2話 美しい鬼
「どこまで行けばいいんだ……?」
かれこれ三時間ずっと歩いた。しかし、人どころか動物一匹も見当たらない。小鳥の鳴き声や風の音などは聞こえてくるが、それ以外は全く聞こえない。流石に三時間歩いていれば疲労が溜まる。それは、年中引きこもりだった俺にとってはなおさらだ。
「てか俺、本当に死んでるのか……?」
死んだにしては肉体はあるし、呼吸も出来る。疲労も出るし、頭に輪っかもない。……いや、本当に輪っかがあるか分からないけどね?流石に死んだにしては違和感が多すぎるんだけど……。
「まぁ、誰かと会ったらそれも分かるだろ」
その誰かに会えていないのがこの現状なんだけどね……。もう少し頑張るか……と思い歩き出した途端……
ガサッー
「ん……?」
ちょっと行った先にある茂みが微かに揺れた。風か……?などと思ったが、風が吹いていない時にも揺れていたから、明らかに風のせいではない。
「人なわけないし……動物か?」
茂みに隠れるなんて動物ぐらいしかいないだろう。まともな人であれば……。俺はそっと茂みをかき分け覗いてみる。そこには……
「……イノシシ?」
そこには瓜坊一匹いた。こじんまりしていてとても可愛い。目もクリッとしており愛嬌たっぷりだ。木ノ実を食べてたのかな?などと考えながら瓜坊に手を伸ばすと……
ガパッ
「……へ?」
突然瓜坊の口が大きく割れた。人間であったら耳までは裂けているだろう大きさだった。わぁ〜口裂け女みたい。などと呑気に考えている暇ではなかった。
「わぁあぁぁあ!?」
俺はその場を全速力で逃げ出した。今ならボ◯トに勝てる自信がある。ごめん、それは言い過ぎた。そんな事を考えている間にも足は止めない。だって、足を止めたら……
「がぁぁああぁぁ!!」
「追ってきる!?」
後ろから口を大きく開けながら追いかけてくる瓜坊に恐らく食べられるであろう。しかし幸いにも、靴が無かったため裸足で逃げているおかげで走りやすくなっていた。よし、これなら……!!
「「がぁぁああぁぁ!!」」
「なんで増えてるの!?」
後ろを振り向いたら、何故か二匹に増えてた。もう一匹の方も口が裂けている。それも先ほどの瓜坊よりも一回り大きい。親子だろうか?なんて悠長に考えてる場合かよ!!早くこの状況を打破しなければ……!!
「「「がぁああぁぁ!!」」」
「もういいよ!!」
また増えた。三匹の口裂け瓜坊に追いかけられている俺。うん、今なら確実に言えることがある。
「絶対ここ天国じゃねぇ!!」
それだけは間違いなかった。もしやここ地獄なんじゃ……?なんて疑ってしまう。でも俺、そんなに悪いことしたか?したといえば親に迷惑かけたぐらいだよ?それだけでこんな仕打ちあんまりじゃね?
「はぁ……はぁ……」
流石に体力の限界が訪れる。三時間歩いた疲労に先程からの全力ダッシュ。年中引きこもりだった俺にとっては当然の事だ。逆にここまでもったこと自体奇跡だろう。足もふらつき、息が荒くなる。
「もうっ……だめ……」
足に力が入らなくなり、走るのも困難になる。胸のあたりが痛くなってきて、呼吸も苦しくなる。もう、逃げ切れる確率は0に等しいだろう。地獄の話では、痛覚はあるんだっけ?痛いのはいやだな……。もはや諦めけたその時……
「はぁぁああ!!」
ザシュッ!!
「ぎがぁぁああぁぁ!?」
どこからともなく聞こえてきた掛け声と共に口裂け瓜坊は悲鳴をあげ、その場で倒れた。倒れた口裂け瓜坊を見ると、横腹あたりに大きく斬られた跡があった。傷跡から血が流れだし、地面を赤く染め上げていく。口裂け瓜坊達も、仲間が目の前で殺された事に驚きと警戒の色を表している。そして、その口裂け瓜坊を仕留めた張本人の女の子に目を見やる。
「…………」
目は凛としており、瞳は鮮やかで、澄み渡るようなエメラルドグリーン。髪はどこまでも透き通っている金色。軽装を身にまとっているが、それでは隠しきれないほど引き締まった腰や脚。異常なほどまでに整った顔。東京などで見かけたら絶対にモデルか何かだと勘違いしてしまうだろう。しかし、俺が一番目を引いたのは容姿ではない。
耳先が少し尖っている特徴的な形。よく俺がアニメや漫画、ラノベなどでよく見かける特徴。
「まさか……君って……」
その特徴は、ファンタジーものではお約束のエルフそのものだった。彼女は、呆然と眺めている俺を一瞥したかと思ったら、こちらを警戒していた口裂け瓜坊を睨みつける。手には細剣を持っており、先程の攻撃はこの剣でしたのだと容易に想像できた。
「……邪魔」
「……へ?」
彼女はボソッとそんな事を呟き、細剣を構え直す。その構えはまるで、細剣で先で相手に焦点を合わせているようだった。少し脚を曲げたかと思ったら、そのバネで一気に跳ね飛び、一気に口裂け瓜坊に距離を詰めた。口裂け瓜坊は、一瞬にして彼女が目の前に現れた事により、反応が遅れる。
ドスッ!
口裂け瓜坊の頭蓋骨に鈍い音を立てて突き刺さる。そのまま口裂け瓜坊は動かなくなり白目を剥いていた。その様子に、最後の口裂け瓜坊は怯んだ。しかし、彼女はその瞬間を見逃さなかった。細剣を抜き、薙払いをした。その行動に口裂け瓜坊は後ずさる。その隙をつき、細剣を回しながら一歩踏み込んで最後の口裂け瓜坊を突き刺す。
「ぐがぁぁああぁぁ!!」
まるで踊っているようだった……。可憐に舞って攻撃をしていた。そして、口裂け瓜坊の返り血で汚れてしまった顔や髪も美しく思えてくる。
”美しい鬼“……それが、彼女に対する第一印象だった。