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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第9話 小さな身体に大きな覚悟です!

 数年前、天使隊へ加入したふたりの少女。多々良めるくと、紅まきな。

 めるくは隊長として、まきなはエースとして、日々街の平和を守るためのパトロールに勤しんでいる。


 めるくの仕事ぶりは言わずもがな、まきなはその人当たりのよさで評価を得ている。

 身体能力に秀で、子供たちからもヒーローのように扱われている彼女は、よぞらのような新入りや訓練生の憧れの的でももちろんある。


 さて、そんなまきなだが。


「なんじゃこりゃあ!」


 なんと、ゲレツナーの攻撃を受けたことによって、ふだんの十代くらいの姿から、十歳にも満たないほど小さくなってしまっていた。


 パトロール中、ゲレツナーの出現を知ったまきな。

 ネトリーノとの激闘をくぐり抜け、見事勝利。ゲレツナーを浄化し、ネトリーノを撤退させたはずだったのだが。

 気がついたら、こんな姿にされていたのだ。

 私服のサイズが調整されておらず、ジャケットの袖が余りに余っている。大変動きにくい。


 しかし考えても、まきなにはこの状況をどうにかする術が思い付かなかった。

 しかたなく小さな身体のままで、助けを求める気持ちもありつつ天界社へと戻る。


 真っ先に出くわしたのは後輩である明星よぞらだった。

 しかも、ちょうどまひる・みなも・さやの三名を連れている。

 まきなは自分の運の悪さにため息をついて、それから彼女たちに状況の説明をしようとした。


「えっと、これには事情があって」


「わぁ、かわいい! ねぇ、あなたなんて言うの? 見学? 迷子?」


「……紅まきな。ここに住んでるよ」


「えっ、まきな先輩? いやいや、それはないですって」


「お茶目な子だね、じゃあ仮名として『まーちゃん』はどう?」


 すごく一方的に話された。よぞらとみなもがはしゃいでいて、話をする隙がない。

 まきな、改め、まーちゃんということになった幼女は、本人の意思を問われずみなもに抱き上げられる。


「よし、まーちゃんも連れて、こむぎさんのところへレッツゴー!」


 こむぎのところへ連れていかれる、らしい。

 めるくへの報告、らびぃに解析してもらう、と他の天使に会いたいのだが。

 ここで駄々をこねたり子供らしく振る舞えば、元のまきなに戻ったときにまずい。


 黙って連れられていき、こむぎと顔を合わせ、けっきょく後悔することになった。


「……っ、か、かわいい!」


 いったい何が琴線に触れたのやら、彼女は全速力で駆け寄ってきて、まーちゃんの頬を揉んできた。

 ひっぱったりつついたり好き放題され、まきなは精一杯の不満を表現すべく頬をふくらませたが、効果がない。

 そのせいで、よぞらたちとこむぎが本題に入るまでにはそこそこの長い時間を要した。


 訓練生三人の代表としてさやが手を挙げ、よぞらとさやで話しにいった。

 よって、残ったまひるとみなもとまーちゃんで話し合いの終わりを待つことになる。


 そこでみなもは、開口一番に衝撃の言葉を放った。


「……なんか、まーちゃんって、まひるちゃんと私のこどもみたい」


 いとおしそうに抱きしめてくるみなも。

 まひるがよくわかっていないようでよかったが、それはたぶん天使としてはよくないことだ。

 ただし、いまはまきなではなくまーちゃんである。強く言えば違和感しかないし、不機嫌そうに振る舞うのがやっとである。


 みなもは気づかない。

 というか、いまのみなもは恐らくまひるしか見ていないのではないか。


「そうだ、みなも。この間の試験はどうだった?」


「……あ。筆記と体力テストはいい点もらえたけど、面接は緊張しちゃってだめだったかな」


「あぁ、みなも知らない人と話すの得意じゃないもんな。変身できればもう合格点だと思うけどな」


