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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第47話 ボクと僕の逢瀬に名もなき花を

 まひるとみなもと別れた双子天使は、らびぃと通信をつなげ、なんとか合流に成功した。

 後輩ふたりに頼まれて訪れたらしいひづきを加え、天使が6人。

 これだけいれば手分けして捜索を行うこともできそうだ。


 ひとまずよぞらたち一行は近隣の建物を借り、いったん休憩と情報交換を行うことにする。

 傷は応急措置程度になるが、らびぃの注射器から自然回復を促進する薬液を出してもらい、それを慎重に注射して安静にするほかない。

 元より早い天使の治癒力なら、そう長い時間はかからないはずだ。いま高く昇っている太陽が傾き、沈むころにはめるくも万全に動けるだろう。


 回復を待つあいだは、ただ待っているだけでなく、互いが持つ情報を共有する時間とした。


 よぞらたちからは、まきなとこむぎが敵に回っていることが。

 せれすとえりすからは、後輩天使たちの行方が。

 そしてひづきからはこの状況を打破するためになにが必要かが告げられる。


 特に重要なのはひづきの言葉だ。

 彼女が言い出したのは「蘇らされた天使たちにはみな真っ赤な宝石が植えつけられている」ということ。

 じっくり見る機会はなかったが、思い返せば心当たりはある。

 もしかすると、その宝石がこの騒動の原因なのかもしれない。


「それに、あれだけの量に言うことを聴かせるための司令塔とか、物量を確保するための製造施設があるって、この地図にはある」


 ひづきが取り出した一枚の紙は、まひるとみなもがエーロドージアからこっそりと持ってきたあの地下道の地図だった。

 たしかに、ふたつに分かれている地下道のとある一画には「製造室」という見るからに重要そうなマークのついた部屋がある。

 その停止、および破壊を目指して行動していけば、きっと解決に繋がるはずだ。


 方針は決まった。

 あとは回復を待って、出撃するだけだ。

 よぞらはじっとしているのは得意ではなかったが、めるくとの逃避行で仮眠くらいは身に付けている。

 ソファに横になって目を閉じ、そこでいったん意識を眠りの海に沈めていった。


 それからしばらく。よぞらが目を覚ますころにはもう日が暮れ始めていて、あわてて出発することになってしまったのだが。


 ◇


 地下道への再突入は脱出のときに使った抜け道を用いて行われた。

 せれすとえりすが囚われていた、クルーエルとエフェメラルが番をしていない側のエリアに製造室とやらはあるようで、天使たちがせわしなく駆け回っている。

 よぞらたち一行は見つからないよう物陰に隠れつつ、必要であればひづきが触手を相手の足にひっかけて転ばせたりもして、確実に進んでいった。


 警備はたしかに厳重だが、地図のおかげですり抜けられる道を選ぶことができた。

 交戦などで大きく消耗することなくたどり着くことができたのは大きな収穫だ。

 あとは目の前にある重い鉄の扉を開けば、その向こうに製造の現場があることだろう。


 みんなで顔をあわせ、合図を送りあう。

 前に出るのはせれすだ。思いっきり振りかぶって、次の瞬間には大きなハンマーが扉を吹き飛ばす。

 大きくへこんだ扉はそのまま奥へと飛んでいき、なにやら巨大な装置のふもとに落ちた。


 あれが製造のための機械だろうか。一行は警戒しつつも足を踏み入れ、製造室の内装を見回した。

 中央に置いてある大がかりな機械があるのみで、広めの空間が広がっているだけのようだ。

 あれを壊せば、敵の増殖を止められるか。

 すぐにでも実行に移るためにさらに奥へと進もうとすると、ふと、足音のほかに後方から駆動音がしているのに気がついた。


「残念、遅かったな天使サマたち!」


 製造室の照明がつき、装置が明るく照らし出される。

 それと同時に、さっきまで感じられなかった気配が多量に姿を現し、いつの間に囲まれてしまっている。

 大量のゲレツナーどもと、ネトリータにバラバローズが待ち伏せしていたらしい。


 さらに、後方からしていた駆動音の正体もまたわかってしまう。

 製造室を地下道から切り離すべく、壁が降りてきているのだ。

 真っ先にせれすが飛び込んで一撃を食らわせるが、鉄の扉なんかより頑丈に作られているらしく、傷ひとつつけばいいほうであった。


「せっかくここまで来たんだから……いいことを教えてあげる。死んだ天使の兵隊に埋め込んである石は、生命力とともにあの毒婦の司令を届ける役割があるの。だから、ファムを倒せばこの襲撃は止まるかも」


