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あれ、待って、記憶ないんだけど。

「……」


目が覚めると知らない天井が目に入ってきた。

消毒液の鼻腔をツーンと通る、独特な匂いが鼻につく部屋だ。

病院のような白く清潔感のある部屋、というか病院だろう。

なぜ僕は消毒液の匂いで溢れている病院で寝ているのか全く覚えていない。

しかも体中が痛く、なんだか意識も朦朧として考えがまとまらず、じっと天井を見てぼんやりする。

朦朧とする意識の中、妙に右手が温かいことに気づき、手を横目で見る。

そこには僕の手を両手で優しく握ってくれている女の人がいた。

女の人は僕が目覚めたことに気づいたのか、僕の顔を見て急に目尻に涙を浮かべ、慌てて部屋のドアを開け走っていった。


おかしい……、俺は今部屋を出て行った女の人のことなど知らない。

今更ながら気づいた、今までに起きた事すべてが思い出せない、自分の名前でさえもだ。

いや、そもそも僕に名前なんてあるのか?

大切なことが全て抜け落ちたような感覚になる。

そこにあった何か大切なこと、自分の心にぽっかりと空いた空白、言葉にするとしたら『虚無感』が僕を襲う。

現状を飲み込むことができず、放心状態でしばらくいるとドアが開き先ほど僕の手を握っていた女の人と見知らぬ女の子が入ってきた。


「翔太……本当に無事でよかった……」


女の人がそう言う、もう目に涙を浮かべてはいなかった。涙を僕に見られたくなくて部屋を一度出たのだろうか。

にこっ、女の人は優しく微笑み見つめてくる。

僕はそんな名前も知らない女の人を見てどこか安心する。こんな事を言うと、僕の事をおかしな人だと思うかもしれないけど、本当に言葉にはできない安心感というものがある。

優しい顔で『翔太』と語りかけてこられても、不思議と嫌ではないので案外これが僕の名前なのかもしれない。


「本当に良かった、翔にぃ……もう死んじゃうかと思ったもん! 三日も起きなかったんだよ! 馬鹿!」


目に涙を溜めながら、中学生くらいの女の子がそんなことを言ってくる。

初対面の女の子から罵倒されたけど、本当は純粋に心配してくれていた気持ちが目から痛いほど伝わってくる。

多分だけど僕は、女の人達にとって大事な存在だったのだろうと理解するのに時間はかからなかった。

そんな気持ちが伝わってくるだけに僕は、自分の状態をどうやって切り出そうか迷う。

もう自分でも何となく分かっているからだ。心にぽっかりと空いた穴、欠落した記憶。

僕は多分――記憶喪失だ。

女の人達からしても、やっと目覚めたと思ったら中身は別の人格なんて……そんなひどいことをなんと

伝えればいいか僕にはわからない。

いや、本当は伝える事が怖いだけなのかもしれない。


「翔太、どうしたの? どこかおかしなところでもあるの?」


何も反応しなかった俺を心配して女の人が言葉をかけてきた。

その目には、心配という二文字がくっきりと映っている。

僕は伝えようか迷ったが、隠せることでもないし、何より僕は隠し通せるとも思えなかった。


「ごめん……僕はあなたたちの事が分かりません、覚えて……ないんです」


僕の口から出た言い淀んだ言葉に二人とも驚く。当然の反応だ。誰だって親しかった人に忘れられてしまったら驚く、悲しみもあるかもしれない。

僕はすぐに部屋から検査室のようなところへ連れていかれた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「大変申し上げにくいのですが、どうやらお宅の息子さんは記憶喪失に当てはまると思われます」


白衣を着た医者が僕の状況を説明し始めた。うすうす分かってはいたが、女の人は僕の母親だったようだ。


「息子さんの記憶喪失の原因は頭の強打、今までの自分自身の行動や体験したことを忘れてしまう、いわゆるエピソード記憶障害です。おそらくですが……人格にも少なからず影響が出ていると思います」


