第7話 マシンガントークでがんばります!
「本当に申し訳ありません! うちの生徒が勝手な行動を……!」
よぞらの目の前では、年上の女性がしきりに頭を下げていた。
なぜこんな状況になったのか、それを説明するにはすこし時を遡る必要がある。
クシュシュが産み出した敵を撃滅し、三人娘を連れて天界社へ戻ってきたよぞら。
天界社のエントランスでは、とても焦っているようすの女性と、逆にまったく動じずいつもどおりのこむぎが話しており、ときおりらびぃとの通信も行っていた。
いったい何の話かと近寄ってみたところ、女性は三人の保護者ともいえる養成学校の教官で、まひるたちの行方を知るためにここに来たようだった。
そして、隣のこむぎはその応対をしていた。
らびぃに探してもらい、ゲレツナーと戦うよぞらに守られているのがまひるたちだとわかり、ここで待っていたという。
自分の生徒たちが無事に帰ってきたと知ったとたん、教官である彼女はひとしきり喜んだのち、三人にも頭を下げさせながらとても謝ってきたのだった。
それで、こうしてひたすら頭を下げられている状況になったのだ。
別に、よぞらはまひるたちに振り回されたことをそこまで悪く思っていない。
たしかに疲れたけれど、この時間がなければ、よぞらは力を覚醒させることができなかったであろう。
「あ、あの、私、大丈夫ですよ。まひるちゃんたちが無事でよかったです」
「ほら、よぞらちゃんもこう言ってるし。頭を上げてちょうだいな」
こむぎの言うとおりに顔をあげた彼女は感謝の言葉とともによぞらの手を握って、上下にぶんぶん振ってくる。
よぞら本体も揺れて、揺れて、半殺しにされかけてやっと解放された。
三人娘は教官に連れて帰られるらしい。
だが、その前に言いたいことがあったようで、あらためて向かい合うことになった。
顔をあわせてうなずきあった三人は、それぞれ言いたいことを用意して、それからこっちを見る。
「……助けてくれてありがとう。応援、してる」
「あの、よぞらさん、かっこよかったです、とっても!」
「私も! ぜーったいよぞらみたいな天使になってやる!」
言い終わると、教官のもとへ戻っていって、大きく手を振ってくれた。
小さく照れ臭そうながら、さやも一緒になってやっている。
その姿が見えなくなるまで、ずっと振り続けていたから、きっと後輩たちもよぞらと同じように手が疲れていることだろう。
三人娘とその保護者が帰っていってから、今度はこむぎがよぞらを呼び止めた。
「よぞらちゃん。まずは自分の意思で初めて変身できたことを祝うよ、おめでとう。心は決まってたかな?」
素直に頷いた。
「それはよかった。後輩ちゃんとも仲良くなっちゃって、誰かに愛される才能があるのかも」
「愛される……才能、ですか」
「ほら、初ライヴも大成功だったし。めるくもよぞらちゃんの話、いっぱいしてくるの」
それとこれと何か関係があるものなのだろうか。
抱いた疑問は口から出なかった。先にこむぎが話しはじめたからだ。
「あのね。よぞらちゃんはかわいいし、変身もできるようになったし。ひとりでのお仕事も任せられるかなって」
「……え?」
ひとりで、お仕事。
めるくやまきなが付き添ってくれるわけではない、ということだ。
自分だけで務まるだろうか。きゅうに自信もなくなってくる。
しかし、今日、自分は誰かを守ることができたのだ。
もし成長できているのなら、ぜひお仕事を受けてみたい、とも思う。
「はい、がんばってみます」
知らない世界へ踏み出すことは、いつもよぞらを楽しくさせてくれる。
今度のお仕事もそうだといいな、なんて考えて、よぞらは頬をゆるめていた。
◇
イベントの話を受けてからすぐ、翌日のこと。
よぞらは主催者側との打ち合わせに、こむぎすら伴わずに赴いていた。
いくらなんでも話が早すぎると思ったけれど、こむぎは元々受けてくれると思っていた仕事のようだ。
結局初変身の報告を他のメンバーに直接することもなく、待ち合わせのカフェに向かい、見たこともない食べ物が多量にならぶ光景をはじめて見たのだった。