 バラバローズの言うそれはたしかに有益な情報だ。

 が、状況はそれを得たことで喜んでなどいられない。

 もし壁によって遮断されてしまえば、脱出には時間がかかりすぎる。


 かといって誰もこの装置を破壊しようとしなければ、ここにいるエーロドージアたちは戦力を増やし再び天使たちの前に立ちはだかってくるだろう。

 そうすれば、ゲレツナーによって巻き込まれてしまう人々も増えてしまう。天使として、地上に解き放つわけにはいかない。


「つまり、あいつが言いたいのは誰かがここに残って戦うしかないってこと」


 ひづきの言葉に、沈黙が皆の間に立ち込める。

 だが迷っている暇はない。こうしている間にも壁は降りており、迷っていれば事態の解決が遠のいていく。


「じゃあ僕たちが残る。いいよね、せれすちゃん」


「……うん。えりすちゃんがそう決めたんなら、付き合うよ」


 残る敵にはファムをはじめとして、クルーエルとエフェメラル、そしてなつきと天使が決着をつけなければならない相手がまだ居る。

 なら、それらに関係のない奴が残ればいい。

 そういって、双子の天使は前に出る。


「大丈夫、心配しないで。僕たちは強いんだから」


 よぞらたちだって、ここに残って戦うことがどういうことかはわかっている。

 これだけの量のゲレツナーと、さらにふたりのエーロドージアを相手にするなら、まず間違いなく限界まで戦い続けなければならない。

 もしかしたら、ふたりとここで別れたら、もう会えないかもしれないのだ。


 それでも、誰かがその役を背負わなければ、未来は暗雲に覆われる。


 らびぃの脳裏にはこむぎが散ったときのことがよみがえるし、めるくだってなぜまきながあんな最期を迎えたのか思い出してしまうだろう。

 でも、それを押し込めて進むしかなかった。


「あーもう、じゃあこうしよう! また会えたら、みんなでお祝いに歌って踊って、せいいっぱいはしゃぐって!」


 せれすはそう言いながら、みんなの背中をおもいっきり押した。

 えりすもまた、ぎこちない笑みでみんなを見送る。


 それからよぞらたちは、後ろを振り向かずに駆けるほかなかった。

 逃すまいと向かってくるゲレツナーをあしらい、製造室から飛び出すと、脇目もふらずに飛んで、飛んで。


 決着の舞台となるもうひとつの地下道へと、向かっていったのだった。


 ◇


 その場に残ったせれすとえりすは、数えきれないほどにうごめくゲレツナーどもの大群と対峙していた。

 せれすは自分よりも大きな槌を構え、えりすは手に装着された鋭い爪を敵に向ける。

 ふたりとも、この量を相手に無事でいられるとは思っていない。

 でも、隣に大好きな人がいるのだから、それでも不思議と不安はどこにもなかった。


「……やっちゃえ、ゲレツナー。ふたりはどこまでもってくれるかな?」


 バラバローズの指示を受けて、たくさんの怪物がいっせいに向かってくる。

 せれすとえりすもまた、その波を迎え撃ち、飛び込んでいく。


 えりすはゲレツナーが追い付くより先に敵を引き裂き、迅速に敵を片付けていった。


 一体を切り裂けば、また次の奴に爪を突き立て、刃が通らない奴は通る場所を無理にでも見つけて切り裂いていく。

 全身が金属で覆われたサメは口に飛び込んで身体の内側から引き裂いたし、甲冑に身を包んだ騎士めいた敵は手にした槍を奪って突き通せば膝をついた。

 三つの頭を持った犬は丁寧に三度も首を刈ってやり、上半身がマネキンの人魚はきれいに捌いて撃破した。


 せれすの槌も負けず劣らず、一撃の重さで一気に勝負を決めていく。


 叩きつける衝撃をぶつけ、ひるんだ相手がいれば叩き潰し、いなくても怯ませて潰す。

 既に上空をちょこまかと動き回っていた機関銃のついたハーピーは地面にめり込んでいるし、蛇口の化け物は水を出す部分がひんまがって使い物にならなくなっている。

 全身を鋭い刃物にして対抗してきた蟷螂の刃は全部叩き割ってやり、黒衣の男らしいゲレツナーはハンマーが通じなかったぶん肉弾戦で組伏せ、片っ端から人体の弱点を突けば動かなくなった。


