第32話 これでまたいっしょにいられるね
よぞらとめるくが調査から戻ったのち、天界社ではまきなの葬儀が執り行われた。
葬儀といっても別れを告げる程度の簡素なもので、ひっそりとしていた。
まきなが死んでいることを世間に悟られないためにも、小規模でなくてはならなかったようだ。
もちろん、まひるとみなもにも口外は厳禁だと伝えられた。
世の中ではまだ彼女が生きていることになっていて、誰もがこの悲しみを知らない。
そう考えると、やるせなくなってくる。
自分達の死もきっとこんなふうに扱われるのだと、自然とそう思ってしまう。
葬儀では、よぞらやらびぃが涙をこらえきれずに流し、せれすとえりすは黙祷していた。
呆然とするようにこむぎが立ち尽くし、めるくに至っては姿を現すことさえなかった。
受け止めきれず、自室にこもっているそうだ。
無理もない。まひる自身で例えるのなら、みなもを亡くすにも等しい。
もし自分がその状況に置かれたとして、立ち直れる気はしない。
みなもだって、離ればなれになるのは嫌だと思ってくれているはずだ。
今でさえ、さやのことを受け入れたわけではないのに、みなもまで亡くす可能性を考えてしまうなんて。
心の中で自分を嘲った。
嫌でも頭に浮かんでくるのはどうやらみなもも同じみたいで、不安そうに寄り添ってきたが。
「……まひるちゃんは、どこにもいかないよね」
声を返すかわりに頷いた。
まひるだって、彼女から離れるつもりなんてすこしもない。
大丈夫と言い聞かせてより彼女を近くへと抱き寄せると、みなもはぽつりと呟いた。
「さやちゃん、帰ってくるよね」
まひるには、わからない。
帰ってきてほしいとは思っている。
けど、さやはもう、天界社の敵だとみなされている。
天使たちに起きた異変の数々は、彼女の悪意によるものだと。
そうは思いたくないし、まひるの知っているさやはそんな害意を抱くような女の子じゃない。
この思いは、めるくがまきなの生存を信じて捜索を続けていたことと同じだ。
誰が諦めたって、自分達だけは、さやを信じようと決めていた。
まひるとみなもは式が終わると、いったん外の空気を吸おうと自動ドアをくぐった。
広がっているのは決して晴天ではなく、覆い被さってくる曇天だ。
その下に街があって、そこには大勢の人々が暮らしている。
でも、いまはもうめるくもまきなもパトロールには出られない。
あの光景の中で飛び回るものに天使はいないのだ。
いや、さやがいるとしたら、彼女が唯一の天使になるのだろうか。
視界の隅でカラスが鳴き、飛び立ったことにぼんやりと意識を向けながら考えていた。
そのうちの一羽だと思っていた影がこっちへ向かってくるなんて、思ってもみない話だったが。
「久しぶり、ふたりとも」
「え、もしかして、さや……?」
「もしかしなくてもそう。間違いなく、黒羽さや」
天界社側からすれば敵であるさやだが、いまのところ警報は鳴っていない。
天使として、帰ってきてくれたのだろうか。
実に1ヶ月ぶりの再会に喜びを押さえきれなかったのか、みなもが抱きついていった。
さやも彼女を抱き返す。
そうしてみなもと抱き合うなか、さやが浮かべるのは見せたこともないような慈愛の微笑みだった。
「私も会えて嬉しい。でも、今日はお願いがあって来たの」
微笑みはすぐに一転して、悲しげになっていった。
さらには背に赤き竜の翼を開き、衣装も変わっていく。
薄いレース生地でつくられたベビードールの格好にである。
すでにそれは『エンジェル・ファニー』ではない。
彼女はもはや『ファム・ファタール』なのだ。
「私も、ふたりのことを攻撃なんてしたくないの。お願い、私と一緒に来て」
ファム・ファタールの放つ欲望の障気が検知され、全館への警報と出撃命令が出されている。
じきに天使がかけつけ、ファムと交戦するのだろう。
まひるとみなもの、さやとも一緒にいたい気持ちは本物だ。
初めて変身し、誓いあったあの日から変わっていない。
けれど、この姿のさやと一緒にいるのなら、それは天使の道を諦めることに他ならない。
友達と、憧れ。
天秤にかけたことがあるはずもなく、どちらが重いのかなんてすぐにはわからない。
「ふたりが天使でいるのなら、わたしとは敵になる。戦わなくちゃいけないの」
そんなことを言われたって、まひるたちの頭はうまく動かなかった。
処理が追い付かなければ、当然身体も置き去りにされていて、足も踏み出せなかった。
三人一緒に、天使として飛び立つこと。
それはもう叶わぬ夢なのか。
さやには届かない思いが浮かんでは消えて、思考がまとまっていくのを邪魔していた。
そうこうしているうちに、遠くからせれすとえりすが飛来する姿が見えるようになってくる。
天使が駆けつけているとファムも認識したらしく、自分にくっついていたみなもをまひるに預け、翼をはためかせて曇天へと舞い上がった。
