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光輝士セイグリッター  作者: なろうスパーク
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第7話「それぞれの朝」

今日もまた、望んでないのに朝はくる。



「………眠い」



床で寝ている筈のシャルルの姿は既に無く、台所の方に明かりが灯っている。


ここ毎日は、シャルルが厨房に立ち、家の事の殆どをしている。


役割分担といえばそれまでだが、年端もいかぬ少年に、それも毎朝愛でていた美少年にやらせている点は、春香の良心を少しだけ痛める。



「うう………」



のそのそと起きて、時計を見る。

時刻は7時丁度を指している。


最近はぐっすり眠れる事が多く、早起きする機会も増えた。



「お早うございます!春香さん!」

「うん、おはよう」



エプロン姿のシャルルが、既に完成した朝食をトレイに乗せて運んできた。


「それじゃ、朝御飯にしましょうか」

「うん………そうする」



ベッドから起き上がった春香は、シャルルと共に朝の食卓を囲む。


朝からシャルルの笑顔に癒されて、朝食を余裕をもって済ます。


少し前までは予想すらしていなかった幸せを噛み締めながら、春香はシャルルの焼いたトーストを口に運ぶのであった。



………シャルルと春香の同棲生活が始まって、数週間が過ぎた。


シャルルは嫌な顔一つせず、家の事を何でもやってくれていた。

炊事も洗濯も掃除さえも、春香がやるより手際よく、綺麗に済ませてしまう。


家の事をシャルルが済ませ、春香は外で働くという役割分担が、いつの間にか完成しつつあった。


金銭の話だが、これはデオンがどうにかしてくれていた。

惑星アマデウスでは、デオンのような執事ロボの内部に、金銭を圧縮して格納している。

アマデウス脱出時に持ち出したその莫大な遺産を、デオンの力で日本円に変換させ、使っている。

ホームレス生活の時から、それで飲み食いを行っていたらしい。


憧れの王子様と、一つ屋根の下。


春香にとって夢の毎日とも言える日々だが、残念ながら完璧な幸せは、春香には許されていなかった。



「………行ってきます」



辛そうにため息をつき、仕事着に着替えた春香は玄関のドアに手をかける。



「………今日も残業ですか?」



それを呼び止めるように、シャルルが言う。

その表情は、春香を心配しているようにも見える。



「もう何日も休んでないのに、まだ働かないといけないんですか?」



シャルルの言う通り、春香はずっと休んでいない。

もう三週間も残業を続けている上に、休日出勤を命じられ、まともに眠れてすらいない。



「………大丈夫だよ、私は、大丈夫だから、こんなのいつもの事だよ」



シャルルに心配をかけまいと微笑みかける春香だが、蓄積された疲れがその表情からにじみ出ている。

無理して笑っている、というやつだ。



「じゃあ、いい子で待っててね」



最後にそう言い、春香は逃げるように出てゆく。

これ以上ここに居たら、本当に出ていけなくなると思ったから。

本当は行きたくないが、そうしなければならないと自分に言い聞かせて。



「………春香さん」



その場には、玄関の前で立ち尽くすシャルルが残された。


シャルルは、春香を引き留める事のできない自分の弱さを呪い、

生命を削ってまで働く春香の姿に、深い悲しみを覚えた。





………………





確かに、一人暮らしの時と比べ、春香の生活は向上した。

しかし、それは私生活の話である。

会社の春香への扱いは、相変わらずである。



「今日も新しい朝が来ました!」

「今日も新しい朝が来ました!」



ここ最近、春香の仕事場は上司の朝礼から始まる。

なんでも、最近よい働き方の改革というセミナーに行き、その影響を受けたらしい。


朝に弱い春香からすれば、堪ったものではない。

仕事が始まるまでの時間を利用してやっているのだが、春香を初めとする朝に弱い社員からすれば、通勤の疲れを癒す休憩時間を奪われている事になる。



「今日も一日、お客様の笑顔のために!」

「今日も一日、お客様の笑顔のために!」



