第37話「醜き人の津波」
………その時間も長くは続かなかった。
「居たぞぉ!!」
窓の外より、声が響いた。
闇夜の中でよくは見えないが、シャルルを探していた民衆の一人が、秋戸家の二階から覗くシャルルの姿を見つけ、声を挙げたのだ。
不運は五つあった。
一つは、空気の循環の為に二階の窓を開けていた事。
一つは、夜中にも関わらずシャルルを探す民衆の数が減らなかった事。
一つは、彼等が見つからないシャルルを前に、民家に隠れている=誰かが匿っているのではと感づいた事。
一つは、そして真っ先に疑われたのが、シャルルを探しに協力せず、家から誰も出ていない秋戸家だった事。
そして、シャルルを探す民衆の内の一人が、暗がりでもはっきり物が見える赤外線式の双眼鏡を持っていた事。
「シャルルはあそこだ!」
「秋戸の奴め!やっぱり匿っていたか!」
居場所が割れてしまえば、後はどうする事も出来ない。
シャルルを探していた何人もの民衆が、秋戸家に向けて殺到する。
「うわっ?!何なんだあんたら!?」
「どけっ!俺達はこの家に居るシャルルの奴に用がある!」
驚いて出てきた勝一を押し退け、土足で秋戸家に上がってきた。
目標は、二階に居るシャルル達。
「おいシャルル!ここに居るのは解ってるんだぞ!」
「大人しく出てこい!」
ドスドスと、いくつもの足音が二階に向かってきた。
このままでは、見つかってしまう。
「に、逃げなきゃ!」
「逃げるって………」
戸惑いながらも春香は、シャルルを連れて窓の外に出た。
咄嗟に、屋根の上に逃げようと思ったのだ。
だが、慌てた脳ミソで考え出したこの案を、春香はすぐに後悔する事になった。
「………ええっ?」
窓から身を乗り出した春香は、眼前に広がる光景に、唖然となった。
春香が見たのは、一面を埋め尽くす人の大群であった。
目に入る全てが人であり、その多くが昔日本であったという“学生運動”のように武装し、その全てがシャルルと春香を糾弾するかのように睨んでいた。
「お前のせいで日本は怪ロボットに狙われたんじゃないのか!」
「ヒーローを気取りやがって!偽善者め!」
「大人しく捕まれ!」
「このド外道が!」
「地獄に落ちろ!疫病神め!!」
まるでドームで行われるコンサートの観客のようだと思ったが、対象に向けている感情が憎悪という時点で違っている。
シャルルを渡さなければ、あの強力な戦力を持ったウィーズが何をしてくるか解らない。
彼等の中にあった危惧や不安は、時間が経つに連れてシャルルへの怒りに変貌した。
あいつのせいでこうなった、あいつさえ居なければ助かるのに、と。
「責任を取れ!お前のせいだ!」
「隣の女も同罪だ!引きずり下ろして細切れにしてやれ!」
「悪魔め!何もかもお前のせいだ!」
「お前こそ地球の平和を脅かす侵略者だ!」
その結果がこれである。
シャルルこそが地球を脅かし、ウィーズという危機を呼び寄せた元凶であると、民衆はシャルルに憎しみを向けた。
「あ………あ………」
屋根の上に逃れた春香とシャルルだが、無数の人が、まるで地獄に引きずり込もうとする亡者がごとく、秋戸家を取り囲んでいる。
逃げ場が無くなった事よりも、シャルルにとって耐え難かったのは、これだけの数の悪意をぶつけられた事だった。
今まで地球の為に戦ってきたのに、守っているはずの民衆から罵声を浴びせられる。
これ程、精神に堪える物はない。
弱々しく、春香の服の端を掴む。
今まで気丈に振る舞っていたシャルルが、こうも弱気になってしまうとは。
春香は、何も出来ない自分を呪い、同時にシャルルに悪意を飛ばす民衆を心の底から蔑んだ。
「そいつをウィーズに差し出せ!」
「その前に一発殴らせろ!」
「骨も折ってやろうぜ!」
とうとう、菓子に集る蟻のように、秋戸家自体に這い上がろうとしてくる。
押し寄せる、悪意を持った無数の人の前に、引きずり込まれるのも時間の問題だった。
飛んで逃げようにも、春香を抱えてはあまり遠くへは飛べず、着地した所を取り囲まれてしまう。
