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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第48話 運命の分かれ道、訪れる別れへの路

 一刻も早くファムのことを止めるべく、よぞらたち天使一行は地下道へまっすぐに向かっていた。

 その動きを地上に出ている敵も見逃さず、いくつかは追ってくる。

 しかし蘇ったとはいえ見習いには変わらず飛行能力は備えていない。

 たいていは全速力の天使たちに振りきられるだけであったが、そのうちひとつの影だけは違っていた。


「明星よぞらッ! せっかく少しだけ猶予をあげたのに、まさか脱出なんて、そんなにやられたいの?」


 追ってくるのはなつきである。蒼い炎の翼は、クルーエルによく似たものだ。

 彼女は暴走したクシュシュによってまきなとのあいだに作られた子である。

 つまり、まきなの持っていた炎の性質が負の方向に向かって発現したのが、あの翼というわけだろうか。


 いまのよぞらには、彼女に構っている暇はない。

 かといって、彼女を振りきるのもまた難しくなってくるだろう。


 このまま地下道に突入していくかと思われたとき、動き出したのはひづきだった。

 彼女はきゅうに進行方向を真逆に変えてしまい、なつきのほうへと飛び込んでいったのだ。

 なつきのことを止めるため、ここは自分が引き受けるということだろう。

 よぞらも振り向いてはいられず、ただ飛び続けた。だから、ひづきが今頃なつきを止めていてくれることを願いつつ、地下道の入り口へと飛び込んでいく。


 前回と同じ、薄暗くて不穏な空気が立ち込めている空間だ。

 このどこかにファムがいるのだろうか。

 ひとまずあたりを見回してみると、奥へと続く道の上には人影があり、そしてそれこそが探し求めているファムの姿であった。

 彼女は天使たちを見ると、先に続く闇へと誘ってくる。


 警戒を怠らずにその姿を追い、闇の中を突き進む。

 道中で牢のそばを通りすぎることもなく、ゾンビ天使が現れるわけでなく、ただ薄暗いのが続いているだけだ。

 そうしてファムにつられてゆく途中のあるとき。そこが地図にない道であることに気がついた。


 ここで案内役は立ち止まる。

 彼女が立っている場所より先はどうやら三叉路になっているらしく、ファムの誘導はここで終わりのようだった。


「せっかくだし、この先はひとりずつにわかれて決着をつけてもらおうかな……こっちがクルーエル行き、こっちがエフェメラル行き。真ん中は私とよぞらちゃんで」


「……ねぇ、ファム・ファタール。あなたは一体なにを考えているの?」


 三叉路なんて用意して、敵であるよぞらたちを案内までして。最後になにがしたいのかがわからなかった。

 そのことだけでも聞きたいと思い投げ掛けた問いに、彼女は薄気味の悪い笑顔で答えた。


「私はね……みんなの恋模様を、最高にドラマチックにしてあげたいだけだよ」


 あくまでも、彼女の目的は自分が満足できるような誰かの人生を眺めることなのだろう。

 大団円でも破滅でも楽しむファムの姿勢は、どちらにだって向かわせようとしてくるのだ。

 ここで天使たちが倒れればそれを尊び、乗り越えたならそれを讃える。

 それが、少女どうしの恋を理とする毒婦、ファム・ファタールだということか。


「……進みましょう。それしかないですから」


「えぇ、そうよ、そうよね。ここで止まるのは最悪よ」


 らびぃもめるくもそう言って歩き出した。

 どこへ繋がるかは暗くて見えないが、ふたりの表情はなんとか見えた。

 怖がっているし、不安に思っているけれど、それでも前に進むと決めている。

 大好きだった仲間と戦う運命を強いられても、歩むことを選んだのだ。


 だったらよぞらだって、ここが覚悟を決める時だ。

 この騒動の根源であり、またエーロドージアを産み出した張本人であるファムを前に、まず深呼吸をする。

 そして、精神を集中させてエネルギーを転換し、収束させ、自らの身体に纏っていく。


「……そっちは準備万端みたいだね」


 ファムは手招きをして挑発してくる。

 直後、よぞらが弓を引きそれに乗ったことで、地下道を高速で突き進みながら力をぶつけあう決戦が始められた。

 その決着こそが天使の、ひいては人々の運命を決めるものとなるのだ。


 ◇


 三叉路のうち、めるくが辿った先にあったのは闘技場めいて開けた場所だった。

 一対一で全力を以て戦えるだけは確保されているらしく、決して広くはないが狭いとも言い切れないほどだ。

 その中央には蒼い炎を背に燃やしながらあの少女が待っていて、めるくは緊張ゆえに唾を飲み込んでから彼女と目を合わせた。


「来ましたよ、クルーエル」


「ん、よく来たね。えっと、今はもうただの天使じゃないよね。あたしと同じだ」


 クルーエルはいまのめるくが天使ではなくなってしまったことを察し、お揃いだと微笑んだ。

 自分がこうなったのはまー子がいなくなってしまったせいだとまでわかってくれていたなら、めるくはもっといつもの冷静な彼女でいられただろうに。

 いまは向けられた微笑みに対しても、歯をくいしばって、うかぶ涙をぬぐうくらいしかできなかった。


「プリザーブド・クリア。それが私の、あなたと同じように天使を追放された者の名です」


「そっか……ねえ、プリザーブド。息苦しい?」


 くいしばっていた歯にいっそう力がこもり、思わず叫んだ。


「息苦しくないわけ、ないじゃないですか。あなたがいなくなって、みんなが私から離れていって、挙げ句の果てにはまー子と戦わなくちゃいけないなんて……私には重すぎる、重すぎるんですよ」