店員さんに話しかけると「よよよぞら様ですね!?い、い、いかががいたしました!?」なんて相当慌てられ、よぞらまで焦った。
ほかの店員さんの補助が入って、なんとか待ち合わせの席までたどり着くことができ、主催者らしい人と顔を合わせた。
スキンヘッドでサングラス。さらに威圧的なドクロの描かれた革のジャケットを纏っている。
見るからに一般の方ではなさそうな風貌の男性だ。
サングラスごしによぞらの姿を見つけると彼は突然立ち上がり、なにをされるのかと身構えたが、にこやかに笑うだけであった。
「いやぁ、来てくれてありがとう。明星よぞらさんだよね」
「そ、そうですけど、あなたは?」
「俺、こういう者です」
強面の彼に名刺を渡され、目を通す。
職業は、そういう裏社会的なものではなく、フリーライターと書いてある。
名前は『ドージンス来生』。
どう呼べばいいのか困り、じっと名刺とにらめっこしていたところ、ドージンスは「ドジさんって愛称があるから、よければ使って」という。
よぞらもそれに甘えることにした。
席につき、ひとまず話を聞いた。
このイベントは毎年ドージンスが天使ひとりを招いているそうだ。
前回はらびぃ、前々回は新隊長になっためるくだった。
新米であるよぞらに回ってきたには、その年で最も話題になった天使が呼ばれるからということらしい。
「今回は天使になったばっかりだし、よぞらさんの本は少ないかもね」
「本、ですか?」
「あぁ、俺のトークのほかにも、みんなが自分で描いた漫画を持ち寄って、見せあったりする場でもあるんだ」
漫画という概念は知っている。
いくらか目を通したこともあって、お勉強の本とは違った面白さがあった。
よぞらはあまり漫画に詳しくはないが、きっとすごい人が集まるに違いない。
「……すごいんですね!」
心からの笑顔をドージンスに向けると、サングラスをしているにも関わらず眩しいしぐさをされる。
そして、彼は小さな声で呟いていた。
「本といっても、ほとんどは君たち天使をひぎぃらめぇする本なんだけどね」
意味がわからなかったので、話題にはできなかった。
本番は数日後である、ということで、よぞらはドージンスと別れる。
天界社に戻ると、ドージンスのイベントの話や、初変身のことが伝わっていたみたいで、先輩天使たちにクラッカーで出迎えられたのだった。
◇
よぞらはイベントのことを先輩方に聞いて回り、結論として「ドージンスに任せていればなんとかなる」らしかった。
天使を毎年呼んでいるイベントのメインとあって、さすがの実力らしい。
とはいえ、不安なこともあるので発声の練習をしたり、見知らぬひとが大勢いてもいいようにたくさんのぬいぐるみに囲まれてトークの練習をした。
そして時は流れ、リハーサルもあっという間に過ぎてしまい、ついにイベントが開幕した。
お客さんが濁流のように押し寄せ、前回のライヴのような老若男女ではなく、成人男性がたくさんやって来ていた。
まれに女性もいる程度で、もみあうようにして先に進んでいる。
下手をすれば、誰かがつぶれてしまいそうだ。
ステージの控え室が建物の二階であり、上から見ることができたが、しかし人だらけで不安であった。
「大丈夫、スタッフさんも毎年開催しているだけあって歴戦の猛者ばかりだから」
さすがドージンスは慣れている。
とまどうよぞらは人の波が次々と本を手にしては次の本を目指して動いていくのをただ眺めるばかりである。
ドージンスをみると、ときに人々を奮い立たせるような言葉をかけているのだが、よぞらは何もしないでいてもいいとのことだった。
出番がまだまだ先なら、すなわちひまになる。
なので、本を持ってきた側の皆さんのお品書きを見ていることにした。
やはり昨年出演したらびぃの本は多いらしい。
例えば『いもうと天使』や『お兄ちゃんのことなんて別に……!』といった、らびぃの兄になるという設定のものが多くみられる。
そういう本を出しているところは、おまけでよぞらの絵をつけているらしい。
とてもかわいく描いてもらえていて、よぞらはうれしくなる。
たまに服を着ていないのは、時間が足りなかったのだろうか。
