第42話 いいこと思いついちゃったかも
天界社内の環境が大きく変わる一方で、エーロドージアたちもまた拠点を移して活動の準備を行っていた。
こむぎの排除によって動きやすくなったうえ、ヒナタとよぞらの激突があった。
仕込みをするなら絶好の時期であったのだ。
しかしファム・ファタールがそれらに奔走しているあいだ、ほかの幹部にはすることがなかった。
彼女がだいじにしているまひるとみなもには手を出せず、煮詰まっていたのがネトリータとバラバローズだ。
うちバラバローズのほうはこむぎ戦で受けた傷がひどく、まともに暴れられない。
ネトリータだけでうろつきはじめ、そして先日の双子ライブを運よく見つけて乱入したのだ。
結果は、むろんネトリータの敗北に終わった。
抑圧された欲望をうまく発散もできず、逆にあの双子に対して苛立ちまで覚えはじめたのである。
ストレスを溜めて帰ってきたネトリータは、何度かものにやつあたりし、通りがかりの女学生を路地裏に連れ込み好き放題し、いったんは落ち着いた。
「その様子。派手に負けてきたの?」
バラバローズがにやついて話しかけてくる。
お前だって天使ひとり仕留めるのにそこまでぼろぼろになってるだろ、と反論しようとして抑え込み、頷くだけにとどめる。
いまのネトリータは数回達したあとだ。いつもより冷静であった。
驚いた顔をして、ベッドの上のサディストが起き上がる。
そういうことなら協力してやらなくもないといって、治癒しきっていなくともいつも通りに迸る情欲を茨のうねりとしてみせてくる。
なにか考えがあるのなら、乗ってやろうではないか。
「その双子って、ハーベストとアップルとかいうのだよね」
「そうだぜ、あのとき俺たちを苦戦させた」
「うん、知ってる。いかにもボクたち付き合ってますって感じの……あは、いいこと思いついちゃったかも」
いつものバラバローズらしい、恍惚とした笑みが浮かべられた。
「あの子たちに仲間割れさせたらぁ、とーっても面白そうじゃない?」
彼女の口から飛び出す欲望の片鱗はネトリータにとっても惹かれるものだった。
たしかに、あいつらが潰しあっていれば、そこに挟まる楽しみも増え、屈伏させる悦びも強くなるだろう。
その欲望がすっかり欲しくなったネトリータがする行動といえば、エネルギーの受け渡し、即ち粘膜接触である。
絵面だけを見たならば美少女どうしでの口づけが交わされた。
それは、欲望にまみれた卑しいものであり、また天使を害するという意思に満ちた邪悪なものでもあった。
◇
警報が鳴り響いた。
せれすとえりすがネトリータに遭遇してから一夜明け、よぞらの仕事は追加された結果終わりが見えていないころ。
管制室のモニターに張りついていたらびぃから、せれすとえりすに連絡が入った。
昨日に続き、ネトリータの出現のようだ。つまりふたりのことを狙っている可能性が高い。
すぐにめるくが駆けつけて、共に出撃することで話が決まる。
実のところ、めるくとはあまり話したことのないせれすとえりすだが、きっとなんとかなるだろう。
三人の天使が飛び立ち、現場へと急行する。
と、そこではすでにゲレツナーがおり、ネトリータもまた手持ちのマシンガンで破壊活動を行っていた。
「そこまでだよ、変態やろー!」
「僕とせれすちゃんが来たからには、これ以上やらせないから」
ハーベストとアップルはすでに戦闘形態で、ゲレツナーもそれに気がつくと目標を変えてくる。
相手は三頭を持つ猛犬の姿をしているが、それぞれに立派なリーゼントが備わっており、左右の二頭を腕に見立てボクシングのような動きをみせている。
いきなり振り下ろしてきたそのリーゼントは鋼鉄よりも堅いらしく、回避したアップルのいた場所には大きく地面を抉った跡ができている。
また、次の一撃を咄嗟に武器で迎え撃ったハーベストも、その一撃の重さを知ることとなった。
すんでのところで押し返すことができたが、次もうまくいく保証はない。
回避を念頭におき、今度は接触を避けて立ち回る。