「そういうまひるちゃんはどうなの?」


「こっちは筆記がぎりぎり。危ないとこだった」


 先輩の前では敬語の後輩たちが普通に話しているのを聞くのは新鮮だ。

 話の内容はどこか懐かしいものでもある。


 数年前、同じような話をめるくとしたはずだ。

 まきなは体力テスト、めるくは筆記と得意分野がはっきりしていた。

 変身に至れる強い感情があれば、きっとふたりも、まきなとめるくのように天使隊で活躍していけるだろう。


 とたんにほほえましくなって、まきなは笑みをこぼした。


「……がんばれ、未来の後輩」


 まきなとしての呟きは、きっとふたりには聞こえなかったことだろう。


 ◇


 一方で、多々良めるくは紅まきな──まー子のことをとても心配していた。

 パトロール交代の時間になったのに彼女が戻ってこないのだ。


 連絡をつけてもらうため、めるくは真っ先に管制室のらびぃのもとへ向かった。

 機械関係はだいたいらびぃに聞けば早いのだ。

 そうして、天使の反応を探るレーダーや監視カメラを使用し、まー子の行方を掴もうとした。


 調べてみたところ、まー子はいま、よぞらたちと一緒にいるようだ。

 いったい何に付き合わされているのかと映像を確認する。そこにまー子の姿はない。

 かわりに訓練生ふたりが、まきなと同じ波長でレーダーに表示される小さな女の子を抱えていた。


 戦闘や特訓が好きそうな雰囲気、不機嫌なときに頬をふくらますくせ、そして情熱の色をした髪。

 まー子によく似ている女の子だ。

 これはもしかすると、もしかしてしまうのではないだろうか。


「らびぃさん。直近のゲレツナーはどうですか」


「へ? あぁ、きょうまきなさんが鎮圧したやつですね。どうぞ」


 モニターに映し出されたのは監視カメラなどから取得したゲレツナーの姿だ。

 数枚の紙幣を握りしめた怪物は男性型であり、ネトリーノの目撃例もあわせて彼の生み出したゲレツナーとして間違いない。

 また、解析結果では『小児性愛』より作られたとされていた。


「……つながりました。ありがとうございます」


「まきな先輩、どこ行っちゃったんですか?」


「おそらく、小さくなってます」


 不安感を解消されためるくは、いまの状況をあまりいじってやらないほうがいいと考え、管制室をあとにする。

 直後にゲレツナー出現の警報が鳴り響くとは、思ってもみなかったが。


 ◇


 まきなたちのいる部屋にも警報は放送されていた。

 ゲレツナーをいち早く把握でき、外回りに誰もいないときは、たいていすぐにめるくの指示が出る。

 が、今回、真っ先に動き出したのはまひるたちで、その動向をこむぎも把握している。


 めるくへの連絡はこむぎの側から入ったことだろう。

 まーちゃんもついているから大丈夫、という声も聞こえてくる。


「行こう、ふたりとも!」


「うん!」


「……変身、できるといいな」


 みなもとさやもつられ、しかもみなもはまーちゃんを抱えたままで駆け出した。

 後ろを見ると、こむぎがよぞらを引き止めており、何か意図があるらしい。


 ワープゾーンに乗り込んで、まーちゃんと訓練生三人娘は一瞬にて街中に転移する。

 そこには今日だけで二度目の遭遇となるネトリーノの姿がある。

 傍らに巨大なクマのゲレツナーを連れている。筋骨隆々としており、まーちゃんの身体ではまず受け止めきれない相手だ。


「今回は……いたいけな女の子たちに乱暴しちゃってもいいわけだ。ま、俺はロリコンじゃないが、幼女が食えないわけじゃないぜ?」


 指を鳴らすネトリーノ。ゲレツナーがその指示を受けて動き出す。

 その一薙ぎは嵐にように木々をへし折り、コンクリートを抉る。


 飛び散る欠片を避けるのに精一杯で、集中が乱れる。

 それは訓練生たちには大きすぎる試練だった。

 はじめての変身はいままで開いていなかった扉をこじ開けて通ろうとするようなもので、感覚を掴みにくいのだ。


