星川明里のアイドル生活
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火曜日。
私は、テレビドラマの収録に参加していた。
二十歳を超え、オリコンにも頻繁にシングルが乗るようになった私の人気は留まるところを知らず、地上波のドラマでも役を頂けるところまで来た。
今回私が出演するドラマは、コテコテの恋愛ドラマだ。そして、私の配役は主人公に恋するサブヒロイン。ちなみに、報われない。
「待って……」
「悪い。俺、行かないと」
そう言うと、私を置いて私の好きな人がメインヒロインの元へ走り出そうとする。私は、主役の彼の腕を掴み、彼を止める。
「待って!!」
主役の若手イケメン俳優が私に目を向ける。だから、私はその若手イケメン俳優に私が恋した彼を重ねる。
「好きなの……。あなたが、好きなの……っ!」
私が演じるサブヒロインは、メインヒロインに一途な主人公をずっと陰から支えてきた女の子。
そして、このシーンで主人公に思いを伝えるけど、主人公にフラれてしまう。
皮肉なことに、私にピッタリだと思ってしまった。
「……っ。ごめん」
彼がそう言った瞬間、私の胸から抑えきれない思いがこみ上げる。
でも、私は彼の背中を押すために必死に涙をこらえて嘘をつくのだ。
「……な、なーんてね。冗談だよ! 騙された? ほら。早く行きなよ」
彼に背を向ける。声が震える。
誰から見ても、バレバレな嘘。そして、主人公は私の思いを汲み取りこの場を立ち去る。それで、私の、このサブヒロインの恋が終わる――はずだった。
「ま、待ってくれ! 俺は……っ!」
立ち去らなくてはならないはずの主人公が、私の腕を掴む。そして、やけに気持ちのこもった瞳で私を見つめて来る。
「俺は、明里ちゃんのことが――」
「カーット!!」
そして、監督の声が響いた。
それと同時に、先ほどまで流れていた現場の緊張感が弛緩する。
「ちょっと、困るよ颯君。そこは、黙って走り出す場面だろ~」
「あ……は、はい。すいません……」
演技を間違えた俳優の颯君が監督に頭を下げる。
「あ、明理ちゃんは良かったよ~! 余りにリアルで思わず見入っちゃったよ。次もそんな感じでよろしくね~!」
「はい! ありがとうございます!」
監督に褒められたことを喜びつつ、マネージャーさんから渡されたハンカチで涙を拭く。
「あ、あの明里ちゃん。俺のせいで、ごめん」
すると、主人公役の俳優である颯君に声をかけられた。表情を見る限り、悔しそうな顔をしている。
「ううん! 大丈夫だよ! それより、次頑張ろうね!」
演技の道では、颯君の方が遥かに先輩だが、年齢は私が一つ上。タメ口で構わないと本人に言われたからタメ口で会話させてもらっている。
「あ、ああ」
私が笑顔を向けると、颯君は少し恥ずかしそうに顔をそむけた。
少し頬が赤いような気がするけど、まさか風邪だろうか?
「大丈夫? 顔赤いけど、無理しちゃダメだよ?」
「あ……いや、大丈夫だから!」
心配になり、顔を近づけると颯君はますます顔を赤くして逃げるように私から離れていった。
うーん。本当に大丈夫なんだろうか? 少し心配だ。
「あなたねぇ……」
そんなことを考えていると、マネージャーからジト目を向けられた。
「まあ、いいわ」
そう言うと、マネージャーはため息をつきながら私から離れていく。一体何だというのだろう。
「それじゃ、もう一度さっきのシーンやりまーす!」
ディレクターの声が響き、気合を入れ直す。
今は、仕事中だ。きっちり、この仕事を果たさないとね!
