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佐藤太郎の葛藤

ブックマーク、評価、感想を下さった方々、本当にありがとうございます!


今回はあの佐藤太郎が主役の話です!

 何もないな。


「ん? 太郎、何か言った?」


「いや、何でもない」


「そっか。それより、勉強の続きしようよ。太郎は国公立目指してるみたいだけど、僕は私立を受けるから受験までもう時間ないんだよね」


 俺の目の前で次郎が、都内の私立大学の過去問を見つめながらそう言った。

 高校三年の夏が終わり、秋が来た。窓の外に目を向ければ、銀杏の木が綺麗に色づいている。


「そうだな」


 次郎の言葉に頷き、参考書に目を向ける。

 朝起きて、ご飯を食べて、学校に行き、そして勉強して寝る。同じことの繰り返し。去年の騒動が夢だったんじゃないかと疑うほどに、受験生としての日々は淡々と過ぎ去っていっていた。


「そういえば、もう直ぐ学園祭だな」


 ふと、去年に思いを馳せたところでそのことを思いだした。

 今年も矢場沢学園学園祭の季節がやって来ていた。


「あー、そうだね」


「今年はライブあんのかな?」


「多分、ないっしょ」


 その言葉を、さっきまで存在感が無かった三郎が直ぐに否定した。


「ほら、星川さんはアイドル活動で学校自体休むことが増えてるし、白銀さんもカノッチも都内で有名な大学への進学を目指してるみたいっしょ。そんな去年みたいにライブする時間なんてないっしょ」


「まあ、そうだよね」


 三郎の言葉に次郎も頷き、そして二人ともまた何事も無かったかのように勉強を再開した。


 ライブ。

 去年、アカリンとカノッチとイリス様の三人がしたライブは今の二、三年生の間では伝説のような扱いになっている。

 不審者の乱入があった中、ライブは見事成功を収めた。善道悪津という、今はもうこの学園にいない男がこの学園に残した偉大な功績の一つだ。


「……やりたくないか?」


「「え?」」


「もう一度、あのライブを実現したくないか?」


 気付いたら、そう口に出していた。

 深い理由なんてない。強いて言えば、もう一度あの三人がステージで歌って踊る姿が見たかったということと、高校二年生の頃の、あのバカ騒ぎしていた頃に戻りたかったから。


「……したいよ。したいけど……」


「現実的じゃないっしょ」


 言い渋る次郎の声を代弁するように三郎がそう言った。


「去年は、他でもないイリス様たちが高校二年生だったし、彼女たちがそれをやりたがってたっしょ。でも、今年は違う。俺も調べたけど、今のところあの三人から、ステージを使いたいと言う要望は生徒会には届いていないみたいっしょ。あの三人には三人の人生があるっしょ。俺たちの我儘一つで、実現はできないっしょ」


 三郎は、淡々と冷静に事実を述べた。


「で、でも! あの三人ならお願いしたら……」


「確かに、俺たちの要望に応えてくれるかもしれないっしょ。でも、それでもしイリス様たちの受験が失敗したらどうするっしょ?」


 三郎の言葉が俺の胸に突き刺さる。

 失敗しない……とは、言えなかった。


「受験生にとって、これからは一日も無駄に出来ないっしょ。ライブをするとなれば、あの三人に練習時間も含めて負担を強いることになるっしょ。おまけに、星川さんはアイドル活動も行っている。時間もない。余裕もない。それでも、あの三人にお願いできるっしょ?」


 俺は、何も言えずに肩を落とした。


「ま、まあ! 太郎の気持ちもよく分かるけどさ、でも僕らももう三年生だから、去年みたいなことは軽々しく出来ないよ。……うーん。今日はもうお開きにしよっか。太郎も流石に集中できないだろうしね」


 次郎の言葉に頷き、その日は三人ともそこでお別れとなった。


 夕日がゆっくりと沈む中、一人で歩きながら考える。

 こんな時、あいつなら、善道ならどうするんだろう。

 あの三人にライブが見たいと言うのだろうか?

 それとも、あの三人のために自分の気持ちを押し殺すのだろうか?


 分かっているんだ。

 三郎の言う通り、あの三人の幸せを思えば迷うことなんてないと、善道だってイリス様の幸せを思い、三郎に同意するだろうということも。

 でも、俺の心の中で去年のライブをしているあの三人の笑顔が頭から離れない。アカリンの幸せそうな、楽しそうな笑顔が脳裏に張り付いて離れない。


 あの笑顔がもう一度見たいと思うのは、俺の我儘だろうか?

 あのライブの時間は、アカリンたちにとってもかけがえのない楽しい時間になるはずだと思ってしまうのは、俺のエゴでしかないのだろうか?


 答えは分からない。

 子供の頃は早く大人になりたいと思っていた。でも今は、子どもの頃のように自分の我儘が素直に吐き出せたらどれだけ楽だろうかと思ってしまう。



***



 翌日。

 いつもより早く目が覚めた俺は、学校に早く着いていた。やることもないし、勉強する気分でもない。

 そう思った俺は、何となく学園内を散歩することにした。ある程度歩き回ってから自分の教室に戻るときには、時間もいい頃になっていて徐々に学園に来る生徒の数も増え始めていた。

