第36話 第X次エーロドージア侵攻開始!?
めるくと共に逃げ回る生活が始まって、時は駆け抜けるように過ぎていった。
この生活にも慣れてきて、不便もあまり感じずにすむようにもなる。
最低限の通信機はいまだ動いてくれているし、天使隊のみんなが助けてくれている。
おかげでよぞらもめるくも、ひとつの傷もなく過ごすことができていた。
そして、交代で天使隊の誰かがやってくる日がまたやってくる。
幾度目かの連絡で、きょうはせれすとえりすであると知らされた。
このごろは、めるくの討伐作戦に回される人員も少なくなっている。
ヒナタに抵抗し続けた結果、向こうが息切れを起こしつつあるのだ。
このままいけば、もしかしたら諦めてくれるかも。
なんてことを考えながら、双子天使の到着を待った。
場所はいつもの小屋で、いつもならすぐに来てくれる。
そのはずが、この日はどうやら様子が違っていた。
小屋で待っていて、まず現れたのは小さな人影がひとつと、もうひとつ大きな影。
だがそれはせれすとえりすではない。片方は少女であっても、もう一方がそうではない。
あれはゲレツナーだ。最近は動きを見せず、やけに静かだと思っていたら狙ったようなときに現れた。
「よぉ、氷の堕天使ちゃん。快楽にも堕としてやりに来たぜ」
相手はネトリータである。彼女に待ち合わせの場所が割れたのはまずいが、この場は戦ってしのぐしかない。
ゲレツナーと対峙し、異形の相手の前に立つ感覚を取り戻す。
敵はひび割れた甲冑に身を包んでおり、本来なら首が生えているべき部分には錆び付いた剣が刺さっているのみだ。
肩から猪のような牙が突き出していて、女性的な身体でありながら、ときおり覗く素肌は青灰色と明らかに人間とは異なっている。
好戦的であるのか、手にした槍を絶えず振り回しており、ときどきネトリータが巻き添えを食らいかけていた。
「オレじゃねえだろ、あっちだあっち! やれ、女騎士!」
ネトリータの合図に応えて動き出すゲレツナー。
トゥインクルに変身してめるくと顔を合わせ、互いに頷き駆ける。
暴力の塊である相手にめるくが接近し、銃を扱うネトリータはトゥインクルが引き付け、遠距離と近距離で的確に対処していく。
槍の一撃を俊敏さでくぐり抜け、手にした剣を鎧のひび割れに突き入れる。
氷結の能力は発揮されているが効いているようすはなく、槍の攻撃は続き、めるくはどうにか回避を重ね、もう一度刃を突き刺す。
だが、破壊を繰り返すのに変わりなく、暴虐は止められない。
だが、ネトリータの弾にはやけにゲレツナーを守っていた。
めるくもトゥインクルも、狙われていないのだ。
いくつか遠距離攻撃を交わしてわかる。
彼女が望んでいるのは長期戦であり、時間稼ぎなのだ。
「めるくさん、一気に決めましょう!」
「させっかよ!」
ふいに手元を撃たれ、矢を落としてしまった。
エネルギーを溜める先が用意されていなければ、もちろん必殺技の発動も遅れる。
隙を見せた瞬間、ゲレツナーがトゥインクルを目標に変えてくる。
幸いめるくの体当たりで足元を崩せたからよかったものの、一瞬遅れれば危なかった。
まだまだよそ見をしていられる暇はない。
ゲレツナーの猛攻は続いており、あたりの木々を見境なく壊していく。
いつも寝床としているこの小屋を壊されてはいけないと、遠ざけるように立ち回るが、それにはネトリータが邪魔になってくる。
こっちがどうすれば困るかを考え、ゲレツナーを誘導してくるのだ。
状況を一気に変えるには、一撃で必殺を叩き込むか、いずれ来るだろうせれすとえりすを待つか、だ。
しかし、ネトリータは長期戦を望んでいる。
ここはもう一度、今度は攻撃をめるくに任せて、畳み掛けるべきか。
「めるくさん、もう一度お願いします!」
ネトリータに向けた攻撃を放ちつつ、めるくに合図を送る。
目標はゲレツナーだ。相手の思うままに動いてやるわけにはいかない。
トゥインクルがネトリータを引き受けているうちに、めるくは大振りなゲレツナーの槍をくぐり抜け、エネルギーを集中させた斬撃をついに叩き込む。
「プリザーブドハート★スラッシュ」
振り上げた瞬間に冷気が迸り、氷がゲレツナーを閉じ込める。
そして、クリアの剣が悪を裂き、浄化へと導いていく。
氷が砕け散るより先に次の斬撃が浴びせられ、たった数秒のあいだにゲレツナーは小間切れとなって、すぐに大気中の塵に混じって消えていく。
