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29.教会を出たい

 数日ぶりにタローら三人は地上にいた。ダンジョン内では時間の感覚が曖昧になる。昼夜の区別がつかないし、時計も持っていない。だから、ギルドで日付を確認したとき、思ったより時間が経過していて驚いたほどだ。


 もしかして、ブーンが虚偽の報告をしていないかと気になっていたが、ギルドへ事件を報告するとすんなりと受け入れられた。約束は守ったのだ。もう、彼はこの街にはいないだろう。彼ほどの技量がある戦士であれば、何処かに仕事はあるはずだ。元々、ブーンという名前は偽名の可能性もあるのだから、ここから離れればそれほど問題はない。もっとも、トレードマークの巨大な盾(タワーシールド)は使いづらいだろうが。


 クロエの背後に関しては、オーガスタのウィリアムズ商会に調査してもらうこととして、タローらは教会に向かった。今回の事件の根本的な原因は権力争いにある。オーガスタが聖女スキルを保有していることを変えることは出来ない。しかし、オーガスタが教会から還俗すれば、次期の聖総主教としての資格は失われるに等しい。や~めた。と出ていってしまえば良いのだ。


「本当に構わないのか?」


「はい。もう、決めました。私、神に仕える身と言いながら、これほどまでに陰湿な関係の中で生きるのはまっぴらごめんです。それに、運悪く聖総主教になってしまったら、毎日毎日、海の中で泳ぐたい焼きのように、こき使われるのですよ。結婚もできずに」


 オーガスタはうんざりした表情を見せる。確かに、聖総主教ともなれば自分の時間など持てないだろう。権力もあり、衣食住は最高水準を得ることは出来るが、その代わりに失うものもある。


 もし、聖総主教にならなくても、教会に入ってしまえば今のような自由はない。平素から規律正しい生活を送らなければならないし、布教活動も大変だ。特に聖女スキルを保有しているオーガスタの負担は大きい。聖女スキルこそ神の奇跡と考えられているからだ。それに、事実、怪我や病気を完治させるスキルはその評価を与えられて然るべきでもある。


「大丈夫?」


「何か不安でもロジーネ」


「両親とか、周囲」


「心配しないで。うちの親は、きっと怒る。でも、殺そうとはしないから。精々、政略結婚させられることくらいだから」


「そう……」


 肩を落とすロジーネにオーガスタは抱きつく。耳に齧りつこうとするのをロジーネは必死に抵抗する。


「遊んでないで行くぞ」


「もうッ!」



***



 ギルドからさほど遠くない教会の前に到着したタローは、足を止めた。タローは教会の中に入ることは出来ない。ここは女性を母体にした教会で、タローは男性だからだ。勿論、日曜日の礼拝では男女区別なく入ることが出来る。聖女の奇跡が求められる場合も、順番が回ってくれば男性でも謁見室で診てもらうことは出来る。


 だが、今回は個人的事情(プライベート)だ。男性である上、教会関係者でもないタローは特別な許可を得ることも不可能だ。その代わりに、ロジーネはオーガスタに同行することになった。ダンジョン内でのオーガスタの活動の証人として。


「失礼いたします」


 謁見の間に入ったオーガスタとロジーネは、頭を下げる。こじんまりとした謁見の間は、

聖総主教という権力者にふさわしいとは思えないほどの小さな部屋だ。華美な装飾品などもなく、ここが民家の一室と言われても間違えないほど。


 ただ、部屋の造りはしっかりとしている。白くむらなく塗られた壁面は、かなり丁寧に仕上げられている。聖総主教が座っている赤い椅子も、装飾こそ施されていないが、一見しただけで機能美のあふれる高級品だと分かる。


 聖総主教は二人より一段高い場所にいる。座っているのに二人を見下ろす形になっている。


「どうでしたか? ダンジョンは」


 聖総主教に話しかけられてロジーネは固まる。自分が話しかけられていない。オーガスタのおまけ。という立場は十分に理解している。それでも、もう少し自分自身は自由であると思っていたロジーネは、聖総主教のプレッシャーに舌を巻く。


