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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第34話 私と一緒に生きてください!

 ゲレツナーとの交戦から戻ったこむぎは、あわてた様子のらびぃとばったり出会った。

 助けてほしい、と管制室まで連行されて、彼女に付き合うことにする。


 目をまるくしておちつかないらしいらびぃは初めて見る場所に連れてこられた小動物のようである。

 が、それを眺めている余裕はなく、モニターに映る情報に目を疑うことになる。


 それは数度だけ前例のある反応だった。

 前回は少し前の、ジャンク・スコープ騒ぎのときだ。

 天使の力を保ったままで、清廉から離れていった者がいるのだと告げている。


 そのうえ、正体がめるくであるとまで言われれば、とても簡単には受け入れがたいものになる。

 らびぃがあわてているのもうなずけた。


 警報は強制停止になっていて、ほかの天使たちはこのことを知らないだろう。

 ヒナタにまで伝わったとき、彼女がどんな動きを見せるのかは簡単に想像できる。

 めるくの排除だ。


 さやが裏切り、まひるとみなもは彼女と一緒におり、まきなは殉職してしまった。

 この状況でめるくまで喪ったら、今後の戦いには必ず支障をきたすだろう。


 もしファム・ファタールの影響であればまだ分離できるかもしれない。

 こむぎは真っ先によぞらへの連絡を優先し、らびぃには情報を彼女に送ることを命じた。

 これ以上仲間を亡くすわけにはいかない。


 そうしてこむぎとらびぃが対処にかかろうとしたとき、突如として全館への放送が行われた。

 声の主は、天世ヒナタだった。


 ◇


 めるくの自室の前で、よぞらはただ座り込んでいた。

 言い放たれた言葉が脳内をぐるぐるまわって、さっきまで自分がどうしたかったのかも忘れ、へたりこんでいるしかできなかった。

 衝撃を受けたあとは、ぼんやりとしてなにも考えられない。


 そこへスピーカーから演説が聴こえてくる。

 凛々しく高らかに、聴きたくもない声がする。


「諸君、私はこの天界社の長、天世ヒナタだ。皆に伝えなければならないことがある。それは、欲望に堕ち、天使であるための資格……すなわち清純であることを手放した者のことだ」


