第35話 仲間は仲間だもん!
ヒナタを退けても、天界社から刺客が送り込まれてくる生活がはじまり、よぞらとめるくは逃避行を余儀無くされた。
相手は天使になり損なった、同じ出自の女の子たちだ。そう易々と戦いたくもなく、見つからないように動き回るほうを選んだ。
天界社側にはこちらの居所は割れているため、常に逃げ回っていないと追い付かれてしまう。
おかげで眠れない日が続いて、はじめはふたりともつらいと思っていた。
さらに、天使は人間と同じ食事をうまく消化できない。おかげで、エネルギーもたりなくなりはじめていたのだ。
そんなある日のこと、よぞらのほうに連絡が入った。
送り主はこむぎで、嬉しいプレゼントがある、とのことだった。
一瞬怪しんだが、こむぎのことは信頼するしかない。
指定された場所へ赴く。それは人目につきにくい山奥の、かつてマタギが使っていたらしい小さな小屋だ。
古いまな板や、ぼろの毛布が放っておかれているらしい。
ときにはここを見つけた少年少女が秘密基地とすることもあるようで、段ボールでできた城のなかには玩具がひっそりと隠されている。
そこへ、ふたりぶんの人影が現れた。
刺客を疑い身構えるが、そうではないとすぐにわかる。
小さな金の影と大きな紅い影、せれすとえりすだ。
彼女たちはなにやら荷物として大きめのバッグをもっていて、その中身がこむぎのプレゼントらしい。
「探したよ、ふたりとも!」
「無事でよかった、僕もせれすちゃんも手助けするよ」
「うんうん、こんなことになってたって、仲間は仲間だもん!」
めるくとよぞらが天界社を離れてから数日。
ゲレツナー出現の話は聞かないものの、何日も帰っていないということはやはりみんなを心配させてしまう。
それらを謝ろうとして、それはいいからと荷物を押し付けられ、受け取るしかなくなった。
いったん、中身を広げてみることにする。
「補給ゼリーですね。ありがとうございます」
めるくが真っ先に見つけたのは、天使たちがエネルギーを補給するために摂取している専用のゼリー飲料だ。それも、1ヶ月ぶんはあるだろうか。
ありがたくいただき、渇いた身体に一本ぶんを流し込む。
本で得た知識でいうと、たぶんこれが風呂上がりのコーヒー牛乳一気飲みに相当する感覚なのかもしれない。
これだけでも、荒れ果てた砂漠に雨が降るほどの恵みだった。
けれど、せれすとえりすの様子を見るに、まだあるらしい。
「じゃーん!」
せれすとえりすが息をあわせ、大きめとはいっても片手で抱えられる大きさのバッグに手を突っ込んだ。
そして、なにかを引っ張りあげてくる。
その正体は、なんと大きなベッドだった。
シーツと掛け布団がそれに続き、枕もふたつあらわれる。
ふたり一緒に眠るための設備のようだ。
ここ数日はまともに睡眠も取れていないのを察して、ひとときの安息をプレゼントしてくれたのだ。
こむぎには感謝しなければならない。
「あ、それと。こむぎお姉ちゃんからの伝言だけど」
せれすがなにかを思い出したようで、こう言い出した。
「これを考えたのはらびぃちゃんで、これからふたりのことを警護するのはボクたちせれすとえりすだって。うん、ふたりの味方はこむぎお姉ちゃんだけじゃないよ、ってことかな」
天使隊のみんなは、ヒナタに従ってはいない。
こうして、めるくを助けたいと思っていたよぞらを支えてくれている。
それはとっても嬉しいことで、頼もしい事実だった。
「とにかくいったん休みなよ。こむぎお姉ちゃんの伝言通り、ボクたちが守ってあげるからね」
刺客が追ってきたとしても、このふたりがいるなら安心だ。
揃って見張りに出ていくせれすとえりすに刺客たちを任せれば、じゅうぶんに休息をとることができる。
めるくもすぐに頷いてくれて、ふたり揃って布団をかぶり、隣りあって横に並んだ。
ここまで近くでめるくを見ることはいままでなかったが、プリザーブド・クリアになった彼女は永遠に美しくあれと冷凍された花にも思えるほどきれいな横顔をしている。
そんな彼女が目の前で、疲れきった様子で眠りにつこうとしている。
よぞらもみとれてばかりでは寝不足のままだ。
せっかくこうしてゆっくり休める時間を確保してもらったんだからと、名残惜しくもまぶたを下ろす。
「……よぞらさん」
外からわずかに金属音や掛け声が聞こえるようになったころ、寝入っているかと思っていためるくに名を呼ばれた。