 三人がたどり着くよりも先に、ゲレツナーが振るった腕の風圧が彼女たちを吹き飛ばした。

 みなもの悲鳴があがり、まひるは悔しげにうめき、さやが黙って瞳をとじていた。


 やっとみなもの腕から離れたまーちゃん。

 すかさず自身の周囲にエネルギーを展開させ、飛んでくる欠片を砕きつつふだんの衣装を分解する。

 作り上げるのはいつもの天使装束──だと大きすぎるので、サイズをいまの身体にあわせる。武器であるグローブも同様に、だ。

 本来のエンジェル・ヒートより小さくなってしまったけれど、それでも天使である。瓦礫を砕くにその拳は十分だった。


「燃え上がる翼のデッドヒート……! エンジェル・ヒートッ!」


 名乗りをあげ、小さなヒートは三人の飛ばされる場所にまで駆けていく。

 さやとまひるを止め、少々荒っぽく降ろすと同時にみなものほうへ飛び出した。

 間に合わせることは十分可能であり、誰も壁に叩きつけられることはなく済ませられる。


「まさか、本当にまきな先輩で……」


 みなももやっと気付いてくれたらしい。小さくなっただけでそこまでわからないものだろうか。


「おやぁ……見慣れない幼女だと思ったら。そっち趣味に受けそうじゃないか」


「幼くみえるからって、甘く見ないでよね」


 巨体を持ったゲレツナーと対峙する。

 日頃から敵は自分よりも大きい怪物だが、今日は視点が低いぶん、より敵が大きく見える。


 けれど、その程度で怖じ気づいたことはないし、今回もそんなわけにはいかない。

 ヒートは拳を構え、襲いくるゲレツナーの腕を飛んで回避する。

 その腕を道として辿り、敵のほうへと駆けていくと、相手は口を開けて待ち構えようとする。


 確かにその口の大きさなら一呑みにできてしまうだろう。

 そのまま呑まれてやるわけがなく、再び大きく飛んで、ヒートはその顔面に急接近する。

 拳を叩き込んでやるのはその左眼に向かってだ。炎をお見舞いすれば、水分の消えた眼は使い物にならなくなる。


 視界を奪われたことで暴れだすゲレツナーだが、すでに遅い。

 殴り付けた反動で距離をとり、再び接近するまでの時間は、ヒートがそのすべての力を拳に集約するには十分だ。


「食らえ、バーニンハート☆インパクトッ!」


 クマの巨体に衝撃が迸る。駆け巡る炎によって筋肉組織は壊れ、ヒートの拳という一点からその崩壊が広がってゆく。

 ゲレツナーは膝をつき、そのまま立ち上がることはなく、地に伏した。

 天使の一撃で浄化された欲望は、怪物を成さなくなったのだ。


「……それでこそ犯しがいがあるじゃないか」


「逃げるならさっさと逃げれば、ゲレツナーはもういないよ」


 ネトリーノは舌打ちをし、自ら戦うという選択肢を選ばず去っていく。

 その姿が見えなくなると、やっと今日の仕事が終わったと黒煙のため息をついた。

 何気ない吐息が煙となったのは、きょうのヒートがいつもより張り切っていたからだろう。


 変身を解くと、そこにはまーちゃんの姿はなく、確かにいつものまきなが立っていた。

 やっと敵の影響がなくなったのだろう。


 数時間ぶりのいつもの景色は、まーちゃんであったときよりいくらかくすんで見える。

 しかしその先に、さっきまでは見えていなかった輝くもの。即ち未来を、見つけられる気がした。


「あ。三人娘の介抱しなきゃ」


 思い出したことをつぶやいて、まきなはやや乱暴に三人を降ろした地点へ駆け寄っていく。

 いまの自分は、先輩天使らしく振る舞えているだろうか。


「もちろんですよ、まー子」


 呟きの答えは意外なところから返ってくる。めるくだ。

 心配性の彼女のことだから、万が一に備えて待機していたのだろう。


「……うん、ありがと」


 頷くまきなの守った街で、きょうの日が傾きはじめている。

 そのことを知らせるように、からすが声をあげる。


 あかね色を醸し出す夕陽が、ふたりの天使を照らしていた。

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