第6話 ってことは私、お姉さんですか!?
『特報! 清廉なる天使隊に新メンバー!』
そう題されたニュースが連日流れ、世の中は沸いていた。
この時代、すべての少女の憧れで、すべての少年が恋焦がれると言っても過言ではないのがこの天使隊である。
そこへ新たな天使が加入ともなれば、大スクープなのは当然だろう。
もちろん天使隊のほうにもインタビューの話や番組出演の交渉が舞い込んでくる。
さて、その状況を素直に喜んだり、好意的に受け取っていない者もいた。
しかも天使隊に身近な、訓練生の中でだ。
不快ではなく、対抗意識を燃やすという形でだが、たしかに彼女は喜ぼうとしていなかった。
「明星よぞら……! 覚えたぜ、その名前! 待ってろ明星よぞら、じきに追い抜いてやる!」
彼女の名前は『日高まひる』。
天使隊へ入れるように見習いたちが訓練をする天使養成学校の生徒である。
彼女の有り余る元気を象徴する橙色の髪は、憧れの天使である紅まきなにあやかって後ろでまとめている。
服装は見習い用の制服と、イメージカラーである橙の訓練生ジャージだが、たまごでも天使を目指す者らしく引き締まった体つきをしている。
きっと彼女に言わせれば、身体ならよぞらには負けないぜ、とか言ってしまうだろう。
確かに日頃から鍛えている筋肉質な身体で魅了できる人々も少なくないだろうが、それだと恐らくゲレツナーが生まれてしまう。
一方的にライバル意識をもっているまひるは放っておけば暴走していく。
誰かがブレーキになってやらなければいけないのは、周囲の訓練生たちもよくわかっていた。
そのうち一番まひると仲がよく、最もブレーキとしてはたらいている少女がいる。
それが、まひるの隣にいる深い青のツインテール少女『由良目みなも』であった。
みなもとまひるは幼なじみと言うべきか、天使のたまごとして生まれてからずっと一緒の親友である。
そんなみなもだからこそ、いっそうまひるのことを心配していた。
「まひるちゃん、負けないのはいいけど、あんまり無理しないでね」
「ん、そうだな、みなもの言うこともよくわかった。身体を壊しては勝てるものも勝てない。よし、ほどほどにトレーニングだ!」
「うん、わたしも付き合うねっ」
みなももまた、まひると同じメニューをこなし、おかげでしなやかで均整のとれた肉付きを保つことができている。
ひかえめな性格であまり目立ちたがらず、いつもまひるの影に隠れてしまっているのだが。
そんなふたりが目指せ明星よぞらのトレーニングへと向かおうとしての道中だった。
黒髪ながらまっ白い睫毛、そこに光る金色の大きな瞳が特徴の少女が立っていたのである。
彼女も例に漏れず、制服とジャージを着用しており、訓練生であることは明白だった。
最近よくまひるとみなもと一緒にいる、不思議な女の子『黒羽さや』。
体力トレーニングのときにはその姿を見かけない、得体の知れない相手ではあるが、ふたりとは仲良くしたいらしいことはわかる。
「ねぇ、ふたりとも」
「どうかしたの、さやちゃん」
「天使隊に私たちより先に入った人のこと……気になるでしょ、会いに行かない?」
さやの持ち出したこの話は、勝手な行動として先生に怒られるかもしれないが、まひるにとってはすごく興味のあることだ。
目をかがやかせていることからも、すぐにわかる。
ふだんならみなもが強く引き止めているだろうが、今回はみなももまたよぞらについて興味がある。
それにさやならば、もしかするとばれずに先輩たちのところへ行く方法を知っているのかもしれない。
まひるもみなもも、さやの提案に乗ることにした。
笑顔でいるまひるはとっても楽しみにしているようである。
ふと、みなもはその笑顔がさやによって、ひいてはよぞらによって引き出されていることに少しながら受け入れがたい感触を覚えた。
ちょっぴり、対抗心めいたものが自分の中にもあるとみなもが気づくのは、このときがはじめてだった。
◇