このまま、捕まってしまうのか。
シャルルの心に諦めが浮かんだ、その時であった。
「いい加減にしろぉォッ!!」
突如、機械で増幅された大声が、その場にいる全ての民衆の鼓膜を突き破らん勢いで響き渡った。
しん、とその場が静まり返る。
その大声は、今までシャルルに群がっていた民衆の関心を、一気にそちらへ向けさせた。
シャルルと春香も、その大音声が響いた方向へ目をやる。
そこにあったのは、早苗と匠を庇うように立ち、家の倉庫から持ち出してきたのであろう拡声器を構えた勝一の姿だった。
押し寄せる民衆を止めた大声は、それにより出した物だろう。
民衆の視線を集中させた勝一は、少し間を置いて、再び拡声器を口に近づける。
「………お前ら、今まで誰が、ウィーズの送り込んだ怪ロボットと戦ってたと思ってる?」
その場に群がっていた民衆に向け、勝一は拡声器越しに話しかける。
今まで、誰が地球を守っていたのかを。
「俺達がこうして今まで死なずにいたのは何故だ?戦っていたからだろ?シャルルが、たった一人で!」
勝一の言う通りだ。
地球に、これまでウィーズの基地が立つ事が無かったのはシャルルが人知れず戦っていたから。
インベイドベムによる破壊が最小限に抑えられていたのも、シャルルがセイグリッターで戦っていたからだ。
連合軍の活躍もあるが、この地球の平和はシャルルが守ってきたような物だ。
勝一が言うように、たった一人で。
「そのシャルルを!俺達の為に戦ってきたシャルルを、自分達の身が危なくなったから敵に差し出すってか?!ふざけんじゃねえよ!!」
そのシャルルを。
自分達の平和の為にこれまで戦ってきたシャルルを、侵略者に脅されたからといって簡単に差し出す。
そんな事が許されていいはずがない。
人間として、地球人として。
「お前らはあのウィーズとか言うふざけた連中の為にむざむざシャルルを引き渡すのか?違うだろ!今まで、俺もお前らもシャルルに守られてきたんだぞ!だったらやるべき事があるだろうが!!」
拡声器越しに、勝一は民衆に向けて投げ掛ける。
今お前達がやっている事は、本当に正しいのかと。
シャルルへの裏切りではないかと。
そして、本当は何をするべきなのかと。
勝一に、自分達がいかに愚かな事をしているか突き付けられた民衆は、振り上げていた凶器を下ろし、互いの顔を見合わせた。
勝一の一声により、シャルルへの怒りと憎しみによりヒートアップしていた彼等は、一度冷静になった。
そして、自分達がやっていた事、やろうとしていた事を、改めて省みる。
………………
それを、街頭カメラにハッキングを仕掛け、盗み見る男が一人。
突如東京に現れたウィーズの巨大円盤………「浮遊要塞戦艦デモニカ」のブリッジにて、ディアブロでそうしているように、ソファーに腰かけているヴォルガンだ。
「ほーぅ、熱い、熱いねぇ、ガキの友達ごっこは………」
モニターに映る勝一の喝や、先ほどまで思惑通りにシャルルを追い詰めていた民衆達を見てニヤリと笑うヴォルガン。
「その通りですわぁ、ヴォルガン様ぁ」
そして相変わらず、際どい衣装の美女達を侍らせている。
その内の一人が、猫なで声でヴォルガンに絡む。
きっと、ヴォルガンに同意する事で、機嫌を取ろうとしているのだろう。
だが。
「………何がだァッ!」
「きゃあっ!」
先ほどまで笑っていたヴォルガンが、突然口調を荒げ、自身に絡んだ美女を殴り飛ばした。
バキィという乾いた音が響き、殴られた美女が床に叩きつけられる。
殴り飛ばされた美女を、他の美女は、見下し嘲笑うように見ている。
「俺は今イラついてるんだよ………それをテメェはよぉ………?」
ヴォルガンは相変わらず笑っているが、目元がピクピクと動いている。
こうなれば、誰もが見て解る。
ヴォルガンは怒っていると。
………民衆を陽動する事で、自身に対する恐怖をシャルルに対する憎悪に変換させる。
その上で民衆にシャルルを差し出させる事で、今まで地球を守っていたシャルルに、守っていた人々に裏切られるという、最大の屈辱と絶望を与える。