 建物にくまなく届けられるこの放送は、現在の状況と、ヒナタの意向である。


 めるくはジャンク・スコープと同じように堕ちていきもう天使には戻れない。

 ゆえに、討伐作戦を決行すると言う。


 動員される天使もどきたちはヒナタを疑うことはない。

 変身能力をうまく覚醒させられず、天使隊ではなくヒナタの私兵ともいうべき方面へと進んだ者は少なからずいると耳にしたことがあった。

 さらに、ヒナタ自身が動くことだってあるかもしれない。


 よぞらがファムに奪われたときは半狂乱だったというのに、彼女は天使たちの気持ちをなにも考えていない。

 めるくをヒナタには渡せない。


 そんな中でかかってきたこむぎからの連絡にはすぐに応じた。

 彼女の場所を知らせてもらえれば、すぐにでもそこへ飛んでいこう。


「こちら、よぞらです」


「よぞらちゃん。聞いたよね、いまの」


「はい。私、めるくさんを助けなきゃって思ってて」


「その言葉を待ってたよ! 座標を送るから、すぐに向かって!」


 頷いた瞬間のよぞらは、なによりもめるくを喪うことを怖がっていた。

 たとえ今はからっぽだったとしても、なにもわかっていないとしても、自分を導いてくれためるくだけは見捨てられない。


 まきなのとき、自分は間に合わなかった。

 その自分を責めるようにして、飛び出していく。


 天界社を出発した時からすでに、ヒナタがワープを用いて送り込んだ者とめるくが交戦しているのか金属音や銃声が遠くでしていた。

 それらが鳴り響いてくる方角へ、こむぎとらびぃがくれた情報をもとに接近していく。


 道中、町中で動きを封じられたままの少女の姿があった。

 服が氷で壁や地面ごと固まって、縫い止められてしまったらしい。


 彼女たちが用いていただろう武器が破片や氷像となって放置されているのを辿れば、めるくのもとへ行けるだろう。

 点々とつづく交戦の跡らしい地面の傷なども便りにして、よぞらは先へ進んでいく。


 着いたのはひとつの広場だった。

 冷気が白い霧になって漂い、その場だけが異様に低い気温を記録している。

 それはおそらく、一際霧の濃い中央にたたずむ少女の影が中心になっているものだ。


 水色にきらめいていた髪も、青空色の戦闘服も、時が止められたようにくすんでいる。

 翼も黒に染まり、凍りついてしまった彼女。

 もはや、多々良めるくはエンジェル・クリアではなくなっていた。


「……めるく、さん」


 呼び掛けると、彼女はこちらへ顔を向けてくれる。

 そこに表情はなく、視線が冷たくよぞらを突き刺してくる。

 けれど、それだけで折れるわけにはいかない。


 意を決して一歩踏み出し、向けられる視線に瞳で応える。


「あなたも私を倒しに来たのですか」


「私、助けに来たんです。めるくさん、一緒に戻って」


「それは、ダメ、なんです。私がいたら、みんな不幸になってしまうから」


 めるくの無表情が崩れ、眉が下がった。

 悲しさと寂しさを覗かせ、荒く息をついている。

 まきなを亡くしたことへの責任感が、呪いとなってついて回っている。


 どうすれば、彼女の不安を拭ってやれるのだろう。

 こんなときの言葉が浮かんでこないのは、自分が「からっぽ」なせいか。


 互いの呼吸だけが聴こえる静寂の後、よぞらのほうでこむぎの声が叫んだ。

 状況が変わったのか、必死のようすだ。


「そっちへ天世ヒナタが向かった! よぞらちゃん、めるくちゃんと逃げて!」


「……ほう。その堕天使を逃がすのか、お前たちは」


 いきなり現れた気配。

 最も会いたくない、最強の刺客だ。

 飛び退いてめるくと並び、よぞらは自らの敵を見る。

 めるくを亡くしたくないのなら、戦わなければならない。


 よぞらはたとえ親であろうと戦う決意のかわりに、深く長い呼吸をする。

 そして、変身だ。トゥインクルはヒナタの前に立ち、弓を構える。


「なるほど、これが反抗期か」


 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)のヒナタ。

 しかし、その奥底から漏れでる殺意は本物で、身の毛もよだつ威圧感を纏っている。


 よぞらにはもう、親であり君主である少女との戦いを避けられないのだ。


 ◇


 時をすこし遡り、天界社のタワー部分での出来事。

 穣こむぎは社長室まで赴き、ヒナタへ直に訴えるべく向き合っていた。

 相手は平然としており、なぜわざわざこむぎがやってきたのかまるでわからないといった表情でいる。


 社長の方針として、堕ちた者を天使とみなさず、排除させることをおいているのはわかっている。

 けれど、もう止めさせなければならないのだ。

 ファム・ファタールに対抗するには、自ら味方を減らせば向こうに蹂躙されるだけとなってしまう。

 こむぎには、自分がどうにかしないと、という使命感が強く心にあった。


「何の用だ、ブルーム」


「……社長。どうか、討伐作戦の中止を」


「それが上官に対する態度か、天使が偉くなったものだな」


 強く拳を握りしめた。

 ヒナタだって、ゲレツナーと戦えるだけの力を有している。

 しかし、天使たちを使い潰すことに抵抗がなく、むしろそれが当然だとさえ思っている節がある。

 アイドルだとか芸能人だとか売り出しておいて、その生死を考えていない。


