第38話 突然の別れと、私の煌めき
ネトリータとなつきの襲撃を受けた後、よぞらはめるくとともに天界社をめざしていた。
なつきの攻撃は苛烈だった。ネトリータに撤退命令が下っても、彼女はよぞらもめるくも狙い続け、ネトリータ単独では止められていなかった。
最後には現れたファム・ファタールが昏倒させて連れていったほどだ。
結果的に彼女を傷つけたくないよぞらは助かったが、状況はいっさい良くなっていないことは忘れてはならない。
そして、そのふたりがよぞらとめるくを襲った理由であるが。
足止めが目的だったというなら、本命の攻撃がどこかにあったはずだ。例えば、天界社のような。
総動員してまでエーロドージアが落としたい場所となると、それしか思い浮かばなかった。
天界社は、エーロドージアにとっては敵の本拠地である。そこにいるはずの天使たちが危ない。
なんてことを言っても、すでに起きてしまった惨劇を変えるだけの力はどこにもない。
なにも起きていませんようにと届かぬ祈りを胸に、よぞらとめるくは飛翔した。
めるくが接近しても、迎撃が行われる気配はかけらもなく、そのまま天界社にたどり着く。
その周辺に広がっていたのは、血が地面に染み付いている凄惨な戦場の跡だ。
やはりエーロドージアの攻撃はあったらしい。
ひとまず無事を確認したい気持ちが先行したのか、めるくは真っ先に社屋のほうへ向かっていき、よぞらもそれに付き従った。
天界社では、見知った顔ぶれが集まって、暗い顔ばかりしている。
らびぃ、せれす、えりす。みんなボロボロで、こむぎの姿はどこにもない。
もっとも、この惨状とみんなの暗い表情を見ればなにが起きたかは推察できる。
最悪の可能性として浮かんでくるのは、考えたくもないことだ。
めるくとよぞらが到着するなり、らびぃが真っ先に抱きついてきて、よぞらの胸で泣き出した。
いきなりのことでどうしていいかわからなかったけど、ひとまずその涙を受け止める。
そっと彼女の頭を撫でて、落ち着くまで待つことにした。
「なんでよ……なんでこんなことになるのよぉ……」
全員に突きつけられている現実。まきなに続き、こむぎまでもが命を落とした。
天使隊を陰ながら支えてきた彼女がいなくなったらどうすればいいのだろう。
今まで考えてもみなかったのだから、わかるはずがない。
らびぃは相変わらず泣いていたが、十分とすこし経つと多少は軽くなったようで、よぞらから離れた。
心配かけたわね、もう大丈夫。なんて口では言っていても、それが強がりであることくらい誰にでもわかる。
泣き腫らした目のらびぃに対し、めるくは思うところがあったのか、ぽつりと呟いた。
「無理をしたら……だめですからね」
めるくは不安に押し潰されてこうなってしまった。
彼女は彼女で、らびぃにも同じようになってほしくないと思っている。
だからこその、この言葉だった。
らびぃは目を伏せてしまうが、重く受け止めてくれているふうにもみえる。
「あ、あの、らびぃ先輩」
聞き慣れないひかえめな呼び掛けに全員が振り向く。
そのせいでより萎縮してしまったが、どうやららびぃに用事のある見習い天使のようだ。
よぞらは彼女に見覚えがある気がした。まつきの事件があったとき、唯一生き延びた少女ではないだろうか。
今回においても、どうにか生き残ることができたらしい。よぞらはどこか、すこしだけ救われた気分になれる。
彼女の案内を受け、すこし離れたところに移動し、たくさんの見習いたちがせわしなく動き回っている場所に到着した。
そこでは大きな穴が掘られていて、そこに棺が納めてある。
きっと、あのなかにこむぎが眠っている。
最後はらびぃに見送ってほしいという見習い天使たち。
彼女には別れを呑み込むことは決して簡単ではないだろうに、それでもらびぃは一歩を踏み出し、棺の隣へしゃがみこんだ。
「こむ姉。あなたがいなくても、あたし、なんとかやっていくから。どうか、安心して見守っててね」
無理をして絞り出したか弱い声だったが、らびぃは自分で別れを告げた。
そして、棺に土が被せられ、見えなくなっていく。
あまりにも突然すぎる別れは、終わってみればあっけなくて。
