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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第5話 なにかが掴めそうな気がします!

 よぞらの自室は入居してきた時のままになっている。

 どう家具を動かせばいいかわからないし、もともとよぞらでも使いやすいくらいの配置になっていた。


 特に、ふたり一緒に並んでいてもぐっすり眠れそうな大きなベッドはよぞらのお気に入りだ。

 心地よく自分の身体を受け止めてくれるし、ずっと転がっていられる。


 ただ、その心地よさに身を任せているばかりでは、天使として覚醒できない。

 布団に潜り込んでいたのをたたんで脱出し、お腹がすいていたので、補給のために食堂へと向かった。


 天使隊で過ごしはじめて数日、もう一週間は経ったはずだ。

 そんな時期に、よぞらは食堂で真剣に話し合っている三人の女性を見かけた。

 ふたりは見知った顔である。間違いなくめるくとこむぎだ。

 残るひとりは、よぞらとは面識のない人物だった。


「おや、よぞらさん。ちょうどいいところに来てくれましたね」


 めるくに招かれて、重要そうな話し合いをしているところに自分がいっていいのかと疑念を抱きながらもテーブルに到着する。

 空いていたこむぎの隣に座らせてもらい、背筋をぴんと伸ばすことを意識する。


「この子が新入りかい?」


「えぇ、そうよ」


 こむぎの手が肩に置かれる。

 ほぼ固まっていたので、それだけで驚いてすっとんきょうな声を出してしまう。ふわぁとか、とても客人には聴かせられないふぬけた声だ。

 恥ずかしくて真っ赤になって、より固く縮こまってしまう。


「ね、かわいいでしょ?」


「らびぃのときも同じようなことしてたよね君。かなり怒られたの忘れちゃった?」


 このこむぎと話している女の人は、もしかして偉い人だろうか。

 そういえばよぞらちゃんは知らないんだっけ、と言われてかろうじて頷いたよぞら。

 女の人から名刺をいただき、まじまじと見つめた。


「ええと、ハレエさん、ですか」


「あぁ、めるくたちの隊のマネージャー代わり、ってとこかな」


「マネージャー……!?」


 天使隊の仕事は、まず第一にゲレツナーと戦うことがあげられる。

 だが、戦いのために体調や食事の管理をする者というわけではないらしい。


「明星よぞらさん。さっそくだけど、今度のライヴからは君にもステージに上がってほしいんだ」


 ライヴにステージ。まるで、本で読んだことのあるアイドル営業みたいだ。

 まさか歌って踊ってなんて、と思っていると、心を読んだようにこむぎがこう言った。


「歌って踊ってみんなを元気にするのよ、天使っぽいでしょ?」


 天使の意味が違う気がする。

 こういうときに使われる天使とは、誉め言葉ではないだろうか。

 よく考えれば、清廉なる天使隊という名前もユニットみたいに思える。


 そんな仕事があるなんて知らなかった。

 歌はすこしだけ挑戦したことはあったけれど、ダンスはない。

 自分に務まるか不安しかない。


「い、いきなりステージにあがるなんて」


「安心して。先輩たちが教えてくれるさ。ねぇ、こむぎ」


「もっちろん。よぞらちゃんもカワイイアイドルになっちゃおっか!」


「……は、はいっ! がんばりますっ!」


 まだ変身さえもうまくできていないけれど、よぞらだってみんなを笑顔にしてあげたい。

 断る選択肢は頭のなかにはなく、せいいっぱいの元気で答えた。


「……受けていただきありがとうございます。私もあまり得意ではありませんが、一緒にがんばりましょう」


 ずっと今までハレエとこむぎの話を聞いていためるくの言葉に、よぞらは大きく返事をした。

 さっそく予定表が机の上に広げられて、目を通したよぞらは目を丸くすることになる。


「次のイベント、すぐじゃないですか?」


「そちらではまだよぞらさんは登壇いたしませんので大丈夫です。新メンバーの予告をし、その一週間後にある次のイベントからよぞらの出番になります」


 めるくもこのあとレッスンを受け、練習をするつもりだという。

 もちろんあのアイドルになろうというのだから、努力が必要であることはわかっている。

 話し合いが終わったあとは、彼女と一緒に励もうと決めたのだった。



 それから、よぞらの天使(アイドル)デビューへの道がはじまった。

 時にはダンス、時には変身のイメージトレーニング、時にはゲレツナー退治を見学し、変身はできなくとも演技の完成度をあげていった。

 元より芸術への興味はあって、歌うことも踊ることも嫌いではなく、先輩たちのレッスンは厳しいこともあるけれど楽しくて、よぞらでも続けることができたのだ。


 本番の日がゆっくりと近づいてきて、気がつけば当日になっていた。

 前日に最終確認をし、疲れて泥のように眠り、そして当日の朝には追加で確認をした。

 そのせいで朝食をとる時間がなくなって、無理やり流し込もうとして気管に入りかけてめるくに背中をさすってもらうはめになったが、なんとか間に合わせる。


 会場は熱狂している。

 清廉なるものを伝え、人々を導くのが天使隊だ。

 やはり多くの人々の支持を得ているようで、イベントがはじまり、四人の先輩天使が登場していくたびに大歓声があがっている。

 舞台袖からその光景を見て、自分の頬に冷や汗が伝っているのを感じる。


 こんなに多くの人たちの前に出るのははじめてである。

 深く呼吸をしても、胸の鼓動ははやいままだ。

