第43話 呼び起こせ、僕とボクの出会いの軌跡!
ネトリータを撃退し、戻ってきためるくたち。
相変わらずせれすとえりすのあいだには緊張が走っており、会話は一言もない。
立ち込める険悪な空気におされ、めるくもまたなにも言えなかった。やっと言葉を発したのは、まずえりすであった。
「隊長、次の出現予測は?」
「え、あ、いえ、おそらく解析中かと」
「そう」
明るいせれすがフレンドリーにあいだに入ってくれていたら、もっとえりすとも話せたはずだ。
彼女は無愛想で、決して小さくないめるくよりも大きな体躯で、なにより瞳に光がないゆえにちょっと怖い。
本来ならえりすをやわらかくしてくれるせれすのほうはなにもない場所を見つめて、黙って頬をふくらませている。
ものすごくきまずいため、めるくでもこのままでいると息がつまりそうであった。
「ふ、ふたりとも、自室での待機をお願いします。私はよぞらさんとともにゲレツナーの追跡にまわりますので……」
そう告げると、いう通りに解散してくれて、なんとかあの重苦しい空気から解放される。
しかし、その直後にめるくが思い出すのは、とある事実だった。
せれすとえりすは仲がよかったため、ふたり一緒で大部屋を使っている。
そのため、ふたりは結局いっしょにいるままだということになる。
失敗したと思いつつも、なかば諦めてしまっていためるくはそのまま社長室へ向かったが。
◇
一方、よぞらは社長室の机に突っ伏していた。
ゲレツナーとの戦いのあとよりもすさまじい疲労感のなか、仮眠室へ移動する気力もなく、そのまま眠りかけていたのだ。
めるくのひんやりした指に頬をつっつかれたことで目を覚ます。
安堵の息をつきつつ、気が気でないようすの彼女を視界にみとめ、よぞらはなにかあったのだと察知した。
「た、大変です、よぞらさん。せれすさんとえりすさんが、その、仲が悪くなってしまいまして」
話がみえてこなかった。
仲が悪くなった。しかも、よりにもよってせれすとえりすが、だという。
エーロドージアの仕業としか考えられず、そうかと聞くとその通りであった。
聞けば、まだ親睦を深める前に精神を戻してしまうという能力をもったゲレツナーが現れ、その影響を受けてしまったのだという。
いまの彼女たちは口もきかずにらみあっていると聞き、よぞらは驚いた。
あんなにべたべただったふたりがよそよそしいどころかにらみあうなんて、考えたことすらなかったからだ。
ゲレツナーの居所はらびぃに頼んで、そのうちにふたりのことをもっと知っておくべきかもしれない。
「こむぎさんがいればなにか知っていそうでしたが……あいにく、私は別動隊とは関わりがなかったもので」
別の天使隊の事情なんて、よぞらも知らない。
それらしい名前ならさきほどの書類群のなかに書いてあったり、声だけなら電話越しに聞いたことがあったにしても、姿がわからない。
らびぃはこむぎに連れられていろんなところに知り合いがいるかもしれないが、彼女が天使になったのもたった一年前だ。
せれすとえりすの過去までは、きっと知らないだろう。
よって、天使隊でなかったとしても、別動隊のことまでずっと前から追っていそうな人物が必要になってくる。
たとえば、天界社が全面協力しているイベントに、毎度MCとして出演しているような。
「……あっ!」
よぞらは知っていた。
思い浮かべたとおりの人物を。
「めるくさん、早急に連絡をとります、そのあいだにらびぃさんに解析を頼んでください!」
連絡先は書類の中にあった。次回イベントの打ち合わせについてのときに使ったと記憶している。
自分の頭を頼りに数字をたたき、電話がつながると、顔をみなければ親しみがある声が聞こえてきた。
「おう、よぞらちゃんか。今度は何か用か?」
「はい、聞きたいお話がありまして……お時間ありますか?」
電話をかけた相手は今ならちょうど暇であると返事をしてくれた。
待ち合わせ場所は、かつて打ち合わせに使ったカフェでいいだろう。
話がつくと、よぞらは同じく連絡を終えためるくのほうを向く。
顔をあわせたふたりは、まず互いに親指をたててみせ、それから出発の準備をするのであった。
◇
前回も見た光景と、やたらと焦る店員さんに案内され、彼の待つ席へ赴いた。