しかし、喪失を抱えたまま先に進んでいくには、その傷は深すぎた。
◇
こむぎとの別れの後に、よぞらはめるくとともにかつてのように天界社へと踏み入れた。
天使の力が負の冷気へと変質してしまっためるくがいれば、社内のセキュリティシステムが反応を起こし、すぐさま社長室にまで届くだろう。
結果は予想通り。上空から一直線に女性の影が舞い降りて、ひらりと地面に着地した。
背に蝙蝠のような翼を持つ、この天界社の長。
天世ヒナタである。
すぐさま日本刀を構え、めるくのほうへ斬りかかっていこうとする。
が、話をしたいとよぞらが止める声に従い、立ち止まってくれた。
ヒナタと顔を合わせるのは、めるくに想いをぶつけたとき以来だ。
あのとき、ヒナタは理解不能だと呟きながら去っていった。
彼女も、対話でそれが晴れるのなら、と思ってくれているはず。
「聞いても、いいですか」
「……何?」
「どうして、こむぎさんを助けられなかったんですか?」
せれすや見習いの少女に事情は聞かせてもらった。
ヒナタは天界社にいながらも、襲撃を前に出撃しなかったという。
そこに納得のいく理由があるのならよぞらだって引き下がる。
どうしても、そこだけは聞いておきたかったのだ。
問われた彼女は、動じる様子もなく、すこし思索した後にこう言う。
「あぁ、あの天使か。天使なんかが私に反抗しようとしたんだ、当然の末路だろう」
その言葉を聞いたとたん、脳を直接殴られたような衝撃を受けた気がした。
相手がこむぎをどう思っていたのか、認識の差を改めて突きつけられる。
ヒナタは天使たちのことを、人間とさえ思っていないのだ。
だから、こうして思考が食い違ってしまう。この衝突は避けられないことだったのだ。
「待ってくださいよ。天使のみんなは、使い捨ての人形なんかじゃない」
「あぁ、よぞら、君は違うさ。私たち天世の血を引き、いっさいの穢れを受けずに育った。君は──」
「私のことは関係ありません。あなたが見下している、みんなのことを話してるんです」
よぞらとヒナタのあいだに沈黙の時が流れる。互いの目線は少しも譲らず、どちらも自分が間違っているなどつゆほども思わない。
先に視線をはずしたのはヒナタのほうだった。残念そうに、ため息をつく。
そのため息の意味は、もはやよぞらとの和解を諦めるということだった。
「……私としたことが。自分の娘だからといって、君を特別扱いし過ぎたみたいだ。あぁ、それともフェイトの奴に汚染されたのか……どちらでもいいか。私は君を消して、天世の娘を作り直す」
めるくではなく、よぞらへ向かって刃がきらめく。
鋭い殺気が、それだけで切り殺してくるほどの気迫がヒナタから放たれる。
戦うほかに選択肢は残されていない。
「……きらめく翼のトゥインクルスター、エンジェル・トゥインクル」
衣装を変化させ、武器を手にし、矢をつがえてもう一度ヒナタのほうを見る。
そこにヒナタはいない。なぜなら、すでに背後へと回り込んでいる。
「よぞらさん、危ないっ!」
振り下ろされた刃はめるくが展開した氷の盾がどうにか受け止めるが、耐えきれず破損してしまう。
振り向いたころには飛び退くしかなくなっており、距離をとりつつ反撃に矢を放った。
ヒナタは最低限の動きで回避し、接近戦に持ち込もうと次なる手を打ってくる。
まさに、言葉通り瞬く間にヒナタの攻撃が繰り出される。
めるくでもついていくのがせいいっぱいで、防御と回避は徐々に追い付かなくなっていく。
繰り出される氷塊の弾丸と斬撃に対応しつつ、トゥインクルの矢のことも意識から外さない。
天界社を治める者の実力。越えるにはあまりに高すぎる壁。
それが天世ヒナタなのだと、痛感させられてしまう。
「っく、ヘヴンズフォーチュン! 力を貸して!」
自分の身体より光輪を呼び出し、弓に纏わせる。
放つ光の矢は意思をもったようにヒナタを追い、その刃を誘う。
さらにヘヴンズフォーチュンはトゥインクルたちの周囲に障壁を展開し、ヒナタの日本刀からその身を守ってくれる。
「今です、めるくさん!」
合図とともに、障壁に包まれためるくは凍てつく剣を振るい、日本刀と激突させる。
刃どうしがふれあったところから凍結がはじまり、刀は氷に変えられていく。