舌打ちをするネトリータ。だが、まだ彼女自身が残っている。
銃撃の嵐が行く手を阻むように展開され、トゥインクルとめるくを阻むのだ。
ヘヴンズフォーチュンを使う間もなく迫ってくる攻撃の数々に、時間を稼がれてしまう。
さらには最悪なことに、にやつくネトリータのもとにとある少女が到着してしまった。
降り立ったのは、真っ赤でくるくると巻いているツインテールの少女。
トゥインクルにとっては、因縁の相手である『紅なつき』だ。
武器であるチェーンソーはすでにエンジンがかかっており、けたたましく駆動音を響かせている。
「なつきちゃん……まさかエーロドージアに」
「あたしが性欲なんかに負けると思う? ただ、あなたを殺したいだけなのに」
敵の手に落ちたわけでなく、利害が一致しているだけ。それなら、まだ戻ってこれる。
なんてことで安心してはいられない。いまのなつきには、憎悪のほかにはなにもないのだ。
敵のチェーンソーと機銃が向けられ、こちらも弓と剣を構える。
「さぁ、まだまだ遊んでやるぜ……今頃あっちはお楽しみだろうからな」
あっち、とは何のことか。
それを知るためにも、この場を切り抜けなくてはならない。
◇
一方で、ふたりが待っている小屋へと向かっていたせれすとえりすのもとにも、足止めの刺客が現れていた。
三人の少女の姿があり、橙と、水色と、黒のシルエット。
心当たりはひとつしかなく、事実、その三人組で間違いなかった。
ハーベストとアップルの姿になった双子天使は、敵として立ちはだかる少女たちに向き合うしかない。
「せれす先輩、えりす先輩。ここで止めさせてもらいます」
「まひるちゃん、みなもちゃん。自分達がなにしてるのか、わかってるかな」
「……わかってます。これが、裏切りだってことくらい」
大きな獲物を扱う者どうし、まひるとせれすが動きだし、激突する。
ハーベストが持つハンマーに、ブライトが扱う斧という重量級のぶつかりあいは大きな衝撃を生み、後方で見守るみなもの髪を震わせる。
みなもは、仲間だった天使と戦うことにためらいがあるのか、怯えた眼でいる。
そこへ黒い影、ファム・ファタールがなにかをささやき、彼女に杖を構えさせた。
「ご、ごめんなさい、許されないですよね、でも、ごめんなさい」
水流が噴出し、せれすに向かっていく。するとえりすが彼女をかばって爪で受け、水流にはエネルギーの一部を流し込むことで攻撃を止めてみせた。
消極的ながら、そちらでも交戦がはじまったといえるだろう。
ファム・ファタールがスポーツでも観戦するように、ふたり組どうしが戦っているのを遠巻きに眺めている。
その真意を、この場にいる4人の天使はだれも知らない。
戦わなければならない現実に従うほかなく、相手を傷つけないように武器を振るうので精一杯なのだ。
ゆえにえりすの爪はみなもを引き裂かないし、せれすの槌もまひるを叩き潰すことはない。
逆ならあり得るかもしれないが。
「っぐ……!」
「えりすちゃん!」
エンジェル・ディープであるみなもの武器は、魔法使いに近い水を操るものだ。
高圧で放てば、刃物にも匹敵する殺傷能力を誇る。
それが、たった今えりすの肩をかすめたものだ。肉が持っていかれ、血が流れる。
その様に追い詰められるのは、せれすでもえりす自身でもなく、みなものほうだった。
「あ、先輩、血が……わたしが、やったの……?」
えりすの傷を前に、震えるみなも。
しかしファムのささやきがどうしても頭の中からはなれていかないのか、自棄になって攻撃を放ってくる。
身軽なふだんのえりすなら回避しきれるが、予測できない動きを追いきるのは手負いの彼女では難しい。
しかし、せれすが助けに入れば、今度はまひるの方が難敵となる。
相手を傷つけられない状況が生むのは、いっこうに好転させることのできない戦況だ。
さらに、ファム・ファタールはここで双子を足止めし、時間を稼いでいるのだと誰にもわかっていない。
この瞬間にも、本命への攻撃は進んでいるのだ。
バラバローズのことに想いを馳せ、ファムはにやりと笑う。
残る目的の天使と遊ぶ彼女はきっと愛らしく、その餌食となる天使もまた、美しい悲鳴や傷つく様を見せてくれるのだ。
少女のすべてを愛するファムにとっては、たとえ血なまぐさくとも、楽しみなことであった。