相変わらずいかつい見た目をしていて近寄りがたい。彼の人となりを知っていれば警戒しないですむが、やっぱり話しかけにくいのはある。
それでも、よぞらは思いきって声をかけなければならなかった。
「あの、お待たせしました、ドジさんですよね」
「お、よぞらちゃんにめるくさんまで。久しぶりだね」
スキンヘッド、サングラス、ダメージジーンズ。
そしてきらめく黒のなかに天使隊公式の翼のロゴが入った革のジャンパー。たしかこれは限定商品だった気がする。
そんな格好の男『ドージンス来生』が、今回の目的の人物だった。
「36話ぶりの登場だからね、つい気合いいれてきちゃったよ」
その格好は気合いが入っているものなのか。
たしかに限定品だから、勝負服に含まれるのかもしれない。
なにより本人がそういうのならそうなのだろう。
それはそれとしてめるくとともに席について、本題に入ることとする。
さっそく話題を提示すべく「せれすとえりす」の名前を出すと、ドージンスの目がサングラスの奥で光ったような気がした。
「せれえりいいよね……」
「あ、本で見ました。それ、カップリング名ってやつですよね」
よぞらがそういった瞬間、めるくがぼそりと「ヒナタさんはどんな本を与えていたんでしょう」と呟いた。あれはどういう意味だったんだろう。
とにかく、その馴れ初めを聞きたいのだというと、ドージンスによる「せれす×えりす」の話が始められる。
ふたりの出会いは生まれてすぐだったとまず明かされて、めるくもよぞらも彼の話に集中していった。
◇
ドージンスたち一般人には公開されていないことだが。
天使たちは人間と同じようには出生していない。
天界社が初代のころから研究を続ける、人工受精やクローン技術などによって生まれてくるのだ。
せれすとえりすは、そのうち隣り合った水槽で胎児のころを過ごした。
ゆえに一緒に教育を受けるグループになり、ともに成績もよく、教官にも一目おかれる存在だった。
成績トップこそ同期の「穣こむぎ」だったが、そのすぐ下をせれすとえりすで争っていたのである。
さて、そんな二人組の仲はというと、まったく深くはなかった。
当時から不器用で無愛想だったえりすと、負けず嫌いではしゃぎたがりなせれすは接しないほうが互いに楽だとわかっていたのだ。
せれすは他の友達と盛り上がっていたほうが楽しいし、えりすもまた静かで最低限の友好関係で満足していた。
また、成績争いは常に白熱し、心の底にライバル意識が住み着いていたのである。
そんなある日のことだ。
同じチームとしてイベントの警備任務についていたせれすとえりすは、ゲレツナーの襲撃に出くわしてしまう。
当時はじまったばかりだったイベントの会場は大混乱になり、見習いにもその魔の手が伸びていった。
状況は絶望的でしかなかった。
見習いの天使がせれすとえりす含めてたったの四人。
対して、敵は四人の身長をあわせたよりも大きい。
勝ち目はゼロに等しく、それでも決断しなければならなくなったのだ。
「ここはボクたちに任せてみんなの避難を優先して」
「僕たちなら、きっと大丈夫だから」
ライバルであるということは、相手の実力をみとめていたということだ。
いざというときに手をとれないはずもなく、ふたりはゲレツナーを引き受け、そして初変身への覚悟を決めていくことになる。
◇
「えっと、それでいつ仲良くなったんですか?」
「あぁ。それはだな、ある時ふたりで戦っていて、ハーベストがピンチになったとき……」
ドージンスの話はまだ続くようだったが、めるくの方で通信が届いたようで、らびぃの声が聴こえてきた。
「ゲレツナーよ! 今から送る座標に、すぐに向かって!」
話の最も肝心な部分が聞けていないが、さっさと解決してしまいたい。
仕事か、とだけ聞いてきたドージンスに頷いて答え、カフェをあとにする。
示された座標へは、翔ばなければ時間がかかる。
それぞれの翼を広げたふたりは、空の移動を急ぐことになった。
◇
ゲレツナーは想像以上に強力になっており、先に向かったハーベストとアップルは防戦を強いられていた。
一度負けかけた反省を生かしてか別のゲレツナーを融合させているらしく、三頭のリーゼント犬であるだけではなかったのだ。
胴体の後部がビーバーの頭から脇にかけてに置き換わっており、むりやり縫い合わされた痕跡がある。