「3日後。また来るから……そのときは、私と天使は、たとえまひるちゃんでもみなもちゃんでも敵だから。そのときまで、考えておいて」
曇りの空に、赤い竜の翼を持った黒の少女が消えていく。
せれすとえりすが到着するころにはとうに影も形もなくなっていて、あれが現実だったのかさえ定かではなかった。
保護されるようにして天界社へと戻され、せれすにもえりすも何をされたか聞いてきたりと心配してくれた。
思いやってくれるのは嬉しいし、真っ先に助けに来てくれた相手は心からの行動でやって来たのもわかっている。
でも、もうすこしだけでもさやと話していたかった気持ちがあるのは、まひるのわがままだった。
◇
ふたりはそれぞれの自室へと帰ったが、落ち着かないのかすぐにみなもがたずねてきた。
彼女が眠れない夜にやってくることはあっても、それらはたいてい甘えたいときだ。
困りきったみなもを見るのは、さやがいなくなった直後ぶり。
即ち、1ヶ月ぶりのことだった。
「どうしよう、まひるちゃん」
どうすればいいのだろう。
さやと戦うのか、それともよぞらたちか。
3人一緒にいたから頑張れたことも、天使になりたいからこそ乗り越えられた試練もあった。
どっちだって大切で、自分を支えてきてくれたものだ。
ファム・ファタールは3日後にまた来ると言っていた。
あのときの金色の瞳は、嘘をついているときのさやではなかった。
彼女との戦闘は避けられない。
思い出すのは、よぞらが乗っ取られたときのことだ。
あのとき、暗雲が漂い、次々と先輩天使たちを傷つけていった。
ここでまひるかみなもが先輩たちに告げたなら、事前に迎え撃つ準備ができる。
なら、あの一方的な敗北の二の舞にならずにすむのではないだろうか。
そう考えてみても、さやへの攻撃を見過ごしたくはなかった。
願いを言うのなら、さやも、天使たちにも、傷ついてほしくない。
そのためにとれる選択肢は、ひとつしかないように思えた。
「ねぇ、みなも。聞いてほしいんだけど」
彼女が顔をあげる。
今にも泣き出してしまいそうだ。
これ以上、悲しませるわけにいかない。
まひるから耳元でそっとささやく。
自分の考えていること。そしてそれが、きっと最善の手であること。
「わかった。まひるちゃんに、私もついてくから」
話を受け入れてもらえて、胸を撫で下ろした。
決行は、ファムが襲来する3日後である。
この日のふたりは寄り添って眠り、同じ夢をみた。
さやがいて、天使にもなる前。二度と訪れない、思えばまぼろしだったかのような日々のユメだった。
◇
そして3日が経つ。
いつ現れるかわからない、しかし彼女は確実に襲ってくるはず。
そんな状況におかれるとまったく落ち着くことができなくなってしまう。
こむぎにはすでに怪しまれていることだろうし、よぞらには心配されているはず。
確信できるほどそわそわしているのが表に出ているふたり。
夕方ごろになって、警報が鳴り、背筋が凍るほど驚きながら天界社の社屋をあとにする。
勢いよく飛び出すように外へ出ると、すでにファムとの交戦がいつ始まってもおかしくない状況に出会す。
ハーベストとアップル、ブルームとスコープ、そしてトゥインクルがそこに立っている。
しかし、そこにクリアの姿はなかった。きっとまだ立ち直れていないのだ。
真っ先にトゥインクルが気づいてくれて、下がるように助けてくれる。
ハーベストとアップルの両名は囮にでもなるつもりか突撃していき、攻撃を避けられながらもファムの気をひいている。
だが相手の手元には、ときおり内側から発光するまでにエネルギーを秘めた暗雲がある。
雲の砲台から迅雷が放たれるのに、もはや時間は必要ない。
考えるまでもなく、みなもが変身と同時に飛び出していく。
「ごめん、なさいっ!」
みなもの杖が向けられたのは、ファムに向かってではなく、大槌を振るうハーベストのほうだった。
決して強くない打撃でも、不意打ちには十分だ。
体勢を崩したハーベストをアップルが受け止め、信じられないという表情でこちらを見た。
「これでいいんだよね、さやちゃん」
呼び掛けられたファムは笑い、まひるのほうにも目を向ける。
その視線に気づいたトゥインクルもまた、まひるのことを見た。
この瞬間、まひるはどんな顔をしているだろう。よぞらの目に、どんなふうに映っているだろう。
俯いて、用意していた言葉を口にする。
「こうするしかないんです」
まひるはみなもの隣に立つ。
この瞬間から、ふたり揃ってファム・ファタールの仲間だ。
それでも、さやと天使たちが最悪の展開にならないために、これ以上まきなのような犠牲を産まないために、唯一残された選択肢だった。
「これでまたいっしょにいられるね……だから、今日のところは見逃してあげるから」
行くよ、とファムに促され、天界社に背を向ける。
彼女の言う通り、これから3人一緒に過ごすことができる。
それなのに、帰路に言葉はなくて、団欒とはいえない時間ばかりが過ぎていった。