どんよりしつつ、無理にハキハキと声を出す社員に対し、上司はまるで晴天のように爽やかな笑顔を浮かべている。

心の底から善意でやっているのだろう。悪意が無い分これは厄介だ。


お客様お客様と言う前に、こんな無駄な朝礼なんかよりもまず給料と休日を増やせ。


春香は、心の中でそう毒づいた。

恐らく、春香以外も何かしらの罵詈雑言を心の中で叫んでいる事だろう。



「自分自身の成長に繋がるよう、頑張りましょう!」

「自分自身の成長に繋がるよう、頑張りましょう!」



皆がそんな事を思っているなど夢にも思わず、上司は気持ち悪いほど爽やかに笑いながら、朝礼を続けたのであった。





………………





食器洗いと片付け、そしてゴミ捨てと掃除を終えたシャルル。

部屋に鍵をかけ、いつもの公園に出かける。


地球に来てから、ずっとしている事。

それを今日も行う為だ。



「………シューッ………」



周りに人が居ない事を確認すると、竹刀を手にし、構える。

地球に逃げ延びた最初の頃、故郷でもやっていた剣の鍛練をする為に入手した物だ。



「………フゥーッ………」



深く、静かに深呼吸をし、心を整える。

そして。



「はっ!」



剣道の面のように、竹刀を縦に振る。

それを皮切りに、右へ、左へ、まるで見えない多くの敵を相手にしているかのように竹刀を振り回す。


その姿は荒々しくも、まるで舞を踊っているかのように美しく、そして。繊細だ。



シャルルは地球に来てから、このように毎日剣の鍛練を欠かさなかった。

朝と暮れに分けて、一日二度。



「はっ!そりゃっ!」



地球に来てから、デオンから教えてもらった通りの事を。

そして、故郷で剣の師範を引き受けてもらっていた名門の将軍に教わった事を思い出しながら、シャルルはその刃を振るう。


これまで戦ってきた機械兵の急所に叩き込むイメージを浮かべ、想像の中の敵目掛けて、何度も竹刀を叩き込む。



「たりゃあっ!」



数十分に及ぶ剣舞は、最後に再び竹刀を前に振り下ろし、幕を閉じた。


周りには土煙と落ち葉が舞い、シャルルの頬と額に、たらりと一筋の汗が伝った。



「………おおー」

「………すっごい」

「何かの劇団かな?」

「アクション俳優かも!」



公園に来ていたお年寄りや、ベビーカーを押す子連れの人々が、シャルルの鍛練に見とれ、拍手をする。


何かの劇団かアクション俳優が、殺陣の練習をしていると思ったのだろう。

それほど、シャルルの剣さばきは美しく、そして激しかった。


そしてそんなギャラリーを意にも介さず、シャルルは鍛練の結果を知るべく、ペンダント状態のデオンに自分をスキャンさせる。



「デオン、今のはどうだったかな」

『素晴らしいですね、剣舞踊の大会で優勝が狙えるほどです』

「………実戦で使うとなると?」

『………まずまずといった所です』

「そっか………」



残念そうに、シャルルはうつ向く。

やはり、見せる事に特化した貴族用の剣技ベースでは限界があるか、と。



「………そういえば、今何時だっけ?」



ふと、シャルルは右手に巻いた腕時計に目をやる。



一人暮らしの前に春香が父親から「社会人たるもの腕時計を持て」と、半ば無理矢理買わされた物だ。


ずっとベッドの隣の小さな棚の上にインテリア状態で置かれていたが、同棲記念のプレゼントとして、シャルルに譲った。

そこそこ良いものらしく、長年放置されていたにも関わらず、今も正確に時を刻んでいる。



そんな腕時計が指していた時間は、午前の10時15分。



「………そろそろ切り上げようか」

『そうしましょうか』



そう言って、シャルルとデオンはアパートへと帰ってゆく。

ポケットの中に入れた部屋の鍵が、付けたキーホルダーと共にジャラジャラと音を立てていた。





………………





空。

バーチャル技術により再現された架空の空。


そこを、耳を塞ぎたくなるような轟音を立て、二機の戦闘機が舞う。


双方共に、正式採用されている物と色が違う事を除けば、どちらも連合軍で採用されている物だ。


それが、まるで猟犬同士が互いを追い合うように、交差を繰り返しながら、機種のマシンガンを撃っている。