「翔太の……息子の記憶は……戻るのでしょうか?」


「これは数多の推測の一つですが……何か記憶に強く残っていた出来事を思い出すことができれば、それが記憶の『トリガ―』となり記憶は戻るかもしれません」


母さんは途中まで顔色が悪かったが、記憶が戻るかもしれない事を聞くと安心していた。

僕は母さんの横で、必死に『トリガ―』を思い出そうとしたが、結果は芳しくない。

僕諦めずに記憶の『トリガ―』を探していこうと心に決めた。


病室に戻りベッドに横になる。体中が何故だか痛いからだ。

数分後、母親と俺の事を『翔にぃ』と呼ぶおそらく妹である女の子も入ってきた。

二人とも横にあった丸椅子に座った後、沈黙が続いたので、耐えかねた僕は気になっていることを聞くことにした。


「どうして、僕は病室で寝てたの?」


母さんは穏やかに微笑みながら言った。


「翔太は高校の合格発表の帰り、車に轢かれそうになった女の子をかばって強く頭を打ったの」


どうやら人助けをして記憶を失ったらしい。階段から落ちて自滅したとかいう恥ずかしい理由じゃなくて良かったとちょっとだけ思った。傷は男の勲章とか言うしね。あれ、でも僕の傷は記憶だから目に見えないから勲章ですらないじゃないか!

などとどうでもいい事を考えた。

まあ、でも車に轢かれたのなら体中が痛いのにも納得した。


「助けた女の子は?」


「かすり傷くらいで済んだみたいよ。翔太が割って入らなきゃ即死だったって。そうそう、翔太が目を覚ましたって連絡しておいたからもうすぐ来ると思うわよ」


その時病室のドアが、ガラッと開き、女の人と女の子が入ってくる。

さっきも同じような光景見たな……。

母さんと妹は気を使ったのか、お辞儀をしてから入れ替わりで病室を出た。

女の子は俺を見ると唐突に泣き始めてしまった。


「私の不注意のせいで……あなたをこんな目に合わせてしまって……ごめんなさい。でも、助けてくれて本当にありがとう」


涙ながらにお礼と謝罪を述べられた。その子の顔はとても可愛かった。腰まで伸びたつやつやで吸い込まれそうな黒髪、少しツリ目だけれど大きくて綺麗な目で整った顔立ち、おまけに育つところは育っていた

美少女だった。

僕は助けて良かったと心底思った。あの時の俺をほめてやりたい、記憶ないけどね。

もちろん下心じゃないよ、うん、多分違う。


「無事だったなら、良かったから気にしないでください」


これは本心から言った言葉だ。


「でも、私のせいで記憶まで……本当にごめんなさい!」


女の子は僕の記憶が無くなってしまったことを聞いたらしい。


「記憶ならそのうち戻るらしいから大丈夫だよ」


これは嘘だ、戻る確証はない。けれど彼女が責任を感じてしまうから嘘を吐く。

美少女に心配されて悪い気はしないし、落ち込まれても助けた僕が困る。

女の子は少し安堵したような表情になり落ち着きを少しづつ取り戻す。やっぱり可愛い。


女の子とひとしきり話した後、彼女の母親にも謝られてしまった。

責任感を感じているようで、何度も何度も謝られた。


「僕は謝られるよりも、ありがとうの方がうれしいです」


我ながらキザっぽいことを言ってしまった……。

言った後に後悔したことは言うまでもない。

けど女の子の母親はちょっとだけ驚いて、目を柔らかくして。


「娘を助けてくれて本当にありがとね」


「はい、無事でよかったです」


女の子と母親は目を合わせて微笑んでいた。

それから少し話した後に女の子とその母親は病室を後にした。


「あ、名前聞くの忘れちゃった……」


でもまた会えそうな気がした

初めまして、秘凪です。読んでいただきありがとうございました。

初投稿で至らない点も多くあると思いますが、少しでも面白いと感じてもらえたら、ブクマや感想など励みになるのでぜひお願いします!

できる限り毎日連載を続けようと考えております。

では、また!

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