表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
4/52

第4話 変身の仕方がわかりません!

 目の前で天使の戦いを初めて目撃し、よぞらは感動していた。

 クリア、ヒート、両名の美しさもそうだが、なによりもその心だ。

 ふたりはあのとき、少女を助けるために全力を尽くしていた。


 触手が露にしている害意と欲望にひるむことのない、天使の強さと優しさ。

 きっと、このときのよぞらは、まきなやめるくに憧れていた。

 純潔も、生命さえも保証されないあの状況におかれた少女にとって、ふたりは紛れもなく光であったからだ。


 そんなゲレツナー退治の命令から一夜。

 夢にまでふたりの勇姿を見たよぞらは、駆け足で朝食をとるために駆けていく。


 残念ながら食事は閉じ込められていたときと変わらぬ補給ゼリーとキューブであったが、そのぶん慣れているのですぐに済ませる。

 そして、そのまま食堂で待ち伏せし、目的の人物が現れたとたんに頼み込んだ。


「こむぎさん! 私もはやく戦ってみたいです!」


 目を輝かせるよぞらだったが、こむぎに額をつんと小突かれる。

 いったいなにを悪いことをしたのかと慌てるよぞらに、こむぎは笑いかけた。


「天使隊生活目安、その6。一日の始まりはあいさつから。なんて、めるくちゃんはこう言うわね。おはよう、よぞらちゃん」


「お、おはようございます……えっと、それで」


「戦いたいなら、まずは変身の制御からね。できるかしら?」


 めるくがエンジェル・クリアに、まきながエンジェル・ヒートになったように、よぞらも変身しなければ戦えない。

 まずはそこからだと、隊長であるめるくも言っていた。


「できないので、教えてほしいです」


 だが、つい一昨日まで天使のことなど知らなかったよぞらが変身の方法だけ知っているわけはない。

 もともとこむぎに教えてもらおうと待ち伏せまでして話しかけたのだ。

 やっと本題を持ち出せた。こむぎの返答を待ちわびて、よぞらはじっと彼女を見つめる。


「じゃあ、まずお手本見せてもらいましょうか!」


 そう言い出したこむぎに連れていかれたのは、天界社の地下室だった。

 地下室といっても、独房のような暗いものではない。闘技場めいて大きくドームになっている、広い部屋だった。


「どうしてあたしまで……」


 ついでにらびぃも連行されてきており、三人だけがこの闘技場にいる状況になる。

 そこから、こむぎのレッスンが始まるらしく、彼女は自分の口でチャイムを鳴らす。


「きーんこーんかーんこーん、以下略。これから授業をはじめるわ。今回は変身の方法。じゃ、らびぃちゃん、あとはよろしく」


「えっ、な、なによそれ!」


「はじめての後輩なんだから。優しくしてあげなよ?」


 どうやらこむぎがらびぃに丸投げし、教えてくれるらしい。

 らびぃがよぞらの隣に立って、近くにいることで彼女が小柄ながら意外に女性的な身体つきであると知る。

 銀色のツインテールが揺れ、ため息がひとつ訓練場の空気に混じっていった。


「明星さん。初めての変身のこと、覚えてますか?」


「えっと……」


 記憶を辿っても、ゲレツナーに攻撃されかけてからの記憶が浮かんでこない。

 自分が天使になったことがあると言われても、実感がなく、受け入れられないのが現状だ。


「ほら、らびぃちゃんがよそよそしいからよぞらちゃんが困ってるじゃない」


「うっ、く、その、よぞらちゃん、でいい?」


「あ、はい。らびぃ先輩」


 本当はそんな理由ではなくて、思い出そうとしても思い出せないから黙っていたのだが。

 正直に覚えていないと告げると、らびぃは頷き了解の意を示す。

 それから、こむぎのほうをじっと見つめ、助けてほしそうにしていた。こむぎは壁に寄りかかって見守っているだけだった。