そこまでは、ヴォルガンの考えた計画通りだった。
だが、計算外の事が起きた。
シャルルを匿い、庇う者達………今モニターの向こうで民衆を止めた勝一達のような人物が現れた事だった。
「あのナメ腐ったクソ貴族に、とことん絶望を感じさせてやろうと思ったのによお………っざけやがって!」
「がふっ!?」
今度は隠そうともせず、怒りを剥き出しにしたヴォルガンは、床に叩きつけられた美女に追撃を仕掛ける。
何度も何度も、殴る音がブリッジに響き、美女の白い肌にいくつも痣を作る。
ようは、八つ当たりである。
自分の作戦を台無しにされた怒りを、その美女にぶつけているのだ。
だが、誰もヴォルガンを止める者はいない。
今のヴォルガンは、今のウィーズで二番目に偉い存在。
この場に、ヴォルガンに逆らえる者は誰もいない。
だから、モニターの前で作業をしているウィーズの兵士達も、殴られる美女に対して見て見ぬフリをするしかない。
何度も、何度も暴打音が響いた。
殴られ続けた美女は、気がつけばぐったりして動かなくなっていた。
ピクピクと手足が痙攣している所を見ると、死んではいないようだ。
美女に八つ当たりして気が済んだのか、ヴォルガンはふうと息を吐き、ウィーズの兵士達に向けて指令を飛ばした。
「“ドラッヘン”を出せ!セイグリッターはまだ先の戦闘でのダメージがあるはずだ、これで止めを刺す!」
ヴォルガンの飛ばした指令を前に、その場に居たウィーズの兵士達は、戸惑いと驚愕の表情を見せた。
………「ドラッヘン」。
それは、ガイストパンドラーの運用データを元に、アーマイゼに代わる次世代主力量産機として開発が進んでいた、新型インベイドベム。
アーマイゼやシュピンネのような量産タイプはおろか、ホルニッセやタオゼントフースのような強化タイプをも上回る性能を持つ。
ガイストパンドラーや幹部用の高性能専用機を覗けば、間違いなくウィーズ最強の機体。
これなら、ダメージを負ったセイグリッターが相手なら、確実に勝つ事ができる。
完膚なきまでに叩き潰されるセイグリッターの姿を想像し、ヴォルガンの顔が歪な笑みを浮かべた。
………………
デモニカの真下の街には、既に人は居ない。
有事に備えて避難勧告が発令され、市民は既に避難してしまっているのだ。
そんなゴーストタウンを見下ろすデモニカの、下部に儲けられたハッチがゆっくりと開く。
そこから姿を現したのは、デモニカ内部の整備デッキに繋がれた、一機のインベイドベム。
夜闇よりも暗い漆黒のボディを持つそれは、血のように赤いモノアイで、じっと虚空を見つめている。
各部にガイストパンドラーから発展した事を連想させる意匠を持ち、尖った爪を持つ腕と、黒く巨大なウイングバインダーを持つ姿は、悪魔を思わせる。
ウィーズの新型インベイドベム・ドラッヘン。
その一号機が、その姿を現した。
『いいか、お前の命を持って俺達ウィーズは前に進む、あのクソ貴族を倒すまで、止まるんじゃねえぞ!』
「はい!ヴォルガン様!」
そのコックピット。
ガイストパンドラーのそれを簡略化したような操縦席に座るのは、ブレードより少し年上に見える、ウィーズの少年兵士。
彼もまたブレードと同じように、他の惑星から連れて来られた異星人。
ブレードと違うのは、ブレードよりも強くウィーズを信じている事。
ウィーズの為に戦えば、きっと今よりいい生活が出来ると信じている。
そしてその為には、「民衆を苦しめる悪の貴族」を………シャルルを倒さなくてはならないと考えている。
ボワアッ、とドラッヘンの翼の中に連なるバーニアに火が入り、その機体に浮力を与える。
弾薬もエネルギーも十分に積んでいる。
出撃準備は整った。
「ドラッヘン、発進!」
整備デッキが開き、背中のケーブルが外れる。
紫の光の軌跡を引いて、まるで登り龍のように夜の街の上空を翔るドラッヘン。
盲信と洗脳で研ぎ澄まされた刃は、真っ直ぐ、シャルルに向けて飛び立った。




