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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第8話 おやすみなさい

 初のソロ出演イベントに、エーロドージアの幹部・ネトリーノが乱入。

 主催者に助けてもらいなんとか撃退したものの、自分はまだまだであると思い知らされた。


 そんなふうにきょうあったことを思い返しながら、仕事を終えた明星よぞらは天界社へ戻っていく。


「いやぁ、おつかれ。良かったそうじゃない?」


「そ、そうですか?」


「えぇ、乱入してきたエーロドージアにも対処してくれたみたいで、助かったわ」


 対処といっても、よぞらは助けてもらわなければ危ないところだった。

 それはあまり褒められたことではないと思うのだが。

 そもそも、なぜネトリーノはトークショーが終わるまでわざわざ待っていたのだろう。

 イベントの真っ只中であったならば、たくさんの観客からゲレツナーのもとになる感情を奪う、なんてこともできたというのに。


「しかし、どうやって侵入したんだろうね。天使のイベントだ、警備の緩いわけはない。……これは危険な傾向だよ、どこで遭遇したの?」


「ええっと、舞台裏の控え室です」


「なるほど。そんなふうに直接狙ってくるわけか……ぶつぶつ……」


「あの、こむぎさん?」


「あぁ、ごめんね。ちょっと考えごと」


 こむぎは人一倍みんなのことを考えている。

 リーダーであるめるくだけでは行き届かないことは、彼女が埋めているのだろう。

 よぞらはこういうときに使う言葉を読んだことがある。

 たぶん、縁の下の力持ち、である。


 こむぎが対応してくれるなら、今後はきっと大丈夫だ。

 よぞらは安心して自室に戻ることにした。

 そろそろ仕事に戻りたいというこむぎとは別れ、廊下を歩き出す。

 人前でしゃべるなんて慣れないことをしたせいか、いつもよりずっと疲れているような気がする。


 とはいえ、自室でなにもしないで休んでいてもなんだか落ち着かない。

 けっきょく、逆方向であるこむぎの居所に行こうと、自室を出ていくのだった。


 ◇


 こむぎは今から、よぞらには見せたくない仕事に向かう。

 空間転移の式をいじって、自らの目的地に合わせる。

 目的地とは、きょうネトリーノが現れた場所だ。


 身体が瞬間移動の際に生じる撫で回すような感覚に包まれ、そしてまばたきほどのあいだにはすでに景色は変わっていた。


 ネトリーノを追うわけでなく、こむぎひとりでじゅうぶんだ。

 息を整え、深く吐き、胸いっぱいに吸う。

 機材なしでの分析などはらびぃのほうが向いているけれど、こむぎだってある程度周囲の捜索くらいはできる。


 目的のものは、すぐに見つかった。


「……お疲れ様」


 茂みに隠され、打ち捨てられていたのはまぎれもなく少女である。

 よぞらよりも年下、まひるたちと同世代だろうか。

 身に付けているものから、訓練生であることは明らかだ。


 しかし、警備にあたっていることを示す見習いの制服は引きちぎられ、服としての意味を成していない。

 同じようにずたずたにされたジャージから覗く太股のあたりには、なにかの白濁と血の赤がまじりあってできた液体がどろりと垂れている。


 瞳はあらぬ方向を見つめ、体温はすでに残っていない。

 ぎゅっと固く結ばれた口元は痛みを堪えるために噛み締めたのか血がにじんでいる。

 首元のあざは彼女の生きていた証拠であり、また彼女の受けた苦しみを物語っていた。


 天使は純粋に作られるがゆえに、エーロドージアの持つ欲望を解せない。

 彼らは容赦することなく天使たちを殺害できるのだ。理解したくもない。

 特に、今回現れ、この惨状を作ったであろうネトリーノ。


「……みいつけた。穣こむぎでしょ、あなた」


 そして、たった今現れた幼い少女、バラバローズ。

 彼女はためらいもなく人々を攻撃する。


「お友だちを弔いに来てくれたの? やさしいね」


 バラバローズが持っていたなにかを投げ捨てると、それはごとりと音をたてるようにして地面に落ちた。

 悲痛に歪んだ表情を浮かべたまま、その生涯を閉ざされてしまった少女。

 その頭部だけが、そこに転がされたのだ。


「そっちの子はネトリーノにあげたけど。真っ先に舌抜いちゃうのも楽しかったし、もうひとりぶん試してもよかったかな」


「……黙れ」


 こむぎはすでにエンジェル・ブルームとしてそこに立ち、銃口を敵へと向けていた。

 天使に憧れる少女たちは、何人もこいつに夢を奪われてきた。

 許すことなんて、できるわけがない。


 バラバローズもまた彼女の武器である蕀の絡んだバールを手にしており、ブルームの二挺拳銃を前に嗤っていた。


 ◇


 よぞらはこむぎを追いかけて、らびぃに相談し、ワープを使わせてもらった。

 移動地点を変えるのにはいくつもの手順が必要だが、こむぎならあっさりと済ませてしまうだろうということで、足跡はすぐに掴めた。


 同時にらびぃの分析が入り、こむぎのいまの状況も把握できた。

 彼女は変身し、バラバローズと対峙している。

 いくらエンジェル・ブルームであっても、バラバローズはひとりで相手をするには難しい相手だ。

 すぐにでも助けに行こうと心に決め、らびぃにも通信越しにそう告げる。


 出来る限りの援護をしてくれるというらびぃ。

 よぞらはありがとうの言葉を出すと同時にワープに乗っていき、次の瞬間にはバラバローズとブルームの姿を捉えていた。


 ブルームの銃撃を、バラバローズは防ぎきっている。