さらにビーバー側の頭部には電極が突き刺さっており、無理な改造ゆえかどちらも白目をむいており、無秩序に暴れまわっている。
ふざけているだけでなく冒涜的になった見た目のゲレツナーは、あたりに地面と同じ材質の壁を大量に作り、ハーベストとアップルを分断させてくる。
さらに相手の攻撃では割れるのに、特別な性質なのかハーベストの大槌の一撃でも破壊できなかった。
天使のエネルギーをこめても結果は同じで、ゲレツナーを誘導して割らせるほかにない。
しかも、リーゼント部分が非常に硬く、攻撃はまったく通らない。
かなりの強敵であると言わざるを得ないだろう。
とにかく回避を続けようとするが、壁の出現がうっとうしく思うように立ち回るのは難しい。
体力が削られてしまったハーベスト。彼女はあるとき回避しきれず、飛び込んできたアップルに抱えられてぎりぎり助かった。
そのアップルが今度は標的になり、飛び散る欠片までは予測しきれずかわせない。今度はハーベストがハンマーを振り下ろし、欠片には欠片をぶつけることで難を逃れた。
それでも猛攻は終わらない。
迫ってくる攻撃の数々に押され、壁は行く手をはばみ、追い詰められているのがたしかにわかってしまう。
どうすればこの状況を打開できるかなんて見つからず、しかしもう尽くせる手もなくなりつつある。
それを自覚した瞬間、ゲレツナーの鉄拳の一撃が迫り、また手の力が抜けてしまう。ハンマーを落としかけたハーベストは、あわてて繕っても迎撃には間に合いそうもない。
またしてもハーベストを助けたのはアップルであった。
今度は本当に身体で受け止めており、強すぎる衝撃に血を吐くがその場に踏みとどまっている。
その光景は、ハーベストの心にいちど辿ったはずの歴史を取り戻させる行動だった。
「……僕の身体が大きいのは、きっとこうしてみんなを守るためなんだ」
脳裏に浮かぶ映像でも、アップルは同じことを言っていたはずだ。
そこで自分がなにをしたのか思い出す。
彼女が絞り出した声に、仲良くなれないと思っていた自分がばかばかしくなって、こう言い返したんだ。
ゲレツナーの次の攻撃が迫っている。そこにハンマーを思いっきりぶつけて止め、どころか押し返し、アップルに手を差しのべる。
「だったら、ボクの武器がこんなに大きいのは、きっとみんなを守るやつを護るためなんだから」
相手の心を知るまでは、よけいな意地をはっていた。
けど、その邪魔なプライドを取り払ってくれたのは、えりすの決死の行動だったのだ。
全部を思い出して、手をとりあえば、もう離れない。
せれすが好きなのは、自分がぼろぼろになってでも誰かを守りたいと思う心の優しいえりすだし。
えりすが好きなのは、その心優しさが生むつらさを一緒に背負ってくれるせれすだ。
ゲレツナーの影響を打ち破ったふたりに敵はなく、手のひらを通してめぐる光は加速して、やがて想いの強さは前に進む力になる。
「いくよ! アップル!」
「おっけー、ハーベスト」
黄金の輝きがアップルをつつみ、紅い閃光がハーベストをつつむ。
輝きによって弾丸になったアップルは、閃光によって砲台になるハーベストに身を任せ、いくつもの壁に遮られたゲレツナーへの最短ルート目掛けて放たれる。
「ツインハート☆シューティングスターッ!」
流星を止められるものはなにもない。
せれすとえりすの想いくらいにまっすぐで、壁を貫き、迎撃してくるゲレツナーの拳まで打ち砕いていく。
ぶつかりあう衝撃波がゲレツナーの身体をひび割れさせ、ついに形を保っていられなくなった敵は崩れて消え去るのみだ。
その瞬間、ふっと霧が晴れるように、あるいはパズルのピースがはまるように、せれすとえりすは自分達が積み上げてきた思い出を取り戻すことになる。
ネトリータの野望は潰え、双子の天使はふたたびべたべたなまでの関係に戻ったのである。
「あ、えりすちゃん。あれ、隊長とよぞらちゃんじゃない?」
「本当だ。全部片付いたよって、報告しなきゃ」
上空から降りてくるめるくとよぞらに、今日のところは出番がなかった。
いや。元より、この試練は双子だけで切り抜けられると決まっていたのかもしれない。
仲間を迎え、またいつものように笑うせれすとえりす。
それを見た誰かはきっと、やはり仲のいいふたりを微笑ましく思うのだろう。