訓練生たちが見学に来るなんて話を聞いたよぞらは、非常に慌てて大騒ぎとなった。
いきなりまきながさらっと言い出したのだが、あ、そういえば、と軽い感じで話されていた。
よくわかっていないまま天使になって、それから1ヶ月も経っていないよぞらにとっては大事件だった。
大慌てするには十分だったのだ。
天使隊への加入には、まず変身能力の覚醒が必要不可欠である。
加えて、養成学校の教官の指導による基礎体力や思考力の向上、および実地での研修経験などが合わさって、実戦でゲレツナーを退治できるまでに至る。
特にめるく率いる部隊は、天使隊の総本山たる天界社を使わせてもらっているだけあり、ゲレツナーの出現件数も他所を凌駕している。
最難関の狭き門なのだ。
言われるがままに入隊したよぞらには実感のないことだったが、ゆえに大々的に取り上げられていたのだと納得できた。
とはいえ、よぞら自身に言わせれば、自分は後輩の手本にはなれない。
どこへ隠れようか先に考えはじめたが、まきなが付け加える。
「その子たち、よぞらちゃん目当てで来るんだって。会ってあげなよ」
よぞらはより慌てた。
「ごめんなさい私なんかでほんっとにごめんなさい」
「よぞらちゃんなら平気だって。ほら、この間のライヴだって」
「ごめんなさいそれとこれとは違うんです」
「そうかな、いつもどおりのよぞらちゃんでいいと思うんだけど」
まきなのように考えられていないからこそ、よぞらはパニックになっていた。
そして無慈悲にも、未来の後輩天使たちが到着したとの連絡が舞い込んでくる。
逃げようとするよぞらはまきなにたやすく捕まえられて、中林連行されていった。
「三人とも、こんにちは! 私、紅まきな。こっちは明星よぞらちゃんね。みんなはなんていうの?」
まきなは平然と初対面の相手にも自己紹介を求めていく。
どうして緊張しないのか不思議なほどにいつものまきなだ。
よぞらはそのいつものまきなにぐっと手を掴まれていて、逃げ出せないようにされていた。
「はい! 日高まひるです!」
「ゆ、由良目みなもです」
「……黒羽さやです」
鮮やかなオレンジに、深い群青色に、艶のある黒の女の子たち。
まひる、みなも、さやという名前は覚えられるが、対応は恐らくできない。
そして、まきなはよぞらの予想を斜め上に状況を悪化させてくる。
「んじゃあ、よぞらちゃんに会いに来たわけだし。あとよろしくね」
「えっ」
「あ。らびぃちゃんとこむぎはアイドル関係で打ち合わせ、あたしとめるくは報告書書かなきゃだから」
「ええっ」
まきなを引き止めることもできず、よぞらは三人とともに静寂に包まれる。
気を取り直して、と思った瞬間に、三人の視線が突き刺さるように感じられる。
さやは舐め回すように、みなもは品定めするように、そしてまひるは熱烈に食いつくように。
悲鳴をあげかけた口をおさえて落ち着き、自分はアイドルなんだと言い聞かせて笑顔を作ろうとした。
すると、それを見たさやが思わず口角をあげていて、それを咳払いでごまかし、失礼、とだけ言われた。
ぎこちなかったのだろうか。
やっと一番熱かったまひるの視線がよぞらから外れる。
幻滅されてしまったかと思い、変な汗がにじむ。
「……明星よぞらっ!」
「は、はいっ!?」
「私たちと、勝負だ!」
まるで立場が逆になったような返事をしてしまったよぞらに、びしっと人差し指が突きつけられる。
まひるもみなももさやも、目が本気だ。
いや、さやだけは面白がっているだけにも見えるけれど、それでも三人中ふたり。過半数だ。
緊張しきっているよぞらに断れるだけの勇気はなく、その挑戦を受けることになってしまった。
まひるたち三人に連れられて天界社を出て、街へと出発する。
天使らしくパトロールをし、困っている人を助ける、という勝負らしい。
パトロールすら任せられたことのないよぞらには非常に不利だが、ここで逃げれば天使らしいと言えるわけがない。
後輩たち、主にまひるがずんずん進んでいくのについていき、見守る形で歩き出す。
