美少女の名前と髪
朝早く起きてしまった。
窓から差してくる光が妙に眩しく、目が覚めてしまったからだ。
早く起きても、春休み期間中は特別することもなく、春から入学する高校から配布された課題に手を付ける。
実はさっきカバンの中を見るまで、課題がある事など知らなかった。
見つけた時、記憶が無くても、課題に嫌悪感を覚えた。
記憶が無くなる前の僕が合格した高校は、偏差値65というそれなりに頭の良い学校だったために、課題の量も結構あった。
記憶喪失になって今まで勉強してきたことを忘れているのではないかという危惧があったが、今となっては過ぎた心配だ。
意外にすらすらと解くことができたので、思ったよりも早く課題が終わる。
受験勉強に耐え抜いた、前の僕に感謝だな。
本格的にすることが無くなった僕は、手持ち無沙汰にボーっと、リビングでテレビを眺めていると、教科書やワークを持って鈴が階段を下りてきた。
「翔にぃ~、勉強教えて~」
「良いけど、僕も分からないかもよ?」
「大丈夫! お兄ちゃん頭いいもん」
妹に頼られて悪い気はしないので、上機嫌になりノリノリで教える。
チョロすぎだって? ほっといてくれ。
因数分解が分からなかったようで、これは慣れるまで計算が面倒くさい問題だ。
問題を解説していると、横から熱烈な視線がきていることに気づく。
「鈴……僕の顔じゃなくて問題見て」
「鈴は問題よりも、翔にぃの顔の方が見たい」
「良いから問題見なさい」
ちぇー、と言いながら鈴は問題に渋々と目を向ける。
これは後から分かったことなのだが、鈴も頭はいい方らしい。
つまり、鈴は楽に解けるけど、僕と話をしたいから問題を聞いてきたらしい。
ブラコンは健在のようで何よりだ。
課題も終わり本当にやることが無くなった、春休みを悠々自適と過ごしていると、ある事に気づいた。
僕の髪の色は茶髪なのだ。それも相当の。
僕がこれから通う高校は校則の緩い私立の学校で、髪色などに特に指定はないため茶髪のままでも問題はない。
けれど、僕は、前の僕と違い、ほんの少しコミュニケーションを苦手とする節があるため、極力目立ちたくない。
思い立ったが吉日、外出する。
僕はスマホでマップを開きながら、ドラッグストアへと自分の足で向かう。
まだ家の周りが良く分かっていないので、探索も兼ねてだ。
二十分ほど歩っていると、でかい看板が見えてきた。ウ〇ルシアと書いてある。
店内へと入り、物を物色する。
薬局には色々なものがきちんと整理されて、並んでいる。
美容コーナーに、お目当ての物が見つかり、僕は足を止める。
髪の毛を黒く染めることができる、白髪染めだ。
白髪染めを手に取ってレジへと向かう、お値段1000円お手頃価格。
お金をピッタリと渡し、レシートだけを受け取り、買ったものをレジ袋に入れて外に出ようとした時
だった。
「あの? 鳥間君ですか?」
振り向くとそこには……僕が身を呈して助けた美少女がいた。
彼女はスカートにカーディガンと、シンプルな服装ながら、しっかりと彼女の可愛さが
引きたてられていた。
「えへへ~、こんなところで会うなんて奇遇ですね!」
「そうだね! 何か買いにきたの?」
「えーと……」
彼女は顔を困らせ、ほんのりと紅潮させる。
「な、内緒ですよ‼」
まずい……失言だったかもしれない、彼女の袋にはピンク色の女の子にだけ必要なものが
見えた。
今度から薬局にいる女子に何を買ったか聞かないようにしよう……。
空気が気まずくなる前に別の話題を切りだす。
「そういえば……僕は、君の事を何て呼んだらいい?」
「あれ、まだ名前言っていませんでしたっけ?」
さっきの事で固まった空気をほぐすかのように、あはは~、と笑う彼女。
「私の名前は、霧江 愛奈、呼び方はなんでもいいですよ!
それと、もっと砕けた口調で良いですよ!」
「了解、霧江さん。じゃあ、霧江さんもね」
「うん! こっちこそ、よろしくね! 同じ高校だし」
「え? そうなの?」
「え、言ってなかったっけ?」
ふふふ、と笑う霧江さん。
これは確信犯だな
でも、記憶が無いのに、高校に通うことは、口には出さずとも、不安があったので霧江さんがいるのは心強い。
「ねね、翔太君は何を買ったの?」
「白髪染めだよ、髪の色を直そうと思って」
「えー、私はカッコいいと思うけどなー」
か、かっこいい!? いや、でもお世辞か……。多分そうだよな、霧江さん優しいし。
「色々考えて、直そうと思ってね」
ほんの少しだけコミュ症だから髪を染めるとは、言いにくかった。
「ふ~ん、そっか! 楽しみにしてるね!」
霧江さんは可愛く笑う。本当に美少女だな。
そのあと、途中まで帰り道が一緒だったので一緒に帰る。
家に着くともう夕方の五時だ。
早速、洗面所に行き、白髪染めを使ってみる。
まず、シャンプーをしてからタオルで水気をとる。しっかりと拭くとムラなく綺麗に黒になるらしい。
手袋をつけ、塗料を髪に塗り、十五分放置する。そのあとにしっかりと洗い流すと、綺麗な黒髪に染める
ことができた。
地毛が茶髪だっただけに、色が変になるか心配だったけれど、杞憂だったようだ。
やはり、髪が茶髪だと陽キャ感があるが、黒髪だと少し重めの印象を与えてくれるので、
目立ちにくいと思うので、僕は気に入った。
リビングで雑誌を読んでいた鈴に黒髪を見せると、明らかに茶髪を残念がっていたが、まじまじ見ると黒髪も好みだったらしく、お気にめしてくれたようで良かった。
お風呂に入り終わった後、母親から声を掛けられる。
「翔太、もうすぐ高校の入学式でしょ? お母さんも見に行って良い?」
前の僕は、こういう行事は恥ずかしくて、親が来ることを拒否していたのかもしれない。
母さんがわざわざ聞いてくるということは多分そういうことだろう。
高校生や中学生にもなると親が来ることに躊躇があるのは当然だ。
でも、今の僕は母さんに日々迷惑をかけているので、このくらいは容認する。
「もちろん!」
母さんはうれしかったのか、明らかに上機嫌になり、夕飯の用意を鼻歌交じりに始める。
この調子だと今日は、豪華かもしれない。
ヒロインの名前は霧江 愛奈です。
次話からはやっと、高校生活に入れます!
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