「………ッ!」



赤の戦闘機が、青の戦闘機に後ろを取られた。

空の戦いで背後を取られる事は、死を意味する。


この状況。

ごく一般的なパイロットなら、上下か左右に操縦棹を向けるだろう。


だが、このパイロットは。

赤い戦闘機を駆る男は。



「………ふんっ!」

「ええっ?!」



赤の戦闘機が、ジェットエンジンの噴射を弱めた。

そして、機体前面に儲けられた逆噴射用のバーニアをめいいっぱいに吹かせた。


赤の戦闘機は、慣性の法則により回転しながら、弾き出されたように青の戦闘機に向かってくる。



「うわぁっ!?」



このままでは衝突する。

咄嗟に、青の戦闘機のパイロットは、機体を下に向けた。



そしてこれが、勝負の分かれ目になった。



青の戦闘機が、向かってきた赤の戦闘機を避けるため下に向かわせる。


それと同時に、赤の戦闘機は再びジェットエンジンを吹かし、姿勢制御用のバーニアを使い、体制を元に戻した。


一瞬の事だった。

青の戦闘機のパイロットが気付いた時には、赤の戦闘機はもう自身の後ろを取っていた。



赤の戦闘機の翼にマウントされていたミサイルが、放たれる。

それは青の戦闘機向けて、真っ直ぐに飛んだ。


そして。



………ズワオッ



空に、爆炎と金属片による花火が咲いた。



『戦闘シュミレーション終了、勝者、パイロット1』



無機質な機械音声と共に、バーチャルの空は暗転。

ブラックアウトした液晶の画面へと変わる。


ゴウン、と、二人のパイロットを入れていた九体………航空戦闘用のシュミレーション装置が開く。



連合軍で採用されている、最新式のシュミレーション装置だ。

飛行時のGや、空気までリアルに再現する優れた代物。



開いたシュミレーション装置の片方から、バツの悪そうな顔をしている青の戦闘機のパイロットが出てくる。


そしてもう一つのシュミレーション装置から出てきたのは、先程赤の戦闘機を操作していた人物。

他でもない、草薙刃だ。



「これにて、航空戦演習を終了する」



それら全てを見ていた航空部隊の司令官の一礼により、その日の演習は終了した。

シュミレーションを終えた数十人のパイロット達は、それぞれの持ち場に戻ってゆく。


その場には、起動を終えたシュミレーション装置だけが残された。



「おつかれーッ!隊長!」



去ろうとする刃に、背後からそんな軽口を叩きながら現れるのは、他でもない弥太郎だ。



「………弥太郎、一応俺達は上司と部下だ、せめて公の場では改まる気は無いのか?」

「改まるって、ずっと前からこれでやってきたじゃないスか、今さら改まるのもなぁ~」

「………そうかい」



まるで友人と話すような態度の弥太郎に対し、呆れる刃。

しかし弥太郎の言うように、タカマガハラに配属する前からずっとこういうやり取りを交わしていたのも事実である。



「………で、どうだったんスか?最新型のシュミレーション装置は?」



弥太郎が聞きたかったのは、つい先程まで刃がやっていたシュミレーション装置の感想。

ほぼ実戦に近いとされるシュミレーション装置の、刃の感想は。



「………やっぱダメだな、実機より反応が鈍いし、Gも弱い」



ぴしゃり、と刃が下した答えは、これだった。



「やはり俺には実機を使った演習の方が向いてる、あれじゃ足りん」

「とは言っても、東京湾で戦闘機飛ばすワケにもいかんでしょ」

「そうなんだがなぁ」



弥太郎の言う通り、すぐ近くに民間エリアのあるここタカマガハラで、戦闘機を飛ばせばいい騒音だ。

ただでさえ毎日「軍事基地は出ていけ」と民間のデモ団体に吊し上げられているのだ。

これ以上面倒を増やすワケにもいかない。



「………それはそうと、デルタのプログラムについてはどうなったんだ?」

「半分ぐらいだってさ、実戦データが足りないって嘆いてるよ」



そんな言葉を交わしながら、二人の連合軍人はタカマガハラ内部を歩いてゆく。

この後、同じシュミレーション装置を使った総合戦闘シュミレーションが控えている。


まだ、彼等の一日は始まったばかりだ。

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