そこからは、振り回されっぱなしであった。
まひるは後先考えずに突っ走っていく。
車にひかれそうな男の子を助けた直後に転んでしまい、地面に鼻を強打したり。
子猫を助けに木に登った結果、足がすべってよぞらの上に着地してきたり。
ひたすらに危なっかしい。
ふだんならみなもがまひるのブレーキになってくれているのだろう。
しかし、暴走している肝心なときに限って、道に迷っていそうな女の子や荷物の重そうなおばあちゃんに声をかけていた。
心優しいのは確かだが、毎度間が悪い。
さやに至っては、彼女が声をかけるのはカラスや黒猫だった。
どういうわけかいつの間にか姿を消していて、気づけば戻ってきているし。
天界社の周囲を大きく一周してまわってきたころには、よぞらは肩で息をしていた。
そしてまだ続けるつもりらしい三人は、あるとき、どこか見覚えのある少女に話しかけていた。
「こんにちは、お嬢さん」
「……お嬢さんって、なにそれ。あ、そのかっこ、もしかしなくても天使?」
「天使訓練生だ」
「そうか。じゃあ、やっと見つけた」
よぞらがその少女の顔を見て、彼女が何者であるかを察したときにはもう遅かった。
少女の服の内側から触手が切り離されて落ち、周囲から紫の光を集めて肥大化していく。
「性欲、解放。行きなさい、ゲレツナー」
出現するのは間違いなく天使の敵である。
息を荒げた獰猛な野犬の姿が現れ、よぞらはまだ変身できない三人のことを庇って立つ。
周辺の住居と比べても、二階と肩が同じような高さとなる体躯の敵を前に、逃げようにも逃げられない状況となってしまっていた。
よぞらたちを狙う野犬のゲレツナーは涎を垂らしながらにじりよってくる。
ゆっくりと壁際まで追い詰めて、心の折れた相手を襲うつもりなのだ。
「わ、私たち、天使だぜ、あんなやつに負けるもんか……」
「訓練用のホログラムやロボットとはわけが違う。まひる、私たちじゃあ無理」
「やめてよさやちゃん……それじゃあまるで、もうおしまいみたいだよ……」
強がって震えているまひる。
半ば諦めているさや。
理解を拒み涙ぐむみなも。
三人とも、よぞらよりもまだ幼くて、天使になることが夢の女の子だ。
その夢をここで断たせるわけにはいかない。
天使の変身には、心が伴わなければならない。
いまのよぞらには、守るべきものがある。
戦わなければいけない理由が見えている。
その意思が背中を押してくれれば、胸の中、奥底にある明星に手が届き、戦えるのだ。
この感触をよぞらは知っていた。死の淵より、光を宿して浮き上がるあの感触だ。
真っ白な猛禽の翼。守護者のための戦闘服。ハートをかたどって跳ねた髪。
なびく金色の髪は希望を思わせ、手にした弓矢は悪を断つ。
この瞬間、明星よぞらは『天使』となった。
「きらめく翼のトゥインクルスター! エンジェル・トゥインクル!」
脳裏に浮かんだ口上を叫ぶ。もう、眼前で欲望を剥き出しとする敵も怖くない。
ゲレツナーがトゥインクルを狙って動き出す中、力を制御し、矢へと集中させていく。
生まれたままの姿で放つのは、教えられてなどいない彼女だけの必殺技。
悪意を浄化する清廉にして潔白の一矢である。
「ピュアハート☆シュートッ!」
眉間に突き立ったそれは、瞬く間にゲレツナーの全身を駆け巡り、崩壊を招いた。欲望は消えていき、脅威は取り除かれる。
敵の消滅を見届けたトゥインクルは、残る触手の少女のことを見た。
彼女の視線にはゲレツナーを撃破されたことに対する感情は混じっておらず、悲しげな表情でいる。
その意味をトゥインクルに理解させようとしないまま、彼女は去っていく。
命を狙ってくる者はいなくなった。窮地を脱したのだ。
それを理解したとたん、安心して変身を解いて、胸を撫で下ろした。
後ろから注がれてくるみっつの視線には、憧れの色が強くあらわれる。
それは、振り向けば守り抜くことのできたみんながいるということに違いなかった。