 こむぎにはどうしてもその意向が理解できなかった。

 天使のことをいち個人として見ておらず、駒かなにかとして動かしているつもりでいるのだろう。

 時にこちらの精神を考慮しない指示を下してくる彼女に反感を持つことはたびたびあったが、めるくの生死が懸かればもう限界だ。


「なぜ私が討伐に出ると思う?」


 いっこうに引き下がらないこむぎに向かって、ヒナタは嘲笑うように続けた。


「天使のイメージや世間への影響力の問題。そして、敵戦力の問題。

 何より、最も懸念すべきなのは君たちが元仲間だった相手を殺せないことだ。

 君がらびぃを捨てなかったように、仲間を諦められない。

 まったく、これから100人を殺す女をその場で仕留めておけば、喪われるのはその女の命だけですむというのに」


 不安はすべて消していくべきだというヒナタ。

 これ以上何を言っても無駄だと思われているらしく、彼女はそれ以上こむぎの相手をしてくれなかった。

 社長室にこむぎを残したまま退室し、直々に討伐へ赴く、という話を自らの部下にしていた。


 めるくのところへ向かっていったのは間違いない。

 トゥインクルに知らせなければならないと、大急ぎで通信を入れる。

 天世ヒナタなんかに、これ以上仲間を奪われたくなかった。


 ◇


 ヒナタとめるくは、ヒナタが日本刀を抜いて襲いかかったことをきっかけに交戦をはじめた。

 形勢はヒナタが有利だ。先に攻撃へ踏み込んだだけでなく、めるくの体勢を崩し、衣服に氷結を食らえば瞬時に切り刻んで影響を最小限に留めて立ち回っている。


 そして刀が冷気を浴びて氷の侵食を受けたとき、ヒナタは懐から一本の薬品を取り出し、そこから霧吹き状になにかを散布した。

 降りかかったわずかな滴が刀身にふれると、めるくの能力が解除され、元のように鋼の刃が強靭さを取り戻していく。


「君のような能力は、私の三代前に攻略されているんだ」


 さらにめるくへと直接振りかけられた薬品は劇物となるらしく、受けた背部に大きなダメージをもたらす。

 服の溶解に加え、肌は重度のやけどを負ったように変色している。

 激痛に顔をゆがめた瞬間、めるくに隙が生まれ、再び薬品が吹き掛けられようとした。

 今度は、顔を狙って、だ。


 呆然と見ていたトゥインクルは自らの手にある弓を瞬時に放った。

 矢は三本。攻撃を予測していなかったヒナタは、一本は落とせても残りは間に合わない。

 薬品の容器を破壊するものと、ヒナタの手を狙うもの。

 双方が目的通りに突き刺さり、その役目を果たす。


「……よぞら、これは何の真似かな。どうして君が欲望に堕ちた天使なんかに肩入れする?」


 乱雑に、自分の手に刺さった矢を引き抜きながら訊ねてくる。

 流れ出る血はすぐに止まり、傷口が塞がっていく。

 天使にも備わっていない、異常なまでの回復能力だ。


 ヒナタの問いに対しては、トゥインクルの答えはこうだ。

 そんなの、自分が知りたいくらいだ、と。


 自分はからっぽだ。ずっと白い部屋にだけ閉じ込められていた。

 めるくとまきなとひづき、こむぎとらびぃ、せれすとえりす、そして後輩の三人娘と、みんなは誰かと深い関係を築きながら生きてきた。

 それがよぞらにはない。誰もいなかった。


 だから、よぞらには誰の心もわかってやれないはずなのだ。


 それでもめるくを喪いたくないと思うのなら、その願いは、自分の内側で勝手に生ずる、いわばわがままなんだろう。

 でも、きっとそれは、自分にとって通さなければならないわがままだ。


 続くヒナタの攻撃に割って入り、繰り出される突きを身体で受け止めた。

 身体に刃物が沈みこんでくる感覚は心底から不快だし、焼けつくほど痛い。

 でも、よぞらを刺してしまったと自覚したヒナタは動きを止めていた。


 めるくに伝えるなら、今しかないと思い、むりやり刀を引き抜きながら息を吸い込む。

 血が溢れ出ようが関係ない。めるくに、伝えなきゃ。


「……私には、めるくさんのことがわかりません。いまどれだけ苦しんでいるかなんて、想像もつきません。

 だから。私に話してほしいんです。私になにもなかったとき、気にかけてくれたのはめるくさんだから。

 まきなさんの代わりになれなくったって、私の、明星よぞらのできることをさせてください」


 どこまで届いたのかはわからない。けれど、次の瞬間ヒナタへ叩き込まれた蹴りが答えだった。


「そんなことを言われたら、頼ってしまいますからね」


 微笑んで、手を差し伸べてくれるめるく。もう凍りついた無表情ではない。

 その手をとって、ふたりで敵のほうを見た。


 ヒナタは、理解不能だと繰り返し呟きながらふらついている。

 すると、ヒナタの敗北を察知したのか彼女の部下たちが集まってくる。

 よぞらの血に濡れた刀も含め、ヒナタのことを連れ帰るためだ。


 撃退に成功したと思うと、力が抜けてトゥインクルもよろめいた。

 めるくに支えてもらってなんとか倒れないですんだが、お腹の傷はすごく痛む。


 このくらいで諦めるヒナタではないだろう。

 天界社に簡単には戻れない。


 でも、助けたかっためるくは無事で、こうしてまた心配そうな表情をみせてくれている。


 いまはそれで十分だった。

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