だが、ヒナタにだって対策はある。凍結を解除してしまうあの薬品だ。
あの薬品によるダメージを知っているめるくは思わず距離をとろうとし、相手に刀を修復させる時間を与えてしまう。
そして一瞬でも隙があれば突いてくるのが天世ヒナタだ。
めるくに向かって急接近し、障壁ごと彼女を飛び越すと、呆然と見ていたトゥインクルのほうへと向かってくる。
空中で刃を自分に突き立て、なんと自ら片腕を切りつけると、その血を吸って日本刀が妖しく光を放ちはじめる。
直後に響いた衝撃は、ヘヴンズフォーチュンでも受け止めきれないほどだった。
甲高い音をたてて障壁が叩き割られ、さらに続く攻撃はよぞらの手元を狙っている。
エネルギーを一気に集中させて迎え撃とうとするが、間に合うかはもはや賭けだ。
いや、間に合わせるしかない。トゥインクルは叫ぶ。
「ピュアハート☆ヘヴンズフォーチュン!」
「甘いッ!」
どうにか短時間で充填し、放とうという瞬間だった。
装着した光輪ごと弓矢は破壊され、その形状を維持できなくなり、小さな爆発を残して消えてなくなってしまう。
トゥインクルはその消滅の余波で吹き飛ばされ、床に背中を強く打ち付けてしまう。
光輪の残骸を踏みつけ、ヒナタはトゥインクルを見下してくる。
彼女に勝つ未来が見えなくなって、よぞらの心にはヒナタへの恐怖がどこかに芽生えてしまう。
自らの娘だった少女に終わりを告げるため、妖しい光を纏った刃がかかげられる。
それを見ためるくが止めに入ろうとするが、時はすでに手遅れだ。
ヒナタの刃は、情け容赦なく身体に侵入してくる。
肉も内臓も骨でさえも、紙切れのように抵抗なくその侵入を許してしまう。
襲ってくる死の感覚。痛みはとうに感じられる限界を超えていて、もうなにもない。
蘇ってくるのは色鮮やかな思い出たちだ。
初めて外に出たときの、すべてが新鮮な感覚。
初めてめるくに触れたときの、他人のぬくもりという未知への感動。
まきな、らびぃ、こむぎ、まひる、みなも、さや、せれす、えりす──今まで出会った天使たちの笑顔も泣き顔も、浮かんでは消え、消えたかとおもえばふっと現れる。
それが、真っ白だったよぞらが本で知った『走馬灯』であることに気付くころには、目の前は真紅に染まっていた。
「よぞらさん……ッ!」
手放しかけた意識に響いてくるのは、めるくの声だけ。
自分がどうなっているのかさえわからない。
彼女に運ばれているのか、自分は助かったのか。
それとも、これから死んでいくのか。
深い海に沈んでいくように、抗えず、しかし残酷なまでに綺麗な光景が脳裏に浮かんでくる。
よぞらの育ったなにもない白のなかに、たしかにそこにある煌めきが見える。
手を伸ばして、届かなくて、外に出てまで追いかけたかったもの。
その煌めきとは、よぞらにとっての何なのだろう。
もうすこしで届くはずのその意味が、まだよぞらにはわからない。
でも、届いてほしい。届かせたい。届かせなきゃ。
そう強く願って、願って、そのとき誰かが背中を押した。
『大丈夫。よぞらちゃんにはお姉さんたちがついてるから。思い出は、永遠に一緒だから』
『そうそう。あたしたちはただじゃ転んでやらないって! そうでしょ、よぞらちゃん!』
赤の翼と紫の翼が見えた気がして。
ついによぞらの手は、その煌めきに触れた。
あらゆる世界が星空の色に包まれて、なにもみえなくなっていく。
空白をかき消して、よぞらを星々の色に染めていく。
自分があるべき色を、やっとみつけられた。
そんなあたたかみにふれて、よぞらは深い海から星の見える地上へと浮かんでいく。
◇
よぞらの身体が虹色の輝きを放ち、晴れるころにはヒナタが与えたはずの致命傷は再生していた。
ヒナタにとっても予想外だったこの現象は、めるくにだって正体のわからない出来事だ。
先程まで向けられていた殺気が混乱によってなくなっており、今の瞬間なら逃げ出せる。
めるくはよぞらを抱え、駆け出した。
ヒナタが追ってくる気配はなく、天界社から抜け出すのは容易だった。
いったい何が起きたのかはまったくわからない。
けれど、さっきの虹色の輝きには、めるくがなくしたものが隠れている。
そう思えてならなかった。