 振り回されるハンマーは一度にたくさんの敵を吹き飛ばし、その隙に鋭い爪が首をかっ切りとどめとする。

 確かにゲレツナーの数が減少していき、浄化されて消えゆく骸もほとんどなくなっていき、せれすとえりすは優勢なように思われた。

 だが、問題はここからだ。


 ネトリータとバラバローズ。消耗しているいま、このふたりを同時に相手できるだろうか。

 万全だったら翻弄する自信くらいあったのに、とこぼすせれすに、えりすはまだ大丈夫と言い聞かせ、次なる戦闘に突入する。


「追い込まれた子猫ちゃんは……ってやつだな。いいぜ気に入った、今ならお前たちのどっちか、俺の処理道具になれば助けてやるが。どうする?」


「そんなの、聞かれるまでもないよ」


「だよな、じゃあ蜂の巣にしてから愛でてやるよ!」


 えりすに向かってきたのはネトリータだ。機銃を武器とする彼女は縦横無尽に乱射してくるうえ、ゲレツナーは細やかな銃弾など平気な様子でえりすを追ってくる。

 なんとか彼女の攻撃範囲から外れ続けてはいるものの、体力はそう続かない。


「……わたしはあいつみたいなことは言わないよ。だから、安心して悲鳴をあげてね」


「泣き言を吐くのはそっちの方になるかもねっ!」


「ふふ、そうだといいね?」


 バラバローズが繰り出してくるイバラの鞭は軌道が読めず、防御は衝撃波や薙ぎ払いで無理やり行うことになる。

 当然それで間に合うはずもなく、しだいにせれすの身体には血がにじんでいく。

 当然、イバラにびっしりと備わっている棘たちは痛みを与えるために肉をえぐるような形をしており、傷のひとつひとつに悲鳴もあげたくなるだろう。


 さらにはそれがえりすの方にも伸び、銃弾の雨の間からさらに狙ってくる。

 足をとられてしまったえりすの身体にはいくつもの弾痕ができ、なんとか立て直して銃撃をはじいても痛む身体は治らない。


 ふたりは一か八かと飛び退いて、ふたたび背中合わせの格好となった。

 銃を構えたネトリータと、鞭をしならせるバラバローズ。

 互いの荒い息と心音と、そして体温がつたわるように密着し、心を通わせる。


 限界は近づいている。だから、せいいっぱいできることをしよう。


「せれすちゃん」


「えりすちゃん」


 そこで交わした言葉は、互いの名前だけ。

 たしかに響いた声を胸に、動き出す。


 狙いを定めたのはネトリータのほうだ。せれすのハンマーが銃弾の数々を防ぎながら進み、いくつかの傷を受けつつも攻撃を届かせることに成功する。

 手にしていた散弾銃が破損し、ネトリータ自身も大きく吹き飛ばされていく。


 バラバローズが黙って見ているわけもなく、数本のイバラが追ってくるが、それはえりすが引っつかんで切断し、持ち主の絶叫とともに進撃は止み、ネトリータへの攻撃は続いた。


 まさに好機が訪れた。

 追って放った振り下ろしを避けられても、えりすがカバーに入り、空中で一瞬組み合ったのちに投げ飛ばす。


 部屋の奥に鎮座する機械に激突したネトリータ。

 恨めしそうな目を向けてくる彼女だが、その目にはすでに振りかぶられた鋭い爪が映る。

 えりすの迅速な追撃を前に、ネトリータはもはや逃げ切れない。


「……ちくしょうがッ、調子に乗りやがってこの天使風情がよ!」


 自棄になって力をこめたのはすでに壊れた散弾銃だ。

 本当ならすでに使い物にならないのだろうが、このときは違っていた。

 せれすとえりすと同じで、ネトリータもまた追い詰められたことで力を発揮しようとしていたのだ。


 えりすは気づくのが遅かった。

 ネトリータが最後の抵抗に作り上げた発射器からは、彼女の持つすべての怒りと欲望をこめた弾が瞬く間に放たれ、炸裂しようとしていたのだ。

 えりすの回避はもはや間に合わず、もし間に合うものがあるとすれば、それはえりすが望まないものしかない。


「……せれす、ちゃん?」


 爆風の中にあったのは、その望まない未来であった。

 襲い来る災厄を察知して咄嗟に武器で叩き落とそうとしたのだろうが、せれすのハンマーでは弾を捉えきれなかった。

 せれすがえりすを助けるには、自らの身体で受けるほかなくなってしまったのだろう。


 彼女の身体は下腹部が炸裂によって喪われており、脚はちぎれて転がっている。

 残る上半身がえりすに抱きついて、かろうじてわずかな命を残していた。


「……ほら。そんな顔して、どうすんのさ。えりすちゃんがみんなを守るなら、ボクがえりすちゃんを護るんだって、言ったじゃん……? えりすちゃんは大丈夫、ボクたちならやれるよ……でしょ……?」


 せれすの身体から力が抜けて、床に落ちた。

 世界に沈黙が流れ、そして下劣な笑い声が静けさを乱す。


「……やった、やった! おいバラバローズ、見てみろよ、おい……へ?」


 しかしその笑い声も長くは続かない。

 自分の身体の一部を切断されたバラバローズが、ネトリータへとその残骸をすべて突き刺したのだ。

 ネトリータのエネルギーを利用して身体を再生させ、さらにその吸い上げた残りをゲレツナーとして天使に向かわせるべく、彼女は内部をかきまわす。


 すると幼い少女の身体からはたくさんの異形が分離し、やがてネトリータは影も形もなくなっていき、笑い声だけを産み出したものどもに受け継いで消え去った。


 戦いは続く。でも、遺された少女は涙を流さない。

 大好きな人の持っていた武器を受け継ぎ、しっかりと握るのだ。


 まだせれすの体温は残っている。

 双子の天使は、一緒に戦っている。


 イバラの道が終わりを迎えるのが先か。

 棘どもが少女の身を削りきるのが先か。


 その行方は、いまはわからない。

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