***
水曜日。
「明里ちゃん。今日もよかったよ~!」
「ありがとうございます!」
テレビ番組の収録を終えると同時にプロデューサーに声をかけられる。私がまだ無名だったころからテレビに出演させてくださっていたプロデューサーだ。正直、感謝してもし足りない。
「次も期待してるから、よろしくね~!」
「はい!」
プロデューサーに頭を下げると、プロデューサーは上機嫌で現場を後にする。
それと同時に、私のマネージャーが近くに駆け足で寄って来る。
「お疲れ様。それじゃ、次はダンスレッスン行くわよ」
「はい!」
マネージャーについて行き、事務所に帰る。
そして、ダンスレッスンを入念にする。今週末には、ライブもある。
星川明里というアイドルの名は、今や世間にも広く知られるようになった。今どき珍しいソロのアイドルということで、初めは中々名前が売れなかった。でも、地道な活動と配信などで徐々にその名は広がり、遂にはあの武道館でソロライブをさせてもらえるまでに至った。
「お疲れ様。今日はこの辺にしておきましょう。明日から二日間はライブに向けての準備とリハーサルが中心になるわ。いいわね?」
「はい。大丈夫です!」
ダンスレッスンが終わると、マネージャーが薄めたスポーツドリンクと供に明日以降のスケジュールを見せてくる。
それを確認しながら、簡単な打ち合わせをし、それから家に帰った。
***
木曜日。
早朝からダンスレッスンとボイストレーニングに取り組む。特に、今回のライブでは最後に新曲発表があるから、それの練習もしないといけない。
「うんうん。いい感じね。新曲の振り付け、かなり気合が入ってるみたいじゃない!」
新曲の振り付けの確認をしていると、振付師の先生から賞賛の言葉を貰った。
「ありがとうございます。初めて自分で歌詞を書いた曲ですし、この曲は自分にとって特別なものですから」
「あら~。いいじゃない! アタシ、そういうの好きよ! タイトルからして、もしかして明里ちゃんの高校時代の体験が基になっていたりするのかしら?」
「そ、それは……」
「おっと! あまりこういうのは深堀りしない方がいいわよね!」
気を遣ったのか、振付師の先生は話題を変えようとしてくれた。でも、私はあえて振付師の先生の気遣いを無視することにした。
「実体験です」
「え?」
「私の、かけがえのない大切な実体験です」
私が高校で感じたあの気持ちは、そして、今も抱くこの思いは隠すようなものじゃない。
だって、私にとってこれ以上ないくらいの宝物のように大事な気持ちなんだから。
「……そう。素敵な恋をしたのね」
「そうですね。でも、今もしてますよ」
私の言葉を聞いた振付師の先生は呆気にとられた表情を浮かべる。それから少し遅れて、口元を緩めた。
「道理であなたの人気が出るはずだわ」
***
金曜日。
明日から二日間に渡って行われるライブのリハーサルが行われる。ステージ上での動き方や、照明やカメラの位置の確認など、当日を想定して一つ一つ丁寧に進めていく。
ライブは、私とファンの皆を繋ぐ大切な時間だ。
それに、きっと彼も見てくれる。大好きな人に見られるんだ。出来る限り、一番輝いている私を見て欲しい。
***
土曜日、日曜日。
土曜の朝に最後のリハーサルを済ませる。
そして、会場に満員のお客さんが入り、その時が徐々に近づいてくる。
「明里。あなたの輝きをこの会場中の人の目に焼き付けなさい」
マネージャーが激励の言葉をかけてくれる。
「はい! あ、マネージャー。私のスマホ取ってくれない?」
「分かったわ」
マネージャーからスマホを受け取る。
そして、メッセージアプリを開く。そこには、新着メッセージが一件来ていた。
善道悪津:見てるぞ
たった四文字。
それだけで、どうしようもないくらい胸が温かくなる。
もう使われることのないアカウント。でも、いつもライブ前にこのアカウントからメッセージが届く。
近所のショッピングモールの屋上でライブをした時も、地方でライブをした時も、全然人が集まらない握手会の後にしたミニライブの時も、初めて会場が満員になったライブの時も、地上波の音楽番組で歌を披露する時も、いつもこのアカウントから、あっくんからメッセージが届く。
だから、私は今日も歌う。
この思いがあなたに届くように。
だから、私は今日も踊る。
あなたが褒めてくれた、私の全力の踊りを。
河川敷でいつかあっくんに見せた時から、私は変わらない。
あなたが見てくれる。それだけで、私は輝ける。
だから、見ていて。
いつか、世界中を照らす明かりを。
「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!!」
ワアアアアアア!!
***
ライブもいよいよクライマックス。
終わりの時間が近付いてきた。
「最後に、皆に新曲を発表します!」
オオオオオ!!
「私が作詞した、初めての曲。私の胸の中にある思いを詰めた曲です! 聞いてください! 『あなたに会える月曜日』」
ワアアアアアア!!!
***
その日のライブは、星川明里というアイドルを語る上で欠かせないライブとなった。
このライブが後に星川明里を世界に連れて行ったという人もいるくらい、このライブの星川明里は輝いていた。
そして、このライブで発表された新曲『あなたに会える月曜日』は、オリコンチャートでぶっちぎりの一位を獲得。動画配信サイトでも億を優に超える再生回数を獲得することになった。
***
月曜日。
昨日のライブの疲れもまだ残る中、私は七時に起きた。
顔を洗い、髪を軽く整える。仕事は無いけど、今日は仕事以上に大切な日だ。
ナチュラルメイクをして、彼が来る時をゆっくりと待つ。
そして、九時になりインターホンが鳴る。
「はーい!」
「どーも。家政夫サービスの悪道です」
「もう! 今更そんな固い挨拶いらないから、早く入りなよ!」
「あ! おい。ちょ、引っ張んなよ!」
家にやって来た悪道善喜、通称あっくんを家の中に招き入れる。
今日は月曜日。
一週間の内で、私が大好きなあなたに会える月曜日だ。
ありがとうございました!!