「……とりあえず、やってみるしかないわ」


 そうは言われても、なにをしていいのかはわからない。

 ひとまず昨日のふたりの真似をして、瞳を閉じて、精神を集中させようとする。

 自分がなりたい天使の姿。それは、いったいなんのための力であるのか。

 それらを考えているうちに次々と別の疑問が浮かんでは消えていく。


 つまり精神を集中させられていない。よぞらはそのことに気がつくと、思わずため息をついた。


「……やっぱり、いきなりは難しいわよね。当然よ。ばかだったのはあたしのほうね」


 申し訳なさそうにするらびぃ。決して彼女のせいではない。

 至らないのは自分であるのだ。先輩に落ち込まれては、こちらも困ってしまう。


 そしてこの日から数日続けて、変身の練習は続いた。

 けれど、たまにこむぎも助けてくれたものの、なかなかうまくいかなかった。

 瞼の裏に光が見えないのだ。手を伸ばすべきものが、どこにもない。

 やがて3日、4日と経つうちに、ひとつの疑念が生まれてくる。このやり方で本当にいいのかどうか。


 その疑念を正直に打ち明けたところ、こむぎは嬉しそうな顔をした。


「あら、よぞらちゃんのほうが早いなんて。そう、これじゃあ意味がないの。心が伴わないから、変身できないわ」


 では、どうすればいいのか。答えは、心を伴わせるしかないのかもしれない。

 精神を集中させようとしても雑念が広がっていくだけのよぞらには、まだまだ早いのだろうか。

 めるくとまきなはどうしていただろうか。いったいどんな感情で、戦いに赴いていたのだろう。


 思い出すのは、夢にも見るほど憧れを抱いているあの勇姿。

 ふたりは、そう、まっすぐに少女を助けることや敵を倒して市民を守ることを見つめていた。

 だからこそ、天使として、この天使隊にいる。


「……わかった、気がします」


 こむぎは頷いてくれる。この憧れを忘れないことと、敵と戦うことの意味を見つめ続けること。彼女の伝えたかったことは、きっとそれだ。


 とたんに訓練場に響く音があった。警報だ。

 敵の出現を知らせる響きに、こむぎは真っ先に反応し、壁を叩いた。

 どうやらそれが合図であるらしく、管制室と通信が繋がった。


『……こむ姉? なにかしら、出撃?』


「えぇ、出撃。あなたも行かなきゃ」


『えっ?』


「よぞらちゃんに天使のこと、教えてあげましょう?」


 そういって、こむぎとよぞらはなにかに包まれる。蛍光ピンクの光だ。

 よぞらの身体を急激に浮遊感が襲ってくる。どこかへ行ってしまいそうな感覚に、不安でこむぎのほうを見る。


「大丈夫。最初はちょっと変だけど、慣れれば便利よ、ワープの光」


 こむぎが言い終わらないうちから景色があいまいになり、目の奥が弱い電流を受けているようにびりびりする。

 思わず目を閉じてしまっていて、気がつけばそこはもう訓練場ではなく、どこかの街中だ。

 よぞらとこむぎだけでなく、らびぃも隣に立っていた。


「らびぃ先輩!」


「……よぞらちゃん。ごめんなさい、あたしが指導者として未熟にも過ぎるばっかりに」


「大丈夫、です。守りたい気持ちがあれば、戦えます!」


 らびぃは目を丸くした。そして、なにかを思い出したらしく、くすりと笑った。


「そうだったわ。ありがとう、あたしも忘れてたみたい。天使の戦いは、助けるための戦いだって!」


 彼女の顔つきが変わった。落ち込んでいるより、凛々しいらびぃのほうが、よぞらには美しく映る。

 そして、よぞらを木陰に隠し、こむぎとらびぃで現れる敵のほうへ構えた。


「いいねぇ、美少女が三人も。とっかえひっかえしたくなる」


「……ネトリーノ。どうやらぶっとばされたいみたいね!」


 触手の少女ではなく、敵として現れたのは髪のよくはねている青年だった。

 一見どこにでもいる青年の中でもとりわけ顔立ちが整っているだけに見える彼だが。天使に向ける目と纏う雰囲気が常人とは違う。