続けて見ていくと『癒してくださいっこむぎお姉さん!』『めるくさんに見抜きさせてもらい本』なんて表紙が下着姿であったりもする。
これってどういう本ですか、とドージンスに聞いてみて、はぐらかされるのを何度も繰り返した。
こうして、よぞらは自分の出番までに両手でも数えきれないほど疑問を増やしていったのであった。
それから時間が経ち、やっとステージにのぼったよぞらとドージンス。
本日のメインイベントであるトークショーは抽選で観覧者が決まる形式だ。
お客さんがライヴよりも近くてふと横を見ると視線が自分に集中していてもっと緊張する羽目になる。
けれど、そうしてちょっと言葉が出てこなくなったときはドージンスが助けてくれて、トークショーは平穏に終わってくれた。
緊張こそしたけれど、楽しい。
やはり天使の仕事で人々に喜んでもらえるのは嬉しいのだと改めて思う。
ただ、こういうとき、よぞらにはたいてい敵がついて回るのだが。
「お疲れ。よかったぜ、さすがは俺の女だ」
トークショーが終わり、ひとあし先に控え室へ戻っていこうとしたよぞら。
男の声に振り返って、そこに立っていたのは、いま一番見たくない姿であった。
天使の敵、エーロドージアの幹部。ネトリーノである。
よぞらの記憶では、こむぎでさえも冷たい視線を向ける気色の悪い奴だ。
目の前のネトリーノもそれに違わず、下卑た笑みを浮かべていた。
「この場所は心地がいい。なんたって、欲望の交流センターみたいなもんだからな。それをわかってて警備を頑張ってるんだろうが、俺の前じゃ紙切れだったかな」
彼の服が乱れているのは、その警備が抵抗した跡だろうか。
「こむぎもらびぃもいない。ってことは、俺がよぞらチャンを独り占めってことだよなぁ?」
ネトリーノの放つ負のオーラが高まっていき、さらにはよぞらのほうへ歩み寄ってくる。
こいつにこのまま好き勝手させれば、このイベントがめちゃくちゃにされてしまう。ここで食い止めなければ。
そう思って変身しようとしても、にじりよって来るネトリーノへの嫌悪感が勝り、身体の末端が震えてうまくいかない。
壁際まで追い詰められ、逃げ場はないと耳元でささやく声に、よぞらは吐き気を催した。
「いやっ、誰か、助けて──」
思わず悲鳴をあげてしまったときのことだった。
ネトリーノの顔面が、目の前から遠ざかっていったのだ。
「ってめぇ、人間か! なにしやがる!」
「……それはこっちの台詞だ。同人誌と現実を一緒にするなよ、勘違い男」
なんと、助けてくれたのはドージンスであった。
ネトリーノを殴り飛ばし、よぞらを助けてくれたのだ。
「俺は天使同士が仲良くしているのが好きなんだよ。そこに男はいらん! よぞらさん、今のうちに!」
「は、はいっ!」
天使と人々は、ただ守るだけの関係ではない。
助け合って、ともに正しく生きていこうとしているのだ。
そう捉えたなら、心を戦闘態勢へ持っていくのはまったく難しくない。
「きらめく翼のトゥインクルスター! エンジェル・トゥインクル!」
変身を遂げたトゥインクル。ドージンスの助けを得ながらネトリーノを掴み、ステージのほうへと放り投げた。
すかさずそこへ矢を放ち、炸裂させる。小規模ながら爆風が彼の飛距離を伸ばし、ステージの端まで吹き飛ばされ、ネトリーノは口の端ににじんだ血をぬぐう。
「っち、次こそ孕ませてやるからな……!」
ゲレツナーを出す暇がないと判断したのか、逃げていくネトリーノ。追う必要もなく、戦闘はここで終わる。
しかしせっかくだからとドージンスに言われ、トゥインクルは変身姿のままステージへ戻っていった。
まだ残っていたすこしの客が歓声をあげる。持参した一眼レフカメラを片付けていたのを中断、ふたたび構えている人もおり、トゥインクルはそちらへ手を振ったりする。
おまけの撮影会はしばらくのあいだ開催されていた。
それは変身姿のトゥインクルを描くために必要な資料でもあり、翌日にはSNSに彼女を描いたイラストが多く投稿されていくことになる。
もっとも、トゥインクル本人はそれを知ることはないが。