すこしだけ目を開けると、彼女も眠たげなまぶたながら、しっかりと瞳によぞらのことを映してくれていた。
「あの。わがままで申し訳ないんですが、その、手をつないでも、いいですか」
眠りに身を任せ、次に目を開けたときによぞらがいなくなってしまいそうで、どうにも寝付けないらしい。
よぞらも快く受け入れて、差し出された手と手をかさね、やさしく握る。
私はここにいる、あなたのそばから離れたりしない、という意味をこめて、ぎゅっと。
気がつけば意識は夢の中にとけていて、よぞらはなにかの夢を見ていたのかもしれない。
それが何の夢だったかは覚えていないけど、次に目が覚めたとき、すぐ目の前には規則正しく寝息をたてるめるくがいたことは確かだった。
◇
それからというもの、たまに物質や休息のために天使隊の誰かが訪ねてきてくれるようになった。
交代で、毎度違うメンバーがやってきて、無理をしない程度で手助けをしてくれる。
らびぃのときは、照れ臭そうにしながらも、話し相手になってくれた。
こっちではなにかが起きる余裕はない。でも、らびぃの半ば愚痴になっている苦労話でも楽しいものだ。
時にはめるくに仕事のことを教えられて、よぞらより先輩でもまだまだ天使としては伸びしろがあると言われたり。
こむぎとのことをからかうと、すぐに顔を真っ赤にして固まってしまったり。
彼女と話していると、どうしてこむぎたちがあんなにらびぃのことを可愛がるのかもわかる気がする。
表情や態度に出やすいから、ころころ変わって可愛らしいのだ。
それでいて小柄で、なんだかみんなの妹にも思える。
「そ、そんなことないわよ! 実はあたしのほうが先輩なんだからね!」
本人にそんなことを言うと、こんなふうに頬をふくらませてしまうのだが。
一方で、こむぎが来てくれる日は現状についてが主な会話の内容になる。
近日中に見せたヒナタの動向や、めるくたちが引き起こした堕ちる現象についてのデータ詳細などだ。
これからどうすればいいのかの目星もつけてくれて、かなり助かっている。
それに、こむぎが明るく振る舞ってくれると、らびぃとは違う方向に安心感が生まれる。
めるくが真面目な性格でクールだから、ちょっぴり新鮮なくらい。
彼女は気を使ってくれているだけかもしれないが、だとしたらそれは大成功とも言える。
いつ終わるともわからないこんな逃亡生活が単調になってしまわないのは、仲間の天使たちのおかげだった。
離れていても仲間であることに変わりなく、自分達のことを想ってくれている。
だからこそ、めるくも再び感情を隠すなんてことはなく、怖いときは怖いと言ってくれるようになってくれた。
親であるヒナタのことを裏切っていたとしても、この日々にはきっと意味がある。
いつからか、そう思うようにさえなっていた。
◇
何度も天使の出入りが繰り返されているというのに、それを狙ったエーロドージアが飛び付いていかない。
それをおかしいと感じられる天使は、残念ながらいなかったようだ。
無防備に眠るふたりの天使や、なにやら仲間割れしているらしい現場を眺めていた中に、紛れもない天使の敵がいたというのに。
自分も混ざりたい欲求、いますぐにでも樹木も布団も血染めにしてやりたい衝動を抑え込め、バラバローズがずっとよぞらたちを追っていた。
ヒナタ側も天使隊側も互いに睨みあっているだけで、エーロドージアのことは放っておいてしまっていたのだ。
虎視眈々とずっと覗き見だけを続けて、珍しく辛抱強く立ち回るバラバローズ。
彼女は天使たちの行動と周期を記録して、一番攻めるべきタイミングを見定めている。
今回の狙いはあの天使だ。
あの美しく均整のとれた身体を、めちゃくちゃな肉の残り物に変えたとき、きっとそれは芸術になる。
考えるだけでたまらなくなるのがバラバローズであり、計画を立てる際にもずっとにやついたままだった。
決行の日時は決まっていく。
最も天界社が手薄になり、畳み掛けることのできる、いわゆる隙が生まれる瞬間。
日に日にその運命の時が近づいて、バラバローズの胸を高鳴らせてくれる。
「……はじまるのは、悪夢だからね」
覗き見をしながら、誰に聞かせるのでもない言葉をそう毎日のように呟く。
上がりきった口角はいつでも戻ることなく、性欲のあまりぬいぐるみを何匹犠牲にしただろう。
二桁からは、もう数えていない。
それよりもバラバローズが熱中していたのは、決行の日までのカウントダウンだった。