 もう一度落ち着いて、自分に言い聞かせる。


「……大丈夫。私だって、天使になるんだ」


 自分の憧れに近づきたい気持ちで、不安を霞ませる。

 後ろを振り返る。そこには、マネージャーとして支えてくれているハレエさんがおた。

 彼女と顔をあわせて、互いに頷きあって、よぞらは心を決めた。


 ステージのほうから新メンバーを発表するというまきなの声と、客席のざわめきが聴こえてくる。


「おいで、よぞらちゃん!」


 まきなの声に従って、思いきって飛び出していく。

 最初の一歩はためらいながら、それから先は勢いよく、だ。

 煙が噴出する演出で前は見えなかったけれど、まきなに手招きされているのをなんとか見つけ、彼女とめるくの間に立った。


 やがて煙が晴れる。

 客席の様子も、鮮明に見えるようになった。


「ほら、よぞらちゃんってば、自己紹介!」


「あ、は、はいっ! あ、あの、明星よぞらですっ、その、つまらないものですが……」


「よぞらちゃん、自己紹介だよ。それはお土産のときの言葉」


「あぁっごめんなさい、ふつつかものですが」


「そっちはプロポーズの答えだよ!」


 よぞらが恥ずかしくなるのと同時に、客席にはあたたかな笑みが広がっていく。

 まるで、猫がじゃれあっているのを眺めるような。


「では、よぞらさんもまじえた五人でのファーストライヴといきましょうか」


「はいっ!」


 何度も聴いてきたイントロが流れ、立ち位置をしきりに確認しながら心の用意をする。

 そしてついに、一曲目が始まってしまった。


 曲が始まってからはもう無我夢中で、まちがっているのかもわからないまま全力を尽くした。

 次の曲、次の曲へと、身体が覚えているままに動いていく。

 そしてアンコールを経て、最後にはお客さんの大歓声でフィナーレを迎えた。


 よぞらの頬を心地よい汗が伝い、はじめての努力がやっと報われた気がした。

 いつの間にか、目からも汗を流しているほどに。


「み、みなさん! ありがとうございました──!」


 こうしてよぞらの初出演となるイベントは大盛況のうちに幕を閉じる。


 さて。そうならよかったのだが。


 熱狂するファンたちの中のひとりの少女が、ふと目にとまった。

 彼女はいばらの絡み付いたうさぎのぬいぐるみを抱え、そして周囲の人々とは違う色の目をしていた。

 瞳の色ではなく、その目に映っているものの違いである。

 少女は、まるでクシュシュやネトリーノのように、欲望で天使を見つめていた。


「……あの子のおなか、きれいだよね。穢したい、よね」


 確かに、少女の声でそう告げられる。

 するとファンのうちの数人から赤い光が飛び出してきて、上空で膨れ上がっていくではないか。


「まさか、あの子!」


「性欲解放。やっちゃえ、ゲレツナー」


 赤い光より現れて降ってきたのは巨大なカンガルーだ。

 拳が強靭になっており、血に濡れたような赤を鮮やかに見せている。

 それはすでによぞらたちに向かって構えられているということで、こちらも戦うしかないようだった。


「明らかに私たち狙いね、さっさと退治しちゃいましょう!」


 全員が戦闘態勢に入る。

 特にまきなとめるくはすでに変身を完了させており、会場に残ったわずかな命知らずたちが盛り上がっていた。


「澄み渡る翼のクリアスカイ。エンジェル・クリア」


「燃え上がる翼のデッドヒート、エンジェル・ヒート!」


 クリアとヒートは名乗りをあげ、戦闘がはじまった。

 ゲレツナーの狙いは天使たちにあるが、危険なことに変わりなく、客席に残っていた者たちはらびぃとこむぎで避難を誘導していく。


 そのあいだにヒートがゲレツナーと激突し、血色の拳と炎色の拳が衝撃を生んだ。

 互いの腕から放たれた一撃が空気を揺らし、よぞらの肌にも振動となって伝わってくる。


 敵はどうやら腹部への殴打に執着しているらしい。

 それを読んだヒートは規格外の拳を掴んで受け止め、身長も体重も見るからに違う相手に渡り合っていく。


 そしてある時、ゲレツナーの拳速が落ちたらしい瞬間。

 血色の拳が斬り飛ばされ、宙を舞った。クリアだ。


「まー子、トドメは私でいいですか?」


「うん、見せ場は譲るよ!」


「ありがとうございます」


 ヒートと話すあいだにも、苦し紛れの拳を逸らすクリア。

 ステージ上のライトを受けて黄金色を示す彼女の剣が振り上げられ、クリアとしての衣装に使われていたエネルギーもすべてが刀身に集まっていく。

 クリアの整った肢体は、刃を振るう姿であるからこそ生まれる、芸術の美を想起させる。


「……クールハート☆スラッシュ」


 ゲレツナーが体液を漏らすより早く。

 彼女の刃は悪を裂き、ゲレツナーが獣の姿より肉の欠片となってゆく。

 幾度となく斬撃を浴びせ続け、やっとクリアが立ち止まった。すでにゲレツナーは浄化され、消滅が始まっている。


 返り血の一筋もない彼女が止まったとき、その背後でゲレツナーが浄化されていく様は、確かにこれを目当てとする人々も多いだろうと納得できる優美なものであった。


 今度こそ、よぞら初のライヴステージは、邪魔はされたものの大成功といえる。

 きっと明日は、ライヴの様子が大々的にメディアで報道され、誰よりもよぞら自身が頬をゆるませていることだろう。


「……あぁ、あんな子をいずれ殺すなんて。想像だけでぞくぞくしちゃう」


 その影で、頬を紅潮させたいばらの少女が恍惚としていたのには、どの天使も気づいていなかった。

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