを察するのは苦手よね」
あ、そういうことか。
「分かった。代わりに、イリスの飲んでるお酒を一口貰ってもいいか?」
「ええ」
イリスと持っている缶を交換して、缶に口をつける。
普通の酎ハイ。
でも、いつもより何倍も甘く感じた。
「これは、少しアルコール感が強いわね」
「だろ?」
「でも、嫌いじゃないわ。もう一口貰ってもいい?」
「いいけど、平気なのか?」
「ええ。少しなら大丈夫よ。それに、あなたが言ったじゃない。好きな人が好きなものを好きになりたいって」
そう言ってイリスは微笑んだ。
それは、俺がイリス達を守るために戦ったあの日に言った言葉。その言葉をイリスが覚えてくれていて、そして、それを実践してくれようとしていることが嬉しかった。
「イリス。これ」
浴衣の裾から手のひらサイズのラッピングされた箱を取り出す。
「これは……? 開けてもいいのかしら?」
イリスの言葉にコクリと頷く。
イリスが丁寧にラッピングを外し、箱を空けると、そこには小さなハートがあしらわれたネックレスがあった。
「イリス。誕生日おめでとう」
二十歳の誕生日、何を上げるか迷っていた。
悩んで、悩んで、ネックレスを選んだ。ずっと身に付けていられるものだから。
大学と社会人、昔ほど一緒にいられる時間は減った。だからこそ、どこにいても俺を忘れていて欲しくなかったから。
「……嬉しい。ありがとう、善喜」
ネックレスを見たイリスは心底嬉しそうに見えた。
それを見て、安心する。
「ねえ、これ付けてくれない?」
「え……? 俺が?」
「あなた以外、誰がいるのよ」
「わ、分かった」
イリスからネックレスを受け取り、イリスの背後に回ろうとして、イリスに止められた。
「前から、つけて」
「う、うす!」
イリスをハグするように、手をイリスの首の後ろに回す。
少し視線を下げると、浴衣の隙間からイリスの素肌がチラリと見えた。
……やばい!!
何がとは言わないが、主に下半身が……やばい!
そもそも雰囲気が出来上がり過ぎてるんだ。これ、このまま押し倒されてもイリスは文句言えないぞ!
てか、間接キスのくだりから誘ってるとしか思えないんだが!?
これは俺が童貞だからそう思ってしまうだけなのか!?
「どうしたの?」
「あ、いや、何でもない」
とにかく少しでも早くネックレスを付けて、離れよう。
素早くネックレスをつけ、イリスから離れる。
「どう?」
「似合ってる。綺麗だ」
「ふふっ。ありがとう」
イリスの微笑みが月夜に照らされる。アルコールが回ったせいか、イリスの頬は赤くなっていて、ネックレスを見せるためだろうが、浴衣の胸元が少し緩んでいた。
ぶっちゃけ、限界だった。
「ちょ! すまん、トイレ行ってくるわ!」
流石に、押し倒すのはまずい!
ここは一旦、冷静さを取り戻すため戦略的撤退だ!!
丁度良く尿意も来ていたので、俺はそう言ってトイレに駆け込んだ。
おかしい。
この話でヤッてるはずだったのに……。
次こそ、次こそやります。