 めるくの声を聞いた目の前の彼女は頭を掻いて、目線を逸らした。

 そのとき彼女が無意識に呟いただろう言葉は「やっぱりそうか」だ。

 呟きはめるくに届かず、ゆえにあたりにはしばし沈黙が漂う。


 虚空を見つめてすこし考えたあと、クルーエルは続けてなにかを伝えようとしてきた。


「あのね。ここにいるあたしはエンジェル・ヒートじゃない。戦い続けていたいだけの冷えきった女ってわけ。

 だけどさ、もし紅まきながここにいたら、全力どうしでぶつかって乗り越えていってほしいって思うはずじゃない?」


 まるで自分がまー子ではないように。あくまでもクルーエルは冷酷な堕天使で、めるくに立ちはだかる壁であるとしたうえで、乗り越えていけと言っている。

 いや、過去の自分に言わせているのだろうか。


 そんな相手を目の前に、めるくは強く剣を握る。

 この重みは躊躇の重さだ。そして、めるくにつきまとう不安の重さでもある。

 だから、自分の身ひとつでいられるまー子が頼もしく見えたし、めるくはその頼もしさに甘えて不安まみれのまま生きてきた。


 けれど今は違う、と。頭のなかに誰かの声が響く。

 一緒に生きてほしいというわがままが、時の止まった氷に月明かりをもたらしてくれる。


 めるく──プリザーブドが剣を向けた。そうこなくっちゃ、とクルーエルも拳を構えた。

 それは戦闘開始の合図であり、覚悟を決めた証でもあった。


 炎が舞い、氷が振るわれ、ぶつかりあって互いを弾き飛ばす。

 冷酷なる拳は地を砕きながら澄んだ氷にヒビを生み、凍土に閉じ込められた剣が炎のなかに傷痕を刻む。

 プリザーブドが踏み込めばクルーエルは避けつつ反撃を用意し、今度は立場が逆転しプリザーブドが攻撃に対応することとなる。

 さらに今度は、と繰り返し、出し惜しみをせずに相手を倒そうと武器を握りしめるのだ。


 クルーエルの能力である蒼い炎は、拳にまとえば刃と打ち合えるほどの、いわば弾力を持っている。

 一方プリザーブドの能力は凍結であり、それを硬化させ砕くことができた。

 しかし凍結によって作った盾は拳には容易に叩き割られ、クルーエルの猛攻の前では無力であった。


 あるとき、プリザーブドは攻撃をさばききれず、またしても腹部へ受けてしまう寸前にまで陥った。

 咄嗟に盾を作り出しても、間に合いはしても意味がなかったのだ。

 氷の盾の次に使うのは、剣しかない。刃を向け、相手の拳をずらし、逆に懐へ潜り込む。


 それを見逃すほどクルーエルの目は鈍くない。

 膝蹴りがプリザーブドに突き刺さって内臓に衝撃を走らせ、同時に接触した瞬間から冷気が凍傷を生んで脚を侵食する。

 燃やせば無理やり対処できることで、クルーエルはむろんそうする。天使だった身の白い肌が焦げ付き、黒くすすける。


 身体には何ヵ所あるのかわからないほどの痛みが走る。

 相討ちがいくつも続き、どちらが勝者があると考えても想像がつく死闘が繰り広げられているのだ。

 お互い、限界が近づいていることも、決着が近いこともどこかでわかっていた。


 ゆえに、クルーエルもプリザーブドも同時に大技を決めにかかる。

 天使とは方向の違うエネルギーが収束し、武器へと集い、そしてぶつけ合うことになっていくのだ。

 剣が深紅に、そして拳が蒼く輝きを放つ。相手への想いを伝えるがごとく、その輝きは目の前の少女を象徴する色を呈し、それが止めの一撃になろうと唸りをあげる。


「プリザーブドハート★インパクト」


「クルーエルハート★スラッシュ」


 告げられた技の名の通り、冷気が純粋な力の衝撃となり、熱気はまるで刃のように鋭く向かっていく。

 ぶつかりあって火花が散って、あたりの地面を抉り、そして薄暗い洞窟を赤と青に染め上げるほどの光が放たれ、最期には爆風となってふたりの少女を飲み込んだ。


 爆風が晴れても、ふたりは見つめあって立っている。

 ぼろぼろでいながらも、まだ闘志は絶やしていない。

 しかし、先にその脚が限界を迎えたのは、クルーエルのほうだった。

 地に膝をつき、口もとを流れていた血をぬぐい、楽しそうに言う。


「めるく、強くなったんだね」


「……立ち止まってしまったときも、もう嫌だと思ったときだって、たくさんあったんですよ。

 でも、よぞらさんが一緒に生きてくれるって。私は、知ってるんです」


「あーあ、なにそれ。うらやましいなぁ、めるくってば」


 力が抜けたのか、まー子は一度よろめくと床に転がったまま起き上がろうとしなかった。

 そのまま胸元をはだけさせ、そこに燦然と輝く赤い石を露出させる。

 これが、ファムが彼女を蘇らせる際に埋め込んだというもののようだ。


「こいつを壊せばあたしは消える。お願い、してもいいかな」


 めるくはまー子の言う通り、剣を突きつける。

 その石を叩き割るのは簡単だが、めるくにとっては決してそうではない。

 突きつけたままで、時が流れる。


 このまま覚悟の時まで、なにもなかったならふたりは見つめあっていただろう。

 めるくもまー子も、ここに更なる来訪者があるとはまったく思っていない。

 しかし、この部屋を訪れたものは、たしかにあった。


「……おかあさん、だ。ねえ、おかあさん、だよね?」


 クルーエルによく似た髪色と翼をもった少女が、迷いこむように、ふらりと姿を現した。

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