ネトリータの銃弾も迫ってくるが、そちらにはめるくが抑えにかかり、すぐに障害はなくなった。
ゲレツナーの攻撃は強烈で、避けても飛び散る破片や逃げ遅れた市民に注意を払わなければならない。
なら、攻撃をさせないという選択肢をとる。
二手に分かれ、そのうえでハーベストが挑発に地面をハンマーで叩き、囮となることを選ぶ。
残るアップルは狙いを研ぎ澄ませ、ゲレツナーが背を見せた瞬間に飛びかかっていく。
力を武器である爪にこめて、突き立てるのだ。
確かな手応えとともに、作戦は成功した。
ゲレツナーの胴に突き刺さった刃がそのまま毛皮をすべるように裂き、ついにその猛攻が止まったのだ。
あとは一気にとどめをさすだけ。
ハーベストもアップルもそう判断し、必殺技の体勢に入る。
「今だぜ、やっちまえッ!」
そこで飛び込んでくるのは、めるくに止められていたネトリータの高らかに叫ぶ声と、突如発光をはじめたゲレツナーの持つ三つのリーゼントである。
拳で語り合う一昔前の不良といったふうな印象を受けるそれらは、放つ光をより強くし、やがて視界を奪うまでに至る。
突然のことで回避が間に合わなかったふたりは、発光攻撃をまともに浴びてしまった。
めるくが咄嗟に放った氷によってゲレツナーの追撃は避けられ、幸い外傷はない。
が、問題は目に見えない場所で起こっていたのである。
「大丈夫ですか、ふたりとも!」
ネトリータにつかみかかるめるく。さっきの攻撃について問いただそうとするが、相手は笑うばかりで答えない。
なぜ笑っているのかは、すぐにわかることになる。
ハーベストとアップルのようすが明らかにおかしいのだ。
いつもなら互いに背中を預けあって、あわよくば手をつないでいるだろうに、いまはなぜか警戒しあっているようにしか見えないのだ。
「なんだかわかんないけど、このでっかいのと一緒に戦うなんて。せいぜい足引っ張らないでよ」
「それは僕の台詞。ちびせれすこそ、僕の邪魔しないでね」
この状況が交戦中とはわかっていても、互いへの好意をどこかへ置いてきてしまったのだろうか。
冷たい目線がかわされたのち、再びゲレツナーとの戦闘に突入する。
「ハハッ、馬鹿め! まだ疎遠だったり険悪だったりするころに精神を戻してしまうこいつの攻撃を食らって、息が合うわけがないだろ!」
ご丁寧に説明してくれるネトリータ。
その内容が自分達のことだと思っていないハーベストとアップルは、迷わずゲレツナーに向かっていく。
それぞればらばらに動きながらも、確かに自らの得手と不得手を理解しているらしく、ゲレツナーに一撃ももらわない立ち回りで戦闘が続く。
しかも、互いに声をかけることもしていないのに同時攻撃を仕掛けたり、明らかにゲレツナー側が不利だった。
追い込まれていることに気がつき、ネトリータの様子も変わる。
「な、ちょっと待てよ! 話が違うだろ、なんなんだお前ら!」
「僕たちからすれば」
「あんたのほうがなんなのよって話!」
作戦が思わぬ大失敗に終わったネトリータは、いつもよりは険悪な双子天使を前に、逃げ出すほかない。
めるくの隙をついて銃撃をする、ように見せかけた彼女がとったのは、むろん逃亡という選択肢だった。
逃げる敵へと追撃を与えるべく、またゲレツナーを逃さぬようにハーベストもアップルも迫っていく。
狙われるほうはそれを受け、自分よりもはるかに大きな体躯であるゲレツナーをかばい、守り通そうとしはじめた。
「っく、こいつがやられたら元に戻っちまうってのに!」
状況を打開する方法は、他でもない原因のネトリータから告げられる。
迅速な事態の解決のためにめるくも追おうとし、しかし銃弾に遮られ、止められてしまった。
そのうえ、ネトリータは苦し紛れにもう一体のゲレツナーを送り込んでくる。
三頭のリーゼント獣に比べれば小規模でも人々を脅かすことに変わりはない。
天使たちはそちらも対処しなければならず、ネトリータの姿はいつの間にか消えていた。
残ったのは、戦いの跡と、せれすとえりすへの深刻な影響だった。