 傍らに飛ぶ一羽の小鳥もまた、可愛らしさよりも狂気を瞳に孕んでいる。


 こむぎの表情から情が失われ、ネトリーノに向けられるのは冷たい、よぞらが見たこともないような目だ。

 敵同士、決して相容れないふたつの視線がぶつかりあう。先に逸らしたのは、ネトリーノだった。


「っくく、君たちみたいな気が強い子は快楽に弱いんだって常識、知ってるかい? 性欲解放、やっちゃいな、ゲレツナー!」


 ネトリーノの身体から、おどろおどろしい白濁色の欲望が光の球として現れる。

 穢れた白濁は、やがて上空で人影となり、着地の際には地面を揺らすほどとなっていた。

 その質量は恐らく、人間とは思えないような脂肪のせいだ。ヒトよりも何かの動物を彷彿とさせる醜い顔面がこちらを向き、こむぎたちのことを認識すると、雄叫びをあげる。


 らびぃとこむぎは瞳を閉じ、エネルギーを展開する。

 若葉の色と淡い桃色の透き通る球のなかで、ふたりはその姿を変えていく。

 ふだんの衣装ではなく、天使の戦闘服が纏われるのだ。

 どちらも真っ赤なリボンで可愛らしく彩られ、特にこむぎにはさらなる装備、眼鏡が装着される。


 衣装のあとは翼と武器だ。

 らびぃの背中には陶器で出来たような美術品の翼と特大の注射器が。

 こむぎには、花のあいだを飛び回るための蝶の翅と小さな拳銃が二挺。

 注射器には万華鏡のような星々の紋様が、二挺拳銃には花のひらくような装飾が少しばかりなされていた。


「めくるめく翼のカレイドスコープ、エンジェル・スコープ!」


「咲き誇る翼のピュアリーブルーム、エンジェル・ブルーム」


「来なさいよヘンタイ、あんたに奪わせていいものはなにもないわ!」


 脂肪の塊ともいえる敵に向けて啖呵をきったスコープ。ゲレツナーは彼女を標的に動き出す。

 その足元に飛んでいくのは、ブルームによる躊躇も慈悲もない発砲だ。

 天使の弾丸は脂肪に食い止められるものがほとんどだったが、連続で撃ち込まれることでときに肉まで達することもあり、接近を試みるゲレツナーを弱らせているのは事実である。


 そこを迎え撃つのが、スコープの注射器だ。

 相手の勢いを利用して深々と突き刺した針からは、液状の爆薬が送られて、大きく吹き飛ばされたゲレツナーはほとんど動くことがなくなる。

 あとは浄化するのみだ。


「よし、今だらびぃちゃん、脱ごう!」


「言われなくたって倒すわ! ラビットハート☆エールっ!」


 倒れているゲレツナーを前に、スコープは大きく飛び上がり、手にした注射器を投げつけた。衣装が分解され、注射器の内容液へと集中していく。

 目標へ着弾したら、急降下していく勢いと全体重を使って注射器のピストンを押し出し、その内部にあるゲレツナーと相反するエネルギーの奔流を解き放つのだ。


 ハート型や星型になったエネルギーが、ゲレツナーの存在を愛で包み込んで否定する。

 敵は1秒とたたずにその影響を受けていた。即ち、消滅である。

 暴れる力も残っていないゲレツナーは、ただ消えていくだろう。


「っ……ッチ、今日のところは諦めるか。天使を犯すのはこのネトリーノだと覚えておきな」


「いいからさっさと帰りなさい、しっしっ!」


 ゲレツナーを撃破されたネトリーノは去っていった。

 ブルームはずっと変身を解かずに警戒を続けているが、スコープはよぞらに駆け寄ってきて、無事をよく確認し、それから変身を解いた。


「やっぱり、心の強さよね!」


 らびぃの眩しい笑顔が向けられて、よぞらもつられて笑いながらうなずいた。


「はい、私、がんばります!」


 いつか、彼女と肩を並べて戦えるのだろうか。

 そんな未来を考えるのは、とっても楽しくて。自室へ戻っても、よぞらは同じことを繰り返し考えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