 聖総主教の容姿に威光があるわけではない。もし、道端で見かけたならば、穏やかなおばあちゃんとしか思わないだろう。では、着ているものの影響か? と言えばまた違う。教会の白服に白い小さな帽子は、神々しく見えなくもない。美しい白は人を圧倒する部分もある。だが、それ自体に気圧されている感覚はない。


 侍女がいることが関係しているのだろうか? 聖総主教の両脇に女性が二人立っている。一人は妙齢でそこそこの立場であろうと思われ、もう一人はロジーネらと同じくらいの若さの女性で、聖総主教のお世話係に見える。その二人が、聖総主教を引き立てて見せている。ロジーネはそう考えてみたものの、どうもしっくりこない。


 やはり、言葉遣いだ。ロジーネは結論づける。落ち着いていて女性にしてはちょっと低い声は、普通ではある。だが、その中に神秘性がある。歳を重ねた優しさと深さが感じられる。


 ロジーネはこのまま聖総主教に何も言えないまま帰ることになるのでは? と憂慮する。しかし、オーガスタは慣れているのか、何事でもないと言わんばかりに話を始める。


「ダンジョンの中では色々とありました」


「そうですか。私も若いときにはダンジョンで苦労したものです。どんな風に大変だったのですか?」


「パーティとしてダンジョンを攻略していくことの難しさを肌で感じました」


「オーガスタ、あなたは苦労されたのですね。表情を見ればわかります。ですが、その苦労は無駄ではありません。教会を運営していくためには、その数十倍も数百倍も困難が待ち受けているのですから。ただ、神を信じ修業を続けていけば、必ずその成果は実ります」


「そのことですが……、一つお願いがあります」


「もう、ダンジョンでの修行を終わらせて欲しい。と言うことであれば、その資格は十分にあることをお伝えいたしましょう」


「いえ、もう、修行を終わらせたいのです。還俗させていただけないでしょうか?」


 オーガスタの言葉にその場が一瞬で凍りつく。聖総主教はにこやかな表情をしているものの何も語らない。少しの間、気まずい雰囲気が漂う。


「オーガスタさん。理由はあるのですよね」


 沈黙を破ったのは聖総主教ではなく、その横に立っていた妙齢の女性であった。眼鏡の奥から鋭い視線が飛んでくると、責められていないはずのロジーネですら、反射的に身構える。言葉だけなのに、ついつい戦闘態勢に入りそうになる。


「はい。教会にいてはできないことがあると知ったのです」


「できないこと?」


 妙齢の女性が怪訝そうな表情を浮かべる。もし、心の中を文字にできるのであれば、?マークが見えたことだろう。


「オーガスタさん。教会でもできることは多いですよ」


「ええ、それは理解しています。聖総主教様。ですが、ペロペロは出来ません」


「「「ペロペロ?」」」


 聖総主教と侍女らは同時に変な声を出す。


 ああ、逃げ出したい。この場から立ち去りたいとロジーネは願うものの、それは許されない。


「ペロペロをご存知ありませんか?」


「な、何ですか。それは……」


 妙齢の女性の眉は少しつり上がっている。口調も少しだけ荒い。


「説明いたしましょうか? では、こちらにいらいしてください」


 聖総主教が頷くのを見て、オーガスタは若い方の侍女を招き寄せる。目の前に立たせて、髪の毛を後ろに流して若い侍女の耳を出す。そして、クルリと体を回転させて、彼女を聖総主教の方へ向ける。


「二つあります。ペロペロとハムハム。どちらを先に説明いたしましょうか?」


「では、ペロペロで構いません」


 妙齢の女性の指示を一度だけ確認したオーガスタは、若い侍女の背後から羽交い締めにすると、彼女の耳を……。


ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ……。

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