 まったく攻撃が通っていないともいえるし、相手を防戦一方におさえているともいえる。

 そして、よぞらの目には、バラバローズがすこし押されているように見えた。


 ブルームの攻撃を手助けすれば、きっと有効打を与えられる。

 そう考えて変身しようと思ったとき、よぞらの目には見慣れぬものが映ってしまった。

 地面に転がっているもの。あれは、少女の生首だ。


 身体より下は見当たらず、ただ時が止まったように死だけを漂わせて、そこに佇んでいる。


「あ──」


「っ、よぞらちゃん!?」


 ブルームの注意が逸れ、その隙を突いてバラバローズの攻撃が彼女を襲う。

 やっと我に返ったよぞらはブルームのもとへと駆け寄って、その怪我が流血を伴っていると知った。


 死人が出ているかもしれないことは、わかっているはずなのに。

 目の前で喪ったこともないくせに、守れているつもりになっていた。


 バラバローズは現実という凶器を突きつけてくる。

 そして、よぞらがそのことに動揺したせいで、ブルームは傷を負ってしまったのだ。

 自分の心を責め、ブルームに強く手を握られるまで呆然としていた。


「よぞらちゃん。ごめんね。私たちの仕事は、いつあの子みたいにされるかわからないものなの」


 よぞらは言葉を失ったままだ。


「黙ってたのは……よぞらちゃんに逃げられるのが怖かったから。でもね、誰かが戦わないといけないの。お願い、力を貸して」


 あの少女の遺体は、バラバローズがやったもの、らしい。

 ああなる少女をもう出さないために。天使隊は、そのためにある。


「……はいっ!」


 許せない気持ちも、守りたい気持ちも、エンジェル・トゥインクルを呼び覚ます力になる。

 その身に纏った光より天使の弓を握りしめ、トゥインクルはバラバローズを見た。

 彼女は恍惚とした表情で、じっとふたりと天使を眺めている。


「……さすが天使サマ。キレイだね。だからこそ、壊したくなる」


 バラバローズが深い赤の球を打ち出すと、球は上空で膨れ上がっていく。

 ゲレツナーが出現するのだ。


「性欲解放。やっちゃえ、ゲレツナー」


 現れた敵は、頭部が左右に広がり、空中を泳ぐシュモクザメの姿をしていた。

 全身のうちほとんど、目が備わっているべき部分まで金属質の殻で覆われており、まるで本当に頭部がハンマーとなっているようだ。

 動き出したゲレツナーが頭部を建物に叩きつけると、たやすく崩れていき、人々の悲鳴があがる。


「向こうが飛ぶなら、こっちだって、ね?」


 ブルームが翅をはためかせ、ゲレツナーのいる上空へと飛んでいく。

 トゥインクルもそれを見て背中のあたりを意識してみると、なんと動かせた。

 思いっきり羽ばたいて、宙に浮かんで勢いに乗り、さらに高くを目指す。


 羽ばたくことに集中していると弓の狙いが定まらず、空気を蹴ってゲレツナーの攻撃をかわし、その瞬間に放つ程度でしか攻撃に移れなかった。

 一方、ブルームは慣れたようすで射撃を続けている。


 だが、全身が金属に似た堅い鎧で覆われたゲレツナーに対してはいっこうに射撃が通らない。

 トゥインクルはなかなか攻撃に移れないぶん、逃げ回りながら敵の身体の構造を見た。

 叩きつける動作が何度も行われ、飛び散る瓦礫で怪我をしそうになることもあったが、すこししてようやっとその特徴がわかってくる。


 叩きつける動作に入っているうちにブルームのほうへ飛んでいき、彼女に耳打ちをした。


「何かわかりそうかしら?」


「はい、あいつの弱点は……!」


 あのゲレツナーの欠点は、振り下ろす動作の直前になったとき、エラが開くということだ。

 エラの内側は硬質化していないのだ。

 あの部位へ的確に叩き込めば、ゲレツナーを倒せるのだろう。


「……わかったわ。撃つ役は私に任せて。よぞらちゃん……いえ、トゥインクルはあいつの注意を引き付けてくれる?」


 ブルームもまた、ゲレツナーの攻撃の標的になる役が危険だとは承知している。

 そのうえで、トゥインクルを信じてくれているし、祈ってくれている。


 トゥインクルは深く頷き、ゲレツナーのほうへ飛び出していった。

 飛行の感覚にも慣れつつある。動きは大振りで、今のトゥインクルなら避けられる。

 限界まで引き付けて、攻撃へと移った瞬間に合図を出した。


「……っ、いまです!」


「もちろんっ、フラワーハート☆カノンッ!」


 上空より、衣装もすべて弾丸に込めるエネルギーとした一撃が迫る。

 弱点を過たずに貫き、ゲレツナーの体内で爆裂、その身体を崩壊させる。

 赤い光は潰えて、シュモクザメの姿もまた消えていく。


 その場に残ったのはバラバローズだけで、手下がやられたにも関わらず、相変わらず不気味に笑っている。


「それでこそ天使サマ。あなたを壊すのは最後にしてあげる」


 背をみせるバラバローズ。

 突如地面より伸びた蕀に包まれたかと思うと、この場から消えていた。


 ◇


「……お休みなさい」


 犠牲になった少女たちに祈りをささげ、よぞらとこむぎは火葬場をあとにした。

 バラバローズを撃退したのち、遺体を運ぶのを手伝わせてもらったのだ。


 よぞらとこむぎのほかにほとんど人がいない中で、彼女たちの肉体は火のなかへと還されてゆく。

 天使になれなかった少女たちは、いつもこうして寂しい中で見送られてゆくのだろう。


 運良く覚醒することのできた天使だけが大切に扱われる。

 なり損なえば捨てられるだけなんて、憤りを抱かずにはいられない。


 行き場のない悔しさの中で、よぞらは戦うことを心に決めた。

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