 そんな時、三年の教室がある廊下の隅で何やら話し合っている二年生たちを見つけた。

 よく見ると、そいつらはアカリン教徒たちだった。


「何してるんだ?」


 アカリン教徒たちはビクッと肩を震わせてから、声をかけたのが俺だと分かると安心したようにため息をついた。


「実は、今年はライブやらないのかなって気になって……」


 互いに目を合わせた後、アカリン教徒たちの一人がそう言った。


 こいつらもか。

 そう思った。


「今年は……やらないみたいだな」


「やっぱり、そうなんですね……」


 俺の言葉を聞くと、アカリン教徒たちは肩を落としてから、俺に背を向ける。


「ちょっと待ってくれ。そんなに簡単に諦めていいのか?」


「見たいですけど、本人たちがやる気じゃなかったらどうしようもないですよ……。はあ……」


「やって欲しいと伝えようとは思わないのか?」


「そりゃ、伝えたいですけど、迷惑かけたくないですし……。そんなに言うなら、先輩が言ってくださいよ」


 そう言われ、俺も黙ってしまう。

 結局、アカリン教徒たちは大人しく帰っていった。


 教室に戻ると、クラスメイトと喋るアカリンの姿が見えた。

 今年は、次郎、三郎、イリス様、カノッチとは別のクラスだ。


「あ、太郎君! おはよう!」


 アカリンの横を通るときに、アカリンが俺に気付いたのか挨拶する。その可愛さと挨拶をされた喜びで昇天しかけるが、ギリギリ踏みこたえることが出来た。


「お、おおおはよう!」


 少しだけ声が震えてしまったが、ちゃんと挨拶が出来てよかった。

 それじゃ、席に戻ろう。


「んー。太郎君、もしかして元気ない?」


 そう思ったが、アカリンのその言葉で足を止める。


「あ、え……そ、そうか?」


「うん。いつもより、何か表情暗いよ? 何かあったの?」


 アカリンが問いかけてくる。

 心当たりは、ある。


 そうだ。折角だし、ここで聞けばいいじゃないか。

 今年は、去年みたいなライブをしないのかって。ライブが無くて、少し寂しいって、伝えればいい。


「あ、あの……」


 だが、それを伝えようとした時、脳裏に三郎の言葉が、先ほど出会ったアカリン教徒たちの言葉が蘇る。


 迷惑じゃないか? 無理させることになるんじゃないか?


「どうしたの?」


「あ、いや……さ、最近どう? 忙しくない?」


 結局、口から出たのはそんなとりとめのない言葉だった。


「うーん。そうだねー。まあ、正直忙しいよ。放課後はダンスレッスンにボイストレーニングがあるし、名前を覚えてもらうために色々と活動しなきゃ出しね。でも、充実してるよ! また今度、小さな会場だけどライブするんだ! 太郎君も良かったら見に来てね!」


「あ、ああ」


 満面の笑みでそういうアカリンに返事だけ返して自分の席に戻る。


 言えるわけがない。

 忙しそうにしているアカリンに、学園祭のライブをして欲しいなんて、これ以上の負担を強いる言葉を言えるわけが無かった。



***



 モヤモヤした気持ちは晴れることなく、放課後になった。

 次郎、三郎は塾と言うことだったので、一人で図書室で勉強していたが、全然手につかない。

 仕方ないので、一時間たったところで今日は帰ることにした。

 三年生は殆ど帰宅し終えており、一、二年生は部活をしているため、校門付近には殆ど人がいなかった。

 そんな中、私服姿で校門付近をうろつく俺とそう年の変わらないであろう男を見つけた。

 その男は、キョロキョロと辺りを見回し何かを探しているようだった。


「あの、どうかしましたか?」


 何となく、気になって声をかける。

 俺の顔を見ると、その男は知り合いにあったかのような笑顔を浮かべた後に、何かに気付いたのか顔を曇らせた。


「あー、うん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


 人の顔を見てコロコロ表情を変えるとは、変なやつ。


 そんなことを思いながらも、暇だったため男の言葉に了承する。


「今年の学園祭って、ライブ行われるのか?」


 男の質問を聞いて、思わず顔を顰める。

 またそれか。


「……行われませんよ」


 別に、目の前の人は悪くないが、ぶっきらぼうな口調になってしまった。


「まじか~~!!」


 俺の言葉を聞いた男が頭を抱えて、その場で崩れ落ちる。

 どうやら相当楽しみにしていたらしい。


「……それじゃ、俺はこれで」


「あ、ちょっと待ってくれ」


 早々にその場を立ち去ろうとしたが、その男に呼び止められて足を止める。


「何ですか?」


「いや、何か険しい表情浮かべてるから何か悩みでもあるのかと思ってな。俺でよければ、相談に乗るぜ」


 知らない人に相談しても仕方ない。

 そう思うのだが、不思議とこの男からは懐かしさというか、初めて会う人ではないような、そんな雰囲気を感じる。

 だからだろうか?


「……なら、少しだけいいですか?」


 気付いたら俺はそう言っていた。


「おう! あ、そうだ。名前を言い忘れてたな。俺は悪道善喜。同い年だからタメ口でいいぜ。よろしくな」


 そう言って笑う悪道という男の姿が、善道と重なって見えた。


「佐藤太郎の願望」に続く。


まさかの二話またぎで震えています。

これ需要あるんか……?

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― 新着の感想 ―
[一言] 片や初対面を名乗らなければならない悪党。片や初対面に友人が重なってしまった学生。 友情の形は様々だけど、これはこれでいい友情。常に馬鹿やって寄り添えるのなんてそんな長い時間じゃないもの。
[一言] 需要があるかと聞かれたら、個人的にはありますね。メインだけじゃなくてサブの方も気になるし、一人ぐらいサブで悪道が善道だってわかってもいいと思います。悪道にも心の友はほしいと思います!
[一言] まさかの善道あッ、間違えた悪道だった
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